七峯の丘から
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恵比寿様のお仲間増える [令和6年2月27日]

「大黒様と布袋様のお姿も」
 陽射しはあれど、北風が強いですね。北国では雪になっていることでしょう。
 こうも寒暖の差が大きいと、ぎっくり腰が増えるそうで、花粉も飛んでいるので花粉症の方は特に注意が必要なんだとか。
 宮司もお陰様で現代人15年目くらいなので、くしゃみによるぎっくり腰にはより注意したいと思います。
 とは言え、くしゃみなんて自己都合で出るわけでもなく、やはり腹筋と背筋のバランスを取るのに越したことはありませんね。
 昨日の七峯で外祭が増えていることを書きました。当社では地鎮祭よりも井戸埋やら氏神様、そして解体などのお祓いが多いのです。
 地鎮祭も本来は氏神様の神社へお願いするのが基本ですが、今はハウスメーカーなどが提携している神社を呼んでくる事が多くなり、施主さんもそれで良いとしてしまうのが多いので、当社の近くでも地鎮祭の忌み竹が突然立っていることもあるんです。
 まあそれはそれとして、解体のお祓いには概ね2種類ありまして、新築のために元の家屋を解体するにあたり、工事の安全と家神様に感謝するもの。
 もう一つは、空き家や廃屋になっている建物を解体するに当たり、神棚や台所の荒神様がそのままになっているので、昇神祭も兼ねて行なうもの。この2つです。
 空き家問題が叫ばれて久しいですが、その数は減ることなく、寧ろ急速に増え続けています。
 古民家を購入しリノベーションしてという若い方も増えてはおりますが、それ以上の早さで空き家は増え続けているのです。
 それは在と呼ばれる田舎に限らず、町中であっても、ニュータウンと呼ばれる造成地にあってもなんですね。
 映画「となりのトトロ」では主人公のサツキとメイが越してきた家は、古びた和洋館で、その中を埃や煤だらけにしたのは妖怪の一種である「すすわたり」。
 サツキは「まっくろくろすけ」と呼んでいましたが、家は人が住まないと急激に傷んでしまうとの謂われなのですね。
 空き家に残された神棚や荒神様。どのような理由が有ってかは存じませんが、やはり可哀想な気がします。
 旧農家などでは、大黒様と恵比寿様の御神像もお祀りしていることがあって、お祓いの後に神棚と一緒に神社へ持ち帰ってくることがあります。
 神棚はお焚き上げをしますが、御神像は陶器や金属製が多く、炊きあげることが出来ません。
 かといって、お祓いしたとはいえ一般の埋め立てに出すのも忍びなく・・・
 結果、当社の境内末社「疱瘡神社」にお祀りされている「なで恵比寿」様のところに居候させて頂いております。
 現在のところ、恵比寿様の隣りに大黒様と布袋様が、それも複数いらっしゃいまして、賑やかにされています。
 解体のお祓いを奉仕するごとに、毎回ではないにしろ増えていくのかなと思います。
 いつか七福神全部が揃う日も来るのか!?宝船まで揃うのか?それはそれで楽しみでもある宮司です。
 
お米とお塩 [令和6年2月26日]

「塩マスコットそるるんひめ」
 日大のアメフト部。部員の相次ぐ麻薬特例法違反で先月廃部になりましたが、今日も卒業生含めて6人が書類送検されるんだとか。
 3人の逮捕者と、1人の書類送検合せて10人。大学の部活動で、今までこれほど人数が検察のお世話になった事って有ったんでしょうか?
 逮捕や書類送検された人って、日大旧アメフト部現役生や今春に入学と入部を目標に頑張っていた人達の事など考えてなかったのかな。
 若くして人生の目標を失った人に、他に目標を見つければ良いなんて、簡単に言えないですよね。
 しかしまあ、違法薬物が簡単に手に入る時代。ちょとネットを開けば甘言や隠語での誘いが沢山掲載されています。
 年頃のお子さんをお持ちの親御さんも気が気でないと思います。特に実家を離れてだと尚更心配になりますよね。
 二十歳を過ぎて、もういい大人なんだからと言う時代ではないのかもしれません。
 小まめに連絡を取る。それくらいしか出来ないかもしれませんが、「お天道様が見ている」との気持ちがあれば良いのですが。
 2月も残すところ4日。「一月往ぬる二月逃げる三月去る」と、正月から三月までは用事が多く時間の経つのが早いの例えにありますが、今年は本当に早い気がします。
 元日発災の能登半島地震への支援という、例年とは違う重い事例があったのも理由ですが、昨年に比べて井戸埋や氏神様関係の外祭がかなり増えまして、神社としてはありがたい事ではありますが、時間が足りておりません・苦笑
 その外祭ですが、お供え物を施主さんに準備して頂く際に、お米とお酒が1升、お塩が一盛りというのがあります。
 その他にも海のもの山のものなどが添えられますが、基本はお米お酒お塩ですね。
 1升は一生に掛けており、お家が代々繁栄しますようにとの願いが込められております。
 お酒の1升は瓶で売っておりますので判りやすいですね。
 ではお米の1升となりますと、昔は各家庭に升があったので、それで計りましたが、今は大体2キロくらいを目安にして頂くと良いかと。
 スーパーなどでも2キロの単位でお米を売っているのもありますから、色々な銘柄を楽しむのにも良いでしょう。
 で、お塩でございます。一盛りとはお刺身にお醤油を付ける小皿(おてしょ)にもるくらいが丁度良いです。
 が、結構多いのが食塩1キロの袋。食塩と言えば、昔は専売公社がその名の通り専売しておりました。
 専売制度は平成9年をもって廃止になり。同事業は公益財団法人の塩事業センターが引き継ぎ今日に到ります。
 専売制度の廃止によって色んな種類の塩が店頭に並ぶようになり、細々と作られていた地方の塩も手に取れるようになったのです。
 昔から赤穂や能登の塩が有名ですよね。それぞれの地方で製造方法は違いますが、能登に旅行したときに見たのが「揚げ浜式製塩」というもので、とても手の掛かる、そして美味しいお塩です。
 地震の影響は塩作りにも及んでいます。早期の再開を願いますが、その時まで待つのも大事。
 先だっての外祭では、お米が2キロに対して、お塩が5キロの袋でビックリしました。
 流石に宮司家でもこの量は一気に使いませんので、今年5年ぶりの開催となる佐倉青年会議所主催のわんぱく相撲佐倉場所で活用して貰おうかな。
しかし5キロの塩は重かった・・・
 
5頭の獅子祭 [令和6年2月25日]

「5頭の獅子頭と皆さん」

「ご奉賛ありがとうございます!!」
 昨夜はお正月に境内で開催した「むすびマルシェ」の打ち上げお疲れ様会を、京成佐倉駅近くのイタリアン「トラットリア ノーチェ」で開催。
 出店者さんと私達、計12名で賑やかに行ないました。
 その中には、日中境内で超臨時版「北陸復興支援むすびマルシェ」に弾丸出店してくれた炭火焼き鳥の鈴乃屋の鈴木夫妻もおりまして、改めて出店と撤収の手際の良さを感じた宮司です。
 本来であればこの23日に第2回目の復興支援おむすびマルシェを開催する予定でしたが、荒天のため中止に。
 でも、リベンジ版を5月18,19日に開催することも決定し発表。いやがおうにも盛り上がったのでした。
 明けました今朝は、口の中が少しワインの風味がしまして・苦笑
 これも昨日の話になりますが、佐倉囃子保存会の皆さんが来社して、獅子頭のお祓いを受ける獅子祭を齋行しました。
 佐倉囃子は当社の御例祭で各町内の山車や御神酒所で奏でられますが、その他にも寿獅子という獅子舞も演目に有り、御目出度い場所で披露されます。
 宮司、今年はライオンズクラブの合同例会新年会と佐倉青年会議所の新年会で拝見し、獅子に頭を喰んで貰いました。
 幣殿に並べられた5頭の獅子頭。神様の方を向きまして、拝殿側から見るとギャルの後ろ姿にも見えます・笑
 斎主は智勇権禰宜が務め、宮司も列拝をしましたが、権禰宜、益々良い声が出るようになりましたね。
 お祓いを受けた獅子頭は、頭の中に麻賀多神社の御神札が納められます。
 上記の様に獅子舞では、獅子に頭を喰んで貰い、厄災を祓うとされますが、これは神様が獅子の姿となって皆さんの前に姿を現しているから。
 お祭りには沢山の方々が携わっていますが、その中でもお囃子方は神様をより大事にされます。
 獅子舞で獅子になるという事は、人が舞っているのではなく、神様そのものになっている。神人一致なんです。
 祭典後、気炎撮影をしてから、保存会の平野雄一会長より新社務所建設の奉賛金を頂きました。
 また、会員の皆さんよりも赤誠溢れるお志を頂きました。大切に使わせて頂きます。
 5月に行なうリベンジ版のむすびマルシェにも、お囃子を演奏してくれるという、嬉しいお知らせも頂きました。
 今年はやることが沢山有るけど、楽しいことワクワクする事も盛り沢山。
宮司、頑張ります!!
 
禰宜画伯の足が好き [令和6年2月24日]

「ここが大好き」
 久々に青空となった佐倉です。風も弱めでとても過ごしやすく、お参りの方も多く見られました。
 今日は昨日開催できなかった北陸支援むすびマルシェ臨時版のリベンジとして、炭火焼き鳥の鈴乃屋さんがチャリティー出店をして下さり、良い匂いが境内に充満。
 宮司と智勇権禰宜の昼餉のおかずは、もちろん鈴乃屋さんの焼き鳥で決まり!!
 鈴乃屋さん目当ての方もいらっしゃるので、より来社数がおおかったのかな。
 話は変わりまして、当麻賀多神社の生き狛犬。珠京(たまき)くんを筆頭に6匹おりますが、その内4匹がブラックタンで、2匹が牛柄という構成に、今のところなっております。
 その牛柄は珠京の息子である弥来(みくる)くんと、その息子の春陽(はるひ)くん。
 ブラックタンの夫婦から牛柄の子が生まれたのにはビックリしましたが、その弥来の子が牛柄とブラックタンという、血筋って不思議だなと感じたものです。
 弥来も2児のパパとして、小柄ながらも立ち居振る舞いが堂々としてきました。
 でも、一人っ子の甘えっ子なので、撫でられるのが大好き。そして禰宜画伯の足が大好きなのです・笑
 なので、いつも禰宜画伯の付近にいるのですが、そのエリアに誰かが入ってくると猛然と怒る。歯をむき出しにして怒る。
 あの優しい顔が一瞬にして変貌を遂げてしまう。縄張り意識も確りしていると言うことなのかな。
 そう言えば、以前禰宜画伯が弥来に「みいみは歯並びが良くて、格好良いね」と褒めた事が有りました。
 それ以来、何かにつけて怒ってはいないのに歯をむき出しにして、満面の笑顔で来るときが有ります。
 禰宜画伯曰く、褒め方間違えたかなぁと言っておりますが既に今更でして、チャームの一つと言うことで、めでたしめでたしなのでした。
 
64歳の御誕辰日 [令和6年2月23日]

「祝祭日には国旗を掲げましょう」

「天長祭祝詞」
 天皇陛下におかせられましては、本日64歳の御誕辰日をお迎えになりました。誠に慶賀の至り。
 麻賀多神社においても天長祭を齋行し、御誕辰日をお祝いすると共に、玉体の安寧と皇統の弥栄を祈念致しました。
 先に行なわれた記者会見、そして入場制限無しで開催された本日の一般参賀においても、北陸地方で発災した大地震に触れられ、お心を寄せられました。
 先月12日には、天皇皇后両陛下より石川・新潟・富山の3県に対してお見舞い金を送られました。
 報道ベースになると、どうしても石川県、そして能登地方がクローズアップしますが、新潟県は液状化と津波。富山県でも家屋の倒壊が多く見られるなど、被害が出ているところをすべからくお心を寄せられる姿に、日本に生まれてきて良かったと思う宮司です。
 今日の一般参賀は、冷たい雨が降る中ではありましたが多くの参列者が有り、両陛下と皇族方がお出ましになると、一同に傘を閉じて国旗日の丸を振ったと、当社の元職員である武内くんのSNSにありました。
 そして、その姿をねぎらう天皇陛下のお言葉。皇室と国民が常に共にある姿を現していますね。
 今春からは敬宮愛子内親王殿下が日本赤十字社に嘱託としてお務めが始まります。
 両陛下と内親王殿下の仲睦まじい姿にも、心が穏やかになる方も多くいることでしょう。
 改めて天壌無窮の弥栄を祈念し、連綿と続く皇統の安寧を願います。
 
あずさ16号9号車より [令和6年2月22日]

「寝ていません」

「ありがとう」
 昨日、富士吉田で開催された一都七県神社庁連合会の総会。8都県より150名近い参加者があり、盛会りのうちに取り納めとなりました。
 流行病禍により令和2年から4年ぶりの開催ですが、前回は千葉県が担当で、宮司は千葉県神社庁印旛支部長一期目で、当然神社庁理事も一期目。
 一番若いんだからと、大会宣言文朗読のお役目を頂いたのが懐かしいです。
 それからと言うもの、栃木県、神奈川県、群馬県の順番で開催予定が全て中止。昨年の群馬県神社庁当番時では開催ギリギリで中止が決定されましたので、諸準備にあたられた方々にはさぞ無念さが残ったことと思います。
 その反動もあってか、総会後の懇親会は大いに盛り上がり、旧交を暖めるには十分過ぎるくらいでした・笑
 今朝は朝餉からゆっくりと温泉に浸かりまして、会場最寄りの富士急富士山駅(旧富士吉田駅)から大月まで富士急線。
 そして大月から特急あずさ号に乗車して東を目指しております。そろそろ八王子到着ですね。
 一昨夜、新宿で同級生と一緒傾けていた時に、おもむろに鞄から出された一枚の茶封筒。少ないけれど北陸への義捐金に使ってと手渡されました。
 生を受けてから半世紀を過ぎて、ましてや生家と違うところに住まうものとして、同級生と一献傾ける機会はかなり少なくなります。
 連絡先などは知っていても、お互いの生活パターンもありしょっちゅう連絡を取る事もない。
 お互いのSNSを見て、元気にやっているかなぁっていう事なんですが、そのSNSを見てくれているからこそ、麻賀多神社での義捐金募集や先だっての金沢と能登の輪島入り、そして金沢石浦神社との繋がりを理解してくれている。
 茶封筒の中は、決して少ないとは言えない金額です。どんな思いで用意してくれたのか思いを察するに余りありますが、多分来月も能登入りをすると思います。
 その時には手渡された茶封筒のまま、彼の地へ持参しようと思っています。ありがとう。
 
富士吉田まで(ほぼ電車の話) [令和6年2月21日]

「お疲れ様!!」

「今乗っています」
 季節の頃は雨水となって、まあ見事に雨が続きますね。いくら雪解けからの水が多くなる頃とはいえ、記録的な暖冬だから雨ですが、通常の2月の気温だったら毎日が雪だろうし。
 それを思うと昨日までの暖かさはそれを防いでくれたのかな。それにしても今日の最高気温は12度で昨日よりも10度近く低い。
 今の頃の12度は暖かく感じるはずなのに、こうも高低差があると、宮司とお付き合いの深い首筋の古傷はやんちゃになるので、少しく困っているのです。
 今日は一都七県神社庁連合会の総会が山梨県富士吉田市で開催される為、千葉県神社庁理事職の宮司はそちらに向かっております。
 なので、この七峯も新宿発の特急富士回遊71号の車内で書いております。
 遡る事、昨日のお話し。午前中に企業さんの稲荷神社初午祭を奉仕しまして、夕刻前に佐倉を出発。
 乗りましたのは特急しおさい10号で、車両は来月15日で定期運用から引退する255系。9両編成固定の堂々たる姿です。
 約30年前の登場当時は房総ビューエクスプレスとの愛称もつけられ、内房線の特急さざなみ号、そして外房線の特急わかしお号にあてがわれ、しおさい号に回ってきたのは随分経ってからでした。
 そのさざなみとわかしおは高速バスにおされ運転区間の変更や縮小。そして運転本数の削減となりました。
 我が佐倉を通っていた特急ではあやめ号とすいごう号が、同じく高速バスに完膚無きまでに負けまして、既に全廃。
 残るしおさい号も来月のダイヤ改正で、運転本数の見直しと遂に佐倉止まりも設定。しおさい号に乗れば銚子に行けるという時代は風前の灯となりました。
 昨日に佐倉を出でからが長くなりましたが、昨夜は新宿で地元の同級生と久しぶりの一献。思い出話だけではなく、自身が半世紀を生きてきた中で、祖父母や親世代の介護を見据えた事など、現実的な話も摘みにしながら。
 宮司を乗せた特急富士回遊号の車両は以前、特急あずさ号と特急かいじ号で使っていた車両で、両特急に新車が導入された後はリノベーションされた車両は東京から伊豆方面へ向かう特急踊り子号に。
 外装だけ塗り替えた車両は富士回遊号や波動用に使われたおりまして、座席にコンセントもございませんで、同じ型式は房総の3特急でも使われていますが、チープさは否めない。
 銚子はくにのとっぱずれといく言葉がありますが、その銚子へもいずれ高速道路に近いのが開通します。
 来月のダイヤ改正。JR東日本の千葉支社管内では京葉線の朝夕快速廃止、そして通勤快速も合わせてとの発表以来、JRに対して沿線自治体の猛抗議を受ける事態になっております。
 国鉄から民営化したJR。利益を追い求めるのは当然ですが、切り離しというか、捨て駒にしやすい半島の公共交通機関とはと言う自問自答を忘れてはいないかと。
 国鉄の借金、今でも煙草喫の方にかかっているんだと言う事も思い出して欲しい。
 いや、うちらは旧国鉄とは関係ありませんからと言うかもしれませんが、それは政党としては別としても旧民主党と今の後継政党と誰もが見ている某第一野党と同じですからね。
 目指す駅、富士山駅という名になった富士吉田までは後50分くらい。そろそろカスに煙る車窓を楽しむとしましょうか。
 
今日から公立高校入試 [令和6年2月20日]

「目が沢山入りますように」
 読売新聞によると、能登半島地震で自衛隊が1月1日から8日に救助した約480人のうち、約310人が航空機、特にヘリコプターにより救助されたとありました。
 能登半島は平地が少なく、また地震により至る所で道路が寸断されたためと分析しています。
 うん、この分析は宮司でも出来ますが、オスプレイがまともに運航できていたら、もっと救助の幅が広がったのではないかと。
 オスプレイは昨年の事故より運行が停止されていますが、これがまともに動かせていたならと悔やまれます。
 ただ、自衛隊の皆さんは昼夜を問わず活動され、感謝しきれません。
 まだ殺人や戦争の団体だと騒いでいるのも見ますが、世論調査だと国民の90パーセント以上だったかな、自衛隊に好感度をもっているとありますので、声だけが大きくても国民は着いてこないのが判ります。
 さて、千葉県は今日から2日間の日程で、公立高校の入学試験が行なわれています。
 当社から佐倉城址公園経向かう途中には千葉県立佐倉東高校がありまして、普段は目にしない色とりどりの制服が神社の前を通過していきました。
 また、御殿の前で真剣にお参りする姿も有り、頑張って!!と言う気持ちで陰ながら見送りました。
 今年の入試、全日制の一般入試は募集定員30,680人で、昨年度より280人の減。
 対します志願者は34,478人で、これまた315人の減。少子化の影響がよく判りますね。
 宮司は昭和47年生まれで、所謂第2次ベビーブームの真っ只中。卒業した県立高校も1クラス45人で、A〜I組まで9クラスもありました。
 この人数、今は私立高校でしか見られなくなりましたね。
 千葉県では県内を9つの学区に別けており、それぞれ旧制中学だった高校が学区内の倍率上位に入ります。
 当地佐倉は第4学区になり、戦前の旧制県立佐倉中学校、戦後は佐倉高がトップです。
 募集人数280人のところ志願者は435人で、倍率は1.55で、やはり学区トップになりました。
 一応学区制は敷いているものの、他学区の高校も受験することは可能で、宮司の時代の受験とは随分様変わりしました。
 当社の絵馬には五角形をしたダルマ絵馬があり、今年もお正月から境内の絵馬掛けに沢山掛かりました。
 まだ片目ですが、春にはもう片方の目が沢山入ることでしょう。
 頑張れ受験生、努力は花咲く。努力した人の最後の一踏ん張りを神様は見届けてくれますよ!!
 
雨水に雛飾り [令和6年2月19日]

「令和の即位礼模様」

「高御座」

「御帳台」

「鏑木北山神社にて内田総代が打ち合わせ」
 今週は天気が下り坂だそうで、今朝の佐倉は曇天。南風が入っているので、気温は上がっております。
 朝一で鏑木北山神社の境内樹枝払い作業の安全祈願祭を奉仕して参りました。
 この神社、地番は佐倉市鏑木町1番地。4桁有る鏑木町の番地でいの一番になるわけです。
 通称「権現様」と呼ばれ、御祭神は北山大神、三峰大神、そして古峰大神の3柱です。
 三峰様と古峰様は判るのですが、真ん中にお祀りされている北山大神は何方なのかは不明なんです。
 作業は3,4日程で完了する予定ですが、県道沿いの高台なので安全確認にはより慎重にお願いしたく思います。
 今日から雨水。雪から雨に変わり、大地の水量が多くなる頃とされています。
 その雨水に飾ると良いと言われているのが雛人形。当社でも令和の即位礼を模した雛人形を拝殿に飾りました。
 では何故雨水に雛人形を飾ると良いのかと言いますが、雛人形の起源が流し雛にあるからなんです。
 流し雛は、心身についた罪穢れを移して、それを川に流してお祓いをしたもの。
 それより前に遡ると、大祓の人形(ひとがた)に迄行き着きまして、いずれにしてもお祓いが関係するのです。
 大祓の人形も大祓式の後は川に流すのを本義としており、現在は川に流せないので、人形を焚き上げて、その灰の一部を流すという代替手段を取っております。
 話を雨水に戻しますに、元々が祓いである雛人形(雛祭り)と水は非常に近しい間柄にあって、水が豊富な雨水に雛人形を飾ると良縁に恵まれるとされる由縁になったと。
 ただねえ、雨水とは言え今週はほぼ毎日、傘のマークが付いておりまして、23日の天皇誕生日に「第2回北陸支援むすびマルシェ臨時版」を控える身としては、お空の神様を相談したいところです。
 
また一円玉をお預かり [令和6年2月18日]

「ありがとうございます」
 朝夕の寒暖差にさい悩む宮司です。年末からの疲れと気温差で、古傷の首筋が張っておりまして、温湿布にお世話になる日々。
 例年より温かい今年の冬ですが、いざ北風が吹くと、日向でも一気に寒くなりますね。皆さんも体調には十分お気を付け下さい。
 一昨日に能登の輪島に伺ったわけですが、支援物資の要望が段々と変わってきているお話しを聞いて参りました。
 電気が通った今は、電子レンジなどの白物家電にたいする要望が増えているそうです。
 また簡単に煮炊きをするためのカセットコンロも需要が高いそうで、カセットボンベはあるのに肝心のコンロが品薄だとか。
 また布団も掛け布団はあるのに、敷布が少なく、マットレスの要望も増えているそうです。
 食品では、海の近くという場所柄でしょう、魚介類の缶詰が好まれる様で、味の付いているものより水煮が重宝するそうです。
 このような話を金沢へ戻る車中で聞いたので、その場でアマゾンを使い鯖の缶詰480缶を送らせて頂きました。
 被災地の自治体では個人からの支援物資受付は終了している所も多く、企業団体でもアマゾンのリストから送付して欲しい由が流れております。
 皆さんの所属している団体や学校でも、このようなシステムを使えば、素早く支援物資を送ることが出来ますので活用してみてはいかがでしょう。
 今朝社務所に顔を出すと、机の上に紙の手提げ袋と見たことのある黄色い箱が置いてありました。
 中を確認すると大量の一円玉で、この七峯や神社のSNSを見て、義捐金として持参してくれたそうです。
 ある意味、よくこんなにもの量を溜めていたものだと、ビックリするやら驚きを感じた宮司。
 何とかも積もればという例えのように、現地へ持参した義捐金や、先程書いたような支援物資の調達に大切に使わせて頂いております。
 眠っている一円玉、その他の硬貨もまだまだお預かりしております。大量の場合は社務所に直接お持ち下さい。
 また、お預かりした義捐金の中間報告は2月末を目処にさせて頂く予定です。