七峯の丘から
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73回目の終戦の日に [平成30年8月15日]
 世の中は終戦の日を迎えておりますが、兼務社の太田熊野神社は今日が夏季例祭です。
 73年前は先先代の宮司が今日と同じく蝉時雨の中を10時半より粛々と祭典を齋行していたそうです。
 正午、ラジオから玉音放送が流れ終戦となりました。
 この時、子息で國學院大生であった先代宮司は学徒出陣で大陸へ出兵中。侵攻してきたソ連軍により拘留されシベリア抑留となりました。
 話は現代に戻り、太田での祭典奉仕から帰社し麻賀多神社で終戦の日行事となります。
 正午の時報とともに御殿より太鼓を1分間打ち、先の大戦で散華された方々の御霊に慰霊と感謝の誠を捧げます。
 その後、境内にある戊辰戦争から日清日露戦争の忠魂碑前で参拝。これが当社の終戦の日です。
 麻賀多神社には大東亜戦争の忠魂碑がありません。佐倉連隊こと陸軍57連隊をようした佐倉の鎮守様として、境内にその碑を建立するのも責務だと思っています。
 今の日本があることに感謝し、先の大戦に散華された方の御霊が安らかでありますように。


72年前と同じく祭典奉仕

大東亜戦争の忠魂碑建立を
 
畳でお昼寝も [平成30年8月14日]
 この所関東地方は大気が不安定でして、午後になるとあっちこっちで雷雲が発生。俗に言うゲリラ豪雨に見舞われております。
 こう書くと佐倉も凄く降っているんじゃないかと思われるかも知れませんが、なんとほぼピーカンで、雷鳴がとどろいたのは12日の夜くらいでした。
 何故こんな事を書くのかというと、昨年の夏は佐倉・酒々井・印西付近ばかりがゲリラ豪雨にみまわれまして、形成佐倉駅前は夕方のニュースに出まくり状態。
 今は軽く夕立が欲しい所ですが、なかなか上手くいかないもんですね。空模様と何とかは難しいです・笑
 さて、お盆も中日と成り、所によってはUターンラッシュが始まっていることと思われます。お父さん達、本当にお疲れ様です。
 特にこれから運転の方は出発前日はしっかりと睡眠を取って下さいね。また既に自宅へ戻られた方も荷解きも大変でしょうが、ある程度にして早めに休みましょう。
 神社では毎日日曜日の狛猫達が御殿前のテーブルで溶けながら寝ている光景をよく見ますが、このところその姿がないなと辺りを見回しますと、なんと拝殿の中で寝ているではないですか!
 猫は涼しい場所を見つけるのが上手といわれますが、ほどよく風が通りひんやりした畳という絶好の場所を見つけてしまったらしいです。
 さすがにこれが癖になるとよくありませんので、見つけ次第それとなくよくしますが、奴らはお構いなし。やっと動いたと思ったら大あくびと背伸びをして悠悠と御殿の正面より降りてきます。まあそれだけ気持ちいいんでしょうね。
 先ほども書きましたが、疲れたときは睡眠を取るのが一番です。ちょっとの昼寝でも随分違いますよ。
 畳の部屋が少なくなった今、帰省で田舎にいるうちにひんやりした畳の上でお昼寝いかがでしょうか!?

スルメです
 
盆の入り [平成30年8月13日]
 今日からお盆ですね。あの世にいらっしゃるご先祖様が私達の所に戻られて16日の朝に再びあの世に戻られます。
 東京近郊は7月でその他は8月と、今の日本はお盆が2回ありますね。佐倉は8月です。
 このお盆の行事ですが一般的に仏教行事としてとらえられている向きがありますが、本来は神道で言う御霊信仰に他なりません。
 盆踊りの櫓はお祭で言う幟や山車と同じでご先祖様が戻る際に目安とされるアンテナの役目ですし迎え火も同じです。
 そもそも原始仏教には祖先信仰はありません。しかし仏教がインドで発生した後、欽明天皇の御代に我が国に入ってくるまで幾多の変遷を経て、そして日本に入ってきてからは神仏習合という化学変化を起こしました。今の日本仏教に祖先崇拝があるのはこの化学変化と江戸幕府が行なった檀家制度確立の御陰なのです。
 さて、今日からの3日間でお墓参りや自宅にお坊さんが来て読経をされるご家庭も多いことでしょう。ご先祖様がいらっしゃったからこそ今の自分かいる。お参りの際には普段よりも少しだけ深く、頭を垂れてみたらいかがでしょうか。

ご先祖様はどこからやってくるのかな?
 
ど根性百合咲きました [平成30年8月12日]
 丁度一年前に幼稚園側の石垣沿いに突如咲いた百合の花。石垣と道路の縁石間という、なんでこんな所に?、しかし根性あるなぁと「ど根性百合」と勝手に名付けましたが、今年も真っ白な花を咲かせてくれました。
 上記のように、なんでこんな所にという場所の生えて生きた植物。一番最初は大根だったでしょうかテレビなどに取り上げられ、ど根性ものが一躍有名になりました。
 これは突然のことが多く、人為的に種をまいたりしたらど根性ものではありません。あくまでも偶発的にそこに生えるからど根性なのです。
 百合の種類に余り詳しくないので鉄砲百合あたりだろうと思っていたら、それが違いました。Facebookでアップされた記事を見ると「高砂百合」とあったのです。
 で、高砂百合を調べてみると花の筒の外側が淡く紫がかっています。でもうちのは真っ白。これはどう見ても鉄砲百合じゃないかともう少し調べますと、鉄砲百合と高砂百合が自然交配した新鉄砲という種類がある事が判りました。
 鉄砲百合の開花時期は6〜7月で、高砂百合は少し遅れて8月が相場だそうです。花の時期と細い葉は高砂で花の感じは鉄砲。なるほどと言った感じです。
 高砂百合は台湾原産で大正12年に種子が日本に入って来たそうです。繁殖力も旺盛で、秋に房からはじけ飛ぶ種子によって増えていき、風に乗った種子が着床し発芽することによって当社のように突然ど根性が発生することもあると。
 昨年は1輪咲いてから約一ヶ月後に隣にもう一本生えて開花しました。今年は茎が2本同時に生長し開花も同時。とても仲良しに見えます。
 ちょっとのぞいてみてみましょう。片方の茎にはもう一輪の小さな蕾が育っています。毎年ちょっとずつ増えて欲しいです。

台風にも耐えました
 
鏑木町盆踊り [平成30年8月11日]
 いつの間にか祝日になっていた今日は「山の日」。祝日法には「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」とありまして、平成26年に制定されたそうです。
 我が国の祝日は基本的に皇室に縁のある事柄が多いのですが、ウィキペディアによると山の日は特別な出来事や明確な理由がないそうです。
 お盆休みが長くなる程度の認識しかないのがなんとも寂しげであります。
 さて、来週からのお盆を前に神社の近隣では盆踊りや納涼会が行なわれました。
 御旅所が設置される佐倉市駐車場では佐倉城下町商店会によるダンスアンドミュージックが。歴博駐車場では田町愛宕会による納涼会。そして高崎川城南橋近くでは鏑木町の盆踊り大会が開催。
 宮司は各所よりお声を掛けて頂いているのですが、鏑木町の盆踊りは大神輿の奉昇員である鏑木青年会が主体となって行なっているので、毎年こちらへ顔出しをして来賓挨拶をしております。
 鏑木の盆踊りは約10年前に青年会有志の発案で始まりました。青年会は大神輿渡御奉仕の為の団体ですので、準備その他以外の活動がありませんでした。
 なので、会員の意思疎通の強化と鏑木町内の交流を中心として行なわれています。
 今日は午後から強めの通り雨が有りましたが、午後6時の開会時には準備も整い、老若男女沢山の来場がありました。
 盆踊りのメインは勿論踊り手。鏑木町には「美舞かぶらき」という女性連があり、御例祭にも素敵な踊りを奉納してくれます。
 今日は皆さん素敵な浴衣姿で優雅な踊りを披露してくれました。
 この盆踊りが終わると鏑木町は一気にお祭準備に入ります。そちらの方もよろしくお願い致します。

蒸し暑かったので樽ハイが美味しい

青年会頑張ってます
 
提灯点検 [平成30年8月10日]
 毎日何だかんだとやることが多く、優先順位をつけているのですが、なかなか思い通りには進めませんね。
 その一つが御例祭の大神輿渡御の際に宮司始め役員が持つ提灯の点検です。
 当社の御例祭「佐倉の秋祭り」は別名「提灯祭り」と呼ばれています。
 元々宵祭りとして以前は夜中まで行なっており、その関係で今でも大神輿や曳き廻し屋台の御神酒所には無数の提灯が掲げられます。また沿道沿いには町内印しの提灯が等間隔でズラッと並んでいたことによるものです。
 大神輿の渡御には宮司以下約60名の役員が役職名が入った提灯を奉持します。これだけでもかなりの数でして、境内や御旅所に掲げるものも合わせるとその数100個でききません。
 この全部を点検して、傷んでいるものは張り替えや新調をするのです。
 今日は午後から点検作業を行ない、夕刻には浅草の提灯屋さんへ持参して発注を掛けてきました。
 提灯屋さんと話をしていますと、今年は例年になく注文が殺到しているそうで、もう少し発注が遅れたら10月の御例祭に間に合わなかったところだったそうです。ギリギリセーフでした。
 考えてみますと御例祭まで2ヶ月。準備のスピードを少し上げていきましょう。

点検中にこんにちは!
 
静かな環境で [平成30年8月9日]
 今日は長崎の原爆忌。6日の広島原爆忌の際にも原子爆弾が投下された時刻に黙祷を捧げました。
 戦争が良い悪い云々と言う事ではなく、大量殺戮兵器が使用されたことは本当に残念でなりません。
 亡くなられた方々の御霊が安らかである事。そして今も後遺症と共に生活されているご老人達にもお見舞いを申し上げます。
 さてこの数年でしょうか、投下された時刻に慰霊碑等の回りで寝転んで死んだ方のまねをしている姿を報道などで見ることがあります。
 また慰霊の式典最中にもかかわらず来賓にヤジを飛ばすものや、近隣で太鼓や鉦を打ち鳴らしマイクでがなり立てて喧噪を起こしているものなど、本当に嘆かわしいです。
 その殆どが地元住民ではないと広島の知人より聞いた覚えがあります。
 多くの方が心静かに慰霊を行なっている最中に所謂よそ者が上記のような行動を取っている。例えそれが平和に対するアピールだとしても許されるものなのでしょうか。私は許されないと思います。
 来週15日は終戦の日です。また靖国神社近辺では同じ事が繰り返されるのでしょう。やっている本人達は目の玉ひんむいて盛り上がっていますが、周りの目は冷めているどころか軽蔑の眼差しを送っていることを知った方がいいです。
 今の平和があるのは先人達の御陰。静かな環境で慰霊が行えるよう願わずにはいられません。

この子達は今日も平和です
 
津川雅彦さん逝去に付き [平成30年8月8日]
 実に残念なニュースが流れてきました。俳優の津川雅彦さんが今月4日に逝去されていたそうです。御年78歳、人生100年と言われ始めているこの時代には本当に早いと残念になりません。
 その生い立ちなどは報道などで流れておりますので割愛しますが、とかく左側の影響が激しい演劇と芸能界にあって、保守系の陣営として言論も含めて活動されてきました。
 特に平成10年に公開された映画「プライド・運命の瞬間」では主人公の東条英機役を務め、人となりをよく演じられたのを覚えています。
 この映画作成にあたっては、映画界に巣くう左翼連中の妨害にもめげず作品を完成させ、日本アカデミー賞・優秀主演男優賞も受賞。
 東条英機元首相の孫である東条由有子さんに「まるで東条があの世から帰ってきたみたいです」と言わしめる熱演をされました。
 社会貢献にあっては北朝鮮による拉致問題の解決運動に参画。内閣府が作成した啓発ポスターにもノーギャラで出演されました。
 これは痛ましくも娘さんが誘拐された経験も踏まえてのことだったと思います。娘さんは無事に解放されましたが、拉致という家族を引き離す非道な行為にがんと立ち向かわれる姿に並々ならぬ信念を見たのは私だけではないでしょう。
 神社界においても、平成26年3月に札幌の地で開催された平成25年度神道青年全国協議会中央研修会で「日本人の心と礼節」と題し、90分間熱く講演を頂きました。
 講演最後、質疑応答の時間には津川さんの携帯電話に安倍首相から電話が入るハプニングなど、それも含めて懐かしく貴重な話を聴く事が出来ました。
 津川さんの逝去する約3ヶ月前、妻の朝丘雪路さんが亡くなられています。おしどり夫婦とかその他諸々有った人生でsたが、今頃はお二人仲良く語り合っていらっしゃることでしょう。
 津川さん、そして奥様の御霊が安らかである事、心よりお祈り申し上げます。


 
紐をクリクリ [平成30年8月7日]
 宮司宅では神社で読むものと合わせて日刊紙を3紙購読しています。
 あえて新聞社名を記しますと読売新聞・産経新聞・千葉日報です。なので、左側の偏向報道しかしない某3紙は宮司宅の郵便受けに入ることはありません。
 以前にも記したと思うのですが、佐倉では保守系と言われる産経新聞の取り扱いは、旭日旗が社旗の某紙販売店ですので、なかなか笑わせてくれます。
 さて、新聞を3紙を取っていますと当然古新聞がたまります。そこに少年誌と女性誌が入りますので、一ヶ月でもそこそこの量。
 古新聞は販売店がくれる古紙回収袋に入れればいいのですが、雑誌類は大きさもばらばらと、これを纏めるのがまた一仕事。要するに紐を縛るのが大変なんです。
 そこで前から気になっていたものを購入し、早速使ってみました。
 既に商品名は忘れましたが、雑誌類をビニール紐で縛るのではなく、締め上げて解けなくするというもの。
 原理は家の基礎を作る際に鉄筋工の方が使う「しの」(別名ハッカー)と同じで、器具の先端に付いているカギ先を紐に引っ掛けて、後はクリクリと回すだけ。
 あら不思議!、クリクリと締め付けられた紐は外れることがありません。
 なんでも、紐同士が締め付けられると同時にそこに発生する摩擦により、より強固になるのだとか。なので指を痛めることもなのです。
 今回は全部で7個ほど縛り上げました。紐は縦横と掛けますので、14回クリクリしたことになります。でも、あっという間ですので時間短縮にもなりますね。
 しかし、一番の時間短縮は雑誌類を溜め込まないこと。何度言ったら判るのかなぁ。


 
結びの短冊 [平成30年8月6日]
 今年から参加している「夏詣」企画。限定の御朱印を受けに毎日大勢の方がご参拝なさっています。
 夏詣に参加している他のお宮を見ると、通常の御朱印と夏詣限定の御朱印の両方を授与しているところが多いようですが、当社は夏詣の期間中は限定御朱印のみの授与となっております。(※七福神めぐりは通常通り)
 この限定御朱印につけているのが「結びの短冊」です。
 七夕様で使用している短冊にちょっと手を加えたものですが、皆さんお願い事を書いて朝顔棚に結んでいかれます。
 この前の台風12号で棚が倒れてしまい朝顔の茎が数本切れてしまいましたが、短冊は飛ばされることなくしっかりと結ばれております。
 当社の夏詣期間は今月15日迄。まだ日にちはありますが、受け漏れがありませんように。

定位置には母ニャンがおります