七峯の丘から

久しぶりのあなたはだぁれ? [令和8年7月24日]




 なんだか毎日毎日やる事が多くて、それはそれで有難いのですが熟睡ができる事が少なくなりまして、久しぶりに昨夜はぐっすりと休ませて頂きました。
 疲れてるでしょうと禰宜画伯から言われるのですが、疲れたと言ったところでより疲れるわけで、心配は重ねて有り難く思います。
 今日の七峯は少し短めでまいりますので、七峯フリークの皆さんにはそれでもお付き合いの程を宜しくお願い致します。
 麻賀多神社この夏の恒例、境内に朝顔棚を設けまして、今年から新社務所での緑のカーテンも始めましたが、朝顔棚のプランターから芽が生えて来ました。
 来年は朝顔の苗とゴーヤや四角豆を植えているプランター。今年はそれが遅くなりまして、カインズ佐倉店にて宿根の朝顔(実際には昼顔)の苗を調達して植えました。
 そちらも細々からすくすくと成長が見られるようになったところで、一週間前くらいだったでしょうか、プランターから芽が生えて来まして双葉から本葉へと成長をしております。
 多分ですが、いや物の本義となりますが、昨年に植えたゴーヤか四角豆の種が落ちたものだと思われまして、毎日のジョウロで水遣りで発芽をしてくれたんです。
 でね、ここからが問題なのですが、生えて来たのは一体なんだろうと言う事。皆さんは葉の形を見てお分かりになりますか?
 今育てている緑のカーテンは昨年にこのプランターで育てたゴーヤ。その葉とも違うのでして、であれば資格になるのですが四角豆の葉っぱの記憶がない。
 ネットで調べれば早いのかもしれませんし、七峯を書く上ではいつもネットにお世話になっている宮司ではありますが、今回は敢えて調べませんで、経過観察をしたいと思います。
 でもって、本日の七峯はこれまで。オチもない中ではありますが、お付き合いを頂きましてありがとうございました。
 
第48回香取神社連合会総会 [令和8年7月23日]

「香取神宮の楼門と回廊」

「同じく拝殿」

「議案です。
 国内では3日連続の酷暑日を記録しておりまして、暑いのなんなの事ではありますが、皆さんの地域では如何でしょうか。
 お陰様で当地佐倉は40度越えの酷暑日とはなりませんが、体感温度と観測地点以外はそれを上回っていると思われる、お参りの際には日傘などの対策をお願い致します。
 それと同じくして熱くなっているのが高市おろし。2月の衆院選以降、70パーセントを上回る内閣支持率が続いて来ましたが実近では60パーセントを下回りまして、高市内閣退陣と叫ぶオールドメディア。
 でもね、衆院選後の政権発足から約半年が経ちまして内閣支持率が50パーセントを超えている方が珍しく、今でも後ろから鉄砲を撃つのが得意な石破茂氏なんて目も当てられないような有り様でしたよね・爆
 先の衆院選で現与党となる自民党と日本維新の会が掲げた公約を粛粛と進め、国会の委員会で20年以上も議論を重ねて来た皇室典範改正案の可決が6時間云々とのデマを発信するレフトサイドに流されないよう、私達も気を付けなければなりませんね。
 さて、今日は香取神宮の御分社の集まりである香取神社連合会の総会が御本社である香取神宮で開催され、宮司も同会の監査監事として参列をして参りました。
 下総国一宮である香取神宮。その御分社は旧鬼怒川と現利根川水系、そして東北地方の太平洋側に約400社が鎮座しているとされ、宗教法人格を持たないなど実数はもっと多いものと思われます。
 総会に先立ち正式参拝を行い、今年4月に斎行された香取神宮式年神幸祭以来で拝殿に昇殿。香取の大神様に首を垂れました。
 昇段の際には式年の記念事業として塗り替えられた楼門と回廊の朱の色が眩く、まだ数年前に香取神宮を始めとする社寺の建物に油をかけて器物損壊の罪に問われた某形キリスト教信者の有罪判決も確定したのを思い出しました。
 総会に於いて宮司は会計監査の監査報告を致しまして、監査の後に行われるはずだった役員会が当日の台風6号襲来により書面決済との文言も加え、報告の後に満場一致で可決承認となりました。
 監査監事というのは決算のみに役目を頂くのではなく、新年度の事業計画とそれに伴う予算にも監事提言を行うなど、お役目としてはかなり重いものがあります。
 香取神宮には海外の御分社としてサイパン島に彩帆香取神社が鎮座しており、毎年10末に香取神宮神職により例祭が斎行をされます。
 元々台風が発生する地域ではありが、温暖化の影響で近年では発生した台風がその地域に居座り諸島が大きな被害を受ける事まで多くなりました。
 彩帆香取神社の拝殿もまたしかり、台風からの突風で屋根が剥がれる事態となりその修復事業も議題に上がり、御分社の総意として修復を進めて行く事となりました。
 因みと致しまして、宮司が所管する香取神社は酒々井町馬橋、四街道市鹿渡、同市長岡の3社となりますが、生まれ育った佐原の地を考えると、香取神社連合会の監査監事のお役目を頂いている事に改めて感謝を致したく思います。
 
もつ煮山武風でエネチャージ [令和8年7月22日]

「これを頂きました」

「空が高いですね」
 酷暑日、来ましたねぇ。昨日、岐阜県郡上市で14時前に40度を超え、続いて同県多治見市と愛知県豊田市でも40度に達しました。
 今年4月17日に気象庁大気海洋部が「酷暑日」の名称を正式発表してから初となる観測。宮司的には既に40度を超えているところも出ていたんじゃないかと思っておりましたが、観測地点での気温なので、実際には未だだったんですね。
 一度観測するとどんどん続くもので、多治見市は今日も40度越えで近隣の美濃市も同じく。そして静岡県浜松市や三重県桑名市でも酷暑日となりました。
 こう見ると東海地方で集中的に酷暑日を観測しており、天気図では太平洋高気圧がガッチリと貼り出して、等圧線が東海地方上空でぐにゃりと回っているのでそれが関係していると思われます。
 まああくまでも素人考えですので、詳しくは気象予報士の皆さんによる解説をテレビなどでご覧下さい。
 昨日から千葉県神社庁では初任神職研修会が4日間の日程で行なわれており、宮司も千葉県神社庁研修所講師として神社本庁史の授業をして参りました。
 授業内容は昨日の七峯をご参照頂くと致しまして、初任研は神社本庁傘下の神社に神職任用されてから4年間の間に受講することが決められており、宮司も平成8年に受講をしました。
 まさか自分が講師として新米神職さん方の前で教鞭を執る日が来ようとは夢にも思いませんでした。
 その事も受講生の皆さんにお話をして、「いずれの時にか皆さんもこちら側で話すこともあろうと思うので、引き出しは沢山持っていた方が良いですよ」と・微笑
 授業は午後5時50分に終了して、神社庁の応接間で冷たい麦茶を頂き佐倉へ帰ってきました。
 やはりですねぇ、4時間の授業って聞く方も大変ですが話す方はもっと大変でして、体力と気力も使ったので美味しいものを頂いてエネチャージしてきました。
 寄ったお店は佐倉時代屋。七峯でも時折上がってくる名店でして、昨夜は「もつ煮山武風」というものに板長お勧めの冷酒を合せて貰いました。
 山武風のもつ煮、さてどんな特徴があるのか聞いてみると、スライスした玉葱が沢山入っており、その甘みと味噌と醤油のコクが合うというもの。
 土鍋の中でくつくつと煮立っている汁の中にはもつとお豆腐が入っており、香りはほのかに甘さを感じます。
 上顎が火傷をしないように蓮華でスープを頂くと、先述のように先ずは甘さが口の中に拡がり、その後にコクが続くという今までに食したことがない美味しさでした。
 山武風というのが気になって、Yahoo!の検索で始めて生成AIを使い調べますと、「山武風もつ煮」という正式名称は無く、山武郡市では味噌ベースで甘辛いもつ煮が多いとのこと。
 そして「レシピはそれぞれなんだそうです」と、これだったら誰でも書けるじゃんと思いつつ、ネット上には「もつ煮」と「山武風」のワードが括り会う情報が少ないのでしょうね。
 そんあな事よりも、お陰様で十分に堪能させて頂き、今日は朝から爽快な宮司ですので、週の後半もこのまま頑張りたいと思います。
 
神社本庁史予習中 [令和8年7月21日]


 梅雨が明けまして、気付けば蝉も鳴いている佐倉です。今日の最高気温は37度予想で、明日はもっと上がって38度だとか。
 佐倉でこうなのですから、猛暑で有名な北関東周辺は体温以上になるのかな。命に関わりますので、不要不急の外出は控えましょうね。
 昨日までの3連休も人出が少なかったように思えます。その分、海やプールは混んだのでしょうか。
 友人のSNSには海水浴の模様がアップされていまして、ここのところ海水浴にはとんとご無沙汰な宮司は何かしらの郷愁を覚えました・微笑
 一昔前までは夏といえば海水浴で、海水浴と言えばサンオイル。日焼けが健康のバロメーター感があったもので、今はそれも懐かしいですね。
 時代が変われば価値観も変わりまして、黒の次は美白が流行って、その美白も差別用語だと追いやられ、先ず以てものを書くのが面倒くさい時代となってものです。
 まあ、この七峯は宮司の戯言ですので大目に見て頂くとして、今日は午後から千葉県神社庁研修所主催の初任神職研修会で授業がありまして、これから4時間ほど話してきます。
 受け持つのは「神社本庁史」。神社本庁とは全国約8万社の神社を統括する被包括法人で、戦前までは内務省神社局として国の機関でした。
 大東亜戦争終結後、GHQの占領政策により国と神社が切り離され、その結果として神社本庁が昭和21年2月3日に設立されました。
 国と神社が切り離されたのは史上これが初で、伊勢の神宮で行なわれる式年遷宮も国費造営から民間の奉賛事業と替わったのです。
 これらは神社本庁設立とその後の部分でして、実際には幕末あたりから話を始めるのですが、大和朝廷時代の二官八省制度も折り込みますので、かなりスケールの大きな題材なんですよ。
 初任神職研修会で本庁史を受け持ってから5年ほど経ちますが、やはり4時間は長いもので、予習をしても忘れていることも多く、講義をしているうちに思い出して付け加えることも・苦笑
 因みに東京駅から新幹線を使うとして、はやぶさ号の最速で新函館北斗駅までが約4時間。東海道新幹線では広島あたりがそうなりますね。
 名古屋までが1時間40分ですから、駅のホームできしめんを食べてお土産を買って東京駅に戻ると4時間・笑
 さてと、気を張って神社庁へ行って来ます。今夜のオササも美味しかろうなぁ。
 
今年はちゃんとした海の日 [令和8年7月20日]

「祝祭日には国旗掲揚を」

「宮司家の夏カレー」
 やっとですが関東甲信と東海地方で梅雨が明けました。たぶんもう少し前に明けていたと思われますが、毎年9月くらいに『今年の梅雨明けは@月@日ごろ」でしたと気象庁が発表しますので、正式にはそれ待ちとなります。
 ご参考までですが昨年は6月28日頃と近年希にみる早さで、平年だと7月19日頃なので、今年は平年並みといったところですね。
 これから高温の日が続きますので、水分補給とクールダウン。汗をかいたらそのままにせず拭き取る。気に掛けたいところです。
 今日は海の日。祝日法にある国民の祝日です。由来としては明治天皇が明治9年(1876)、灯台巡視船「明治丸」で東北巡幸から横浜港に帰港された事を記念した「海の記念日」が元となっています。
 それが平成7年(1995)に現在の「海の日」として、「海の恩恵に感謝し、海洋国家日本の繁栄を願う」由で法制化されました。
 それが今日7月20日なのですが、平成15年(2003)の祝日法改正で7月第3月曜日に移動となり、現在の三連休、俗に言うハッピーマンデーとなったのです。
 祝日とその日付にはそれぞれ意味が有り、業界の働きかけか解りませんが、日付けをずらすというのは、本来の祝日とは言えませんし、何の祝日なのかという「そもそも論」に行き着くのです。
 連休を増やすために祝日を月曜日に持ってくる国なんて日本くらいで、伝統を重んじる云々が薄っぺらく感じます。
 さて、祝日、本来は祝祭日ですが、皆さんのお宅では玄関や門扉に国旗は掲げていますのでしょうか?
 たぶん、殆どの方は掲げていないと答えると思いますし、家に国旗が無いという方も多いのではと思います。
 現在開会されている国会で国旗損壊罪法が成立して、今日が最初の祝日です。当社では雨天や強風時を除いて、祝祭日には社務所に国旗を掲げてお祝いをしております。
 国旗損壊罪法の審議では、「表現の自由」や「思想と良心の自由」を保障する憲法に反するとの論調を、左翼政党が主張しました。
 憲法で言うところの自由とは「自由と権利」を乱用してはならないと有ります。(本日付の産経新聞引用)
 今までは外国国旗に対する外国国旗損壊罪が刑法にあるのみで、自国の国旗に対してはそれがありませんでしたので、やっと同じ土俵に立った感じですね。
 話は変わりますが季節柄、地鎮祭などのお供え物では夏野菜が上がることが多くなりました。
 これらは水分を多く含んでいるので、身体を冷やしてくれますが、そのぶん傷むのも早いので、宮司家ではカレーに仕込むのが多いです。
 海の日が明治天皇に由来しているので少し調べますと、明治17年(1884)に明治天皇が伊藤博文公を招いて食したという鴨肉のカレーライス」が、明治記念館のラウンジで食べられるみたいです。
 明治4年(1871)、それまで禁じられていた肉食を明治天皇が解禁しましたが、西暦675年に天武天皇が発布した詔「肉食禁止令」から約1200年振りのことであり、そこから一気に洋食文化が広まっていきました。
 明治天皇が最初にカレーを召し上がったのは定かではありませんが、明治5年1月24日には明治天皇が始めて牛肉を召し上がったとありますので、そう遠くない時期に食されたのではないかと思います。
 香辛料が沢山入ったカレーは夏バテ防止にも良いですし、食が細くなりがちでも口に運びやすいですよね。
 食べることは生きること。今夜は外出の予定はありませんので、一献やりながら夏の味覚を味わう事に致しましょう。
 因みに明治記念館では本館が一部工事中とのことで、ラウンジが今年10月24日迄の期間が休業ですので、鴨肉のカレーライスはそれ以降のお楽しみということで。
 
今日もカスタム宮小路 [令和8年7月19日]


 皇紀というのを皆さんはご存知でしょうか?今年は皇紀2686年。皇紀元年は第一代天皇である神武天皇が橿原宮に即位した年。
 そこから今現在までこれだけの歳月が流れているという、皇統と共にある日本独自の年号です。
 神武天皇から数えて今上陛下は126代目にあたり、これまで一つの例外もなく男系で繋がれてきました。
 この間には8方10代の女性天皇がおわしますが、全ての方が未婚か天皇を配偶者にもっており、その子は男系となります。
 七峯では余りこの名称を書きたくないのですが、日本共産党の田村委員長が「2600年前は神話で、なんでそんなことが国会で議論されるのか」と記者団に話したそうです。
 これこそまさに唯物論が土台の共産党であり、国風(くにぶり)から醸成された歴史や風土、そして伝統というものを待ってく無視をしているのです。
 2600年前に何があったのか。遺跡を発掘して出てきた物だけではない、文字が無い時代からのDNAが今に繋がっており、我が日本ではその根本が皇統です。
 どだいですいねぇ、一般庶民の家庭って5代も遡れば神話な様なもので、少子化が進んで葬儀の簡略化や墓じまいが進むと、更にその傾向は強まると思いますよ。
 因みに最初の女性天皇である推古天皇が即位したのは西暦592年ですから、既に1434年前の事になりまして、これだけ見ても皇統がどれだけの歴史を持つのかが解ると思います。
 神話ってその国の成り立ちを表わしているものであって、我が国では古事記と日本書紀にそれが記されていますが、この2冊をとっても若干の違いがあるのです。
 ガッチガチの唯物論者ではそのファジーさが解らないんでしょうね。次の参院選でも議席が減ることを願っております・笑
 昨日一日空きまして、今日も神葬祭の一日葬を奉仕した宮司。数え96歳の方で10数年前にご主人の奉仕もさせて頂きました。
 神葬祭では葬祭を執り行ってから五十日祭、百日祭、そして一年祭と年祭を行いまして、ご主人の年祭の際に「私の時も宮司さん、宜しくお願いしますね」とお話をして下さいました。
 「そんなこと言いませんで、元気に長生きして下さいね」といつも帰り際に挨拶をしていたのがとても懐かしく思います。
 宮司も神職となって30年以上が経ち、ご夫婦のそれぞれの葬儀を奉仕する事も多くなってきました。
 「宮司さんにお願いしたからもう安心」と言って頂き、宮司からは「ご主人の次の年祭は何年先ですからね」と言うと、「そこまで生きられるかしら・笑」と。
 葬祭から帰社しますと宮小路町第一の皆さんが、御神酒所蔵の改修工事の続きを行なっておりました。
 昨年より始まった倉の改修工事。ただ直すのではなく、あっちを直せばこっちが目立つ。ならこっちも直そうと言うことの繰り返しで、まるでサクラダファミリア並みにゴールが見えておりません・笑
 ただね、宮小路町第一の譜久里祭礼委員長に聞くとそろそろゴールが近いそうで、秋の御例祭に向けて皆が集まる事項を大切にしたいという、意思疎通や共働の大切さを思って作業を行なっている、素敵なことですよね。
 これって改修工事から「誂え」や「好み」といったカスタムの意味になって来ているのではと、宮司は思います。
 カスタム、そうなったらどこまで行くのか楽しみになって来た宮司です。
 いつも枕が長い、特に長かった本日の寧々峰を最後までお付き合い頂きありがとうございました。また明日もお付き合い下さいね。
 
ゴーヤがすくすく [令和8年7月18日]

「ちゃんと記載が」

「7月4日」

「7月10日」

「そして今日」
 昨日の皇室典範改正案と国旗損壊罪の成立によりやはりというか、オールドメディアが発狂気味に高市政権を攻撃しております。
 そこには穏健保守だった読売新聞も入っておりまして、社説で「問題の多い養子制度を白紙に戻せ」と超上から目線。
 あのですねぇ、今年2月に行なわれた衆院選で自民党が配布した公約集には『安定的な皇位継承のため「皇族には認められていない養子縁組を可能とし、皇統に属する男系の男子を皇族とする」案を第一優先』と書いてあるんですよ。
 要するに高市政権はこの公約をちゃんと実行したに過ぎませんで、その前提として衆院選に大勝したわけですので、民意がーとか拙速だーとかはイチャモンに過ぎないのです。
 重ねて読売新聞は恐れ多くも天皇陛下のご意向に反しているとの書きようで、もうとるのをやめようかと真剣に考えております。
 衆参で全会一致をしなかったことも問題視しておりますが、そもそも皇室を廃止に追い込もうという共産党や社民党が若干数いるので全会一致になるわけもなく、全国会議員の約91パーセントが賛成したの事実は無視するのでしょうか。
 多分ですよ、今後の世論調査で内閣支持率が下がってくる数字が出るのでしょう。そして鬼の首を取ったように騒ぐのです。あさはかでしかありませんがね・笑
 今月4日に発芽をしてゴーヤの苗をプランターに植え替えて、新社務所の前に緑のカーテンとして設えましたのは既報ですね。
 そこから2週間。まあ元気にすくすくと成長をしておりまして、早い子だと既に30センチ弱まで伸びております。
 でね、今はゴーヤとかゴーヤーとか呼んでいるじゃないですか。でもね、以前は苦瓜とか茘枝(れいし)って呼んでいた気がするんです。
 ちょっと調べますと正にそのとの通りで、ゴーヤーは沖縄地方での名称で農学や園芸学では今でも茘枝を使う事が多いんだそうです。
 平成13年(2001)にNHN連続テレビ小説「ちゅらさん」でゴーヤを擬人化したマスコット「ゴーヤーマン」がブレイクしまして、宮司宅にも縫いぐるみがありました。
 これでゴーヤーの名前が一般化したらしく、また苦みを抑えた品種も出回り始めたので、一般家庭にもゴーヤが普及したんですね。
 こう書いていて不思議なのがゴーヤなのか、はたまたゴーヤーなのか、どちらが正解なのかとこれまた調べますと、全国的にはゴーヤで沖縄ではゴーヤーと伸ばすみたい。
 確かに沖縄の話し言葉は語尾を伸ばすものが多いですよね。なんくるないさ〜とかね。
 そう言えば、先月だったかな沖縄出張帰りの方に泡盛の古酒、くーすーを頂きましたので、ゴーヤーを収穫したらチャンプルーや塩もみにして一杯やりたいですね。
 果たしていつのことになるのやらまだ先の話ですが、楽しみは取っておく方なので・微笑
 
ご葬儀の奉仕が続きます [令和8年7月17日]

「白木の霊璽・見本」
 国会が今日、会期末を迎えましてなのですが、来週25日迄延長する方向で決まった見たいですね。
 今日の参議院本会議で法務省関係では国旗損壊罪と刑事訴訟法改正案が可決され、皇室典範改正案も与党と国民民主党などの賛成で可決されました。
 特に皇室典範改正案については我が国の根幹をなす皇位についてのもので、左翼勢力は畏れ多くも内親王殿下のお名前を散々上げての反対世論操作。
 以前の七峯にも書きましたが、皇位継承順位2位の悠仁親王殿下までは揺るがさない事を前提としているのを左翼勢力は伝えません。
 今日の本会議では皇室典範改正案の採決の際に、国政政党では一番保守思想が強い日本保守党が退席をしました。
 これは改正案に女性皇族が結婚後も皇族としての地位を保つことが出来るのを問題視したためで、その理由が女性皇族と民間人との間に生まれた子に対して皇族として認めるよう世論が出るのを危惧したためで、宮司もその通りだと思います。
 さて、衆参での審議時間が少ないだのとのご意見もありますが、もう数十年にわたって議論してきたのがこの皇室典範改正案で、今国会に閣法として審議入りした原案は衆参正副議長が取り纏めたものの修正案です。
 立憲民主党は反対をしましたが、参議院副議長として無所属とはなっているものの長く立憲に所属した福山哲郎副議長は賛成票を投じており、本当に政党の体をなしてないなと改めて思いました。
 延長国会がどのように推移していくのか、注意深く関心を高めたいと思います。
 今日の宮司は神葬祭の一日葬を四街道市大日のホールで奉仕。葬儀社からの依頼でしたが、故人の経歴とご遺族のお名前などを見て「もしかして」という印象を持ちました。
 流行病前迄は神葬祭も初日に遷霊・通夜祭と翌日の葬場祭の2日間に渡って行なうのが一般的でしたが、近年は通夜祭を行なわず遷霊祭と葬場祭を続けて行なう一日葬が増えました。
 葬場祭では祭詞を奏上しますが、この中には個人の経歴や人となり、そして趣味なども折り込んで作製するので時間も掛かりますが、それ以上に気力と集中力が大事になります。
 基本的にご遺族より頂いた経歴書を元に作文をしていきますが、生まれ育った場所の情報などはネット検索をする事も多いんです。
 特に地名に関しては昭和と平成の大合併で市 
町村名が替わったところが多く、また学校や就職した会社名も合併や閉校もあるので、ウィキペディアにはお世話になっております。
 今回奉仕した故人は宮司と同年代の方でしたのでSNSをされている確率も高く、故人とその配偶者、また経歴書にある店名で検索して書き切れなかったであろう人柄なども祭詞に組み込むことが出来ました。
 その祭詞は昨日に奉書をしたのですが、書き上げたところで入った電話がまた神葬祭の依頼でびっくり。
 今日の奉仕を終えて帰社しますと、既に故人の履歴と霊璽が社務所に到着しておりました。
 明日から3連休となり参拝者の数も増えると思いますが、祭詞の作文と奉書は気を引き締めて取り掛かりたく思います。
 因みに「霊璽・れいじ」とは故人の御霊が鎮まりますもので、その祭典が遷霊祭。関東では白木が多く、関西では白木に錦の覆いを被したものを使う事も有ります。
 
境内散水も [令和8年7月16日]

「気持ち良いです」

「夏空ですね」

「こんなところに」
 大手冷凍食品メーカーのニチレイ。そのシステムがサイバー攻撃を受け、自社の冷凍食品や業務委託されている冷凍食品の配送がストップと、昨夕のニュースで流れていました。
 この影響でケンタッキーフライドチキンやくら寿司などの外食チェーンが影響を受け、また今日になってからはあずきバーや中華饅で有名な井村屋も納品が止まっているそうです。
 完全復旧には時間が掛かるものと思われ、夏本番を迎えるに当たって影響と被害は益々大きくなっていくのだろうと思う中に、昨年は同じ様なサイバー攻撃でアサヒビールの出荷が止まりましたね。
 アサヒはこれで2025年12月決算を今月に延期するなどの影響が出て、また小売店や飲食業も影響というか被害を受けました。
 今こうして七峯を書いているのもネット回線に繋げての事であって、ネットやサイバーは私達の生活からは切っても切れない関係です。
 世界各国、特にロシアや中共、そして北朝鮮から日本に対してのサイバー攻撃は日に途轍もない量があるそうですので、何に影響があるか解りませんね。早い復旧を望みます。
 明日は神葬祭が入っているため、午前中はその準備と葬場祭詞の奉書を行なった宮司。
 お昼過ぎに葬場祭詞も書き上げ、火葬祭などの祭詞も準備が出来たので、斎場へ向かう自動車の洗車を行ないました。
 いつもは洗車はガソリンスタンドでするのですが、今日は智勇権禰宜と佐藤出仕が公休なので神職は宮司のみでして、新社務所脇のスロープで手洗いをしました。
 そうしたらですねぇ、なんと雨水を流す屋根の溝に苔が生えているではないですか!?
 どうも溝に落葉が挟まって、それが堆肥化して苔の胞子が着床して成長したらしいのです。
 新社務所建設前は今よりももっと木々が多かった境内。欅もありますので、たぶんその落葉が堆肥化したのだと思います。
 欅の落葉って一昔前までは菊の腐葉土に最適で、菊作りを趣味にしている方が時季になると落葉集めに来社してもいました。
 今はそういった光景も懐かしく、寂しいことですが境内で菊花展示会を行なってくれた佐倉市菊花連合会も数年前に解散したんですよ。
 話を洗車に戻しますと、15分くらいで作業も完了して、振り返ると境内の表土が暑さで乾燥して粉状態になっていたのでそのまま散水を始めました。
 一昨年末より境内の水源は井戸水「稚珠水・わくたまのみず」となり、手水舎も龍ノ口より流したままとなりました。
 このご時勢、水道代も馬鹿になりませんで、以前よりも水道料金は下がりました。
 現実的な話はこれくらいにして散水、たおやかに言うと「打ち水」ですが、その理由には埃よけの他に周囲の気温を下げる効果があるんですよ。
 液体は蒸発するときに同じ温度のまま気体になる、これを気化熱といいますが、打ち水も同じ水の蒸発をもって周りの気温を下げるので涼しくなるのです。汗やミストの蒸発も同じですよね。
 ただ、今はなにせ外気が暑すぎて、散水をしてもすぐに蒸発するか大地に染み込んでしまい、涼しく感じるのは一瞬の見た目だけ。
 暑さの中での散水はやはり汗もかきまして、昨日の七峯にも書きましたが汗の蒸発前に次の汗が出て蒸し風呂状態になり熱中症になる恐れもあり、それなりのところで散水作業終了と致しました。
 連日の熱中症アラートですが、明日の佐倉は30度前半で小雨が降る予報。未だ梅雨は明けていないという事なのかな。
 
兼務の夏祭り [令和8年7月15日]

「墨六所神社」

「上勝田大宮神社」

「味わい深いですね」

「200年以上前の幟」
 遂に今年最初の猛暑日となった佐倉。そして熱中症アラートも初発となりまして、12時時点では暑さ指数が33,1と危険レベル。
 外に出ただけでも額から汗が噴き出した宮司なのですが、猫の額ほどの庭に雑木が繁茂してしまったので、それら6本ほどを伐採。
 案の定、全身汗だくになりすぐに着替えました。ここが大事でして、汗が乾く前に汗をかくと服の中が蒸し風呂状態になり、これも熱中症の原因になるので、着替えるか汗を拭き取るようにして下さい。
 午前中がこれでして、午後からは兼務社である酒々井町墨の六所神社と佐倉市上勝田の大宮神社で夏祭りを奉仕致しました。
 日本全国では今が夏祭りの真っ盛り。今日7月15日が一番多く行なわれていると思われます。
 先日に禰宜画伯が奉仕した酒々井町馬橋の香取神社夏祭りも、本義の日にちで言うと今日15日でして、神振行事の獅子舞継続の都合で15日前の土曜日に祭典を行っております。
 墨六所神社でも獅子舞が行なわれますが、こちらは15日以降の日曜日で、神事と神振行事が別日となっております。
 なので今日は神事のみですが神社の入り口には大幟が揚げられ、神社役員と墨区役員、そして獅子舞を行なう墨獅子講の方々が参列をして玉串奉奠。
 区内の安全と五穀豊穣、そして獅子舞の成功を祈願。御神酒の拝受を真似て宮司は次の上勝田大宮神社に向かいました。
 墨と上勝田は隣同士の地区で、移動も車で5分程度。なので両区での知り合いも多く、墨の獅子舞には上勝田からの参観者も結構いるんですよ。
 上勝田大宮神社に到着したのは午後1時半過ぎ。同2時からの祭典ですが、総代さんによると参列者はほぼ来ているので、準備が出来次第に祭典斎行となりました。
 上勝田大宮神社は神振行事がないので祭典のみですが、そのかわり今月7日の祇園祭が同区の八坂神社でありまして、その昔は出店も出てかなり賑やかだったそうです。
 拝殿内には古い幟が掲げられ、揮毫してある内容を見ると神仏習合が見て取れます。
 年号は安永3年(1774)と享和年間で、享和元年は西暦1801年ですので、共に200年以上前のもの。幕末も近くなってきた頃と考えていいかと思います。
 安永3年は杉田玄白らが解体新書を刊行した年で、享和年間は光格天皇が朝廷の権威回復を図る動きがありました。
 結果的に光格天皇は譲位をされ皇位を次の天皇に譲り、この譲位の事例を参向に上皇陛下より今上陛下に皇位が譲られました。
 兼務の夏祭りから少し話がずれましたが、今国会では皇室典範の改正案が審議され、ほぼ可決されるようです。
 男系にて126代続いてきた皇位が、女系となりそれを理由に正当性がないという流れにならないように、内親王殿下を皇位にと騒ぐ連中の甘言に騙されない事が肝心です。
 さて、午後もよく汗をかきましたので、夕餉には冷たいものをキュッとやって早めにやすむことに致します。

※ 内親王殿下は男系ですが、その配偶者から生まれた子は女系となり、神武天皇から続く男系とは違う系統となります。