七峯の丘から
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犬舎登録完了 [令和3年9月22日]

犬舎名登録証明書

弥来です
 今日も銀杏が威勢良く落ちている境内。午後からは風が強まったので、社務所の屋根にもコンコロコンコロと音がしております。
 境内に落ちている銀杏は皮ごとであればご自由にお持ち頂けますので、足下を見つつ頭上にもお気を付け戴きながら拾ってみて下さいね。
 昨夕に到着した郵便物に申請していた犬舎名登録証明書がありました。
 宮司家では4匹のチワワがおりますが、現在筆頭の珠京とお嫁さんの令麻の間に、去年8月7日に息子の弥来が生まれたのは既報の通り。
 血統書付きの犬を所有した場合、所有者の名義変更が必要となります。
 その際は名義変更だけで、血統書に登録してある名前はそのままになります。
 名前の後には出生の犬舎名も記されており、当然その変更もないのです。
 しかし、自家で出生した場合はその場所が犬舎となり、血統書を管理発行している一般社団法人ジャパンケネルクラブに犬舎設立の申請をする必要があります。
 弥来は宮司家で最初に生まれたワンコですので、今まで犬舎は設立していませんでした。
 忙しさにかまけていたわけではないのですが犬舎設立が必要なのを知りませんで、珠京と令麻の名義変更の書類を作成するためにクラブのHPを見ていたところ、犬舎の項目を発見したのです。
 設立した犬舎名は「七峯犬舎・ななみねけんしゃ」で、当社の鎮座する鏑木七峯からとりました。今書いているのも「七峯の丘から」ですよね。
 犬舎名を決める際に禰宜画伯と智勇権禰宜に何が良いか聞いたのですが、速攻で返ってきた答えは「七峯が良い!」と言うものでした。勿論異論はございません・笑
 犬舎登録完了で次は弥来の出生届となりますが、そこで必要となるのが父親である珠京のDNA証明。これからその手続きに入ります。
 なので、七峯犬舎初登録となる弥来の出生届はもう少し先。
 出生届が完了したらまたこの「七峯の丘から」でアップしますね。
 
お月見準備完了 [令和3年9月21日]

ススキは鷹の羽芒

梨は兎型に

お月見団子は木村屋謹製
朝から走り回っている宮司でございます。神主になりたての頃、先輩に「神主は境内を無闇矢鱈に走らない」と教わりましたので、走り回っているといっても実際には早歩きかな・笑
あまりセカセカしていると神様とお参りの方が不安になってはいけませんので、余程なことがない限り早歩きを心がけております。
今夜は十五夜、中秋の名月でお月見ですね。中秋とは本暦8月の事でその15日の夜を十五夜。満月となり一年で一番お月様が綺麗に見える日とされています。
明治初年の改暦まで我が国は月の運航を基本とする太陰太陽暦を使用していましたので、現在の太陽暦とは1ヶ月から1ヶ月半ほどずれる事になります。
お月見の話は後述するとして、今日は午後から千葉の神社庁で月一の役員会があり、その前にお洗濯干しと銀杏がいっぱいの境内掃除を行い、お月見の準備までしなければならず、最初に書いた様に走ってないけど走り回っているわけです。
そしてこの七峯を書いているのも千葉駅から都町にある神社庁へ向かうバスの車内と。
栗山権禰宜と境内掃除とお焚き上げを完了させ、お月見団子を蔵六餅本舗の木村屋さんに取りに行く。禰宜画伯が発注したお月見団子の数はなんと8パック。
御本社と境内の摂社と末社、そして宮司宅の神棚用なのですが、手提げの中のお団子は宮司の手にしっかりとした質感を感じさせてくれるに十分な重さでした。
当社のお月見膳は禰宜画伯が調理します。お月見団子を中心に里芋、薩摩芋、南瓜を蒸したり煮たり。そして果として梨を添えます。
今夜は拝殿の御扉は開けたまま。それは麻賀多神社の御祭神「稚産霊命・わかむすびのみこと」様と叔父にあたる月神「月読尊・つくよみのみこと」様が夜通し宴を催される為。
なのでお供えしたお料理には既に御神酒を満たした酒器とお注ぎした盃が2つ添えられています。
今の人の世はお酒を酌み交わす事も自粛モードですが、神様方にはたくさん召し上がっていただき、高まった御神威で流行病を吹き飛ばして頂きたく思います。
 
奥野総一郎代議士事務所開き [令和3年9月20日]

本文中に名前が出てくる4人です・笑
 今日は敬老の日。祝日法には「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」とございます。
 我が国の人口比で言うと約3割が高齢者との統計だそうで、敬老会の主催と呼ばれる方がほぼ同じ年齢構成というのも珍しくなくなりました。
 ただその敬老会もこの2年は開催できていません。
 宮司宅では大体7時くらいに洗濯物を干すのですが、佐倉城址公園でのラジオ体操から帰ってくる方々が丁度神社の前を通過します。
 流行病の現今であっても変わらずに元気はつらつな皆さん。適度な運動と毎日変わらない生活パターンが秘訣かもしれませんね。
 因みに敬老の日の始まりは兵庫県多可郡野間谷村(現・多可町八千代区)で昭和22年に始まったとされ、平成28年には同町で「敬老の日制定50周年記念式典」が開催。
 秋篠宮両殿下と加藤勝信内閣府特命担当大臣が出席したとウィキペディアにありました。
 この敬老の日も9月15日から9月第3月曜日に移されまして、シルバーウィークと言う名の連休に。なんだかなぁと言う気がしております。
 今日の宮司は地元千葉9区が選挙区で友人でもある奥野総一郎代議士の選挙事務所開きと必勝祈願祭を奉仕して参りました。
 選挙事務所は四街道市大日に構えられ、代議士始め後援会長の加藤良二先生(元東邦大学付属佐倉病院長)など幹部の皆さんが参列しました。
 衆議院千葉9区からは自民党の秋本真利代議士と立憲民主党の奥野総一郎代議士(比例)が出ており、宮司はお二人ともお付き合いがあります。
 旧民主党の流れを汲むとは言え現在の立憲はかなり左旋回してえいる印象は否めませんが、奥野代議士は同党の保守陣営として憲法審査会の対応等、党内を纏め議論の席に着くことが出来ました。
 コロナ禍前はお酒を酌み交わすこともしばしばで、加藤先生や共に友人の高橋栄一さんと代議士には耳が痛いような話をガンガンしながら政治(まつりごと)について議論を・笑
 今日の決意表明でも立憲民主党を内部から改革し、真正保守の2大政党制を目指して頑張るとありました。
 感情に流されることなく、有権者の声をしっかりと聞く奥野代議士の活躍に期待しております!

奥野総一郎オフィシャルサイト
https://s-okuno.jp/
 
yomiuriつうしん308号 [令和3年9月19日]


 昨日行なわれた日本記者クラブによる自民党総裁選候補者4名の公開討論会、まあ酷かったですね質問している記者が。
 特に朝日新聞と毎日新聞の記者が酷いのなんの。中韓2国に対する質問では外務大臣経験者として河野さんと岸田さんにしか質問せず、しまいには河野さんのみにしか質問しない。
 これが開かれた平等をもっとうとする記者クラブときたもんですから、普段から報道しない自由などの偏見報道をしていますと自己アピールしたも同然。
 そんなアピールをしなくても朝日と毎日の偏向報道なんて皆知っている公然の事実ですのでね・笑
 台風一過と言うに相応しい良いお天気。日射しはあれども南風も強くなく、と言うか少し北風も吹きつつ心地良い一日と成りました。
 昨日からの予約変更など今日は終日御祈祷が続き、栗山権禰宜が祈祷番を頑張ってくれ、智勇権禰宜は朱印番として奉書しまくったとのこと。
 宮司は外祭2件の奉仕で日射しで額に汗をしながら帰社しました。
 なので朝刊を見るのが遅くなり産経新聞と読売新聞の順で紙面を開きますと、読売の折り込みに佐倉読売サービスセンター発行の「yomiuriつうしん308号」が入っておりました。
 今回は当社を特集して頂いており、宮司が書いた紹介文とスマートフォンで撮影した画像がふんだんに掲載されていました。
 同紙はセンターの石渡清一所長の奥さん敦子さんが編集長を務め、地元の商店やリレーインタビューなどを掲載。読者投稿欄も有ります。
 実際の折り込みでは白黒印刷ですが、編集時にはカラーなので、校正時に送って頂いたものをアップしておきます。
 因み敦子さんは佐倉城下町商店会の会長も務められ、毎月10日の金毘羅ふれあい市でも折り込みチラシをボランティアで作成しているんですよ。
 「yomiuriつうしん」を見てまた神社が身近に感じて頂けると嬉しいです。
 石渡所長、敦子さん、ありがとうございました!
 
台風14号終了から足下注意 [令和3年9月18日]

壱の御神木
 一昨年から台風と聞くとより恐怖心と心配性になった宮司でございます。
 今回の台風14号は九州より四国から紀伊半島を通過して太平洋に抜け、相模湾辺りで温帯低気圧になるという前代未聞のコースをとりました。
 異常気象という文言と一緒で、前代未聞も前代未聞ではなくなって来ているここ数年の気象状況。
 気象庁と気象予報士の皆さん、本当にお疲れ様でございます。
 先日、今年の銀杏は早いと書きましたが、台風からの風と雨でかなりの数の銀杏が落ちました。
 全て熟しており、青いものは見当たりません。これも前代未聞でした、葉が青いままで落ちきってしまうのではと職員と話しております。
 今日入っていた地鎮祭の1件は御殿で新築工事安全祈願祭に変更して齋行。午後2時からだったので一番雨が強い時間帯。
 なので壱の御神木からの銀杏が御殿の屋根に落ちることこの上なく、約20分の祭典中ずっと「ドンガラガラ」と鳴りっぱなし。
 この音が雨音をかき消す勢いですので少しく恐怖心すら覚えますが、ハイシーズンは雨が降らなくとももっと大きな音になります・笑
 明日は今日から予約変更になった御祈祷も含めて終日の祈祷予約が入っております。
 御殿前の石畳辺りは一応掃きましたが、夜中のうちにまた落ちると思いますので、明日は朝から大掃除をしてお参りの皆さんを迎えたいと思います。
 
シフォンケーキのお礼参り [令和3年9月17日]


 台風14号の影響で時折雨がぱらついている佐倉です。風も強まってきましたので社務所内にいても銀杏が落ちる音が聞こえますね。
 明日入っている御祈祷の予約変更に電話が順番に入っております。
 その他の入電も有りまして、今日は宮司のみが出社ですので電話に出ると「あれ!?最初から宮司さんが出るなんて珍しいね!」と知り合いの方に・笑
 自民党総裁選が告示され4名が立候補されました。書類仕事をしながらパソコンで立候補表明や共同記者会見を見ております。
 自民党の総裁は次期首相になる可能性が極めて高い立場です。
 宮司も神道政治連盟千葉県本部として同党の職域支部に所属しているので、総裁選では党員票を持っており、既に候補者より葉書や録音ですが挨拶の電話が来ております。
 日本の舵取りを任せるには何方が良いのか、宮司自身の信念とどの方が相容れるのかも踏まえて投票したく思います。
 各位の考えを聞くに危急の課題はなんと言っても流行病の対応ですね。
 新規感染者の減少が目に見えて判る様になってきましたが、冬に向い第6波の到来も懸念されます。
 今のうちに準備が出来るものは早々に行なって頂くとして、自粛自粛だけでは干上がってしまいます。
 飲食店の窮状が言われていますが、給付金が支給されているだけましでして、給付資格すら無いところの方が多いのです。
 そこには私共のような神社やお寺などの従来宗教も含まれておりまして、このままだと後を継がせられないと仰る関係者も少なくないのです。
 神社やお寺は心のよりどころだと思います。先日このような話がありました。「神様のお陰で治ることが出来ました」と。
 お母さんとお嬢さんのお二人で来社されたのですが、先月お子さんが部活でウイルスに感染してそれが家族に広がったという、所謂デルタ株のことでして、治療により後遺症も見られずにとお礼参りに来社されました。
 SNSでも繋がっており、この頃お見受けしないなと思っていたところお母さんよりメッセンジャーで感染してこれから入院とご連絡を戴きました。
 すぐさま麻賀多様の御神前に快復を願うと共に、つたない文章でしたがご返信をしました。
 回復されたお二人の顔を見ると以前と変わらず柔やかでとても安心した次第です。
 お参りの際には社務所にお声かけをして下さり、いつも美味しいものをお持ち下さいます。
 先般はお住まい近くのシフォンケーキと沢山のバウムクーヘンを御奉納下さり、早速御神前へお供えしました。
 今回の第5波では宮司の知り合いも数名が感染し、気をもむことが多くなりました。
 自身で行なう感染予防は勿論、神主として八百万の神々に流行病の早期収束を祈る責務も改めて自任し神明奉仕に努めたく思います。
 
ケーキ? [令和3年9月16日]

ビフォー

アフター
 台風14号が日本列島を西から横断しそうな感じで進んでいます。
 このまま行くと土曜日の18日は関東は大雨の模様です。
 土曜日には地鎮祭も2件入っており、予定の変更などの問い合わせも増えてきましたね。
 明日は朝から台風対策をすることにしましょう。先ずは幟旗を片すところからかな。
 今日は午後から工業団地内にある岩城製薬佐倉工場株式会社さんで新注射材プロジェクトの地鎮祭を奉仕してきました。
 岩城製薬佐倉工場さんは毎年お正月に昇殿祈祷を受けられ、部署ごとに麻賀多様の御神札が祀られています。
 さて地鎮祭では工事開始の儀式である鍬入れの儀があり、砂盛を鎌と鍬と鋤で突きます。
 鎌が設計者、鍬が施主、鋤が施行業者の各代表が行なうのですが、今回は施主の鍬の儀を関係会社3名で行なう事になっており、砂盛も円錐型ではなく長方形のケーキ型に。
 今回は大掛かりな地鎮祭なのでイベント業者が設営をしてくれ、砂のケーキ型も作成してくれましたが、その完成度にビックリ!
 型にはめて作ったんじゃないかと思うほど平らな表面と縁の角度。それも凝固剤などを使わず砂と水のみで作ったと言うからさらにビックリ!!
 で、砂がかなり締まっていてかなり固く、木の鍬の刃が立たないかもというので突く場所も指定ありと、20数年神主をしておりますが中々貴重な経験をした地鎮祭でした。
作っているところも見てみたかったなぁ

岩城製薬佐倉工場株式会社
https://www.iwakiseiyaku-sakura.co.jp/
 
社用名刺作ってます [令和3年9月15日]


 今年は銀杏が熟すのが早いとみられ、昨夜の雨に打たれて落ちてきた銀杏はほぼ完熟で、黄色が少し赤み掛かっておりました。
 ここ何年かでは一番早いかな?20年ほど前は10月の御例祭の後に落ち始めていたのですが、年々早くなっていますね。
 この分だと七五三詣のハイシーズンには落ちきっているのではないかと思います。
 そんなことを考えつつ箒でもって銀杏を掃き、少しく額に汗をしたところで電話が鳴り始めます。
 9時半から40分ほど、電話を受けては用件を聞き、受話器を置いては電話が鳴りの繰り返し。
 まるでテレビショッピングの電話オペレーターなみに電話対応をしつつ、その合間に御朱印を奉書しての授与所対応。
 はい、今日は職員みな公休で社務所は宮司一人のみ。禰宜画伯はというと宮司宅のアトリエにお籠もりで作成に没頭中です。
 今日は15日で月次の神饌を献ずる日ですので、その準備と御神前に献饌を済ませ、一息つく間もなく社頭対応と、宮司なにげに午前中で息切れ寸前でした・笑
 午後になり社頭の対応も一段落して始めましたのが社用の名刺作成。
 神職の名刺は地元の印刷屋さんにお願いしているのですが、社頭対応で神社の連絡先などを伝える際に使うのが社用名刺。
 たくさん使うものでも無いので以前より宮司がパソコンで自作しております。
 その社用名刺がいつの間にか無くなってしまい、それに気付きまして今日のような隙間の時間を活用して作ったのです。
 まあ、作ったと言ってもパソコンからプリンターで打ち出し、それをミシン目に沿って切るだけの簡単作業。
 と箍をくくっていたのが大間違い。保存してたはずの社用名刺のデータがうまく取り出せずほぼ作り直す事態に。
 そんな時に限って電話が鳴り始め、宅配便さんも来たりで、作業に取り掛かったから完成まで何と1時間半も掛かってしまいました・苦笑
 と、出来上がったところで安産祈願の問い合わせに妊婦さんの来社したお母さんに社用名刺を渡す機会が早速訪れ、結果オーライという事でお後が宜しいようでございます。
 
弥勒町八幡神社例祭 [令和3年9月14日]

弥勒町八幡神社
 天気が下り坂のようです。台風14号からの前線で佐倉も夕刻から小粒の雨が白衣に染みるようになりました。
 今日9月14日は弥勒町八幡神社の例祭日。去年に続いて神社役員のみの参列となりましたが、祭儀滞りなく齋行致しました。
 日本全国の各所に八幡様は鎮座されていますが、その大本となる宇佐神宮では明日の15日が例祭日。
 弥勒町八幡神社はその前日が例祭日となっていますが、これは翌15日に附け祭りとなる御神酒所を曳き廻しを行なうからと思われます。
 現在では弥勒町の御神酒所は10月の佐倉の秋祭りに合せて曳き廻しており、例祭の翌日(14日の後の日曜日)は御神輿の渡御と境内での縁日を行なっています。
 今を思い返すに2年前は例祭直前に台風15号が千葉県を横断して大被害をもたらしました。
 それであっても神社役員始め若連の皆さんの手により14日には綺麗な境内に整備されておりました。
 その翌月に来襲した19号で御神酒所の曳き廻しは中止で昨年よりの今に到ります。
 今日はささやかな直会がありましたが、そこでも「どうにかして来年は御神酒所を曳き廻したい!」という熱い心をひしひしと感じました。
 日本全国を見ても佐倉ほど「来年こそは!!」と願う心が大きい場所は無いと思います。
 宮司として大変ありがたく、と共に忸怩たる思いになるのです。
 今出来ることの最大限を。0か10ではなく。宮司の心の支えとなっている言の葉です。
 
宮ノ台地区集会場地鎮祭 [令和3年9月13日]


 新型コロナウイルスのワクチン1回目接種が国民の5割以上となりました。先日には日本よりも2ヶ月近く早く接種を始めたアメリカと並んでいたので、今は抜いている思われます。
 そもそもアメリカは接種人数が頭打ちとなっており、同じ傾向はヨーロッパ諸国にも言える事。
 それに比べて日本では若年層の接種拒否が多いのではと報道されてきましたが、蓋を開ければ若者の接種希望者も多く、これからも接種率は上がると考えるのが妥当でしょう。
 それに比例して新規感染者の数も目に見えて減って来ており、東京の本日の感染者は611人と先週月曜日より357人減り、千葉県では294人と新規感染者が300人を下回るのは7月25日以来。
 まだまだ手放しで喜べる状況ではありませんがこの傾向が続くように、そして感染者が増えるであろう冬に向けての対策強化を今のうちに進めて欲しいと思います。
 今日の神社は月曜日ということもありお参りの波も静かでした。
 宮司は午前中に佐倉市西部の宮ノ台地区に出向し、同自治会の集会場新築地鎮祭を奉仕してきました。
 宮ノ台地区は1〜6丁目まであり、世帯数は2000戸弱で人口も5000人弱と大所帯です。
 ユーカリが丘地区と共に山万株式会社が中心となり造成と街作りが進められてきました。
 これだけの規模ですが今まで自治会館などは2丁目に1ヶ所有るのみで、2ヶ所目の建設は20数年来の懸案だったそうです。
 地区内に市立青菅小学校と同井野中学校があり、地域行事での活用や避難場所にも指定されていますがますが、通常開校している時間帯には住民の方は施設を使うことは出来ません。
 そこで佐倉市に対して根気よく陳情を重ね重ねて本日の地鎮祭にこぎ着けたというわけです。
 祭典には施主である宮ノ台自治会の建設委員の皆さんと設計と施工業者が参列し、施主が行なう鍬入れの儀は自治会を代表して三浦孝次朗さんが務められました。
 三浦さんと宮司は佐倉警察署協議員会でご一緒した縁で、その後に協議員経験者による佐倉青色パトロールでも一緒させて頂きました。
 建設場所はユーカリが丘北公園の一角で、公園の緑と広場を活かした設計となっているそうです。
 当社では先月より3ヶ月連続で地域のッ集会場の地鎮祭が入っており、今日はその2件目ですが、地域コミュニティと防災の面からもこのような施設の建設と活用は大事なんだと建設委員各位の熱の有る話を聞き感じた次第です。
 改めて工事の安全と地域住民の絆の場所になって欲しいと願っております。