七峯の丘から
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ちょっとだけ息抜き [令和1年9月18日]
ひとしきりやる事が沢山ありすぎて、その順番を考えるだけでも頭がショートしそうな宮司です・笑
実は先週、印旛地区の神職仲間で東京の谷根千を街歩きする計画がありました。
まあ、皆さんご存知の通りに台風15号の被害でそれが中止に追い込まれた訳ですが、行ける人だけでも行こう!、息抜きとリフレッシュしないとこの先持たないという事て、随分とこじんまりとした人数になりましたが、本日決行しました。
でもね、心の中では今この時間にも復旧作業に携わっている方も多くいる事を思うと心苦しいのですが、明日からの活動の為にと言い訳しながら。
待ち合わせは日暮里駅北改札。小雨の中ですが、街歩きを始めます。
谷根千とは谷中・根津・千駄木の総称で、古い町並みの中に新しいカフェも有ったりと、老若男女に人気のスポットです。
で、カフェとかに行ったのかというと行きませんで、フラフラ歩きながら唐辛子のお煎餅を食べたり、呑んじゃったり。
これだといつもと変わらないのでちゃんと神社にも参拝をしましょうと、根津神社に向かいました。
根津神社は日本武尊が千駄木に創建したと伝えられ、江戸時代中期に現在の場所に遷座しました。
その際に5代将軍徳川綱吉公によって造営された御殿が現在のもので、権現造の本幣拝殿と透かし塀、楼門などが国の重要文化財に指定されています。
空襲が激しかった東京に有って、一度機に造営された御殿が欠ける事なく残っているのは奇跡ともいえます。
境内は21日からの御例祭の準備が進められ、氏子町会でも御酒所の開設や太鼓台も出されていました。
根津神社の御例祭は日枝神社と神田明神と合わせて江戸三大祭りに数えられます。
江戸時代には江戸全町から山車が出され、江戸城内で将軍上覧も有ったので、天下祭りとも称されました。
一通り神主らしい事を致しまして、後はいつもの懇親の時間。どれだけ懇親をやっているんだと言われそうですが、それだけ大切なものなのです。
根津神社から不忍池の縁を通り、弁天堂から上野に抜けて、着いた場所はアメ横の呑み屋街。
平日の昼間にも関わらずここは毎度の賑わいで、その中にいるだけでも元気になりますね。
串焼きなどを摘みながら、今後の支部運営やお祭りの事。もちろん台風被害についても話しながら、あーでもないこーでもないとひと時を過ごしました。
それにしても身体って正直ですね。オササを頂いていても、皆その進みが遅いのです。
そんなこんなでエネチャージも済んだので、明日からも頑張ってまいりましょう!

足取りも軽く

根津神社御殿

プレジデント・笑
 
ぼくの時代到来 [令和1年9月17日]
生きとし生けるものはオギァと生まれたその日から何らかの形で老いが始まるのは世の常というか、誰にもさけられないこと。
自分はもとより大切な人、ワンニャン、みんなそうなのです。
生き狛犬の桃太。お陰様で当年とって15才となり、元気に走り回っておりますが、寄る年波には逆らえず、数年前から心臓の薬も服用。去年あたりからは時折発作も起こすようになりました。
人であれば痛いの痒いのと言ってくれますが、ワンコはその表情や仕草を見て私達が察しなければなりません。
昨夜までは雛と追いかけっこをしていたのに、今朝はなかなか起きない。
起きたと思ったらフラフラめいて、数歩歩くと下手ってしまうし、息が荒くなって昼ごはんも食べない。
こりゃ大変だと、掛かりつけの栄町酒直台のわたなべ動物病院に連れて行きました。
先生の見立てでは気管支が狭くなって、十分な酸素が身体に行き渡ってないので、そこから心臓への負担が大きくなっているとの事。
レントゲンも撮ってもらい、今年4月のものと見比べて説明をしてくださいました。
結果、注射3本とお薬を頂きお宮にもどってきましたが、あんなに可愛い子の身体の中で、心臓肥大や色んなことが起こっているのを思うと、いずれ来るその日を考えざるに至りませんでした。
診察も済んでお会計を待つ間、こういう時ってある意味一安心しているので待合室の掲示等に目が向きます。
なんとそこには千葉県警と千葉県獣医師会とのコラボ事業「わんわんパトロール」の募集案内があったのです!
わんわんパトロールとは小中学生の登下校時にワンコの散歩を兼ねながら安全を見守る活動の事で、全国で展開しているみたいですが、千葉のスゴイところは活動登録によってワンコの定期検診の割引や迷子犬対策のマイクロチップ補助などの特典がある事。
まあ、特典ばかり書くのもなんですが、県警としては地域住民との意思疎通と見守り対策。ワンコの飼い主は上記の特典。そして肝心のワンコは散歩の充実によりより健康になるとの良い事づくめ。
あれぇ、パトロールとはなんか聞いたことありますねぇ
俺だよ俺!
そう、生き狛犬の若手ホープ珠キングこと珠京が日々活動している「珠キング氏子町パトロール」です!
昨年7月より千葉でのコラボ事業が始まったとの事なので、珠京の生まれれた頃とほぼ同時期。
前回わたなべ先生に行ったのは今月初めで、その時はポスター掲示は無かった。
来ましたよ、珠京の時代が!
まあ、そういう事て、これからも珠キング氏子町パトロール、宮司と珠京で頑張ってまいりますのて、皆さんよろしくね皆さんよろしくねo(^o^)o




俺だよ俺!
 
元気な老後に [令和1年9月16日]
 金沢の長谷宮司より支援物資第2弾のブルーシート100枚が到着しました。本当にありがとうございます。復旧事業にしっかりと活用させていただきます!
 そういう佐倉は朝から雨。被害が大きく、未だ停電や断水をしている場所が多い房州の館山市や南房総市では大雨により避難勧告が出されたりもして、折角の連休だというのに安全を考慮するためボランティア活動は中止されました。
 千葉県全域を見ると停電や断水は少なくなってきたものの県内では懸命な復旧作業が続いています。
 今日は帰幽五十日祭の奉仕が市内上志津であり出向。途中見慣れない塗装のトラックが車列を組んで対向車線を走ってきました。
 よく見ると鳥取ナンバー。車体には「中電工・倉敷支所」と書かれており、電気復旧のために山陰よりの応援部隊でした。
 全国より応援部隊が千葉県に集結していると話では聴いておりましたが、実際にその姿を見ると目頭が熱くなってしまいました。
 奉仕も済んで神社に戻り、このところ手つかずだった書類仕事をこなして、あっという間に夕方。
 ふと気付くに、今日は敬老の日だったんですね。台風関連で忙殺されて旗日という大切な日をついぞ思い出さずに仕舞うところでした。
 今朝の産経新聞によると65歳以上を基準とする我が国の高齢者人口は3588万人だそうで、総人口に占める割合は28,4%で世界1位。
 2位のイタリアが23%で3位のポルトガルが22,4%ですので飛び抜けて高いことが判ります。
 令和7年には30%。令和22年には35,3%に達するとか。
 令和22年は21年後ですので、現在47歳の宮司も立派な高齢者の仲間入りを果たしているという事になります。
 ただ、高齢者が多いのは悪いことばかりではありません。
 少子化で人手不足と言われる現代。その経験と実績を生かしてくれるのも大事な事。
 働く高齢者人口は862万人で過去最高となっており、我が国の国力を支えてくれています。
 勿論、働かなければ暮らしていけない方がいるのも事実ですが、一昔前と違って高齢者の体力や老齢化は格段によくなっており、楽しく働いている方も沢山おります。
 よくよく考えてみると、宮司の両親も高齢者の仲間入りをして数年経ちますが、父はジーンズ姿で仕事をばりばりしておりますし、母はおしゃれに気をつかいながらてきぱきと物事を進めております。
 こういう年の取り方が出来たら良いなと思いつつ、そのうち孫を抱くようになるのかなとも。

ブルーシートありがとう!
 
持つべきものは友 [令和1年9月15日]
 ここ数日の涼しさが一転。今日は残暑を感じさせる一日と成りました。
 当地佐倉は東西に延びる馬の背に街があるような所で、その南北には椎の木や竹の林があります。
 なのでこの林が南からの暴風を押さえてくれた反面、北側への倒木が幾ヶ所かで見られます。
 地中にある木の根というのは当然見えませんで、その根ごと幹が倒れるというのは想像できないエネルギーが発生したことを表します。
 今日のお祓いはその根が廷内社のお稲荷様の下にあり、木が傾くと一緒に社も傾いてしまった件。
 佐倉は藩主である堀田様のお考えで廷内社はお稲荷様を祀ることを進められており、今も多くの家の庭先に小さい祠があるのです。
 お稲荷様は麻賀多様の御子神。商家や農家のみならず、武家においてもお稲荷様をお祀りしている1つの理由なんです。
 お祓いから戻ると境内の縁台に荷物がわんさかと積まれておりました。中身は土嚢袋。その数なんと4000枚!
 送り主は親交のある金沢市に鎮座する石浦神社の長谷宮司からでした。
 長谷宮司は災害が起こると復興支援のために物資輸送や現地での炊き出しを行なっております。
 今回も炊き出しのお考えでいてくれたのですが、ご本人の体調により物資での支援に切り替えてくれました。
 土嚢袋は破損した屋根に覆い被せるブルーシートの重りや瓦礫の撤去に使います。
 別便でブルーシートも送ってくれているそうで、本当に有り難く感謝しか有りません。
 届いた土嚢袋ですが、宮司の所属している佐倉ライオンズクラブのアラート委員会を通じて千葉県内の各社会福祉協議会へお送りし、一部は鋸南町へ入るライオンズ仲間に託しました。
 物資もだいぶ動き始めましたが、まだまだ足りない状況が続いています。
 明日の千葉県は大雨の予報。お送りした土嚢袋が現地で活用されますように、弥勒の八幡様から流れてきた佐倉囃子の音を聞きつつ思った次第です。
 長谷宮司には来月お目にかかります。お礼には少ないですが一献おもてなしをせねば。

到着した土嚢袋
 
弥勒町八幡神社例祭齋行 [令和1年9月14日]
 兼務神社の被害状況について各氏子総代から順次連絡が入り始めました。
 通常時であれば倒木などすぐに連絡が入るのですが、今回は町全体が被災している状態。電気や電話なども不通な地区も多く致し方有りません。
 今日は3社から連絡があり、佐倉市本町神明大神社、酒々井町伊篠新田松島神社、同下宿麻賀多神社の状況が判りました。
 年祭の奉仕があったのでその足で各社に向かうと、想像を絶する光景がありました。
 本町では倒木多数と一部が隣家に掛かってしまい、境内の状況を鑑み本年の祭礼は神事のみ執り行うこととし、神輿渡御と御神酒所の曳き廻しは中止が決定。
 伊篠新田は本殿は無事だったものの、参道が倒木でほぼ通行不能。本殿に続く石階段が倒木の根に持ち上げられ崩落。
 下宿は倒木が拝殿の軒を破壊し、本殿上には斜めに木が覆い被さっており、バランスを崩すと本殿がつぶされてしまう恐れがあります。
 いずれの神社も役員方を先頭に氏子の皆さんで作業に取り掛かっていますが、重機などの専門性がないと対処できないものもあり、原状回復には時間が掛かるものと思われます。
 さて、今日は台風襲来後初の例祭が弥勒町の八幡神社でありました。
 弥勒町でも銀杏などの落枝が多数あり、台風が通過した9日から役員総出で原状回復作業を行ないました。
 そのかいあって、今日の祭典は恙なく齋行することが出来、感謝の念に堪えません。
 明日は縁日が境内で行なわれる予定で、弥若連の皆さんが佐倉囃子を演奏します。
 台風以来、何かと意気消沈している雰囲気ですが、お囃子の音が佐倉の街に響き渡る事で皆が前を向いていける元気の源となってくれる事を願います。

弥勒町八幡神社

下宿では役員さんが作業中
 
中秋の名月は出来ます [令和1年9月13日]
千葉県、激甚災害に指定されそうな勢いです。各方面よりお見舞いとボランティアなどの問い合わせを頂き、ありがとうございます。
特に青年神主の集まりである各都道府県の神道青年会の皆さん、千葉県神道青年会としては早々に受け入れ態勢を整えるべきですが、未だ県内神社の被害状況が把握されておりません。
先ずは自治体のボランティアセンターに登録して頂き、一般ボランティアとしてお力添えをお願い致します。
ありがたい申し出を沢山頂き、その声を励みに千葉県内の神主は頑張っております。勿論、氏子さん方も懸命に動いております。準備が整ったその時、千葉の地に参集頂きますよう、重ねてお願い致します。
当社ですが、境内地面にあった落枝などは本日で概ね撤去が完了しました。本殿周りの玉垣内はまだ枝などが残っておりますが、来月の例祭前大掃除にて樹木にぶら下がっている枝とともに撤去の予定です。
台風が通過した9日は重陽の節句でしたが、それどころではない状況にて斎行出来ませんでした。
心苦しい思いでおりましたが、今日は中秋の名月。お月見の日です。
こちらは懈怠なく準備を済ませ、拝殿にお月見膳をお供え致しました。
中秋の名月とは陰暦の8月15日の月を言い、必ずしも満月とは限りません。
因みに明日13時33分に満月となるので、明晩はほぼ丸い月となるでしょう。
普通、お供え物は御神前近くにするのですが、当社では中秋の名月の時のみ拝殿に供えます。
これは麻賀多神社の御祭神「稚産霊命」と叔父で月の神である「月読尊」とが夜通し宴を催されるからで、拝殿の御扉は一晩開け放たれます。どんな話をされながら盃を交わされるのでしょうかね。
御月見団子は蔵六餅の木村家謹製。芋名月にちなんだ料理は禰宜のお手製。
千葉の復旧と復興を照らしつつ、導き見守って下さいますように。


 
状況が判り始めました [令和1年9月12日]
 今回の台風で改めて思うことは、千葉という地は本当に災害が少ないと頃なんだと言うことです。
 超大型の台風が来たのに「少ない?」と思われる方もいらっしゃると思いますが、普段は本当に自然災害が少なく、それで温暖な気候。
 食べ物も美味しいし、ちょっと電車に乗れば都心へも近い。本当に良いところなのです。
 しかし、その安心感が自然災害への心構えを緩めていたのではないかと思います。
 行政の皆さんは寝食を忘れて東奔西走しています。本当に有り難く思います。
 東京電力で電力復旧に当たっている皆さんも炎天下の中、自身が倒れる寸前になりながらも復旧作業に当たっています。
 しかし、それらを動かす人がいまいち。特に千葉県の動きが非常に悪いです。
 台風15号が通過したのが9日早朝。昼前には大体の被害状況が判っていたにもかかわらず、千葉県の災害対策本部が立ち上がったのが翌10日。自衛隊への災害派遣要請もそこで行なわれたのでした。
 なぜ9日の時点で派遣要請をしなかったのか。既に断水していると判っているのに給水車や電源車の手配を行なわなかったのか。
 それは「台風と言ってもそんなに酷くはならないだろう」という過信が有ったからではないでしょうか。
 ワイドショーでも台風のことはちょこっとしかやらず、どうでも良いような韓国のことばかり。法相がダレになろうと韓国がつぶれようとそんなのは今どうでもいいのです。
 電気が来ない。水も出ない。物資が足りない。では何が足りないのか?
 それを伝えるのがマスコミの役目であって、視聴者受けする倒れた鉄塔のような派手なものばかり映し出したって復旧は進まない。だからマスコミがSNSに抜かされる日が近づいているのです。
 当社管内の神社の被害状況も段々と判り始めました。
 倒木による被害が一番多いのですが、酒々井町仲宿の大鷲神社は暴風雨によって本殿が倒壊。木っ端微塵の状態になってしまいました。
 本日10時より御神体の仮遷座と倒壊した本殿の撤去作業安全祈願祭を齋行。氏子総代や町内会役員が参列しました。
 同社は国道51号線と296号線の交わる酒々井交差点の近くにあり、道路に面していることから小さいながらもよく目立つ存在でした。
 数年前には屋根の葺き替えも行ない、地域の方に大切にされてきたので、本当に残念で成りません。
 暫くは隣の区民会館を仮社殿としますが、この建物も結構破損をしておりますので、今後を見据えた復興事業に成ると思われます。
 今後どのような報告があるか心配は尽きませんが、一歩一歩進んでまいります。

酒々井町仲宿 大鷲神社

佐倉市城 麻賀多神社
 
珠京、佐倉1周年 [令和1年9月11日]
 今日も朝から境内の復旧作業です。職員達が本当に一生懸命に動いてくれて、有り難いです。
 市内の停電地域も随分と減ってきたようですが、全戸復旧にはまだ時間が掛かるとのこと。改めて電気の通じる生活に感謝しております。
 境内の復旧作業ですが、やはり1週間は掛かる見通しです。如何せん大量の落枝の撤去と処理。これを通常の社務と平行して行なわなければならないので、なかなか集中できないところもあるのです。
 県内神職で連絡を取り合う中で、被害の大きな地域は例祭のでの神輿渡御や山車の引き回しの中止を決めたところも出てきており、これからもそういった決定が広がっていくものと思われます。
 当社の例祭は来月ですので、変更なく齋行する予定です。
 さて、話題はガラッと変わりますが、踏査の生き狛犬の珠京。通称珠キングですが、本日で京都から佐倉へやって来て丁度1年を迎えることになりました。
 生まれた日が真珠記念日の7月11日で、出会ったのが9月10日。宮司と禰宜がこの日に京都大徳寺の真珠庵を拝観したので名前を「珠京・たまき」と名付けました。
 普段あまり何が欲しいとか言わない禰宜が、この子を見たときにどうしても佐倉へ連れて帰りたい!と言うので即決。
 翌11日に東海道新幹線から総武快速線に乗り佐倉へ到着。先輩生き狛犬の桃太と雛にご挨拶。
 翌日には麻賀多様の御神前に詣でて生き狛犬としての生活がスタートしました。
 今思い返すといろんな事があった1年でした。楽しかったこと悲しかったこと、貰い事故でもうダメかと思ったこともありましたが神様と家族、そしt生き狛犬達に支えられました。ありがとうね。
 珠京と言えば珠キング氏子町パトロールです。境内の原状回復がもう少し進んだら、氏子さんのところを沢山回ろうね。

大きくなりました
 
SNSとお互い様 [令和1年9月10日]
 何がなにやら判らないまま台風15号通過2日目の朝を迎えました。
 当社付近は停電もすぐに復旧し、断水もしておりませんが、JR佐倉駅付近では停電が続いており、冷蔵庫が使えないため特に飲食店などの皆さんはダメージが大きいです。
 七峯でもたびたび取り上げているFacebookやInstagramなどのSNS。
 今回はこれが大活躍しております。アップされている情報を見ると、停電や断水している地区がピンポイントで把握できます。
 同じ大字であっても電気回線や配管によって隣の家であっても電気や水の供給が違う場合があるのです。
 そして現状把握からさらに進んで、電気が供給されている地域から冷蔵庫の空きスぺースの提供やお風呂の貸し出し。床屋さんでの無料シャンプー実施の案内が流れております。
 これは東日本大震災での教訓とその後の住民意識の変化によるものと、改めてお互い様のありがたさを実感しました。
 そんな宮司は今日一日、千葉の神社庁で会議3連発。
 JR総武本線の架線故障や振り替え輸送の対象で有る京成線の変則ダイヤに翻弄されながら千葉市都町の庁舎へ。
 県内から役員が集まるので、内房と安房地域の方々は欠席になる方や大幅な遅延で到着する方が続出しました。
 皆さん、本務社の状況は把握しつつも兼務社の情報は見当も付かないとのこと。
 それは当社も同じでして、総代さん方からの情報を待つしかありません。
 もう既に1社、酒々井町の神社が強風で倒壊したと連絡がありました。これ以上のことにならないよう願います。

境内は復旧作業が続いております

お宮のことを思い気もそぞろではありますがちゃんと議論
 
台風15号についてお知らせ [令和1年9月9日]
 今は午後9時半。寝不足と一日中の動きにより、パソコンのモニターを見る目がほぼ閉店状態です。
 今日の七峯は雑な文章になりますので、ご容赦願います。
 で、たかをくくっていた訳ではありませんが、昨日深夜から関東を。そしてモロに千葉県を襲った台風15号。
 もう、愛称やら何かは記憶にございませんが、まあやられました。は
 伊豆大島からなんと東京湾に北上しそのまま進入。千葉市に上陸した時点で「あぁ、そのルートだと佐倉直撃じゃんとの予想そのままに麻賀多様の上空を通り過ぎていきました。
 昨夜半から佐倉市内のいろんなところで、いろんな機関がサイレンを鳴らして巡回に当たっておりましたが、そのサイレンさえも聞こえない6時間。
 家はきしみ、あまどにた叩き付ける雨と風。本当に生きる心地がしませんでした。
 いつも通りに朝6時半くらいに社務所から御殿へまいりますと、まいりません状態になっており、兎に角朝拝だけ済ませて戻ってまいりました。
 今回の台風は統計を取り始めてから関東上陸では一番勢力の強い台風だったそうで、当地佐倉でも風速は50メートル以上。
 気圧は650ミリバールまで下がっていたそうで、昼過ぎから段々と千葉県内の被害状況が判ってきますと、命あっての物種と感想しか有りません。
 当社で言いますと、境内林の樹木で大人の腕以上に太い枝がわんさかと落ちており、その撤去と境内の原状回復には少なくとも一週間はかかると思われます。
 当社は特に兼務神社が多いのですが、連絡があったのが城の麻賀多神社のみで、そこにあっても境内林で10本以上の倒木があるとのこと。
 この先どのような連絡が入るのか、見当も付かない状況です。
 途方に暮れながら智勇権禰宜と助勤さんとで境内の原状回復作業をしていたところ、巡回中の佐倉市消防団第1分団2部と4部の皆さんが石段を駆け上がって来てくれ、そのまま参道復旧に尽力を頂きました。本当に有り難かった。
 皆、当社の氏子で有るだけではなく、大神輿の奉昇員たる鏑木青年会。神社前の誇りを持つ宮小路町の青年達。佐倉の玄関口である京成佐倉駅前の栄町と城下町たる新町の団員さんが一生懸命に力添えくれました。
 千葉県は比較的災害の少ないところと言われておりますが、ガヅッと来るときはかなり深刻なのもあるのです。
 明日も早い時間から作業に取り掛かります。そして後ろ髪を引かれながらも神社庁での会議3本に出席せねば成りません。
 気ばかり焦る状況ですが、本復旧まで今暫く時間を頂けますよう、よろしくお願いいたします。
で、寝ます。

佐倉の真上を通過

消防車も見えますね

分団と密本市議、ありがとうございます