七峯の丘から
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夫婦でお昼寝 [令和3年1月22日]
 七峯の書き出しはほぼその日の天気か流行病の事からでして、もう少し気の利いた書き出しは無いものかと常日頃考えておる宮司でございます。
 ただ、天気は話し始めの常套句ですし、流行病はどうしても外せないものですので、マンネリですが今暫くお付き合い下さい。
 国会も始まりワクチン接種についても河野太郎行革大臣が担当大臣として任命されました。
 実は河野さん、今月7日に佐倉にいらっしゃる予定でした。
 国立民俗博物館を見学して当社に正式参拝する予定でしたが、緊急事態宣言の再指定により急遽キャンセル。
 6日にはご本人より宮司宛にお電話を頂き、流行病が収まったら絶対にお参りに行きますからと仰って下さいました。
 早くその日が来ることを思いつつ、円滑にワクチン接種が進むことを願っております。
 そんな昼下がり、生き狛犬の珠京と令麻の夫婦はお昼寝中。
 仲良く寄り添ってと言うよりも疲れ果てて泥のようにというのが合っているかもしれません。
 実は令麻、半年に一度の周期で来る女のこの日、要するに生理でして、今日辺りそれが終わったらしいのです。
 その期間、気分や食欲の浮き沈みが大きくなり、その点人間のものと同じなのでしょうね。
 それにつられて珠京もソワソワし始め、子作りの態勢に入るわけです。
 これまた食欲が性欲に変化。家の中でおっかけっこからプロレス並みの飛びかかりと、兎に角激しいのです。
 それが今日はパタッと止まって2匹してグーデー状態。あ、令麻の女のこの日が終了したんだなと判るわけです。
 前回はここで弥来が宿り出産。昨日書いたように元気に成長しております。
 令麻は細身なので連続して妊娠出産は身体への負担が大きく、掛かっていた場合はどうなるかちょっと心配なのです。
 ただ、ブリーダーのように人間が手伝って交配しているのでは無いので、今回は掛からないかも。
 いずれにしても今はゆっくり養生しておくと致しましょう。
 と珍しく、2日続けて生き狛犬達の話題でございました。

泥のように寝ております
 
そっくり親子? [令和3年1月21日]
 東京都の流行病罹患者の数が一頃より落ち着いてきました。とは言っても毎日1000人オーバーですので多いことには変わりないのですが、年末年始に急拡大した頃よりは減っています。
 緊急事態宣言の再指定による効果が出ていると考えられますね。
 ただ、高止まりしている事には変わりがなく、医療機関も逼迫しているので、引き続き感染予防に努めてまいりましょう。
 今日は生き狛犬の珠京と息子の弥来のお話しを少し書きますね。
 去年8月に弥来が産まれて早5ヶ月。来月7日にはハーフバースデーを迎えることと成りました。
 子犬は生後4ヶ月くらいで換毛期を迎え、それまでの可愛らしさが無くなり貧相な顔つきになります。
 子犬から育てた経験がある方は経験があると思いますが「あんなに可愛かったのに・・・」という何とももの悲しい期間を迎えます。
 この期間は産毛から成犬の毛に生え替わり、それに伴い顔つきや体格も変わってきます。
 なのでいまいちバランスが取れていない姿となってしまい貧相な顔立ちに見えるのです。
 でも45日くらい経つと毛も生え替わり、顔つきも確りとして赤ちゃんからパピーに。そして成犬の様相になるのです。
 弥来も丁度今、その換毛期終了くらいを迎え、それなりの姿に成長しました。
 これに伴い、顔つきも父親の珠京に似てきて、2匹が寄り添っていると弥来が珠京の子犬時代にそっくりです。
 ただ、体型は母親の令麻に似ているので、スレンダーな身体にもちっとした顔つきになるのではと禰宜と話しております。
 要するに両親に似ていることになりますが、そうなると何かバランスが悪いような気もしてきて・笑
 これからも定期的に弥来の成長記録をアップしますね。


 
五穀豊穣と悪疫退散 [令和3年1月20日]
 大寒の今日、それに見合う気温となりました。要するに寒いです。
 ただ、日射しはあるので風が吹かなければ日向は暖かく感じますね。
 多分、ニュースで大寒禊や滝行が流れると思いますが、宮司思うにあれは身体に悪いと思います・笑
 禊に関してはそもそも罪穢れや厄災を祓うのが主ですので、その昔は夏に行なっていたもの。
 それがいつしか寒いとき、それも1年で一番寒いと言われる大寒に行なうのが年中行事的になってしまいました。禊は行と違うのすがそれも混同していますね。
 その大寒の1月20日は奉射祭、おびしゃの祭日です。
 午前中、宮司は大蛇町麻賀多神社へ。午後からは禰宜が飯重大宮神社に出向して祭典奉仕をします。
 宮司は先程大蛇町より帰社しましたが、大蛇町麻賀多神社へでは例年、近くの白銀小学校の児童が祭典に参列。
 その後行なう弓矢の儀で的を射る行事にも参加しますが、現今の状況により今年は見送り。児童達も残念がっていたと聞きました。
 おびしゃは五穀豊穣と厄災除けと悪疫退散之お祭り。今年は特に注目されるべき神事なのです。
 なので今年の的には流行病の素が貼り付けられており、弓矢の儀で壱番矢を放つ宮司の責任は例年に増して重く緊張が走りました。
 結果、放った矢は真っ直ぐに的へ向かい、我ながら見事に流行病の素を射貫きました。
 これには参列の役員さん方も拍手喝采で、宮司の面目がたちました・笑
 話を白銀小学校に戻しますと、同校は授業の一環で稲作体験を行なっています。
 稲作と神事は切っても切れないもので、先ずおびしゃで五穀豊穣を神様に祈り、稲作をして収穫したお米を秋の例大祭に奉納。麻賀多様に感謝の手紙を読む。
 そして収穫したお米を炊いて食べるという直会までがセットになっているプログラムなのです。
 今年はそのおびしゃに参列が叶いませんでしたが、きっと麻賀多様は子供達の稲作体験を温かく見守って今年も豊作間違いないだと思います。

大蛇町麻賀多神社

いますねぇ

スパンッと決まりました
 
福豆詰め始め [令和3年1月19日]
 先日行なわれた大学入試共通テストで試験時にマスクから鼻を出して折る受験生に対して、試験管から再三注意されたにもかかわらず指示に従わず退席処分となった者がおりました。
 これに対して処分がきつすぎるとか、マスク警察だとか騒いだ一部の進歩的文化人がおりましたが、マスクをするしないにかかわらず試験管からの再三にわたる指示に従わないのは回りの受験生に対しても多大な影響があるのは必至です。
 そこで出てきた続報が、この受験生は40代で退去に対しても試験会場で寝転んでみたり、トイレに立て籠もって警察が出動する事態になったりと。
 これを聞いて進歩的な方々はどう反応するのでしょうか?是非ご意見を聞きたいものですな。
 だって普段から平等がうんたらかんたらとお考えを述べていらっしゃるのですから。
 40代と言えば宮司もアラフィフ世代ですので一応その枠に入ります。
 この年齢になっても大学受験を志すのは良いことです。が、年齢を重ねて人様に迷惑を掛けないと言うことが少しでも身についていればと氷河期世代の悲しさを思うのであります。
 さて、社務所では節分祭の福豆詰めが始まりました。
 今年の節分は2月2日で明治30年以来124年振りに3日ではありません。
 国立天文台によりますと、1太陽年は365日(閏年は366日)に数分〜数時間が足された時間で毎年少しずつ変動しています。
 これに伴い二十四節気の1つである立春は通常2月4日内にあるのですが、今年は3日に入り込んで、押し出された形で節分が2日にズレるわけです。
 なので今年の節分祭は2月2日午後4時から齋行することとし、流行病を鑑み幼稚園児が行なう子供豆まき大会と節分祭の豆打ちの儀は中止と致します。
 なので福豆も節分祭に参列する責任役員と氏子総代分のみで例年の4分の1ほどの準備となりました。
 節分祭は厄災除けの神事です。大規模な豆打ちはしなくとも鳴弦の儀で厄災と鬼を祓い、福豆を食べて心身共に健康でいられるよう準備してまいります。


 
鳥総松 [令和3年1月18日]
 御殿前と石垣下の門松を片しました。当社では境内と宮司宅前に合計7対の門松を立てますが、上記の2対は15日過ぎに片すことになっています。
 今年は流行病の影響で初詣を分散化する動きが全国的に広がりを見せ、節分までと言うところが多いのですが、当社では以前より節分までが初詣期間としておりましたので、最長だと節分の舞台を組む前日まで立てておいたこともありました。
 1月15日から2月の節分ですから約半月あるのですが、この間にも各神社の春祈祷やおびしゃのお祭りが続くので、時間の有るときに片しているというのが実情です・笑
 門松を片した後には松の枝を刺します。これを「鳥総松・とぶさまつ」と言いまして門松に使った枝を刺すのです。
 元々は木こりが木を切った際にその枝を切り株に刺して、木への感謝と新しい幹が生えてくるようにとの願いを込めて行なったのが始とされ、伊勢の式年遷宮の御用材を切り出す際にも行なわれているものです。
 門松は年神様お招きする依代(よりしろ)。門松を片すと言う事は宿っていた年神様が戻られることを意味します。
 なので来年年神様におこし頂く目印として、またお見送りする意味を込めてするものなのです。
 この風習も見かけることが少なくなりました。今年はもう松を下げてしまったお宅が殆どだと思いますが、来年は鳥総松をしてみては如何でしょうか?


 
阪神淡路26年目 [令和3年1月17日]
 26年前の今日、阪神淡路大震災が発災。ビルなどが倒壊するなど近代まれに見る大惨事となりました。
 多くの方が亡くなり、今も心に傷を負う方がいらっしゃいます。御霊が安らかである事、少しでも心の癒やしが進むことを願います。
 特に火災などの被害が多き方神戸市の新長田地区は防災を含めた再開発がやっと動き始めました。
 26年という時間が経って、焼け出された人達がこの地区に戻ってこず、地価下落も有り事業計画が止まっていたからです。
 この震災を機に建築物の耐震構造や防災計画が見直され、その結果東日本大震災では阪神淡路後に建てられた建造物の倒壊がほぼ見られませんでした。
 現コロナ禍にあって、その時体験したことや教訓を次世代に活かすのは、今生きとし生けるものの役目でもあります。
 政府や自治体の決定に何だかんだ言う前に、先ずは自身で出来る事をやるべきで、検証はその後で良いのです。
 思い返すに26年前の今日、宮司は大学4年生で卒業論文も提出が済んで、自動車教習所に通っておりました。
 今でこそスマートフォンなどに速報が入ってきますが、その時代は速報などはテレビが唯一の手段。
 教習所の受付で見た画面には高速道路が倒壊して、どこか外国で地震が起きたのかと。
 しかし帝産バスの大型観光バスが高架橋より今にも落ちそうになっているのを見て、日本のどこかで起きたのが判ったのです。
 この年の3月に20日大学を卒業したのですが、その日には地下鉄サリン事件が起こりました。
 それ以来26年、神社への奉職から結婚、子供も生まれて佐倉への転任。禰宜から宮司就任と今に到ります。
 今日は佐倉市上代の熊野神社で春祈祷の奉仕。コロナ禍で祭典内容は変更しましたが、そこにはいつもと変わらぬ奉仕と祈りがありました。
 先程書きましたが、今自分に出来る事。私達神主の一番の使命は神明奉仕に外なりません。
 愚直であっても奉仕と祈りを只ひたすらに。その思いを次世代に繋いでまいります。

熊野神社にて
 
久々の禰宜装束姿 [令和3年1月16日]
 今日から大学共通テストが2日間の日程で始まりました。共通一次試験やセンター試験の後継ですが、宮司はこの手の試験を受けたことがないのでいまいち内容がわかりません。
 いずれにしても流行病の現今、受験生の皆さんは不安な中に試験を受けていることと思われます。
 頑張れとしか言えないのですが、受験生は皆んな同じ状況下な訳けですから、積み重ねたものを遺憾なく発揮して欲しいです。
 そんな中ですが、稚内の会場は暴風雪により本日の試験は中止と、一日ずらしての救済措置がとられます。流行病に罹患した受験生も後日に試験を受けられるようですので、諦めることなく力を出し切って下さい。
 今日16日は兼務地域の四街道市鹿渡の奉射祭。おびしゃのお祭りです。
 毎年この辺りに千葉県神社庁印旛支部の新年事務徴収と新年会が入っており、その為この数年は禰宜が出向してきました。
 今年は支部の新年会も中止となりましたが、臨時授与所の撤収作業の続きなども重なり、同じく禰宜の出向となりました。
 禰宜が袴を着けるのは昨日が今年最初で、崇敬企業の新年の工場安全に出向。なので2日続けての袴と装束の着装となりました。
 因みに年末年始や臨時授与所が開いている時は、禰宜は筆耕に専念しているので袴を着けることがないのです。
 さて鹿渡のおびしゃは例年ですと30名ほどの参列が有り、鹿渡香取神社隣の青年館で齋行されますが、今年は氏子総代と区長など4名のみの参列になりました。
 おびしゃは五穀豊穣と一年の厄災と疫病除けのお祭り。本来は氏子全員で参列する意味が大きいのですが、代表者が氏子全員に成り代わって祭典奉仕。
 なので、例年よりもより緊張した面持ちで参列したとは禰宜談でございます。役員の皆さん、そして禰宜さんお疲れ様でした。


 
兼務社春祭り始め [令和3年1月15日]
昨日とは一転、冷たい小雨が降る佐倉です。昨日のうちに臨時授与所をある程度片付けが進みホッとしております。
乾燥が酷かったのでこの雨も神様からの恵み。寒さの中にも有り難さを感じております。
今日は小正月。昨日も書きましたが各地でどんと焼きなどが行われます。
佐倉では例年、青菅地区で大規模にどんと焼きが行われますが、今年はどうなんでしょう。当社の兼務地区ではないので情報が入っておりませんが、密になるような行事ではありませんので行って欲しいところです。
さて当社では兼務社の春祭りが今日から始まります。トップは太田熊野神社の一月祭。
太田熊野神社は別名「まら権現」とも称され、御殿の裏側に男根を模したものが沢山奉納されています。
お子さんを授かりたいご夫婦がこの男根を持ち帰り、寝室にお祀りします。
見事、懐妊から出産となったあかつきに、新たに男根を作って熊野神社から借りた物と合わせて神社に戻します。
今日も新しい男根が数本見受けられました。新しい命の誕生を表しているんですね。
明日は四街道鹿渡の奉謝祭、明後日は上代熊野神社の春祈祷。毎年同じご奉仕を続けることが神主の使命。それが氏子さんの安寧に直結する重責を担いながら祝詞奏上をしております。

奉納された数多の男根
 
古神札・正月飾り焚き上げ [令和3年1月14日]
 立春を過ぎたような暖かい一日となった今日、戌の日と言う事で妊婦さんのお参りが多く見られました。
 現今にあって不安な中出産を迎える方が多いことでしょう。お参りや御祈祷を受けることで少しでも安心して無事な出産、元気なお子さんの誕生を心よりお祈りも申し上げます。
 このごろ神主仲間のSNSで多くアップされているのが「どんど焼き」などの古神札焼納祭の件。
 この名称の他にも「とんど」や「左義長」、「どんどん焼き」なんて言う名称も有りますが、内容はみんな一緒です。
 古神札や正月飾り、そして書き初めなどを渦高く立てて、浄火を点火し焚き上げっるという行事です。
 小正月である1月15日に行なうところが多いですが、SNSを見ますと11日くらいから各神社で行なっているようです。
 実は当社にはそのような行事が有りません。無いというとちょっと違うのですが、江戸時代中期の佐倉の様子が書かれた「古今佐倉真佐子」には「鏑木は樋之口橋のたもと、田町は鹿島橋のたもとで行なう」とあり、境内では行なっていないというのが正確なところです。
 ではなぜ境内で行なわないのかというと、当社は街中のど真ん中に位置し、神社より西側が城地と武家町。東側が城下町となっており火災をとても恐れていました。
 なので火災予防の観点から城地から離れた川の近くで行なわれたものと思われます。
 テレビなどでどんと焼きの様子が流れると、「麻賀多様でもやれば良いのに」とお話しを頂くのですが、上記のことを話しますと、城下町ならではの理由を理解して貰え、佐倉の歴史についてもより関心を持って頂けるのです。
 当社では古神札や正月飾りは年間を通じてお預かりしていますが、正月飾りは節分を目安にお持ち頂けると助かります。
 また納める場合は新聞紙やビニールなどに包まず、そのままお持ち下さい。
 11日の鏡開きの時にも書きましたが、鏡餅やそのパックなども預かれません。
 お餅はちゃんと食べて、パックなどは家庭ゴミに出して下さいね。

順次行なっております

納めのご案内
 
「結びのまが玉」奉製中 [令和3年1月13日]
 今日にでも栃木・愛知・岐阜・京都・大阪・兵庫・福岡の7府県が緊急事態再宣言に追加指定される見通しとなりました。
 これを聞いたとき、栃木県がなぜ?と言う感覚だったのですが、罹患者の数だけではなく人口比を見ると医療現場がとても持たないという事で知事からの要請があったようです。
 人口が多いところは当然医療体制も規模が大きくなりましから、栃木県知事の要請判断は妥当かと。
 さて、今日もゆっくりとした初詣シーンが続いている当社。参拝者の方々、示し合わせたかのように時間差で来社され、社頭が密になる事も無く1日を終わろうとしております。
 当社でお出ししている御守「結びのまが玉」ですが、正月3日の段階で全て頒布し現在は在庫切れの状態となっております。
 この御守は包み紙に12種類の勾玉が1つ入っており、その勾玉の石の種類によって麻賀多様からの御神威(お力とアドバイス)が頂けるというもの。
 毎年多くの方が受けられる御守なのですが、先行きの不透明感からか今年は正月早々に例年より多くの方が受けられたのです。
 この七峯のトップページ「お知らせ」にも記しましたが、2月10日を目処として再頒布が出来るよう鋭意奉製を行なっております。
 なので、今暫くお待ちを頂きますよう、重ねてお願い致します。
 さて話は戻りますが、緊急事態再宣言を受けてJR東日本が関東の大手私鉄はこの20日より最終列車の繰り上げを行なうと発表しました。
 普段の生活にも直接関わる方も多いかと思いますので、小まめな情報収集を心掛けたいですね。