七峯の丘から
前の10件 | 次の10件

七栄御例祭 [平成30年10月19日]
 今日から兼務社である富里市七栄の紅葉山稲荷神社が御例祭となります。
 本来であれば10月17日が例祭日なのですが、ご多分に漏れず週末での齋行となっております。
 七栄のお稲荷さんは元々江戸城内の紅葉山に鎮座していたものを、幕末から明治の混乱期に江戸詰の佐倉藩士が御神体諸々を持ち帰ったのが始まりです。
 そして七栄開墾の際にその中心にお祀りをして鎮守としこんにちに至ります。
 なので来年は御鎮座150年の節目を迎え、今日の直会でもその話題と記念事業について話が出ました。
 明日から2日間は「七栄親子祭り」として屋台の曳き廻しや演芸大会。道路を通行止めにしての大綱引き大会など多彩な神振り行事が行なわれます。
 昨年は親子祭りを台風が直撃してしまい、神振り行事が中止になってしまいましたが今年は大丈夫です!
 明日は午前8時から屋台の曳き廻し安全祈願祭。お日様の元に奉仕できますように(^_^)

参道には朱の旗がズラリ!
 
佐倉小2年生来社 [平成30年10月18日]
 こちらも御例祭後の恒例行事、佐倉小学校2年生が生活科の授業で来社です。
 同校は当社の氏子地域になるだけでなく、在校生全員が当社と兼務社の氏子さんになります。
 毎年2年生はお祭り後に選択制で学区内のポイントに向かい、そこで質問と見学を行ないます。
 担当の先生曰く、そのなかでも神社はダントツの人気だそうで、毎回多くの児童が来社しております。
 これはお祭の後だから尚更だとおもいますが、宮司としては本当に嬉しいです。
 質問は神社の歴史から神職が普段何をやっているか。そして大盛り上がりになるのはやはりお祭のこと。
 お話をする前にお祭に参加した、若しくは見に行ったことのある子に手を上げて貰いますが、全員どちらかにシャッキっと挙手してくれました。
 今日は宮司が対応しましたので大神輿の拝観も行ない、黄色い歓声が境内にこだましました。
 この地の次世代を担う佐倉小の子供達。どんどん佐倉を探検して、沢山のことを吸収して下さいね!

※画像は写真家の花澤信幸先生より頂戴しました。

質問は御殿の彫刻にも
 
堀田家墓参と挨拶回り [平成30年10月17日]
 御例祭を納めた翌日は歴代佐倉藩主の墓参と、堀田様ならびに責任役員方へ例祭納めの挨拶に上がります。
 佐倉藩総鎮守の当社は御例祭においても家老が祭礼の奉行職につき行事を采配し、大神輿の還御の際には藩主の上覧がありました。
 その大神輿も武家と町方の協力により作成されたものですので、昔からいかに佐倉の人たちに大切にされたじんじゃなのかが判ります。
 さて、現在の佐倉には藩主の墓は堀田家のみ存在しております。
 これは国替えの際に、藩主の墓や菩提寺まで引っ越すという事を行なっていたからで有り、そうでなければ国替えと関係ない江戸の地に墓地を設けた為です。
 堀田家においても佐倉と江戸に墓地があったものを昭和時代に全て佐倉へ改葬して、現在の堀田家墓所が成立しました。
 当社では御例祭の前後と新年に堀田家墓所の参拝を行なっており、その足で現当主様にご挨拶申し上げます。
 堀田様から責任役員方を周りお宮の戻りますと、御神灯の取り外しと五色もたおされ普段の境内に戻りつつありました。
 ぞんざいに片すのは簡単ですが、来年の御例祭準備が捗るよう、丁寧に仕舞うように心掛けております。

堀田家墓所参道標

五色、次は新年に
 
御例祭5日目 [平成30年10月16日]
 今年の御例祭、納めの日を迎えました。神振り行事は14日迄でしたが、未だ宮司の耳には渡御を知らせる触れ太鼓の音と白丁が発する「明神祭りさらば久しい」の声。そして佐倉囃子の仁羽が延々と掛かり続けています。
 これがなかなか困りものというか名残惜しいというか、毎年のことなんですけどね・笑
 今日は御祈祷の予約もなく社務所では御例祭費用の精算にあたるための準備をしておりました。
 職員は公休にしましたので、宮司一人の社務所。時折船もこいでいたかも知れませんね。
 さて、御例祭限定御朱印と木札守の頒布も今日まで。今年も多くの方に授与致しました。
 限定御朱印はSNSでも取り上げられていたようで、かなり遠くより受けに来られた方もいたようですよ。次の限定御朱印は新年の予定ですので、また楽しみにして欲しいです。
 明朝は御神灯の提灯を下ろします。今年の御祭礼はここまで。皆さんまた来年(^o^)

御社殿御神灯

宮司宅御神灯
 
御例祭4日目 [平成30年10月15日]
 街中は昨夜までの喧噪はどこへやらいつもの静かな佐倉へ戻りました。
 石垣上の高張り提灯は今日仕舞われますが、拝殿と鳥居の提灯はそのまま。これは本来の御例祭納めである16日まで御神灯を掲げるためなのです。
 そして宮司は職員に社務所での後片付けと留守を任せ、午前中に佐倉市大篠塚の麻賀多神社。午後からは酒々井町の上宿八坂神社・下宿麻賀多神社・横町朝日神社・下台麻賀多神社・墨六所神社の例大祭を順次奉仕しました。
 昨夜は還御祭の後に社務所での直会。そして各町会への挨拶回りと鏑木青年会の御礼表敬に出掛け、就寝したのが確か午前3時。あっという間に朝がやって来ました・笑
 ですから今日は神前での作法もいつもより丁寧にゆっくりと行ない、無事に6社の祭典を納めました。
 明日は本来の御例祭納めの日。体力の限界に負けないよう励みたいと思います。

青年会の白丁は今朝回収になりました
 
大神輿無事還御 [平成30年10月14日]
 御例祭3日目を迎えました。明け方に雨が降ったようですがそれも上がり、午後3時からの山車と御神酒所の曳き廻し開始には丁度良い天気になりました。
 今日は午後から渡御に関する行事が続きます。午後2時から鏑木青年会世話役の詰所に表敬訪問。同3時半に大年番先導で社務所から御旅所に参向。午後4時20分より御旅所発輿祭を齋行し、詰所にいる世話役五年と四年目、通称「赤襷・あかだすき」の到着を待って渡御となります。
 なのですが、赤襷の召し立ては通常一回では参向せず、今回は3回の召し立てで御旅所到着となりました。
 今年の青年会は例年以上に元気で素晴らしい渡御となりました。その証が大神輿に納められている「御・ぎょ」(御神体のこと)が神輿の中を飛び回っていたらしく、還御の際に大神輿の御扉を開けたらお席にいらっしゃらない状態でした。
 では有っても、麻賀多様をしっかりとお抱き申し上げ本殿内の御神座に還御。来年の発輿祭まで鏑木七峯の丘に鎮まられます。
 ちゃんと出来て当たり前なのが祭典と神事です。宮司以下神職、神社役員、鏑木青年会員一丸となって無事な還御が出来ましたこと、麻賀多様の御神徳で有り氏子の皆さんの力添えのたまものと感謝致します。
「さらば久しい明神祭り!」

間之町にて

宮入

還御祭
 
仲間がいっぱい! [平成30年10月13日]
御例祭2日目
宮司は角来八幡神社・江原淡島神社・江原新田麻賀多神社と仲町の山車清祓い。禰宜は大佐倉八幡神社と上町の山車清祓い
。智勇権禰宜は大蛇町麻賀多神社、城麻賀多神社からの六崎御神輿の渡御に奉仕しております。
宮司、正直言って少しくお疲れです・笑笑
 昨日の大祭式。宮司の同級生である鎌倉宮の小岩裕一宮司が奥様と共に参列を頂きました。
 その模様について、小岩宮司のFacebookに過分なる言葉を頂きましたのでご披露申し上げます。

〜〜〜〜〜〜
 おしなべて 思ひしことの 数々に
なほ色まさる 秋の夕暮
後京極摂政太政大臣良経

今日は、千葉県佐倉市に鎮座まします、麻賀多神社の例大祭に参列させて頂きました。
麻賀多神社の宮本勇人宮司は、國學院大學の同期であると共に、当職も一時期麻賀多神社にてご奉仕させて頂いていたという、浅からぬご縁があります。
麻賀多神社は、往古より当地の古社として悠久の歴史を持ち、近世に至っては『佐倉藩総鎮守』として歴代藩主より厚い尊崇を受け、現社殿は幕末の英主として有名な、堀田正睦公により、今から約170年前の天保年間に奉納されたものです。
その麻賀多神社の例大祭、『佐倉の秋祭り」は、佐倉藩十一万石の城下町の威風を今に伝える豪華絢爛なお祭りです。
大神輿は享保6年(1721)、江戸の職人の手に成ったとされ、千葉県では最大級の江戸神輿であり、「明神祭りさらば久しい」という唯一無二の掛け声で担がれます。
当職も今回、初めて渡御の様子を拝見しましたが、あれだけの大神輿を、いとも軽々と自在に操る担ぎ手の技量と意気、勢いに正直、腹の底から驚嘆しました。
また、城下町の息吹を色濃く残した街並みを巡幸する「山車」と「神酒所(踊り屋台)」は「葛西囃子」の流れをくむという「佐倉囃子」の音色を、秋の夜空に響かせます。
特に山車は、かつて東京赤坂の山王日枝神社の天下祭りで使われていたものも伝わっており、その絢爛豪華さは壮観で、「佐倉新町江戸まさり」とうたわれた様子を実感しました。
今日は三日間の祭礼の初日、壮大華麗な祭礼は始まったばかりですが、それだけでも十分に、「佐倉の秋祭り」の雰囲気を知ることが出来、たいへん感銘を受けました。
宮本宮司は、同じ千葉県でも水郷・佐原のご出身、地元ではない歴史ある城下町の、これだけの壮大にして華麗、また大勢の方々が関わり、また地元の人々の思いがこもった祭礼を大所高所から取り仕切る宮司の任、道のりは大変なものがあったと思いますが、そうした部分を人に全く見せない、外部に感じさせないのが、宮本宮司の人柄のなせる技、本当に凄いところ、尊敬に値するところです。
掲出の和歌は、さまざまな経験や思い出、それらの感傷をすべて超越して、秋の夕暮というものは、その風景の美しさや、その姿が物語る思いなどは言葉で言い尽くせないものだなあ、というような内容です。
まさに、この『佐倉の秋祭り』、宮本宮司の人知れぬ努力と気配り、そして伝統を受け継いで氏神様の祭礼に誇りを持って全力を尽くす氏子さんたち、そして祭礼の日に集まって人々の笑顔また笑顔、それらは全部、言葉に語るより掲出した写真の風景、ひとコマひとコマに雄弁にあらわれているように思います。
今日は、この鎮守さまのお祭りとしては理想的な姿ともいえる『佐倉の秋祭り』を初めて身近に拝見し、今の時代にこうした形を継承されている尊さ、また素晴らしさに感銘を受け、学ぶことが出来たことの幸せを感じた次第です。
              〜〜〜〜〜〜
誠に持って有り難く、嬉しい限りです。
 氏子町内の社参が続いております。、それぞれの仲間がおり、その姿を見るのも頼もしく、次世代を担うに頼もしくもあります。
 さて、次の町内が参入してきましたのでお祓いに行ってきましょうね






 
御例祭初日 [平成30年10月12日]
 寝不足というかそのまま御例祭の朝を迎えました。
 平成30年10月12日、麻賀多神社例大祭を迎えました。天候が変わりやすく、スマホやネットを見ていても30分ほどで予報が変わってしまう不安定な空模様ですが、午後1時半からの大祭式。そして発輿祭からの渡御も降られることなく納めることが出来ました。
 大神輿は御旅所で明後日までお泊まり。明日はお食事を御供えに早朝御旅所に行ってまいります。


 
御例祭前夜に [平成30年10月11日]
 御例祭の前夜になりました。準備は殆ど済んでいるのですが、細かいものがまだありまして、今日も就寝は深夜になりそうです。
 夕餉を外で済ませ神社に戻って毎年恒例の並木町夜間参拝を迎えました。
 既述ですが、並木町の御神酒所は2年前に不審火によって大破し、各位の努力があって今年の御例祭に復活を致します。
 今年の並木町の曳き廻し、皆さんどうぞその勇姿を是非ご覧下さい!
 さて、並木町の一連隊を見送った後にそれは発覚しました。
 狛猫のスルメが御神輿倉の前にずっとたたずんでいます。そして助けを求めるかのように鳴いているのです。
 不審に思った智勇権禰宜がそっと御神輿倉をのぞいてみると、そこにはなんと母ニャンがいるではないでしょうか!?
 御神輿倉の扉は今日一日開いておりました。夕刻に閉めたのですが、どうやら母ニャンは倉の中でお昼寝をしていたようなんです。そしてそのまま閉じられてしまったと・・・
 急いで倉を開け母ニャンに倉から出るようによくしますが、梁の上にいる母ニャンは下りてこようとしません。
 どうやってもダメなので、倉から出すことを断念し結局扉は再度閉められたのです。
 明日の朝6時から大神輿は倉から出されます。母ニャンには一晩御神輿さんと寝て頂くことになりました。
 それにしてもスルメ、おまえ男を上げたな。大事なものを守る、当たり前のようでなかなか出来ることではありません。スルメの気概、心に命じたく思います。
さあ、明日はお祭だ!

並木町夜間参拝

心配そうなスルメ

梁の上の母ニャン
 
役員手丸提灯 [平成30年10月10日]
 当社の御祭礼は通称「佐倉の秋祭り」と呼んでおりますが、これは比較的新しいもので、その昔は提灯祭りと呼んだそうです。
 それは道路の両脇に一間(約180センチ)間隔で柱を立て提灯を掲げ、大神輿の後には子供達の奉持する万灯が数百も天の川のように列に成ってそぞろ歩く。
 もちろん、山車や御神酒所にも沢山の提灯が付き、正しく宵祭りそのものの後継が「繰り広げられました。
 現在は道路の提灯は電線に吊り下げられた無数の提灯と家々の軒提灯に。子供達の万灯は大神輿を自町内へお迎えする先導役に変わりましたが、昔に負けず劣らずの姿と言えるでしょう。
 お祭に奉仕する人が持つ提灯もいろんな種類がありますが、ある程度以上の地位の方が持つ提灯は「手丸・てまる」というまん丸な提灯になります。
 当社の大神輿渡御につく宮司以下神社役員と鏑木青年会大世話役と世話役の提灯は総べて手丸提灯と決まっております。
 今日はその手丸提灯約70個の準備。仕舞ってある神輿倉から順次運んで役職毎に仕分けをして組み立てます。
 70個あると半日掛かりの作業。そしてこの陽気ですので暑いのなんの。
 しかし、これを済ませませんと提灯祭りにはなりませんのでしかと完了致しました。
 従来は灯をロウソクで使用しておりましたが、昨年より役員提灯をLED化。今年は大神輿に差す青年会の提灯60個も全てLED化となります。
 ロウソクの灯はとても優しいのですが、文化財指定の大神輿を傷つけないよう、そして熱で提灯が劣化しない用にと総代会で可決し、今年は大神輿関係全ての提灯がLED化完了となります。
 今までとどう違うか、同じように見えるのか、渡御をご覧の際にはそこも注目して下さいね。

宮司の左脇の提灯は堀田様が持たれます

昨夜の試験点灯