七峯の丘から
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令和記念雛 [令和2年1月19日]
 一昨日にフジテレビ系で放映された兼務社の銅板屋根の窃盗に付き、各方面よりご心配とお見舞いを頂き、誠にありがとうございます。
 この件で明日はTBSが取材に期待と申し入れがありました。
 銅板が剥がされた痛々しい御社殿がテレビ画面に映されるのはなんとも忍びないのですが、これが映ることによって多少なりとも再犯防止になればと思い承りました。
 予定では明日の夕方、TBS系のNスタで放映されるので、お時間が会う方はご覧頂ければ幸いです。
 で、本務の麻賀多様でいうと節分祭準備のまっただ中でありますが、昨日の宮司と禰宜が留守中に大きな荷物が2つ社務所に届いていたようで、早速に本日開封しました。
 届いたのは宮司が発注していた「令和記念雛」というもので、天皇陛下御即位を記念して限定300組作成されたその1つです。
 お雛様と言えば平安衣装を身に纏ったお内裏様(天皇陛下)とお雛様(皇后陛下)ですが、時代によって色とりどりにアレンジされ必ず時も有職故実に合ったものでは無い。
 むしろ本来の装束色が使われているものの方が絶滅危惧種の様相を呈しているほどの状態が今現在なのです。
 まあ、これは致し方ないとしても宮司としては御即位の記念として何か神社に奉納できるものはないかと考えていましたら、即位礼正殿の儀を模した、高御座と御帳台におわします天皇陛下と皇后陛下のお姿の雛人形に出会うことが出来ました。
 模したとは言え雛人形の世界なので高御座と御帳台は同じ形ではありますが、両陛下の召されている装束も含めてよく再現されております。
 今日は宮司が外祭奉仕で四街道方面のまわっており、飾り付けは智勇権禰宜が担当。拝殿右中央よりに立派にお祀りすることが出来ていました。
 当社も加盟する佐倉城下町商店会では2月下旬から「城下町雛めぐり」として城下町の至る所で雛人形を展示。その間には着物散策なども行なわれます。
 当社でもその間雛人形を拝殿に飾っておりましたが、今年からは令和記念雛を飾り皇室の弥栄と地元佐倉の繁栄を祈念したく思います。
 上記の通り雛人形は拝殿内に飾ってあるので御祈祷を受けられる方にはよく見えるのですが、一般参拝者の方には拝殿前よりご覧頂くことになります。
 神社はその特性にて一般事業者とは違い店頭などでの展示が出来ませんので、その点をご理解頂きますようお願い致します。

令和記念雛

昨年に拝観した高御座
 
東博「出雲と大和」展 [令和2年1月18日]
 ここのところ年末年始の体力消耗やその他色々とございまして、本日は禰宜と共にお休みを頂き上野の東京国立博物館(東博)に来ております。
 平成25年の伊勢の式年遷宮と出雲大社の大遷宮、そして昨年の天皇陛下御即位に伴う奉祝行事で、東博でも皇室や神社にまつわる特別展が頻繁に開催されており、私達も赴く機会がグッと増えております。
 現在開催中の特別展は日本書紀成立1300年を記念して「出雲と大和」と題して東博の一番奥にある平成館で行なわれております。
 我が国最古の正史である日本書紀は元正天皇の御代、養老4年(720)に舎人親王が中心となって編纂され天皇へ献上されました。
 内容は神代から持統天皇11年(697)迄で、対外国を意識してか漢文調で書かれております。
 上記の通り日本書紀は正史ですので戦前まではとても大切に扱われていましたが、戦後になり左や赤に染まった歴史学者がこれを科学的根拠が無いとして日本書紀そのものを否定する風潮が生まれました。
 しかし、近年の研究や発掘調査などでその内容に信憑性が認められ始め、今や復権を遂げた感があります。
 まあ、このように書いておりますが、未だにろくでもない学者はわんさかおりますので、早いところ駆逐されればと言うのが本音ですし。
 話を特別展に戻しますと、天照大神の孫である瓊瓊杵尊が高天原より九州の高千穂峰に降臨され、その曾孫にあたる神武天皇が大和に入って今に続く皇室となるわけですが、降臨される前に経津主命(ふつぬしのみこと・香取神宮祭神)と武甕槌命(たけみかづちのみこと・鹿島神宮)が先遣隊として出雲に下り、そこで国を治めていた大国主命と交渉して国を譲り受けております。
 その際に大国主命は出雲の地に大きな宮居(今の出雲大社)を建設して出雲の地より出ないことを約束されます。
 要するに、出雲の地より出ないと言う事は、出雲の地に隠れる。黄泉の世界、幽世(かくりよ)を預かるという事になり、表立っての事象、顕は天照大神の系統(大和)が担う事になりました。
 その「幽」と「顕」への移行とその後の出雲と大和の繋がり。その神代から続く事柄に仏教がどのように介していったかも見所です。
 奇しくも天皇陛下が即位で上られた高御座の特別展示が明日まで東博本館で行なわれており、改めて日本は神の国だと感じた次第です。

東京国立博物館「出雲と大和」
https://izumo-yamato2020.jp/index.html



撮影は禁止ですが一部は可能です

ミニコーナーもお見逃し無く!
 
あなたはその時何を [令和2年1月17日]
今日です阪神淡路大震災から25年が経ちました。6000人以上の方々な亡くなり、戦後最大の都市型災害といわれました。
と言うか、25年はいわゆる四半世紀。神戸市の人口では既に半数が震災後に生まれた世代だそうです。
25年前の1月17日、あなたは何をしていましたか?
宮司は大学四年生。香取神宮での正月助勤も済んで卒業論文の仕上げをしつつ、下宿先の市川と生家の佐原を行き来し、佐原の自動車教習所に通っておりました。
朝一で教習所に向かい受付にあるテレビに、写っていたのが高速道路の高架橋が倒れているシーン。
また海外で地震があったのかなぁと思いつつ教習の受付を済ませると、聞こえて来たのは神戸の言葉。
西にも沢山の仲間がおりしたましたので背筋が凍ったのを今でも覚えております。
今のようにインターネットやSNSが普及してない時代。情報はテレビだけ。
それも取材合戦のヘリコプター騒音で助けを求める声がかき消されるなと、今でもその分野の反省は見られません。
改めて亡くなられた方々の御霊が安らかでありますよう心よりお祈り申し上げます。
さて、そのような気持ちで朝を迎えたわけですが、朝8時からフジテレビによる兼務社の銅板窃盗に対する取材と撮影があり、局の方と被害にあった飯田・麻賀多神社、飯野・麻賀多神社、土浮・猿田彦神社を回りました。
約2時間の撮影でしたが夕方からのフジテレビLive Newsにて取り上げていただきました。
どのような流れでテレビ局がこの事を知ったかは存じませんが、テレビで取り上げられた事により、千葉県はもとより全国に注意喚起が出来たなら幸いです。
宮司に対するインタビューも長めに映ってありましたなって、放映後は色々な連絡と反響がございました。
それだけでも出演した甲斐が有ったのかなと思っておりますので、ニュースソースを流された方と取り上げて頂いたフジテレビに感謝致します。

全て放映の画像をスマホで




 
神社庁印旛支部新年互礼会 [令和2年1月17日]
このあいだ新年を迎えたと思ったら、1月も既に折り返し。なんとも月日の経つのが早いですねぇ。
幼い頃は日の経つのが随分遅く感じたものですが、早く感じるのは歳をとったせい?それともやる事が多くて時間が足りないのか。まあ焦らずに一つ一つ物事を進めていきませんといけませんね。
とは言うものの、今年こそは新社務所の設計を上げなきゃいけないし、来月はフィリピンレイテ島での慰霊祭に参列しなきゃならないし、神社庁印旛支部長の役目もあるので結構頭の中はいっぱいなのです。
で、今日はその印旛支部の新年互礼会が例年通り成田のひかたや第二支店で開催され、神職と総代会役員合わせて30名以上の参加が有りました。
事務連絡の後はすぐに宴席となり、支部長として主催者挨拶。神宮大麻の増頒布運動や支部内で多発している社殿屋根の銅板窃盗について話しました。
続いて神社庁長代理の國友香取支部長と小那木総代会長から来賓挨拶を頂き、支部長老の平賀宗像神社宮司の香取守重先生より乾杯の発声を頂き開宴となりました。
宴席での話は年末年始の事が多いので割愛しますが、実は國友香取支部長は宮司が佐原中三年時の二学年主任。そして宮司の一つ下の弟が国語を教わった恩師でもあります。
同じ期に神社庁役員として恩師と同席するのは身の引き締まると共に懐かしさと嬉しさが相まり、一席あると思い出話で盛り上がってしまいます。
そんなこんなで今年の支部も動き始めもしたので、支部長として支部員の皆さん方と一丸となって事業を進めてまいります。

國友香取支部長の挨拶
 
門松片し [令和2年1月15日]
 なんだかんだでほぼ雨降りの一日となりました。この時期の雨は寒さに拍車を掛けるので苦手でございます。
 でも、雪国では歴史的な雪不足だそうで、山形県寒河江市で今月31日から行なわれる「やまがた雪フフェスティバル」の準備にあたり雪像で使う雪が全く足りず、地元の神主さんが雪乞いの神事を行なっている様子がニュースで流れました。
 今日あたりは東北地方でも降雪しているでしょうから、御祈祷の効果てきめんとなりましたでしょうか!?笑
 今日は小正月。全国では昨夜から今日に掛けてお正月飾りなどを焚き上げる「どんと焼き」が行なわれました。
 現在当社ではどんと焼きの神事は行なっておりませんが、佐倉市内でも青菅地区で14日の夜に「青菅のどんどれえ」が行なわれました。
 「なぜ麻賀多神社でどんと焼きを行なってないの?」と言う質問をよく受けます。
 当社では古神札や注連飾りは一年中お預かりして、ある程度の量になると定期的に焚き上げを行なっております。
 江戸時代の佐倉の様子を記した「古今佐倉真佐子」には鏑木地区は樋之口橋のたもとで
。田町地区は鹿島橋のたもとでどんと焼きを行なっているという既述があります。
 佐倉は城下町で当社は武家町と町人町の丁度境に鎮座しており、その境内で注連飾り等を渦高く積み上げたものに火を付けるのは火災の恐れがあり行ないませんでした。
 またどんと焼きを行なう斎場ですが、一般には刈り入れ後の田圃など広い場所で行ないますが、佐倉は馬の背の様な地形ですので消火がしやすい橋のたもとで行なわれたものと思われます。
 当社も大体15日を目安に門松を片して焚き上げます。
 その際に竹を丸のまま火にくべると破裂音が凄いので竹割り機で縦に裂いてから投入します。
 「どんと」の由来はこの竹が破裂する「ドン!」という音から来ているという説があります。
 全国では「とんど、とんど焼き、どんど、どんど焼き、どんどん焼き、どんと焼き、さいと焼き、おんべ焼き」など多数の名称で行なわれていますが、本来はお正月にお迎えする「歳徳神・としとくじん」からと言うのも定説です。
 さて、今神社界や仏教界で問題になっているのが、お焚き上げやどんと焼きに持ち込まれるものについて。
 上記の様にお焚き上げは古神札や注連飾りなどを燃やし、そこに宿る神々をお戻し緒する神事です。
 しかしながら、人形やぬいぐるみ、食べた後の鏡餅のパック。一般家庭ゴミなどを置いていく人がいるのです。
 宮司が赴任した20数年前は当社でも古神札納め所が酷いことになっておりました。
 当時は納め所が社務所裏の人目につきにくい場所にありましたが、それを社務所前に移動し注意看板も立てて今はかなり改善しております。
 それでも注連縄奥に餅のパックを押し込んでいく輩がいるのは悲しいですね。
 まあそんな人はろくな一年を送らないでしょうから。
 神社によってはお寺で出された御札なども受け取らないところもあります。
 古神札等を神社やお寺に納める際はそこの方に確認してから納めるようにしましょうね。

青菅のどんどれえ(ぐるり房総HPより)
http://fshima.my.coocan.jp/gallery/skr01.html

赤いのが竹割り機
 
銅板盗難相次ぐ [令和2年1月14日]
 今日は余り言いお話の内容ではございませんので書くのも気が重いのですが、気を張ってアップ致します。
 実は当社宮司が兼務をしている佐倉市飯田・麻賀多神社、同飯野・麻賀多神社、同土浮・猿田彦神社の屋根に葺かれている銅板が盗難に遭ってしまいました。
 この手の窃盗は北京オリンピックの際に全国で多発し、その後は落ち着いていたのですが、昨年より茨城県などで事例が見られ始め、その窃盗団が徐々に南下し夏頃より印西市や白井市で被害が出始め、我孫子市にも拡大。
 今年になり佐倉市や四街道市にも侵入してきてしまいました。
 当社では12月1日付けで兼務50社の氏子総代宛に注意喚起の文章を送付。
 それに伴い各社では年末年始の警戒を強めておりました。
 しかしながら上記の3社に被害が出てしまい断腸の思いで一杯です。
 この3地区は京成佐倉駅北側の内郷地区にあり隣接しております。
 そして神社が人里離れた場所にあり、正月も三が日が過ぎるとほぼ無人となります。
 被害に遭った3社の状況は銅板は軒下から力尽くで引き剥がされており、全てを剥がすのでは無く、短時間に取れるところだけやって移動しているのが判ります。
 よっておそらく同一犯の仕業と思われ、氏子さん方の証言を纏めると、犯行の時期も今月3日の夜から5日未明に特定が出来ます。
 いずれにしても正しく神をも恐れぬ冒涜であり、看過するわけには活きません。
 現在、佐倉警察署に被害届を提出し調査と捜査が始まりました。
 これ以上被害が拡大しないよう、充分に警戒すると共に、七峯をお読みの皆さんも近くの神社に参拝の際は社殿の屋根などに少し目を向けて頂けると幸いです。

飯田・麻賀多神社

飯野・麻賀多神社

土浮・猿田彦神社
 
祝・成人 [令和2年1月13日]
 昨日の賑々し境内が随分昔に感じるのは疲れが溜まっているからでしょうか? しかしながら今日も爽やかな朝を迎えさせて頂きました・笑
 境内と言えば臨時授与所のテントも節分祭に使う一棟を残して撤収が済み、境内がかなり広く見えるようになりました。
 準備するのは時間が掛かりますが、撤収となると早いもんですね。
 さて、今日は成人の日。全国で約122万人。当佐倉市では1610人が新成人の祝福を受けました。
 当社の巫女にも新成人の者がおり、成人式後に晴れ着姿で友人と共に参拝に来てくれました。
 今年新成人を迎えた方々は平成11年4月から12年3月生まれ。西暦で言うと1990〜1991年ということになります。
 現在、成人の日は1月第2月曜日とされていますが、平成11年(1990)までは1月15日でした。
 同日は小正月としてどんど焼きや左義長が行なわれる祭日で、第2の元日ともされます。
 新たな始まりの日ですので新成人を祝うには最適の日だと言えます。
 ですが連休を増やしてレジャー人口を増やそうという安易な「ハッピーマンデー」なる考えにより敬老の日(9月15日)や体育の日(10月10日)と一緒に変更されてしまったわけです。
 成人式というとテレビなどで「荒れた成人式」や「ド派手な衣装」などが取り上げられますが、なんでも昨年の成人式で道路を占拠し走行妨害したとして新成人の陸上自衛隊員を含める数人が今年になって逮捕されました。
 なんでも道路を占拠して走る画像がユーチューブにアップされて、それを茨城県警が約一年掛けて分析。新年早々の逮捕となったわけで、そういう事すると捕まえちゃうぞ!という警告だったのかも知れません。
 果たして今年の新成人達はどうだったのでしょうか。
 成人すると保護者である親の下から法律的に離れる事を意味します。
 自由にもなりますが、それ以上に責任と義務が生じます。
 その成人の年齢も令和4年4月から18歳に引き下げられます。
 それに伴う成人式を18歳か従来の20歳で行なうか、自治体によって変わることが予想されます。
 しかし、飲酒や喫煙は20歳からなのはそのままですし、選挙権が18歳に引き下がっても投票率は低いまま。
 そもそも成人を18歳にするのはいかがなものかと考えてしまいます。
 ま、そんなことを今日のお祝いの日に書くのはこの程度にしまして、新成人の皆さん、明るい将来が待っているかどうかは自身の身の振り方次第。
 しかし、誰もがそのチャンスを持っているのも事実なので、立派な大人になれとは言いませんので、チャンスを生かす人生を送りましょう!

巫女さん(右)とお友達
 
盛況にハッピーリターン祭 [令和2年1月12日]
 普段、スマートフォンの時計を目覚ましにしているのですが、就寝中に充電していたはずなのにコンセントからプラグが外れて充電切れ。
 毎日6時半過ぎに朝拝するのですが、カーテンからの光で目が覚めて寝室の時計に目をやるとなんと7時!
 直ぐに改服して御殿に向かうため社務所を出ると、既に今日のハッピーリターン祭に出店する皆さんが準備に入っていました。
 冷や汗をかきながらも朝拝を済ませて、出店者さんに朝のご挨拶。皆さん、朝も早くから元気に活動です。
 昨日の七峯にも記しましたが、今日は昨年の風水害から佐倉を盛り上げようと企画されたハッピーリターン祭が境内で開催されました、
 旗振り役は焼き鳥の鈴乃屋さん。そしてあめ細工のこみちゃんやイタリアンのトラットリアノーチェさんなどお馴染みの顔ぶれに、新規の出店者さん。
 そして音楽イベントのくさのねフェスに出演している皆さんなど、普段とは違う境内の様子にワクワク感が高まっていきます。
 午前10時から始まり段々と来社する方の数も増え、また初詣期間中の大安の日曜日なので境内はあっという間に人で溢れました。
 今回はワークショップもより充実して、バーナーを使ったガラス工芸や紙粘土のアクセサリ−作りなど4コーナーほど行なわれ、体験者の方は慣れない手つきにも楽しんで作成に当たっていました。
 お昼前からは境内東側の記念碑前に置いて音楽イベントが始まり、一人約20分の持ち時間でエンディングとなる夕方4時まで色々な歌声と歓声が境内に響きました。
 今回のような境内全域を使ったイベントは初めてで多少の改善点もありましたが盛況に納めることが出来ました。
 撤収時に出店者さんと話した中で、毎年か年に数回の開催も検討課題にしていこうとなりました。
 しかし数日前まで傘マークがついていた今日の天気予報。そのうち傘が雪だるまマークになってしまい、空模様が気が気でありませんでしたが、蓋を開けてみたら曇天とは言え少しの湿り気で済みました。
 出店者の皆さん一様に「麻賀多様のパワーすげーなー!!」と。誠にありがたいことでございます。

境内の出店地図

いつの間にか看板も!

あめ細工とガラス細工

紙粘土のワークショップ

盛り上がる音楽イベント
 
お片付けの合間に [令和2年1月11日]
 世の中は三連休と言うことで、今日もたくさんのお参りがあり、時間帯によっては授与所に列が出来ることもありました。
 境内では明日開催する「ハッピーリターン祭」の準備が出店者さんによって進められています。
 ハッピーリターン祭はむすびマルシェでも出店してくれている焼き鳥の鈴乃屋さんが主体となって、昨年の風水害からの復興を盛り上げようと企画。
 境内全域を使って飲食店を始め小物作成のワークショップの開催。毎年草ぶえの丘で開催される音楽イベント「くさのねフェス」に出演している方々の演奏もあります。
 詳しくは下記をご参照頂きたく、皆さんのご来社をお待ちしております。
 で、宮司と言えば御神札の芳名奉書と臨時授与所の片付けを行ないつつ、過去の祈祷受付用紙をシュレッダー掛け作業をしておりました。
 昨年末にも行なっていたのですが、その量の多さから使っていたシュレッダーが壊れてしまい業務用の新機械を購入しました。
 祈祷受付用紙は個人情報が満載。外部流出すると大変なことになるのでシュレッダーにかけてお焚き上げを行ないます。
 シュレッダーに紙を投入する際にちょっと束を垣間見ますと、知り合いのお子さんが七五三詣に来社したものなど、懐かしい物が沢山出てきました。
 みんな大きくなったなぁと感嘆しつつ、一時間ほど掛けて全て細断。
 地味な作業ですが皆さんに安心して御祈願を受けて頂くための作業でもああるのです。
 で、再度記しますが明日のハッピーリターン祭、皆さんのご来社をお待ちしております!!


ハッピーリターン祭(Facebook)
https://www.facebook.com/events/麻賀多神社/ハッピーリターン祭/1009060146095203/

くさのねフェス
https://sakura-kusanone.com/


 
初金毘羅と恵比寿様 [令和2年1月10日]
 朝から賑やかな音色が街中に響き渡っております。石渡大介社中による獅子舞の練り歩きです。
 今日は佐倉七福神で毘沙門天をお祀りしている甚大寺さんの金毘羅市。今年最初ですので「初金毘羅」とも言われ、多くの参詣者が訪れます。
 冒頭の獅子舞はこれに華を添えるものとして毎年行なわれており、甚大寺から新町通りを通って麻賀多神社で一舞い奉納。小休憩の後に再び新町通りに向かいます。
 獅子に頭をはんで貰うと一年風邪を引かないとか厄祓いになると言われており、当社の境内でも多くの方が獅子に頭をはんで貰っていました。
 獅子舞に付きものなのがオヒネリです。当社でもポチ袋にお志を収めて獅子の口に持っていきます。
 そうすると獅子は上手にポチ袋をはんで口の中に入れ飲み込みます。これを見ていた周りの方もお財布から小銭を取り出し順々に獅子の口へ。
 ポチ袋と違い小銭は飲み込むのが大変そうでしたが、しかりと頂戴したようです・笑
 さて、関東では年末の酉の市が盛んですが、関西では十日戎(恵比寿)が賑やかに行なわれます。
 「商売繁盛で笹もってこい!」との掛け声で福娘達が福笹に縁起物を付けている様子がテレビで流れます。
 当社の境内末社である疱瘡神社も恵比寿様が御祭神。
 今日はいつもより沢山のお供え物をして恵比寿様もまさしく「えびす顔」の様相に見えるのは宮司だけでしょうか。
 将来的に当社でも十日戎のような催し物を行ない佐倉の賑やかしに貢献したく、構想を温めております。来年には形にしたいですね!

少しびびりに写ってます・笑

当社の恵比寿様