七峯の丘から

男子も頑張る [令和8年4月10日]

「確り研修中」
 天皇陛下には昨日、皇居内の生物学研究所の隣りにある苗代に、粳米と餅米の種籾を撒かれました。
 その数約720粒だそうで、5月にお田植えを行ない、9月に稲刈りのご予定。収穫されたお米は宮中祭祀に用いられ、伊勢の神宮にも献納されます。
 昭和天皇からの恒例行事ですが、そこには祭祀王と農業王の2面性を持つ天皇の御存在が現れていると思います。
 温暖化により皇居での稲作も変化をしているのでしょうか。高温が続くと米が白く濁るので、管理も大変そうですね。
 そう言えば、先日に勝浦までまいりましたが、超早場米の産地である夷隅地方では既に田圃に水が張られており、田植えも間近と言った感じでしたよ。
 佐倉近郊でも畝を直したり耕耘機で耕しも始り、今月末からの連休でほぼ田植えが完了するのが年の常。
 田植え前に豊作を願う春祈祷も、この29日に江原新田麻賀多神社で納めとなるので、宮司も心から神明奉仕をしてまいります。
 今週は各学校で入学式が行なわれたと思われ、真新しい制服に着られている感の強い新入生が、親御さんと連れ立つ姿を沢山見かけました。
 今日あたりは幼稚園や保育園での入園式が行なわれたらしく、SNS上にも沢山アップされていました。
 ただ、神社裏手の佐倉幼稚園は昨年度末で閉園となったので、もう新入園児の姿を見ることが出来ません。
 人影の無い建物ってとても寂しく映りますし、丁寧に植栽をしてある花壇の花も見てくれる人がいないので、園に相談をして神社で飾ろうかと思ったり。
 色々な方々の新年度が始まりましたが、神社では大学生や高校生の巫女さん研修が続いております。
 春休みも終ったので出社は週末に固まってくるのですが、制約された日程であっても率先して出社してくれ、研修からの実地でもたどたどしさが随分と少なくなりました。
 神社でのお手伝い、巫女さんのイメージが強いと思いますが、実は男子の採用枠もあるんですよ。
 神社やお寺でのお手伝いをアルバイトではなく助勤と呼ぶ事が多いですが、当社では男子の手伝いを助勤と称しております。
 今回新たに入ってくれた子はこの春より大学4年生と助勤のスタートでは遅めですが。今来てくれている子の友人だそうで、奉仕内容も事前に把握しており、順調に育っております。
 この子の担当も佐藤出仕で、教えることで自身の奉仕に対する確認も出来るので、敢えて宮司からは余り口出しはせず、生暖かく見守っております。
 
午の刻の千本鳥居 [令和8年4月9日]


 毎日の七峯を楽しみにしているよと、有り難くも言の葉を頂く事が度々ありまして、毒にも薬にもなりませんよと笑って受け答えをする宮司ですが、実は凄く嬉しいです。
 七峯は宮司の独り言なのではありますが、それであっても反響というのがありまして、結構右だねとか、宮司が書いているのが本来の日本なんだよとか、まあ良く読んでくれているのが嬉しいです。
 SNSと違って「いいね👍」の数とかは表示されず、閲覧数を調べる事も可能なのですが、そこまでする気もなく。と言うか、その時間も無いままに今日も一席をお付き合い願います。
 この3月末を持って新社務所本体の竣工となりましたが、竣工奉告祭と竣工式は5月となりました中で、外構などの附帯工事は続いておりまして、お宮の通帳残高が日に日に気になる宮司。
 また白髪が増えるんだろうと禰宜画伯に話しますと、今流行りのグレイヘアで、それも似合うんじゃないかと笑顔での言の葉を有り難くも頂いております。
 附帯工事の納めとして、神様がおわします御本殿と新社務所の間に設けた千本鳥居の奥に、麻賀多様の御子神である若宮稲荷神社にお戻り頂くと言う、かなり大事な大事業が残っております。
 この件に関して千本鳥居を南から見ての突き当たり。そこに隣地との壁を設けて、竹の植栽を行ってから若宮様の御殿を移動しての正遷座祭を行います。
 今日の画像はその場所を今書いた事の反対側から見ておりまして、午の刻である正午に御本殿北側から千本鳥居を南に見ると、その真上にはお日様がいらっしゃりまして、境内を照らしてくれています。
 麻賀多神社はほぼ真南に御殿が向いており、時間と共にお日様が昇っていくと、今の時季では新芽の若い緑に陽が差して、まあ綺麗なんですわ。
 午の刻、お日様が南中となり一番高い位置におわします。十二支で言うと今年。皇室の祖先である瓊瓊杵尊が天孫降臨をされる際、その先遣として差し向かわれた香取と鹿島の神様を祀る両神宮。
 その式年大祭が午の年に行われるその意義。なんとなくお解りに頂けますでしょうか。その始めとなる儀が迫っております。
 
公孫樹が芽吹きました [令和8年4月8日]

「緑が見えてきました」

「ちょっと寄ります」

「花束みたいでしょ」
 昨夕の千葉県神社庁印旛支部役員会。令和7年度の事業報告と決算承認を満場一致で頂き、令和8年度の事業計画と予算案も寄り濃密になるような提言を折り込んで、今月27日に開催する定例総会に上程となりました。
 事務を執ってくれている富里市高松の香取神社宮司の篠原さんには、会計処理と諸準備をありがとうございます。
 宮司も事務長職を10年務めまして、その大変さは身に染みて覚えており、そこに今年から本格化する第63回神宮式年遷宮の奉賛活動も加わりますので、支部一丸となって責務にあたりたいと思います。
 会場となったのは成田の表参道にある上町菊屋。本店は成田山方向に進んだところにあり、鰻が有名なお店です。
 以前の七峯にも書いておりますが、印旛支部の会議を成田で行なう場合は鰻店が多く、そして参加者のほぼ皆さんが鰻重を持ち帰りにするのです。
 宮司もその例に違えませんでして、折に詰めて貰った鰻は持ち帰って、翌日に智勇権禰宜のお腹を満たします。
 高校生の頃はお弁当として学校に持っていき、お昼まで職員室の冷蔵庫で保管。その際に「宮本、お父さんは昨日成田で会議か?」と、毎度言われたそうで・笑
 なので今日の智勇権禰宜の昼餉は鰻重で、「はて、宮司は暫く鰻は食べていないな」と、突然に鰻が食べたくなりました。
 今日も良い朝を迎えました。朝拝時に気が付いたのですが、つい数日前まで枝だけの裸ん坊だった公孫樹に今年の小さな緑のハートマークが芽吹いておりました。
 今年は皆の目を長く楽しませてくれた桜花もほぼ散れて、それに変わるように公孫樹の若葉が小さな花束の様で季節の移り変わりを感じますね。
 この小さな花束が半月後には公孫樹の幹を覆うくらいに成長して、境内を緑色に染めてくれます。
 そして光合成を沢山して、梅雨前には小さな実を付け始めて、早いものだと10月の御例祭前には銀杏として降ってくる。
 昨年は成り年でしたので、今年は少し少なめになるでしょうか。新社務所まわりも枝を払いましたからね。
 でも、少ない年であっても軽トラック5台分くらいの銀杏が成りますので、ご希望の方は社務所に一声掛けて頂き、皮ごと沢山お持ち帰り下さいませ。(商業用としては無しね)
 日に日に境内の色が変わる麻賀多神社。お詣りの際には境内の木々も姿と色も楽しんで下さいね。
 
神青会監査会からの歴代会 [令和8年4月7日]

「東灘の鳴海」

「下から遙拝」

「おめざの勝浦担々麺」
 久し振りに長距離を運転した宮司。先程11時半くらいに勝浦から帰社しまして、少し休憩をして七峯を書く。
 そして千葉県神社庁印旛支部の監査会と役員会に出席のため、程なくして成田に向かいます。結構忙しいです。
 昨夕、千葉県神道青年会の会計監査会が勝浦で行なわれ、その後の歴代会長役職員会に第24代会長として参加してまいりました。
 以前は顧問会として開催されていましたが、千葉神青の顧問とは歴代会長を指すので、会長職以外でも活躍した方にも声掛けをしようと、数年前より役職員も加えるようになりました。
 会の冒頭、鵜澤幹夫会長より現在の活動状況などの報告が有り、続いてOB代表として宮司より短めの挨拶。
 やっぱり乾杯が迫っていると、挨拶は短めの方が良いですよね。いつもは長めですが・笑
 勝浦はよく知られた漁業の街。新鮮な魚を使った料理が座卓に並び、昨年も海の幸を満喫した記憶が戻ってまいりました。
 昨日は鰹の水揚げがなかったらしく、その替わりと言ってはなんですが、お造りには鮪があがりました。
 気候変動により水揚げされる魚種も変わってきており、この頃は鮪の漁獲量が伸びているとか。
 勝浦からほど近い大原漁港ではトラフグが名産となりつつあり、水揚げされたものの一部はなんと河豚の本場である山口県に送られているんだそうです。
 懇親も進むにつれオササも進みまして、地元勝浦の銘酒、腰古井と東灘が振る舞われまして、まあ美味しい。地産地消を地で行く夜となりました。
 今朝は歴代会長である小林悠紀さんが宮司を務める遠見岬神社を、階段下から遙拝。
 本来であれば山の頂上まで登るのですが、社務所前にお賽銭箱が設置されているので甘えさせて頂きました。
 遠見岬神社の階段は勝浦ビッグひなまつりのメイン会場としても、また映えスポットとしても有名ですよね。よく整備もされているので、参考にしたいと思います。
 お参りも済みまして清々しく、宿は素泊まりだったので朝食を遠見岬神社社務所の向かいにあるいしい食堂に。
 こちら、勝浦名物「勝浦担々麺」を神社から一番近くで食べられる食堂で、開店は午前7時。勝浦担々麺は仕事終わりの漁師が身体を温める為に提供をしたのが始まりとされるので、それに乗って食べてきました。
 ラー油の効いた勝浦担々麺。昨夜のオササに少しお疲れモードの胃ではありますが、余す事なく美味しく頂きました・笑
 胃が満たされての帰路。目に入るようガソリンスタンドの価格表にはレギュラーガソリンが150円台になっていました。国の補助金効果が出ているのと、消費者の不安心理も少し落ちたからかな。
 
 
狛犬家族の日向ぼっこ [令和8年4月6日]

「何か会話をしているのかな」
 御殿と新社務所前に掲げてある、「さくら天下祭り」協賛提灯のお片しから始まった今日の社務。
 設営するときは時間が掛かるのですが、片すとなるとあっという間ですね。小一時間で元の姿に戻った境内です。
 中東情勢が混迷を深めておりますが、この時期にあって各国首脳の訪日が相次いでおります。
 勿論、会談相手は高市首相でして、先月に米国のトランプ大統領との首脳会談を成功させた実績と、トランプ大統領との繋がりを絶ちたくないという各国首脳の思惑が感じられます。
 そんな中にあって、日本は中東からの石油輸送をペルシャ湾から変更したり、米国産原油の交渉を纏めたりと、いつこんなに仕事をしているんだろうと。
 トップが変わると、省庁の役人もこんなに働くんだと驚くばかりです。給料は一緒かな?笑
 それにしてもオールドメディアはそういう事を殆ど報道せずに、不安を煽るものを嬉々として垂れ流しておりますよね。
 世の中のテレビや新聞離れは、その理由の大きな比率が自分達に有るという現実は見ない。本当に自身に甘いご都合主義なんですよ。
 新社務所にはテレビアンテナは立てておりますが、テレビチューナーボードが搭載してあるモニターはございません。
 国会中継を見ようと思えば衆参の公式HPから見ることが出来ますし、その他の社会的事案を取り扱うものも、ほぼネットで見ることが出来ます。
 新社務所に導入するとすれば、チューナーレスのモニターを考えており、それとプロジェクタースクリーンがあえば問題無しかと。
 まだまだ揃えるものがある。什器備品代って結構するんですよ。残高の減りを胃に感じながら社務に勤しむ宮司です・笑
 昨日に引き続いて今日も暖かな佐倉です。今年の桜は満開になる前に気温が下がったので、雨風に打たれても散ることも少なく、神社付近では昨日あたりが満開ですね。
 神社向かいの佐倉市役所宮小路倉庫にある染井吉野も今が満開。若葉と桜色が濃くなった花弁との調和がとても素敵です。
 それを見ているのは人間だけではありませんで、神社を守る狛犬さん達が終日眺めております。
 現在当社にある狛犬は、昭和61年(1986)に市内在住の篤志家の方に奉納頂いたもので、奉納当時は御殿前に設置したものを、平成15年(2003)の社殿大修営時に、現在の鳥居前に移設をしました。
 以来、麻賀多神社の顔として多くの方々に慣れ親しんで貰い、流行病下では麻の葉柄のマスクも着用して、感染予防の啓蒙にも努めてくれました。
 雄が阿で雌が吽。雌の足元には子供の狛犬もおりまして、その様子は家族の絆も表わしているんですよ。
 狛犬家族が見る景色は、季節の移ろいと共に変わりますが、神社前を往来する皆さんの見守り役でもあるんです。
 
猿楽場妙見神社のお祓い [令和8年4月5日]

「見頃を迎えました」

「ここを自動車で」

「鳥居を抜けたそうです」
 朝から晴れた佐倉。昨日までの雨で湿度が高いですが、それでも晴れるって気持ちの良いものですよね。
 境内東側に植栽をしている椿も見頃を迎え、佐倉の花見客も多くが立ち止まって愛でております。
 佐倉城址公園では佐倉囃子保存会のお花見演奏会が行なわれており、そよ風に乗って囃子の音色が神社まで届いております。
 宮司もお声掛けを頂いておりますが、今日は外祭が立て続いており、宴の後の二次会から合流する予定です。
 その外祭ですが午前中に2件、午後に3件有りまして、当社としては異例の事態・笑
 午前中の奉仕を済ませて一旦帰社し、午後1時に再出発をするまでの短い時間ですが、七峯を書上げるべく、パソコンに向かっております。
 その2件目の祭典ですが、宮司も神職となって30年以上が経ちますが初めての内容だったんです。
 何かと言いますと、宮司が兼務する酒々井町本佐倉の猿楽場地区にある妙見神社にこの1月、なんと自動車が突っ込みましてお社が全壊。その解体清祓と地鎮祭を奉仕して参りました。
 本佐倉は猿楽場・根古谷・荒上の3地区から構成されており、根古谷には宗教法人登録がされている妙見神社が鎮座しております。
 今回のお社は非法人ではあり、林の奥の方に鎮座している中で地元の方々が大切に、そして今日まで厚い信仰を寄せております。
 先月にこの話を聞いたときには、根古谷の妙見神社?と思ったのですが、階段が続く境内にとても車が入れるような場所ではなく、よくよく聞いたところ猿楽場にも妙見神社があるのを知ったのです。
 本佐倉は今の佐倉城が築城されるまで千葉氏の拠点である本佐倉城がおかれ、千葉氏の崇敬する妙見神が今でも近隣に多く祀られています。
 地区の役員さんと打ち合わせをしていく中で、場所の確認と普段の守護りについて説明を受けましたところ、ここも車で行けるような場所ではないことが判明。
 今日実際に行ってみて、なんでここに車が入ってきたんだろうと。その事を町内の皆さんに話すと、皆さん同じ感想でして。
 事故を起こした方は80歳越で少し痴呆が入っているそうで、住まいも酒々井町ではなく隣の富里市に一人暮らしだったそうです。
 事故があった時間帯は午前3時頃。車に搭載されていたドライブレコーダーの映像解析で判明し、そこには階段手前で一旦停車し、その後に勢いを付けて再度前進する様子が映っていたそうです。
 事故のことはこれくらいにしまして、猿楽場妙見神社は再建に向けて動き出しましたし、定期的に補修はしているとは言え社殿も傷んでいるので、神様もそろそろ新しいお家が良かったのではと挨拶でお話ししました。
 痴呆って誰にでも起こりえるものですから、それについては申しませんが、高齢ドライバーの運転事故が増えている今、自分自身の注意だけでは済まない怖さを感じた宮司です。
 さて、これから3件連続で奉仕をしてまいります。先ずは安全運転を再度心掛けて行って来ますね。
 
文化財収蔵庫が千葉日報に [令和8年4月4日]

「千葉日報ウェブ版」

「市川市動植物園公式x」

「パンチくん」

「大好きな飼育員さんと」
 雨、また雨ですよ。今年の桜は本当に我慢強い。これだけ降られても佐倉の桜はまだまだ頑張っています。
 なんですが、神社西方の佐倉城址公園に出店している地元商店の方々は、心が折れそうになっているのではと心配になる宮司です。
 商売になるかどうかはその時しだいですが、雨風に打たれると心労がましまして、その時は乗り切っても後になって体調を崩す場合があります。
 みんな大事な氏子さん達。来月には境内で「薫風のむすびマルシェ」の開催が決定しておりますので、その際には体調万全で天気も好転でありますよう願っております。
 さて、今日の千葉日報3面に、麻賀多神社新社務所の文化財収蔵庫についての記事が掲載されました。
 取材を受けたのは先月19日で、この日は修理をしていた紫裾濃胴丸(千葉県指定文化財)が戻ってきた日で、飾り付けと合せて記者さんに同席をして頂きました。
 千葉日報佐倉支局の記者は昨年交代しまして、前任の池田記者は呑み友達としてもニュースソースを流しておりました。
 新たに着任した佐藤記者とはなかなかお目に掛かる機会が少なかったのですが、今回の取材ではじっくりとお話しすることが出来、前任者同様に情報提供をお約束しました。
 千葉日報は地元紙として小さな話題から、誰もが知っているような事まで、幅広く紙面に掲載している新聞です。
 政治面などは通信社の記事を使う事が多いので、レフトサイドに振れることもしばしば有るのですが、ここ数年の紙面構成を見ると寄り地元密着を感じております。
 その千葉日報が今年2月6日付けの1面に取り上げたのが、オランウータンのぬいぐるみを抱いた小猿のパンチくん。
 地方紙とは言え小猿が新聞1面を飾るのは珍しいもので、毎朝に産経・千葉日報・読売の1面コラムを順に読み始める宮司でも、真っ先に目が行ったのはパンチくんでした。
 パンチくん、市川市動植物園にいる生後8ヶ月の小猿。初産で出産時が猛暑のために母猿が育児放棄をしてしまい、飼育方針として縫いぐるみを母親替わりにしたのです。
 同御植物園の公式「x・エックス」でこのことが紹介されると、瞬く間に全世界へ拡散されて大人気となりました。
 Instagramでは「#がんばれパンチくん」とのハッシュタグも拡がり、その健気で懸命に生きる姿、飼育員にじゃれ有る姿などが多くの共感を生んでいます。
 ニホンザルは群れで暮らしており、傍目から見ると大人の猿が小猿を虐めているようにも見えるときがあるのです。
 それは群れで生きていくための訓練だったりするのですが、その様子を切り抜いて「小猿が虐められている。動物園はなにをしているんだ!!」と拡散されて、意見や抗議の電話やメールが膨大に届いたとも、続報で流れたことも。
 動植物園側も「x」などで情報発信をしており、今は随分と落ち着いてきたようです。
 宮司は「x」の登録はしておりますが、普段は殆ど使っておりませんので、久し振りに市川市動植物園の公式xを覗いてみると、先日の年度末にあたり市川市の職員でもある飼育員の人事についてコメントが。
 それを読むと「「今回は大きな移動はなし。(サル山も、中の人も)」とありまして、徐々にオランウータンの縫いぐるみから群れへと慣れてきたパンチくんの生育も安心ですね。
 無事に群れに溶け込む、そして大人になって行くパンチくん。フィーバーも落ち着く時が来ますし、それがパンチくんと飼育員さんにとって一番幸せなこと。
 市川市動植物園、この3月の入園者は9万人越えと過去最高を記録しており、宮司はまだ同園に入っておりませんが、何度か続報を載せている千葉日報とSNSで、その成長を見守りたいと思います。
 
竣工式が続きました [令和8年4月3日]

「朝日が差し込んで」

「目も舌も満足」
 久し振りに朝から晴れ間の佐倉。陽の光が境内に注いで、朝拝を済ませて御殿から参道に出ると、鳥居が額縁のように神社向かいの染井吉野が見えました。
 染井吉野は桜の代名詞。でも接ぎ枝などのいわゆるクローンで増やす植樹の木。
 日本全国で老木が増え、今春は花が咲いたままの倒木がニュースにもなっております。
 神社向かいの建物は佐倉市役所宮小路倉庫として使われており、その前は印旛農業協同共済組合の事務所でした。
 戦前の地図を見ると陸軍用地と記されており、今現在の公図を見ても所有が陸軍省となっているのを見ても、旧佐倉城に置かれた陸軍佐倉五十七連隊の関連施設があったことが解ります。
 旧日本軍では桜は特別な存在で、英霊を祀る靖国神社や各地の護國神社には、境内に沢山の桜をいることが出来ます。
 各地の気象台が発表する桜の開花宣言には、気象台ごとの標準木を目視で観測してと、嬉しいくらいにアナログ。やっぱり人間の目ですよ・笑
 佐倉も今日あたりで満開になったでしょうか。雨での足踏みが長かったのでこれからが楽しみなのですが、明日の夕刻以降にまた天候が荒れる予報なので、日曜日に天候は回復するみたいですが、花散らしの跡かもしれませんね。
 今日は「おこと」と言って、春の事始めの日とされます。農家では田植えの準備が始り、その他でも実動に入る時季と言うことでしょうか。
 今日の宮司は外祭2件を奉仕して、その両方が竣工式という、正に実動が始まるという内容でした。
 1件目は佐倉市内の工業団地内にある医療機器メーカーで、大型倉庫の完成に伴うもの。
 これを書くと、検索をすればどこの会社かすぐに解るのですが、手術台を始とする外科手術にの関連器具を作っている会社。
 今回の竣工した倉庫棟はもとより、まだ真新しい工場棟も祭典奉仕した宮司。社長さんよりも丁寧に挨拶を頂きました。
 一旦帰社して、ちょっと事務仕事を済ませた後に2件目に出発。次は当社の御神酒醸造元である飯沼本家です。
 飯沼本家では、飯沼家の居住と会社の本社機能を築300年となる母屋で行なっていたのを、今から8年前に「きのえねomoya」として和食レストランに改築するための工事開始。
 なのでその前に敷地内に本社事務所と仮住まいを建ててと、この段階で書いているだけでも大変さが解るのです。
 そこに住んでいた飯沼家の皆さんが、この度新たな母屋を建てられ、それに伴う竣工と神棚奉齋の祭典を合せて行いました。
 地鎮祭を齋行してから約2年半。これまでの母屋のように、300年先を見据えた作りをコンセプトととして純木造で建築。
 木の香が漂う室内には、施主の飯沼喜市郎会長と奥様。昨年社長に就任した一喜さん家族。工事に携わった設計と施工関係者が参列。
 一般家屋の入居を目途としたお祓いとはちょっと違う緊張感の中に、お孫さんも玉串奉奠が出来ました。
 直会は先述のきのえねomoyaで、千葉県産の食材を使った春の和食を頂きました。
 ここのお料理は甲子のお酒とマッチする献立と味付け。本来であればそれを楽しみたいところですが、午後からの社務がありましたのでまたの機会に・笑
 次の300年、その話を聞きながら、麻賀多神社の大神輿はその年を少し過ぎた事を思いつつ、宮司として次の310年式年祭の準備も始めなきゃと思うのでした。

休んでいる暇ないよ!!・笑
 
樟落葉 [令和8年4月2日]


 今日の千葉日報1面は、成田空港拡張工事の土地収用について強制収容を検討に懸念と有る中で、産経新聞の記事だと成田闘争での旧反対派も拡張推進を主張と。
 表題だけ見ると正反対の様な感じですが、両紙の記事を読むと空港の拡張自体には反対ではないのが解ります。
 これをネットのニュースサイトで見ると、自分が普段見ている、若しくは自身の考えなどに近い記事しか上がってこないので、複数の記事を読むってとても大事なんだと改めて感じました。
 さて、このところの空模様は本当に落ち着かないですね。降り続いた雨に打たれている桜も、可哀想になるくらい。
 只今午後3時少し前ですが、やっと雨が止んで久し振りにお日様の光が差し込んできた佐倉です。
 昨日の七峯の最後に取り上げましたが、境内では椿の花が順番に咲いており、今は桜が無い当社にとって春を告げる花となっております。
 春と告げるというと、木造社務所前にある楠が落葉を始めました。茶色に色が変わった葉がちらほらと舞っております。
 楠は樟とも書きまして、クスノキ科ニッケイ属の常緑高木。樹高と枝が、まあ良く伸びるんですわ。
 先程も書きましたが、楠は春に葉を落としまして、その様子は若葉に押し出されるような感じなんですよ。
 春ごとに葉が全部入れ替わりますので、常緑樹の中では葉は比較的短命というか、新陳代謝が早いと言った方が良いかもしれませんね。
 今日のタイトルである「樟落葉・くすらくよう」は初夏の季語でして、先程来に「春」と書いている自分に少し違和感がありますが、これから5月頭に掛けて葉が散れます。
 当社の楠は1本ですが、枝が伸びておりますので舞い散る葉の量はとても多く、これから毎朝の掃除がなかなかに大変となります。
 楠が一段落するちょっと前には、椎の木が待ってましたとばかりに葉が散れ始めます。
 段々と気温も上がってくることでしょう。額に汗して働く季節の到来とも言えるのです。
 
摂末社のお供え [令和8年4月1日]

「美味しそう!!」

「雨にしっとり」

「そろそろ掃除だね」
 今日から4月。卯月の月次祭を奉仕し、玉体の安寧と皇室の弥栄。国の繁栄と氏子崇敬者各位の平穏無事を祈念致しました。
 新年度の始りは雨でのスタートとなった佐倉。企業では入社式が行なわれるなど、ドキドキしながらの今日を迎えた方も多いことでしょう。
 当社では今年、新入職員はおりませんがこの春休みからの新人巫女が、まだぎこちなさも初々しく奉仕をしております。
 宮司が新卒で神職となったのが平成7年ですので、今から31年も前になるんですね。
 同級生も段々と頭皮が見え始めておりまして、時の経つのは恐ろしいなと実感するお年頃なのです・笑
 そんな事を思いつつ、今朝方に写真家の花澤信幸先生から電話がありまして、先月21日に行なった「さくら天下祭り」の写真とデータを持参してくれると。
 午前中は外祭などが入っていたため、午後からの来社をお願いしました。
 画像の下2枚はその際に花澤先生が撮影したもので、雨にしっとりと濡れる椿の花がより色鮮やかに写し出されていますね。
 実はさくら天下祭りの画像の他にも大層な作品を奉納下さりましたので、それはまた改めて紹介したいと思います。
 月次祭などの祭典では、普段よりも神饌というお供え物を多く神前に献じます。
 当社の月次祭では境内の摂社と末社にも、小振りですがお供えをしまして、多くの場合でお菓子や稲荷寿司を献じます。
 今日はお芋蒸し饅頭と塩こしあん餅の2種類を、佐藤出仕が土器(かわらけ)に盛り付けて、宮司がそれぞれのお社に献饌をしました。
 そのチョイスはその時しだいと、特段決まっているわけではありませんが、お買い物に行った際に「お、これは美味しそうだから、摂末社の神様方は喜んでくれるかな?」という直感で・笑
 夕方に土器を下げに行くと、大変美味しゅうございましたの如く、土器によそったお菓子が無いところがあります。
 お喜び頂けたんだと思いつつ、その傍らには満足そうな狛猫の姿もありまして、狛猫なので神様のお使いと思い微笑む宮司であります。
 因みに今回、お饅頭とお餅は少し多めに買ってきたみたいなので、残りは職員で美味しく頂きましたとさ。目出度し目出度し♪♪