七峯の丘から
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信仰集める地域ブランド [令和3年5月6日]


 スダ椎の葉の入れ替えが本格化して、強風続きでしたので境内は落ち葉だらけ。
 至る所に吹き溜まっており、集めやすいのですが、集めたら大変な量になって、お午前中はほぼその作業で終了してしまいました。
 今日は新聞休刊日。宮司家では読売・産経・千葉日報と3紙を購読していますが、昨日は慌ただしく千葉日報には目を通していませんでした。
 さて新聞でもと思いつつ休刊日を思い出し、手にしたのは真新しい千葉日報5月5日版。
 一面のメイン記事は飛ばしてコラムを読んで紙面をめくるとそこには「麻賀多神社」の文字。ん!?
 千葉日報3面には週1回、千葉地理学会員による「おもしろ半島・ちばの地理再発見」という連載があり、宮司も楽しみに拝読しています。
 この連載は会員がそれぞれの分野や研究調査をしたものを取り上げるので、地名や地形のみならず、鉄道や人口分布など内容は多岐にわたります。
 正直、千葉県に関わるものであれば何でも大丈夫のような感じなので、それも楽しみにしているのです。
 下記HPよりリンクしてあります。千葉日報ウェブサイトの有料記事ですが、障りを読むことが出来ますよ!
 さて、今回の内容ですが、全国に分布している神社と特定の地域に鎮座している神社の特徴を麻賀多神社を例に紹介しています。
 今回の筆者は帝京平成大学教授の佐瀬一生さん。佐瀬さんは当社のような神社を「ローカル(地域)ブランド」と呼んでおり、なるほどという思いになりました。
 ローカルといっても田舎という意味ではありませんのであしからず・笑
 記事では麻賀多神社について「麻賀多十八社」の事や鎮座地。御祭神について記されており、当社と台方の麻賀多神社が紹介されております。
 内容的にとても読みやすく、変な比較もありませんので、一般の方に麻賀多神社を知って頂くには良いと思います。
 ただ残念だったのが本殿を本堂とあったり、御祭神「稚産霊命・わかむすびのみこと」のルビが「やかむすびのみこと」となっていて、これが無ければと。
 昨日掲載されたものですが、今日社頭にいるとこの記事を持った方が数名見られ、いくつかのご質問も頂きました。
 記事の締めに「成田市台方・佐倉市鏑木町の両社とも参拝客が引きも切らず訪れていました。地域に根ざしている様子がうかがえました」と。宮司として本当に嬉しい言の葉です

千葉地理学会
http://chibachirigakkai.g2.xrea.com/index.htm
 
端午の節供 [令和3年5月5日]

柏餅のお供え

掛け菖蒲
 本当に風が強い日が続きます。鯉のぼりは美味しそうに風を孕んでいますが、なかりお腹いっぱいのご様子です。
 今日は端午の節供。男の子の健児育成を願う日ですが、元々は5月最初の午の日に行なっていた行事でした。
 これが5という陽の数字と合わさって現在の5月5日になったというわけ。
 これと同じなのが3月3日の上巳の節句。3月最初の巳の日だったのが、同じく陽の数字である3にちなんでと。
 陽の数字である奇数を重ねることによってより強い力を得ると考えられたのです。
 さて、男の子のお祝いとも言える端午の節供ですが、付きものなのが菖蒲。この語源は同じ読み方の「尚武」で、武道や軍事について考えると言った意味があります。なので兜や武者人形を飾るわけです。
 御殿には宮司宅の庭に咲いたアイリス(花菖蒲の代わり)と柏餅をお供えして、鳥居と宮司宅の門には掛け菖蒲をしました。
 この掛け菖蒲、世間一般は葉先が下向きなのですが、当社では上向きに飾ります。
 毎年書いて恐縮ですが、菖蒲と花菖蒲は別物なのはご存じですか?
 菖蒲はサトイモ科で花菖蒲はアヤメ科の植物。葉が同じような形状なので混同してしまいますが、菖蒲にはアヤメのような花は咲きません。
 でもって、菖蒲湯に入れるのは勿論菖蒲の葉ですので、花菖蒲の花を取ったものは入れないで下さい。
 柏餅は蔵六餅本舗の佐倉木村屋謹製で当家より奉納頂きました。
 麻賀多様も柏餅をご堪能頂けたと思いますので、有りがたくお下がりをいただくっことと致しましょう。

蔵六餅本舗木村屋
https://zourokumochi.jimdo.com/
 
お弔いに [令和3年5月4日]


抜けるような青空。御朱印の大銀杏も葉が生え揃い、日に日に緑が濃くなっていくのが判ります。
祝日でいうと今日はみどりの日。憲法記念日とこどもの日に挟まれて、いまいち存在感はありませんが、法律で定める立派な祝日でございます。
もともと、今の昭和の日である4月29日を昭和天皇の崩御後にみどりの日としましたが、紆余曲折があり5月4日となった経緯からして、連休の穴埋め的要素が高いので致し方ないですね。
さて宮司は今、東海道新幹線の車中。上りののぞみ号に乗車しています。
要するに佐倉への帰路なのですが、車中は大型連休とは思えない程の空気感が漂っております。
何故に車中の人かと言うと、宮司の大親友の母上が帰幽され、そのお弔いに大阪の八尾まで行き、トンボ帰りの車中です。
このご時世、大阪は流行病の罹患者が多い事もあり本当に悩みましたが、お参りをして滞在時間30分で帰倉への足取り。親友には忙しない思いをさせましたが、ちゃんおお参りが出来て一安心です。
安心したら急に眠気が襲ってきましたので、しばしの間おやすみなさい。
 
憲法施行74年 [令和3年5月3日]

憲法記念日に国旗を上げるかの賛否もあったり


大型連休も折り返し。ただ、今年は流行病と強風と突然の雷雨で、今の世情を表しているような感じです。
今日もたくさんのお参りを頂き、御朱印やおみくじなどを受ける方が多いのも連休だなぁと感じさせてくれます。
連休連休とは言いますが、今日は74回目の憲法記念日。今の日本国憲法は昭和21年11月3日に公布され、翌年5月3日に施行となりました。
それから一度もどの条項も、いや一文字も変えられないまま今日を迎えた訳ですが、我が国を取り巻く環境や流行病にはたしてこの憲法が適応しているのか甚だ疑問でしかありませんり
そもそも現案は占領軍が一週間程度で作り、国会で承認とは言えほぼ押し付け、否決したら判ってんだろうなという状況下で定められたものが、今の日本と世界情勢に合うわけがなく、それを平和憲法だと後生大事に持て囃している勢力が国会内にある程度いるのが日本の不幸なのです。
そもそも、現憲法には緊急事態条項がありませんし、自衛隊の記載もありません。
去年、最初の緊急事態宣言を政府が出す前に小池都知事がロックダウンの事を口走りましたが、我が国の憲法にはそのような緊急時の対応が無い為に出来ないのです。
やはりパフォーマンスとお口が上手なだけと正体を表した訳ですが、国会議員の任期も憲法にあって非常時に選挙が出来ない場合の対応も記載無し。
レフトサイドが目の敵にする明治憲法はその点をちゃんと載せておりますので、どちらが上かは一目瞭然なのです。
現在、国会では衆議院の憲法審査会で棚ざらしになっていた国民投票法のの改正案が8国会にしてやっと採決され参議院に送られる事が濃厚となりました。
しかし、参議院の憲法審査会では相変わらず立憲民主党と共産党が議論のテーブルにつく事も拒否するような状態。
この国民投票法は憲法改正の際に、国民が改正条項毎に賛否を示す投票日の仕方を規定しているもので、改正案は期日前投票や投票場所の拡充を示しています。
それすら議論もしないと言うのは憲法議論に対する国民の権利を愚弄するもの。
普段、国民の権利権利と言っておきながら、それを邪魔するのが護憲勢力というのがよく解ります。
因みに、第七条四号の「国会議員の総選挙の施行を公示すること」と有りますが、総選挙は衆議院。参議院は通常選挙でして、国会議員わかってんのか!?

 
七夕と夏詣の準備開始 [令和3年5月2日]


 大型連休とはいえ、県境を跨いでの外出を控えるよう政府や自治体が声がけをしております。
 流行病のまん延と感染防止には家の中でジッとしているのが一番良いのは判っておりますが、そういった事ばかり出来る環境の人は限られておりまして。
 なので真剣に感染予防をして外出。迎え入れる方も予防対策をしてというのが現実的ですね。
 しかし、あの路上呑みをしている人達って今が楽しければ良いとしか思ってないのでしょうか?
 若しくは「自分だけは感染しない」という何の根拠も無い自信?
 だとしたらはた迷惑以外の何物でもありませんし、禁止や取り締まる条例が無ければ作れば良いのです。
 なにも条例を制定したからといって今後ずっと施行したままというわけでは無く、流行病が収束したら解除すれば良いだけ。
 日本は憲法に緊急事態条項が無くロックダウンが出来ないのだから、それくらいは法令や条例でやれば良いんですよ。
 さて、今日は大型連休で日曜日で大安で戌の日。とくりゃあ、お参りが多いとかいうレベルでは無く、御朱印の対応も含めて神社はてんてこ舞いの一日でした。職員お皆さんお疲れ様でしたね。
 初宮詣と安産祈願が続いて、その中に厄除や方位除のご祈祷が入ったりと。
 例年だと今の時期は厄除のお祓いはほぼ無いのですが、お正月に御祈祷を受けられなかった方がいらっしゃってますね。
 流行病の現今にあって皆さんいろいろな不安を抱えているんです。それがお参りや御祈祷を受ける事によって少しでも和らいでくれたら幸いです。
 宮司ですが、午前中に地鎮祭の奉仕をして、午後からは七夕や夏詣で頒布する「むすびの短冊」を吊す朝顔棚の準備に取り掛かりました。
 七夕の笹竹は6月の最終土日あたりに設置し、そこから7月7日迄のあいだ短冊を配ります。
 夏詣は7月と8月の2ヶ月を期間として、限定御朱印を受けた方に短冊をお渡ししております。
 朝顔が咲く棚に思いの籠もった沢山の短冊が吊される。そこに一抹の風が吹くと短冊が揺れてとても綺麗です。
 と言いつつ、今日植えたのはゴーヤの苗2株で、朝顔の種は明日蒔く予定です。
 今年の夏はどうなるんでしょうかね。熱中症の心配もありますから、早くマスクをしなくてもいい状態になって貰いたいものです。

夏詣
https://natsumoude.com/
 
若葉の皐月 [令和3年5月1日]

葉の先端が茶と黄緑なのが今年の新芽
 今日から5月。皐月の月次祭を奉仕し、皇室の弥栄と氏子崇敬者各位の安寧。そして一日も早い流行病の収束を祈念致しました。
 そして今月の月次祭は神様の衣替えである神御衣祭。修祓の後に本殿の右御扉(向かって左側の御扉)を開扉し、御衣装箱より冬の神御衣を取り出し、入れ替えとして夏の神御衣を納めました。
 このお祭りが済むと神職の装束も夏仕様になりますが、衣替えをすると必ず寒い日があるので、当座は夏冬両方の装束で対応しております。
 さて、毎月一日は御殿前に神棚用の「ついたちお榊」を出しておりますが、今の時期は榊の新芽が出る頃で、その新芽は萎れやすいのです。
 なので通常は前日に境内からお榊を採集していますが、5月は一日の早朝に取るようにしています。
 今日も朝もはよから剪定鋏を持って境内をウロチョロ。榊の形状や切った後に伸びてくる脇芽のことを考えて採取しました。
 5月の和名「皐月・さつき」は輝くという意味の接頭語「さ」が付く月。今日のお榊もキラキラと光り輝いていました。
 来月には新芽も固まってきて、その成長や変化を見るのも神明奉仕の楽しみであります。
 
ドラマロケ出向 [令和3年4月30日]

エキストラの皆さん
 宮司、烏帽子で日焼けしました。なのでおでこ上部が白くて下半分が赤くなっております。本当に良い天気でしたね。
 今日は市内の印旛沼湖畔にて、とあるテレビドラマの撮影が行なわれ、宮司が出向してきました。
 何故ドラマの撮影に?と言うことなのですが、そのシーンが地鎮祭。
 通常は役者さんが神主の役をして、本職の私達が監修をする事が多いのですが、今回はリアリティーに拘りたいと本職に行なって欲しいという意向が先方から有りまして、宮司が登板ということになったわけです。
 集合は現地7時。昨日の雨で設営が遅れ気味でしたが、既に祭段は組まれていて、神饌も上がっていました。
 ただ、テレビ局の美術さんが設営したものなので微妙に違っている所もあり、リアリティーをご要望ですので、微調整を行ないました。
 そんなこんなで、主役の俳優さんと女優さんが8時頃に到着。直ぐにリハーサルが始まり、カット事に撮影開始。
 そんなことが続いて、通常30分程度の地鎮祭ですが、撮影終了は午後1時半。足かけ6時間半というスペシャルなものとなりました・笑
 地鎮祭シーンの撮影が終了しエキストラの皆さんはお弁当タイム。宮司は演技終了ですのでロケ弁を頂いて帰社しました。
 このロケ弁、3種類から選ぶという気遣いのもので、大変美味しかったです。
 一昔前までのテレビ撮影って、スタッフがエラそうに怒鳴り散らしれいるイメージがありますが、今は休憩時やリハーサル中に冗談を言ったり笑い声があったりと、みんなで作り上げているといった雰囲気。
 エキストラに対してもとても親切ですし、宮司に到っては撮影前に全員が集まったところで紹介までして頂きました。
 詳細はまだ書けませんが、テレビ放送は来年でその後に映画が公開される予定です。
 半日掛けた撮影、主役も来ておりますのでカットになる事は無いと思います。
 放送日時が公開オーケストラになったら、再アップしますね。こうご期待です!
 
春祈祷納めは御田植え祭 [令和3年4月29日]

写り込んでいるのが立田総代
 大型連休が始まりました。と、その前に今日は昭和の日。激動から戦後復興を成し遂げた昭和という時代を偲ぶものとして祝日法には規定されていますが、その前提として言わずもがな昭和天皇のお誕辰日であります。
 明治34年(1901)にお生まれですので丁度120年を迎えたことになります。
 その昭和から平成、そして令和の御代となりましたが、等しく国民に寄り添われる陛下のお姿はいささかも変わることがありません。
 秋篠宮家の女王殿下のご婚約に当っていろいろとマスコミを賑やかせていることもありますが、如何になろうとも行く末を見届けるのも大事かと宮司は考えて下ります。
 さて、毎年4月29日は兼務の江原新田麻賀多神社で春祈祷を齋行します。
 この2年間は智勇権禰宜と奉仕しましたが、今日は宮司の一人奉仕。
 江原新田麻賀多神社は本殿前で奉仕するので雨の影響が心配されましたが、氏子さん方が雨除けのブルーシートを舗設してくれており、滞りなく祭典奉仕が出来ました。ありがとうございます!
 当社管内では江原新田の春祈祷が一番最後、春のお祭りの納めとなります。
 一番早い春祈祷は1月17日の上代熊野神社ですので足かけ3ヶ月間に渡って各地で奉仕することになります。
 1月の春祈祷は新年の祭典という性格が強いですが、4月は実際に田植えをする直前の、言わば御田植え祭と言っても良いでしょう。
 今日も御神前に早苗が供えられました。この苗を育てて秋の御例祭に神饌一台目としてお供えします。
 今年の早苗はコシヒカリで氏子総代筆頭の立田三雄さんが大事に育ててくれるとのこと。ありがたいですね。
 麻賀多様の御神威により、今年も五穀と万物が豊穣で有りますように。
 
来春の花作り始め [令和3年4月28日]


 昭和27年の今日4月28日、「日本との平和条約」通称サンフランシスコ平和条約が発効し、日本の主権が回復しました。なので今日は主権回復記念日なのです。
 昭和20年の敗戦により日本はGHQに約7年ものあいだ占領され、解放という名の洗脳が行なわれてきました。
 これが戦後史観や自虐史観と言われるものですが、進歩派と言われる方々、何とか学術会議にいらっしゃる高名な学者先生が未だにこのような思考をしている事を思えば、あの組織は早々に無くすべき何じゃないかと考えます。
 流行病に対する提言なんてしたのかなぁ?福島第一原子力発電所の処理水を海中放出するに当って、科学に基づく提言ってしましたっけ?
 さて、当社境内に展示してある牡丹も仕舞いが近くなってきました。
 先日の七峯にも書きましたが、牡丹の花は一枚でも花弁が取れると崩れるように花弁が剥がれていきます。
 そうなるとその鉢の花は仕舞いなので、残っている花弁と真ん中にある房を取り除きます。
 花弁を取るのは見た目のことでして、房の除去は中に入っている未熟の種子が成功しないようにするためなんです。
 成功すると言う事は栄養分を使うと言う事ですので、牡丹の根などに対する負担が大きくなることを意味します。
 現在市中に出回っている牡丹の殆どは芍薬を台木として接ぎ木したものが殆ど。種子を蒔いて成長させたものは趣味として行なっている方以外は無いと言って良いと思います。
 なぜなら、牡丹は根の生長が著しく遅く、それに加えて種子を蒔いて成長したものは種子を取った品種と同じ花が咲くとは限らない性質を持っているからなんです。
 その点、接ぎ木は同じ花が咲きますので、市場への流通を考えても接ぎ木が適している植物なんですね。
 種子の房に使われなかった栄養素は根に蓄積され、葉の皇后尾生で作られた養分と共に翌年の発芽と来春の花に使われます。
 取り除いた房を開いてみると白い粒がいくつも入っています。これが種子です。
 毎年思うのが、一鉢でも種子を収穫して育ててみようかと言う事。
 時間は掛かってもどんな花が咲くのか楽しみ反面、種子を取ることによってその鉢がダメになってしまったらどうしようかという思い。
 只今それにさいなまれておりますが、いずれにしても来春の花作りは始まっているのです。
 
麻賀多様、お好きな風景は? [令和3年4月27日]


 今日は職員が皆公休で、社務所は宮司一人。時折、廊下続きの宮司宅から禰宜と生き狛犬の珠京が顔を出しましたが、それを含めても境内に居る狛猫の方が数が多いです・笑
 穏やかな一日。今日もたくさんのお参りがあり御朱印も沢山奉書致しました。
 月末ですので特に「しあわせ月もうで」を受ける方が多く、間に合ったぁ!と言う声も聞こえたりして、そんなに急がなくても良いですよと・微笑
 さて今夜は満月と言うことで、アメリカの先住民は各月の満月にそれぞれ名前を付けて呼んでいたらしく、4月の満月は「ピンクムーン」。日本語だと桃色月という事になります。
 なんでも4月はピンクの花が多いと言う事で名付けられたそうで、お月様自体がピンク色に成るという訳ではないんです。
 因みに来月の5月はフラワームーン。お花盛りという意味合いですね。
 そんな事を考えながら境内掃除をしていたのですが、ふと上を見上げると御神木の大銀杏がしっかりと芽吹きが済んでおり、陽の光に照らされて目映いくらいに輝いていました。
 宮司は境内の風景、スポットと言った方がいいかな、本殿東側から見上げる感じが好きです。
 高天原にそびえゆく大銀杏。その真下の本殿に神様が降り来るような感じがするのです。
 季節によって姿や色合いを変える御神木の大銀杏。命が疼く卯月の4月を体現しています。
 天気予報によると今夜は天候に恵まれるみたいです。桃色月とご対面できそうですね。