七峯の丘から

節分大麻は黄色 [令和8年2月2日]

「一般頒布もしております」

「良い感じですね」
 このところ総選挙一色の朝刊一面ですが、今朝の読売新聞のトップはレアアース泥試掘成功という、我が日本の将来を左右する途轍もないビッグニュースでした。
 レアアースと言えば中共が何かにつけて、日本への輸出規制カードとして使いますよね。
 日本語だと「希土類・きどるい」と言いまして、宮司が小さい頃に日立から販売していたテレビの名称は「日立キドカラー」。
 懐かしく思い出される方はそれなりの年齢層ですが、中学か高校の理科だったかな希土類の話が出て、先生が日立製のテレビに希土類が使われているので「キドカラー」と。
 なるほどなぁというのを、レアアースが話題に上がる度に思い出す宮司であります。
 レアアースは世界各国に埋蔵されていますが、その8割方を中共が握っており、精製の段階ででる放射性物質の影響なんて無視しての製品化ですので、汚染が酷いことになってもガン無視なのです。
 これが無いと先端技術を使った製品が製造できないのですが、前にも中共から輸出規制を受けた日本は、普段からの備蓄と再生技術の向上で乗り切ってきました。
 そこに南鳥島沖の水深5700メートルから特殊なパイプを使って、レアアース泥を吸い上げるという、まわりを海に囲まれた海洋国家日本ならではのアイデアで見事試掘に成功したわけです。
 この話題だけで今日の七峯が仕舞いになりそうなのでこの辺にしますが、東大の研究者によると少なくとも1600万トンのレアアースが有るとの試算なので、是非とも実用化にこぎつけて欲しい。
 そしてそれを只見ているだけの中共ではないので、船でやって来るだろうそちらの対応も確りするためにも、今回の総選挙で眉中派議員を駆逐する結果が出て欲しいです。
 さて明日の節分祭を前に、豆打ちの儀を行なう新社務所の2階テラスに鯨幕を張りました。
 そうしたところ、一気に節分祭仕様となった新社務所。だって2階テラスは豆撒きをするために設計に取り入れたので、当たり前ったら当たり前ですが、宮司が思っていた以上にしっくりきたので嬉しいです。
 麻賀多神社の節分祭では、参列者に黄色の大麻(神札)を配布しております。
 大麻と言えば通常は紙の色である白で、当社では家の方位除け札(4枚組)にも黄色は入っていますが、単体では節分祭大麻のみなんです。
 その理由は陰陽五行にありまして、五行を色と方角で表わすと、木が青が東、火が赤で南、金が黒(紫)が北で水が白で西となり、その中央が土で黄となります。
 節分は年に4回、立春・立夏・立秋・立冬の前日にありまして、その日を含む前18日間を土用とします。
 なのでこの土用の色が黄色なので、節分祭の大麻は黄色を使用している訳なんですね。
 神社役員の方に「宮司さん、節分の御札は目立つねぇ」と節分祭後の直会で話が出ますが、上記の話をしても皆さんオササが入っているので、解っているのかいないのかは定かではありませんが感心はしてくれます・笑
 これから直会で使う肴の買い出し。何にしようかな。やっぱり黄色い何かが良いのかもだけど、レアアース泥と土は出しませんので、七峯を愛読して頂いている神社役員さんにはご安心の程を。
 
朔日に初午祭 [令和8年2月1日]

「稲荷寿司見えるかな?」

「初午祭斎行」

「そして床掃除」
 今日から2月。如月の月次祭を奉仕し、玉体の安寧と皇室の弥栄。国の繁栄と氏子崇敬者各位の平穏発展を祈念致しました。
 先月27日に公示された衆議院総選挙もラストサンデーといいますか、ほぼ折り返し点と言ったところでしょうか。
 メディアは盛んに自民党が単独過半数の勢いとか、伺う勢いと流しておりますが、それが本当か否かは別として、与党票を減らしたいんだなという意図が滲み出ており、これはこれで笑えてきますね。
 当地佐倉市を含む衆議院千葉第9選挙区では現職で中道の奥野総一郎氏と新人で自民の田宮寿人氏が横一線の戦いだそうで、両陣営ともSNSの投稿数が公示前より格段に多くなっております。
 両氏に加え維新元職の田沼隆志氏の3名は3日に齋行する節分祭にも参列予定で、席は横並び。目を合わせるかは解りませんが、日本国と国民の為に精進を願いたく思います。
 月次祭に先だって境内摂社の若宮稲荷神社で初午祭を斎行し、お稲荷様への神恩感謝と今年の五穀豊穣を祈念致しました。
 初午とは2月最初の午の日を指しまして、お稲荷様の総本社である伏見稲荷大社の稲荷山へ、和銅4年(711)の2月初午の日に稲荷神が鎮座されたことに由縁が有ります。
 その昔は立春後の午の日とされていましたが、伏見稲荷大社では2月最初の午の日と定めて祭典を行っており、当社もそれに倣っております。
 ですので、昔ながらの立春後で初午祭を齋行している神社もありまして、その場合だと今年は2月13日が初午に当たるんです。
 そしてそして、なんと我が国の年中行事では本暦(旧暦)で行なう地域も有りまして、その場合だと3月21日が初午となりますので、いずれにしても間違いではありませんので、神道というか我が国の寛容の深さを感じるのです。
 その点で言うと、流行病前迄は厄除や八方除けの御祈祷は節分までに受けるという習わしでしたが、感染症対策によりお参りの分散化が進んで、今では夏季になっても厄除の御祈祷が入ります。
 その際には厄年は誕生日ではなく元日に1つ上がる数え年の事も説明しますが、それでもお祓いをして欲しいという確認を取っております。
 今日も厄除の御祈祷が続き、智勇権禰宜が一生懸命に奉仕をして、巫女さん達も社頭対応に天手古舞いでした。
 宮司は午前中に帰幽一年祭の外祭奉仕と、帰社後の初午祭と如月月次祭を奉仕してからは作業着に改服をして、明後日に迫った節分祭の準備に。
 今年は新社務所2階テラスでの豆撒き後に、1階の待合室で直会となるので、先ずは床掃除とテーブルの配置シミュレーションを行ないました。
 それぞれの分担で仕事が出来るので、本当に助かるし責任を持ってやってくれる。ちょっと甘い仕上げは宮司がチェックして改善の指示を出すとほら出来るじゃない!!と、うちの子達はまだまだ成長過程にあります。
 
寒いけど新芽に春の足音 [令和8年1月31日]

「新芽は赤いんです」

「梅の蕾も膨らんで」
 上野でしたっけ、その後は香港でも強盗をしたのが捕まったようで、6人の内で日本人が3人。
 これをもって中共政府は「日本は危ないから渡航自粛を」とまたのたまわっているわけですが、残りの3人は中共と香港出身者だそうで、そんなん中共にいた方が危ないじゃないかと思うんですが、皆さんはどう思われます?
 因みに来月15日から中共は春節の大型連休に入りますが、こちらでも日本への渡航自粛を呼びかけております。
 こう何度も自粛を呼びかけるって、中共からの団体旅行は減ったけど個人旅行者は余り減っていないという事なんですよね。ご苦労なこってございます・笑
 今日も寒い寒い佐倉ですが、節分までは初詣期間と言うことで、多くのお参りが有りまして、うちって観光地?と錯覚するような一日となりました。
 祈祷番は智勇権禰宜で授与所カウンターは巫女さん1人と、キチキチの体制で対応をしましたが、作業着に神社の袢纏姿の宮司も「この人って出入りの職人さん?」的な視線を浴びながら節分祭や木造社務所からの荷物搬出などを行ないました。
 明日から2月。早いもんですよね、つい先日に今年になったばかりなのに、もう1ヶ月も経つだなんて。それだけ歳を取ったのかなぁ・・・
 毎月1日(1月はお休み)は「ついたちお榊」として、境内に植樹してある山榊と真榊のいずれかから神棚用の榊を採取して、、自由に持ち帰って頂いております。
 今回は本殿真裏に植樹した真榊から採取しましたが、新社務所の工事に伴い2年以上も手を付けられなかったので枝がかなり伸びており、蔓も伸びて榊の枝を締め付けているところが何カ所も有りました。
 先ずはその除去作業から始めて、実生の雑木も切り取って榊畑再開の序章になったかな。
 良く見ると、真榊の枝の先端には早くも新芽が顔を出しており、それも真榊の緑色ではなく鮮やかな赤色をしておりました。
 この赤色が成長と共に黄色から緑に変色していくのも、不思議だなぁと毎年の春先に感心している宮司です。
 真榊の間には数本の果樹も植栽しており、南高梅の蕾も段々に膨らみ始めていましたので、もう数日経つとほのかな香りが漂ってくるんじゃないかと思われます。
 寒波の影響で外は冷蔵庫内よりも冷たい空気が流れていますが、春の足音は着いつに大きくなっている、その足音が聞けた1月末日でした。
 
戻って節分祭の準備 [令和8年1月30日]

「年男年女の福升」

「子供用」

「うっすらと」
 この木曜日は寒波が再襲来と今週頭の天気予報でやっておりましたが、昨夜は千葉県神社庁の新年会から帰倉しましたので、ほろ酔い加減で余り寒さを感じませんでした。
 そうしたところ、今朝に新聞を取りに行くと車の屋根には薄らと雪がありまして、知らない間に寒波は再びやって来た模様です。
 今日は神道政治連盟千葉県本部の幹事長として、県内北部の選挙事務所に陣中見舞いを千葉敏本部長(意富比神社宮司)と事務局の3人で回ってまいりました。
 報道では自民党が単独で過半数を伺う勢いとされていますが、選挙は水物なので少しのことでも情勢が変わります。
 ここ数日の七峯でも書いておりますが、麻賀多神社としては与野党問わずご依頼があれば、その候補者や政党が我が国の国風を大切にするものであれば御祈祷も出張祭典も受けております。
 ですので、当地佐倉市を含む衆議院千葉第9選挙区に出馬している複数の候補者には是非頑張って貰いたいのです。
 陣中見舞いも市原から千葉市内。そして八千代から印西と回り、成田で挨拶を終えて本部長を見送り電車で帰倉。帰社してからはもう間近に迫った節分祭の準備に取り掛かりました。
 お福分けの縁起物は令和2年以来の量となり、第2陣として社務所で発注したお菓子の山が西濃運輸で搬入されており、既に出仕と巫女さんによってパッケージが外され、すぐに作業へと取り掛かる事が出来ました。
 そして氏子さんよりも奉納の品がこれまた沢山到着。これを全部撒くんだと思うと、肩を痛めないようにと今から少しく緊張する宮司です。
 今年の福男と福女の申し込みは約40名。既に締め切りはしており、その数+αで福升や節分祭大麻(御神札のこと)、直会の準備を行ないます。
 予報では雨の心配は無さそうです。新社務所の2階テラスから撒く福豆とお福分けの縁起物。多くの方に行き渡って欲しいです。
 
食べ物続きですが [令和8年1月29日]

「お昼のお弁当」

「佐倉の揺籠にて」
 選挙カーからのスピーカー音をうるさいと思うからどうか。それは今ように言うと「推し」かどうかにもよりますが、引退した共産党の佐倉市議に散々パラ迷惑を掛けられた宮司としては、共産党それ以外は何気に大丈夫です・笑
 とは言え、市議選と違って衆院選は選挙区が広いし候補者も片手くらい。選挙戦中とは言え静かだなぁって。だから来年にある統一地方選挙が楽しみです。
 さてと、この節分祭前にあって今週は神社庁と神政連のお役目のままに在社時間が極端に短い宮司ですが、今日の午前中は千葉市の都町にある千葉県神社庁で研修委員会常任委員会に出席。
 千葉県神社庁での研修部門を預かる教化部長として、毎夏に行なっている初任神職研修会のブラッシュアップを委員の皆さんと協議。
 今現在は通いで4日間の日程ですが、本年度(昨年8月実施)からカリキュラムに禊を入れた事により全体の時間配分を見直す必要があり、宿泊研修の形も含めて検討をしました。
 その後は千葉中央駅に併設の京成ホテルミラマーレに移動して、神社庁の月一役員会と新年会。
 少しく重い議案に時間を取られましたが、役員会の座長である神社庁副庁長の八剱隆先輩の議事進行により、新年会開始ギリギリに全議案を審議終了しました。
 因みに座長は2人の副庁長による輪番となり、来月は側高神社の石田副庁長がそれを務めます。
 画像ですが、お昼に神社庁で頂いたお弁当。その後には新年会で美味しいお料理を頂きましたが、今朝は会議への為に時間に朝餉が取れず、代わりに珍しく昼餉をです。
 なので、新年会時にもお箸を付けたのは幾皿で、その他は勿体無い心の下に後輩が美味しく食べてくれました。
 でね、佐倉に帰ってくるとお腹が減る・笑 それはわかっていた中で、佐倉の揺籠である幸龍に寄ってあんちゃんの一皿を頂き、七峯も書いて本日の公務は仕舞いで、後は坂を上るだけ。
 明日からも頑張ります。そろそろ温泉に入りたいけど、それは湯の花で良いから、頑張っている智勇権禰宜にも節分祭後に少しはお休みと、宮司と父の気持ちであります。
 
中央選対の帰り道 [令和8年1月28日]

「この酢味噌がうまい」

「久し振りの天ぷら」
 この2日余り風も穏やかで、外仕事をしてもネックウォーマーを付けなくて良い感じの佐倉です。
 ただね、大寒波で大雪の所は雪解けの落雪が起きやすいし、これでまた冷え込むと溶けた雪が今度は氷になってしまうので、寒波が緩んだからと行って喜んでばかりではありません。
 その氷が原因で金沢の兄弟が怪我をしたと、本当に怪我をしたのかなぁと明るい表現でSNSにアップがあり、怪我もそうだけど疲れているんだろうなと心配をしている宮司です。
 昨日公示された第51回衆議院総選挙。野党やオールドメディアでは「解散に大義がない」だの、「経費の850億円が勿体ない」だのと宣っておりますが、総選挙がないと政権交代の機運もない訳で、政権を取りたい熱量が全くないんですよね。
 そもそも石破政権下で行なわれ、自民党が2回の惨敗を記した一昨年の衆院選と昨年の参院選の結果を受けても、当時の立憲民主党代表であった野田佳彦氏は内閣不信任案を出しませんでした。
 それに立憲内でいきり立っていたのが小沢一郎氏。この方、政界の壊し屋と言われて久しく、宮司は余り好きな方ではありませんが、総選挙をしなくては政権交代は出来ないと言う持論については同じ考えの宮司です。
 さて、昨日の神社本庁への出向ですが、神社界の政治組織である神道政治連盟中央本部において中央選挙対策委員会が開催され、神政連千葉県本部の幹事長として参加をしてまいりました。
 選挙がらみの内容が内容なので、会議で討議された事は記しませんが、保守票の分散化を避ける為にはと、高市政権を支えるための選挙活動を再確認したところです。
 全国から神政連の選挙対策委員長が参集したわけですから、会議も長々とはせずに端的に集約をして、すぐに地元に帰ってそれをフィードバックする。その帰路につく足取りはいつもの会議とは全く違うのを感じました。
 宮司は神政連千葉県本部の事務方と電話とLINEで打ち合わせと資料のやり取りをして、総武線快速で帰倉。
 時間も夕餉の頃だったので、JR佐倉駅から神社への帰り道にある佐倉時代屋に寄り、一献をして清め。
 佐倉時代屋はこぢんまりとした店ながら、割烹出身の板長と奥さんのママが季節の料理を出してくれる、佐倉でも稀有なお店です。
 昨夕に頂いたのが独活と蛍烏賊の酢味噌和え。そして季節野菜の天ぷら。それをお任せのオササを冷やで頂く至福の時間。
 実は宮司、普段は余り天ぷらを食べません。決して嫌いというわけではなく、そして会食でも良くお見受けしますが、その度にお土産に包んで貰う。その癖が付いております・笑
 やはり揚げたてを塩で頂く。その食感と味を堪能しつつ、口に残った少しの脂を冷やで流す。良いですなぁ・・・
 これで明日も頑張れる。そして今日はその通りに頑張りました。良い食事と時間は身体へのご褒美と明日への活力ですね。
 
さくら天下祭の記事掲載 [令和8年1月27日]

「日経東京版」

「日経千葉・首都圏版」
 第51回衆議院総選挙が公示されました。465議席(小選挙区289・比例選176)に対して、1280名が立候補を予定と今朝の読売新聞一面に掲載されていました。
 高市政権発足してから最初の国政選挙であり、与野党の枠組みも変わる中で、ほぼ消費税減税を各党が掲げている中にあり、私達有権者の一票が大事な意味を持ちます。
 棄権する事なくとは余りにも当たり前ですが、それでも投票率が60パーセントを超えるのは稀。宮司の持論として、投票せざる者は政治に対して文句は言うなですので。
 今朝9時から佐倉市を含む衆議院千葉第9選挙区に自民党公認で出馬する田宮寿人候補の選挙事務所開きと必勝祈願祭を奉仕。
 先週24日には中道改革連合から出馬する奥野総一郎候補の選挙事務所で。そして公示後となりますが日本維新の会から出馬する田沼隆志候補も祈祷で来社予定。
 千葉9区には他に参政党からも立候補があるようですが、面識も連絡もないのでそちらはそちらとして、ご奉仕をした候補者には立派な戦いをして頂きたく、そして同区の中心たる神社に神明奉仕をしている責任を改めて感じました。
 さて、新聞やテレビでは当然のことながら総選挙がメインの報道ですが、世の中はそれだけではありませんで、今朝の日本経済新聞に3月21日に開催される「さくら天下祭」の記事が掲載されました。
 昨年を第一回として行い、肴町の山車に二番町の玉乃井龍神人形を乗せての曳き廻しという、秋の御例祭では見られない形をとりました。
 ただ生憎の空模様となり曳き回しは中止となり、夢さくら館内にて展示と居囃子の披露が行われました。
 そもそもなんで両町の山車と人形なのかですが、両方とも江戸時代末までは現在の日本橋付近の同じ町内が所有しておりました。
 明治政府は江戸幕府と縁のある山車曳きのお祭りをほぼ禁止。それによって曳き回しされなくなった山車を明治12年(1879)に関岡装束店の仲介で麻賀多神社の氏子町が購入。
 その際にどう言う理由か、山車とその上に乗っていた人形がセットではなく、肴町と二番町それぞれとなったのです。
 その理由を調べるには、今となっては推論に近いものがありますが、さくら天下祭実行委員長であり肴町祭礼委員長の高橋利式さんの考えには傾聴するに期待が大きく、いずれの時には七峯でも披露したいと思います。
 今日の日経新聞に掲載されると聞いてはおりましたが、朝一で今回のさくら天下祭を日に影に協力くださる常盤植物化学研究所の立崎仁社長から東京版のデータが届き一読。
 お昼前から神社本庁へ出張の宮司は、JR佐倉駅の売店で久しぶりに日経を買い車内で記事を探すと、同じ内容の記事で掲載面も同じなのに紙面の作りが違う。
 ほほぅと感心をしたところで、宮司の乗車した総武線快速電車は船橋を発車。節分祭前なのでなるべく神社にいて準備をしたいところではありますが、頂いているお役目を確りと務めてまいります。
 
みんなを見守る佐倉のパンダさん [令和8年1月26日]

「右見て左見て」
 先週末で寒波も収ると、一週間前の天気予報で言っていたはずなのですが、今日も寒い。日本海側はドカ雪でどえらいことになっておりますね。
 七峯でお馴染みの金沢石浦神社では
御殿に降り積もった雪が72センチとこの時期では考えられないそうで、7年前の大雪を超えたとか。
 屋根の雪下ろしって只単に下へ雪を下ろせば良いのではなく、先ず第一には安全確保。そして通路の確保です。
 下ろした雪で通れなくなっては元も子もありませんし、雪の塊って重いので建物への被害も防がなくてはいけません。頑張れとしか言いようがありません。
 さて、上野動物園にいる双子のジャイアントパンダ、シャオシャオとレイレイですが、明日に成田空港から中共へ旅立つことになっております。
 観覧は昨日で終了。抽選で4400名が名残を惜しんだそうで、その映像が今朝の番組で流れておりました。
 世界各国にいるジャイアントパンダは基本、中共からのレンタルでして、その国で生まれても4歳を目安に中共へ返還されるそうです。
 返還、なんだか腑に落ちない文言ですが、昨年の高市首相による台湾有事の存立危機事態発言をもってパンダが返還されることになったと誤解をしている方が結構います。
 元元、今春には中共へ返還されるというスケジュールで、日中友好を叫んだところでその旗振り役だった二階俊博元自民党幹事長が政界を引退してすぐに、和歌山県白浜にあるアドベンチャーワールドのパンダ4頭が中共へ返還されたのも記憶に新しいところです。
 ジャイアントパンダが初めて日本にやって来たのは昭和47年(1972)で、宮司が生まれた年になります。
 小さい頃、東京へのお出掛けは決まって上野動物園で、なんだか随分並んで白黒の可愛い姿を見た記憶があります。
 中共政府はジャイアントパンダを政争の道具としか見ていません。友好の証しとは偽りの姿で、どれだけ自国を有利にする道具としての事なんです。
 もう二度と日本でジャイアントパンダを見ることはないかもしれませんし、あるかもしれない。そりゃ解りませんよ。
 でもね、明日からの総選挙で政権基盤がより強固なものになれば、中共政府だっていつまでも嫌がらせばかりを続けるわけにはいかないでしょう。
 以前の七峯で取り上げたと思いますが、神社の斜向かいにある横断歩道の路面には、左右確認をするパンダの絵が描かれたプレートが貼ってあります。
 主に神社裏手にある佐倉幼稚園の園児向けのものですが、宮司はこの絵が大好きです。
 ジャイアントパンダは熊の仲間であり、いざとなるとかなり獰猛。その姿からは想像も出来ない行動をします。
 でもね、やっぱり愛くるしい姿と動きは人を惹き付けますよ。
 本来の日中友好が叶う、若しくはその兆しが来たら、どちらからとなく首脳外交でパンダの話題が出てくるんじゃないですか。そう願っております。
 シャオシャオとレイレイ、あちらに行っても元気でね。ありがとうさん。
 
猫は日向で丸くなる [令和8年1月25日]

「早くも梅が開花」

「暖かいかな?」

「金沢石浦神社の今」
 寒波です。南西の強い風が吹く佐倉でして、普通であれば暖かくなるのですが、それすらも冷やすほど上空は冷え切っているのでしょう。
 金沢石浦神社の長谷宮司がアップするSNSには、御殿の上にえらい量の雪が積もっており、今日の社務は中止にしたそうです。
 職員も出社が出来ないとあり、その後のアップでは雪掻きの様子があったので、宮司さんと家族で頑張ったのかな。今夜はゆっくりと休んで欲しいです。
 昨日の初愛宕に続いて今日は初天神。毎月25日は天神様こと菅原道真公の御縁日で、兼務である石川菅原神社で御例祭の奉仕を致しました。
 例年では神職のみが御殿内にいて、氏子さんは拝殿前に参列しますが、なんせこの寒さ。今日はみんな拝殿に上がり、暖かい中での祭典となりました。
 こう書きますと、神主のみ暖かい場所という誤ったイメージが生まれそうですが、高齢化により皆さん座れなくなっているという現実。決して宮司の横暴ではありませんので悪しからず・笑
 陽射しはあるので、屋内だと暖かいですね。昨日からですが、境内東側の竹垣をリニューアルする工事が始まりました。
 施行をお願いしたのは佐倉ライオンズクラブでも一緒で、兼務である萩山新田諏訪神社の責任役員も務める山下智一さんが代表の株式会社赤門。
 前回の時も赤門さんで施行をお願いしており、その腕前を持って今回も依頼をしました。
 竹垣に使う竹は、水を吸う前の今の時季に切り出すのが良いとされ、緑の濃い良い竹を準備してくれました。
 作業をしている傍らには2匹の狛猫が日向ぼっこ。勿論作業を手伝うわけではなく、愛想を振りまくわけでもなく、只単に日向ぼっこ。
 そこを佐倉東高の女子生徒が通る度にスマートフォンで撮影なので、職人さんその度に手を止めなきゃならず・微笑
 狛猫は陽射しを浴びながら、体毛を膨らませて体温をキープ。温まっているのか寒さのが万大会をしているのか宮司には解りませんが、これも冬の光景ですね。
 生け垣作業は今週半ばまで続くそうなので、安全確認をしておりますが、通行の際にはどうぞお気をつけを願います。
 
西向きの愛宕様 [令和8年1月24日]

「田町愛宕神社社殿」

「鳥居から元の鎮座地をのぞみます」

「御朱印は麻賀多神社社務所で」
 今日は朝から大忙し。土曜日の大安日で戌の日と来ましたので、朝一の9時半から始まる御祈祷から、30分おきで午後3時半まで予約がびっしり。
 勿論、当日の祈祷受付もありましたので、祈祷番の智勇権禰宜、良く頑張ったと思います。
 そして宮司は午前8時半から、来週27日に公示となる衆議院総選挙に関しての事務所開きと必勝祈願祭を四街道市大日で奉仕。
 そこから兼務の吉見住吉神社に移動して、9時半から初宮詣の御祈祷。からの帰社して、同じく兼務の田町愛宕神社で春祈祷を奉仕しました。
 この段階でよく体力が持ったなと自分自身で思うほどお疲れモードでして、どうにかして節分祭と翌朝の立春酒のお祓いまで身体を動かし続けたいと思います。
 愛宕神社の御縁日は毎月24日で、田町愛宕神社では1月・5月・9月の24日に祭典を行っております。
 その他の月でも氏子総代を始として、町内の皆さんが寄り合って境内清掃。いつお参りしても清清しい境内です。
 鎮座地は佐倉市役所の真裏で、田町の町内全域を見渡せる場所。いい具合の高台にあるんですよ。
 でも、元元は佐倉城内に鎮座していて、明治期に旧佐倉城内へ近衛連隊が駐屯する際に、現在の場所へ強制的に遷座となった経緯があるのです。
 先程、町内全域を見渡せると書きましたが、正式には元の鎮座地の方向を向いていると書いた方がいいかもしれませんね。
 田町の氏子さん達は、愛宕神社をどうにかして元の鎮座地に戻したいと、各方面に協力を要請しておりまして、実現ちょっと手前まで行った過去があります。
 しかしながら声掛けをした国会議員が収賄でまさかの逮捕となり、話は白紙に。
 収賄罪の真偽は裁判に任せるとして、西向きの愛宕様はいつその方角に戻れるかは、愛宕様でも解らないかもしれませんね。
 歴代のお殿様もお参りした田町の愛宕神社。皆さんもぜひ足を運んでみてください。