七峯の丘から
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千成幼稚園 七五三詣来社 [平成30年11月12日]
 当社の年中行事に定期的に参加、参列している千成幼稚園の年長組の皆さんが、園行事としての七五三詣に来社しました。
 今年の年長組は100名を超える大人数。なので返事もより大きく聞こえました。兎に角迫力が凄い・笑
 千成幼稚園は6月と12月の大祓、10月の御例祭見学、11月の七五三詣、2月の節分祭と園行事に組み込んでらっしゃいます。
 今日も御殿前でお祓いを受け、同園の安川理事長が玉串奉奠で園児の皆さんは列拝です。
 すでに当社で御祈祷を受けた子も多く、参拝作法もちゃんと出来ました。
 参拝後はお祝いの絵馬を一人一人に手渡しをし、組毎に境内の探検。記念撮影をして園に戻りました。
 現在千成幼稚園では認定こども園へ移行準備が進められ、新園舎も建設中です。来月には上棟祭を行ない、餅撒きも行なう予定となっています。
 私達日本人が忘れ去ろうというこの時代、地域や年中行事を園生活に取り込むというのはとても有り難く思います。
 グローバル化が身近にな時代だからこそ日本人のアイデンティティーをしっかり保つことが大切ですね。
 麻賀多様の御陰を頂き、園児の皆さんが健やかでありますよう改めてお祈り致します。

学校法人千成学園 千成幼稚園
https://sennari.ed.jp/

みんなでお参り

元気な笑顔

お礼もちゃんと言えました
 
初めまして 行ってきます [平成30年11月11日]
 今日の七峯の内容は宮司のSNS以外では初めて書きます。
 実は今月初めに子猫1匹が境内をうろつき歩いており一度保護しました。
 捨て猫であれば1匹ではなく集団で歩くか、段ボール箱に入れられているので、親からはぐれた迷い猫だと思われました。
 親猫が迎に来るかと暖房箱に入れてミルクと珠京が食べているフードをあげて様子を見ていると、境内にいる狛猫や新入りが順番で見に来ます。
 親が迎に来たのかと少し安心したのですが結局は翌朝になってもそのまま。それどころか社務所脇に誰かが侵入し子猫を出してしまったようなんです。
 そうこうしているうちに段々と動きが弱まり、目も結膜炎で真っ白。そして虫の息となってしまいました。
 見るに見かね保護動物に協力的な市内の動物病院へ連れて行き診察。点滴などの施術をして貰いましたが、先生からは「もってこの2,3日でしょう」と。
 ですが、虫の息であろうとそこには命があるんです。禰宜が中心となりペットボトル製の即席湯たんぽで温め、処方された漢方薬、そして点眼もして3日目にはか弱い声が出るようになりました。
 再度病院へ連れて行くと、先生と看護師さんもビックリされ、そこから驚異の回復を遂げました。
 そこには一日5回の餌遣りと施薬。目やに取りをした禰宜の努力があったのです。
 3日前からはとことこ歩くようになり、トイレも出来るようになってきました。
 同時進行でSNSから里親募集の情報発信も行ない、いろんな方からお心を寄せて頂きました。
 今日は七五三詣と初宮詣で神社は大賑わい。街中では佐倉時代祭りも行なわれ、着物姿の参拝者も多く見えました。
 そんな中にあっても子猫の事を途中途中で見に行き、短い時間ですがケージより出して遊ぶ。嬉しそうに喉を鳴らすんです。
 午後3時頃でしょうか、宮司が境内を歩いているととある方から声を掛けられました。
「Instagramで見たんですけど、子猫の里親を募集されていますよね」
 その時が来たのかと。そして胃がキリッとするのを感じました。
 心のどこかで、というか正直もう他の狛猫のように去勢をして境内に住むのかな。そのまま居てくれるのかなという気持ちが出来つつありました。
 声を掛けてくれて方と暫し話をしてから禰宜とも話し、子猫を抱っこして貰いました。その抱かれる姿に慈しみを感じ、この方であればと譲る決心をしました。
 そこからは保護してからの餌と施薬の仕方、通院記録などを伝達し小一時間ほどで神社から里親さんの自宅へ出発しました。
 出発前にギュッと抱いてあげ、判ったのかどうかミューっと鳴いたんですよ。
 社務所には空になったケージと段ボール箱。それを見ると里親さんが見つかった嬉しさと、もの寂しさとが入り交じった気持ちと成り目頭が熱くなりました。
 いずれは里親さんの下へ行くので名前は付けないでいましたが、病院の診察券のことも有り仮称「なつめ」と呼ぶようになって3日目の事でした。
 夜には里親さんから到着の連絡と夕飯を食べている様子の画像が送られてきました。本当に温かいご家庭のようで安心しております。
 なつめといた10日あまり、いろんな事を学びました。いずれまた保護する子が出てくると思いますが、今回の経験を活かしたく思います。

※神社は犬猫の捨て場所ではありません。また委託される場所でもありません。皆さんの自宅などで発見された場合は、責任を持って飼育するか、保護施設やシェルターに丁寧にお願いをして下さい。

出発前に母役と
 
最近の御朱印考 [平成30年11月10日]
 平成25年の神宮式年遷宮と出雲大社大遷宮からこのかた、全国的に御朱印を受ける方が急増しております。
 当社も時間帯によっては朱印待ちの列が出来ることも有り、有名神社などではさぞかし大変だろうと拝察します。
 人が増えるとトラブルも増えるのが常です。神職仲間のSNSを見てもトラブルや苦情が有ったことの書き込みが目立っています。
 その中で一番多いのは待ち時間に対する苦情。団体で来て滞在時間も少ないのにすぐ書けとか、自分のを優先しろとかです。
 次が筆書きに対する苦情や文句。字が下手だの楷書じゃないだのと。
 御朱印は受ける方の趣味に合わせているわけではないので、苦情や文句を言うのは筋違いというもんですが、自分はお客様だとばかりにふんぞり返っているのです。
 お陰様で当社はそのようなことは希なのですが、参拝もせず朱印だけ受け手帰る人もいるのが事実です。
 御朱印は参拝の証。参拝が伴わないのは御朱印とはいいません。ただのスタンプラリーです。
 そして誤解を承知で書きますが、団塊世代のマナーが悪すぎる。宮司の親の世代ですのでなんとも悲しいのですが、全国の神職や僧侶の方々が本当に困っているのがこの世代なんです。
 年代的に大量に定年を迎え自由な時間も出来、手っ取り早いのが神社仏閣めぐり。
 それはそれで良いのですが、最低限のマナーを再勉強してからお越し頂きたく、それが出来なければ外出することは控えた方が世のため人のためです。

社務所の注意書き
 
今年も作りました [平成30年11月9日]
 先日訪れた養老渓谷。道の両脇や稜線、そしてホテルの部屋から見える木々の多くが台風24号による塩害で葉がしわがれておりました。
 七峯にて既述ですが、当社の境内樹木も塩害によって葉が痛めつけられ、無残な状況となってしまいました。
 本来ならばこれからが紅葉の盛り。大空にそびゆる御神木の大銀杏の紅葉はそれは見事なもので、氏子さんを始め多くの方が楽しみにしている佐倉の秋を代表するシーンです。
 それが今年は葉の半分ほどが既に散れ、すかすかの状態。通常だと12月初旬の様相ですね。
 当社の秋のシーンで皆さんが楽しみに成されているものに、落ち葉っぱアートがあります。
 文字通り落ち葉を使い模様などを描くもので、全国の神職仲間で流行っております。
 当社ではハートマークや千葉県地図、からのチーバくんなど宮司が思いついたままにいじくり回しておりまして、七五三詣の時期と重なりますので記念撮影のスポットとしても活用されているようです。
 黄色に色づいた銀杏の葉で作ると、自分で言うのも何ですがとても素敵な出来映え。
 それが今年の落ち葉は茶色に変色しているので作るのもためらったのですが、一応やってみました。
 予想通り見栄えもぱっとしませんがそれなりに完成。素材を考えるとよく出来た方でしょう。すると早速参拝者が記念撮影をしており、アラフォーの方の歓声も聞こえました。
 結果論、今年も作ってよかったです。第2弾は何にしようか思案開始しております。

色目が重いです
 
やっぱりお城が [平成30年11月8日]
 Facebookには「@年前の今日」なる機能がありまして、自分で投稿したものが表示されます。
 丁度1年前の今日は出張の帰りに小田原に立ち寄り、小田原城と公園内で開催されている菊花展を見た様子がアップしてありました。
 そういえばあの日も小雨だったなぁとちょっと感慨深くしておりましたが、そこに浮かんできたのは「なんで佐倉にはお城がないんだろう・・・」。
 実は昨夜、佐倉市役所に於いて佐倉図書館建て替えのヒアリングが行なわれ、有識者(地元神社宮司)として意見を述べてきました。
 新図書館は複合施設として建設される予定で、既に市史編纂室が入ることが決定しております。
 佐倉市の図書行政は地域館3館で運営され、中央館をもたないものとなっております。
 なので、それぞれの地域館が特色を表すことが出来る可能性を持っており、新図書館は城下町の中心部にある事から、佐倉学としょうする佐倉の歴史に重点を置いたものにして貰いたいのです。
 欲を言うと、佐倉藩政時代の物が展示できるスペースなども欲しいところです。
 そこで思いついたのが上記の小田原城と一昨日に訪れた大多喜城。
 両方とも昭和期に鉄筋コンクリート製で復元されましたが、その内部はその地の郷土史が非常に判りやすく展示されております。
 佐倉は房総一の大藩でありましたが、現在それを総合的に学べる場所がありません。
 佐倉城復元計画も過去に何度も持ち上がりましたが、その都度政争の具にされ消えていきました。
 ただ単に天守閣を復元するというのではなく、佐倉のランドマーク、そして佐倉の子どもたちが地元を知る術を、その機会を作ってあげる事が重要ではないでしょうか。
 佐倉城址公園入り口にあった県と市営住宅は移転廃止となり、跡地が都市公園として整備される計画になっております。
 だだっ広い野っ原にするんであれば、それこそ複合施設となる新図書館をそこにもっていき、佐倉城址の整備と合わせられると良いと思います。
 今回の七峯は城復元と新図書館と郷土史という3つの話がごちゃ混ぜになってしまい、とりとめのない内容となりましたが、宮司としてはそれだけ思いが強いのです。
 印旛沼から鹿島台に立つ天守閣を仰ぎ見る。夢物語で終わらせたくないですね。

小田原城

大多喜城
 
菊花大会審査終わる [平成30年11月7日]
 暦の上では今日から来年の2月3日まで冬です。全国的には温かいようですが、佐倉は日射しがあるものの寒い。冬なんだなぁと実感しております。
 さてこの2日間、お宮を留守にしておりましたが、昨日は佐倉市菊花連盟の審査会が神社向かいの本会場であり、最高位の市長賞を始め各賞が決定しました。
 この審査会が終了すると早い鉢では来年の芽を取るために切り花にされます。その切り花は神社の境内で自由に持ち帰って頂くべく、ビール瓶に差してありますのでどうぞ。
ただし瓶は置いていって下さいね。
 境内で展示されている菊も種類が増えました。また日射しもあるので花の咲きもよく、俗に言うインスタ映えの画像が撮れますよ。

テントまたは御殿前にあります
 
「房総ゆかりの甲冑」展 [平成30年11月6日]
 先月26日より大多喜にて始まった「房総ゆかりの甲冑」展。当社からも2領の甲冑を出品しておりますが、本日宮司と禰宜とで視察をして来ました。
 一般には大多喜城と呼ばれるのは2つありまして、江戸時代にいう城郭の大多喜城と千葉県立の総南博物館として誕生し現在に至る千葉県立中央博物館大多喜城分館があります。
 まあ、大多喜城址に博物館が建っているわけですから余り気にすることではありませんが、専門家にはなかなか拘る方がいらっしゃいますのであえて記します・笑
 今回の企画展は房総という江戸近郊の場所でどの様に甲冑や具足、胴丸がどのような変遷と進化。そして末路をたどったかという内容で、約60点の資料が解説展示されています。
 展示品で目を引くのは当社所蔵の佐倉藩主堀田家奉納・千葉県指定文化財「紫裾濃胴丸」です。
 房総を代表する佐倉藩主の偉功を存分に表した堂々たるもので、多くの方が見入っておりました。
 またその左隣には同じく当社所蔵の佐倉藩家老佐治家奉納の「鉄黒漆塗鋲留紺糸威胸取腰取桶側二枚胴具足」も展示。
 藩主と家老という佐倉城大広間を想像させる姿となっております。
 ちなみに佐治家奉納具足の読み方は「てつくろうるしぬりびょうどめこんいとおどしむなとりこしとりおけがわにまいどうぐそく」
 とても長いですよね。甲冑などの名称はその作りを押し並べているので必然と長くなってしまうのです。
 是非見て欲しい展示品に市原市八幡鎮座の飯香岡八幡宮所蔵「鉄黒漆塗紺糸威五枚胴具足」があります。
 室町〜桃山時代の物と推察されますが、甲冑の変遷を知る上で貴重あると同時に、今後の精細な調査に期待を寄せる一点です。
 このほかにも見るべき貴重な物が沢山有りますが、それは実際に足を運んでご覧頂きましょう。
 撮影も一部を除いては個人使用に限り可能となっております。
 大多喜は佐倉からだと遠いイメージがありますが、圏央道市原鶴舞ICの開業によりとても便利になりました。
 また養老渓谷も近いですから、一泊しながらでも良いのでは!?

千葉県立中央博物館大多喜城分館
http://www2.chiba-muse.or.jp/www/SONAN/index.html



当社所蔵

飯香岡八幡宮所蔵
 
子育て支援ガイドブック [平成30年11月5日]
 佐倉市発行の子育て支援ブック。出産から育児に至る経過や行政への届け出や補助事業などが判りやすく掲載されており、子育て世代の皆さんに大変好評です。
 今回第2版が出来上がりましたが、当社は作成当初より協賛として広告を載せております。
 このガイドブックですが、上記の通り広告が載せてあり、その資金にて作成されているというもの。
 何でもかんでも税金で行なっていた時代を考えるととても良い制度だと思います。
 当社の掲載は「赤ちゃんが生まれたら」のページの下部。むすびちゃんと生き狛犬達が和やかに微笑んでいますよ。
 このガイドブックは佐倉市内の公共施設等で無料配布されています。
 先述した子育て関連だけではなく、災害時の避難場所や医療機関の一覧など、いざというときに使える情報も掲載され、佐倉市HPからダウンロードも可能です。
 むすびの姫神様のもと、お子さん方の健児育成を心より願い今回も協賛致しました。
 下記に佐倉市のURLを貼っておきますので是非一度ご覧になってみて下さいね。

佐倉市役所 子育て支援ガイドブック
http://www.city.sakura.lg.jp/0000019804.html


 
あと1間あれば [平成30年11月4日]
 人間とは無い物ねだりをする動物です。あとちょっと、もう少しこうだったら良いのに!と思うこともしばしば。
 今日は大安の日曜日。初宮詣や七五三詣の参拝者が続々と来社。午前中は御殿内が常に満員の状態が続きました。
 当社の御殿は天保14年に時の佐倉藩主堀田正睦公の命により建て替えられたもので、既に170年近くが経過。
 佐倉城の建物が無い現在、江戸時代を知る上で大変貴重なものとなっております。
 天保期といえば幕末。黒船来航や幕府の威信低下など、国の内外が騒々しくなっていた時期です。
 佐倉藩も財政が逼迫。そこに幕府から九十九里浜の警備を命ぜられるなど、財政破綻寸前となっておりました。
 そんな時期でだからこそ、内憂外患を晴らすべく佐倉藩総鎮守の当社社殿を建て替え、人心の一新を願ったのです。
 普段皆さんが目にするのは拝殿。御祈祷を受ける方が入る場所ですが、間口5間(9メートル)に対して奥行きが2間(3,6メートル)しかありません。
 なので今日のような御祈祷が多いときには、御殿内はギュウギュウ詰め。足の踏み場も無いのです。
 上記のように文化財的、そして歴史的価値が高い建物ですので増改築するするわけにもいかず、かといって増加する参拝者にどう対処すれば良いのか正直頭を悩ませております。
 毎度思うのが、拝殿の奥行きが後1間あれば・・・
 しかし、奥行きが3間有ったとしても、その時には「あと1間あればいいのになぁ」となるんでしょうね。悩みはつきないのです。
 今日お参りの皆さん、誠におめでとうございました。お子さんの健やかな成長、職員一同心より願っております。

おめでとうございます!
 
明治節と文化の日と憲法 [平成30年11月3日]
 澄み渡る青空、なびく日の丸。今日は明治天皇の御誕生日で現祝日法でいうところの文化の日です。
 11月3日は晴れの特異日だそうで、今日はまさしく日本晴れでした。
 昭和22年まで明治節と呼ばれ、新年節・紀元節・天長節と合わせ四大節に数えられていました。
 これが文化の日に変わったのはいつものごとく占領軍のGHQが関わっておりますが、以外と知られていないのが、昭和21年に日本国憲法が公布された日なんです。
 当時の記録を見るに国会、特に参議院ではこの日を憲法記念日にしたいと強く要望していたようですが、GHQの意向でが叶いませんでした。
 なので公布から半年後の昭和22年5月3日が憲法記念日になりましたが、近代憲法を制定された明治天皇に対する思いが強く表れている出来事だと思います。
 皆さんご存じの通り、この時より日本国憲法は一字一句変わっておりませんが、今の時勢にそぐわない、それどころか支障を来している部分がおうおうに散見されます。
 憲法改正に関しては感情論的な向きがあります。sかし、この国の根幹である憲法が国民を守れない状態になってはいけません。
 その事も踏まえて国会だけでなく国民の中にももっと議論の盛り上がりが必要なのではないでしょうか。
 今日もたくさんの七五三詣がありました。この子達の未来のためにも真剣な議論を起こしましょう。

午後はゆったり