七峯の丘から

台風6号通過中 [令和8年6月3日]

「珍しい姿です」

「誰もいません」
 ネット配信では台風6号の記事に混じって、日経平均株価の上げ幅が一時2000円を超え、初の68,000円台に突入と、このご時世に景気が良いのか悪いのかよく判りませんね。
 そして1ドル160円に再突入。輸出企業は良いのでしょうけれども、原油を始とする輸入品の価格がさらに上がる。
 そして余り質の宜しくない外国人旅行者も増える。さて、どうしたものかと思う宮司でございます。
 外から聞こえる雨の音。朝よりもだいぶ落ち着いてきましたので、台風6号からの雨雲の中心部は佐倉を抜けていったと思われます。
 ただ予報ではこれから風が強くなるとあるので、境内樹の落枝落葉が気になるところ。
 昨日の七峯でも書きましたが、台風襲来を前に智勇権禰宜がいろいろな物を片してくれたので、物質的被害は今のところ出ておりません。
 考えてみますと、木造社務所では長尺なものは仕舞えず、取り外してもなるべく風の来ないところに置くほか無かったので、風雨により汚濁をする事が多々有りました。
 新社務所は「ここが自然災害で壊れたらまわりの種物は何も残っていない」くらい堅牢に作られており、当然暴風でも揺れもしません。
 ただ硝子面が多いので、そこに風で飛ばされた落枝が当たるとそれなりのダメージが発生することも考えられ、養生テープで飛散防止をする事も想定しております。
 今回の台風対策として、拝殿の向拝柱に掲げてある社名提灯も外しました。
 布製の提灯が経年劣化したので、今は御旅所用の提灯を仮に使っており、ビニール製なので保護のために外したんですよ。
 流石に今日はお参りも少なく、社務所に来た方も3名ほど。この風雨で良くいらっしゃったもんだと感心をしておりますが、無事に帰路に就かれたでしょうか。
 途中、総代会の用事で振り込みがあったので、神社から150メートルほどの位置にある千葉銀行佐倉支店へ行って来ました。新町通りには人っ子一人おりませんで、皆さん安全対策で巣ごもりですね。
 台風は雨雲が去っても、吹き返しの風が強くなる傾向があります。どうぞ、暫くは安全のために待機をされ、河川や田圃の様子は見に行かないで下さいね。
 
若宮様のお引っ越し [令和8年6月2日]

「出発!!」

「進め進め」

「このアングル良いかも」
 台風6号が勢力を強めながら本州に近づいております。沖縄や奄美ではかなりの降水量だったと、朝のニュースでやっておりましたが、本州ではどうなのでしょうか。
 九州南部には梅雨前線も掛かっておりますので、猛烈な雨にならないことを願うばかりです。
 5月29日から「新たな災害気象情報」の運用が始まりました。大雨や土砂災害等の情報が5段階の警戒レベルと一体化され発表となります。
 以前の災害気象情報に改められたのはそう昔じゃないはずですが、それでも気象を原因とした災害のレベルの変化が大きいと言うことですね。
 関東には明日最接近をする模様で、千葉県には上陸する可能性も出て来ました。
 智勇権禰宜が境内や神社駐車場をまわって幟旗を回収したり、大絵馬を移動させたりと大忙しで動いております。
 明日は拝殿の御扉は閉めたままとし、御祈祷も休止。社務所は通常通りですが、お参りは台風が過ぎ去った後にお願いしたく思います。
 因みに明日は香取神社連合会の役員会が上野精養軒で開催予定でしたが、こちらは中止で書面決裁との連絡が来ました。
 大阪では天満宮の全国組織である梅風会が同じく開催でしたが、こちらも中止となり、神社関係者のSNSでは情報が飛び交っておりました。
 段々と風も強まってきた佐倉ですが、今日も境内摂社の若宮稲荷神社移転工事が、大崎石材店により進められております。
 基礎工事が終ってその上に基壇を積んでいきまして、その上に社殿を乗せるのですが、以前の鎮座地から移動した際に解ったことで基壇が1段分、土に埋まった状態なのが判明しまして、その部分と基礎を合せた分だけ高くなりました。
 社殿は単管パイプで枠組みされてから、クレーンで吊り上げて石材を運ぶクローラ運搬車に乗せて本殿裏を移動。
 映像で撮るとなかなかにシュールなものなのですが、大崎さんの仕事は丁寧なのでそこには突っ込まない宮司です・笑
 今日中に社殿の移動と設置は完了しまして、神様に移動完了の祝詞を奏上する正遷座祭は来週に齋行する予定です。
 
素敵なご夫妻と出会う [令和8年6月1日]

「茅の輪が立ちました」

「沖田さんご夫妻
 今日から6月。水無月の月次祭を齋行し、玉体の御安寧と皇室の弥栄。国の繁栄と氏子崇敬者各位の平穏を祈念しました。
 また世界各地で続く戦争や紛争の終結も合せて願うのですが、願ってばかりも行かない時代に入り、国防に携わる方々への感謝も忘れてはいけませんね。
 6月というと年前半の締めとなりまして、晦日には夏越の大祓が行なわれます。
 半年にわたって身についた罪穢れを人形(ひとがた)にのせ3回息を吹きかけ、それを持って茅の輪をくぐる神事です。
 今日のSNSでは各神社で茅の輪が立ったとアップされていましたが、当社でも昨夕に立てて今朝にお祓いをして潜れるようになりました。
 人形の受け付けは社務所で行なっておりますが、詳細は当HPの「お知らせ」をご参照下さい。
 新社務所竣工式を納めて、翌日の昨日から各所への挨拶回りが始まりました。
 そのうちの一つ、いつもお世話になっている新寿司さんへ感謝状と式典の手土産を持参したときのこと。
 はいと手渡しして帰るものでもありませんで、そのまま一席となるわけです。
 こちらは地元の常連さんが入れ替わり立ち替わりというお店。式典に参列頂いた方も顔を出しており、その方々へのお礼もそうですが、式典欠席の方にも内容をお話しすることが出来ました。
 カウンターに座った宮司。板さんから隣のお客さんを紹介して頂いたのですが、なんと円谷プロのウルトラマンシリーズに出演していた俳優の沖田駿一さんだったのです。
 そのシリーズは宮司の生まれた昭和47年(1972)の放映なので、オンタイムでは見ておりませんが再放送では何度も見ておりますので、びっくりというか嬉しいというか。
 そこに奥様も到着して色々とお話をしていくうちに、神社へは良くお参りに来られているそうで、散歩では市内の広いエリアを歩いているんだとか。
 新社務所建築の進み具合や宮司宅の藤の花など、沢山お褒めの言の葉を頂きました。
 芸能界や国内外の旅行の話も沢山してくれ、宮司からは神社の歴史や佐倉の見どころ。そして伊勢の神宮についてご質問のかぎりにお答えしました。
 とても素敵なご夫妻で、またの再開をお約束してその場を後に。次回にお目に掛かるときはどんな話が聞けるのか、今から楽しみです。
 
新社務所竣工式開会 [令和8年5月31日]

「式典開催を前に修祓」

「西田市長玉串奉奠」

「施主挨拶」

「藩主家代理の佐治様」

「設計監理者説明」

「貴石の垂飾奉納」

「房洲屋での直会」
 昨夜は久し振りに鯨飲をした宮司。新社務所竣工式に金沢から駆けつけてくれた石浦神社の長谷吉憲宮司と、京成佐倉駅近くのスナックグリーンタイムで時を忘れてグラスを傾けました。
 新社務所の竣工式にあたり、藩主家代理として佐治洋之助様。西田三十五佐倉市長、田宮寿人衆議院議員、伊藤昌弘県議会議員を始め多くのご来賓。赤誠のご奉賛を賜った特別奉賛者の方々。
 当社の御例祭をさせてくれている佐倉の秋祭実行委員会を始とする祭礼関係者の参列を賜り、式典を開催することが出来ました。ここに改めて感謝を申し上げます。
 今日は午前中に帰幽一年祭と五十日祭の奉仕があり、お昼休憩を頂くもそのまま寝落ちと、智勇権禰宜と巫女さん達にはご迷惑を掛けました。
 午後2時くらいから再始動をしまして、昨日の片付けと会計関係を処理。
 さて、七峯はいつ書こうかと思ったところ、昨日も式典の模様を撮影してくれた当社の映像管理者である官林春奈さんが、SNSにアップをしてくれたのでご本人了解の上、掲載を致します。

「今日は、麻賀多神社の新社務所竣工式に記録係として参列させていただきました。

新しく完成した社務所の祈祷待合室で、修祓、玉串拝礼から式典が始まりました。

竣工式というと建物の完成を祝う場ではありますが、今日はそれだけではなく麻賀多神社という場所にまた新しい時間が始まる日でもあるのだと感じました。

式典では佐倉囃子の奉納演舞もありました。
新社務所になってから、私はすでに何度もこの音色をここで聞いています。新しい建物にお囃子の音がもうすっかり馴染んでいました。

来賓挨拶では、佐倉青年会議所の大先輩でもある森田設計事務所の森田先輩がこの建物についてお話しくださいました。

この場所には佐倉市指定有形文化財である麻賀多神社の大神輿があり、その両側には佐倉藩ゆかりの甲冑も飾られており、新しい社務所の中に佐倉の歴史がそのまま置かれているような光景です。

地域の大切なものを守り、いざという時には人も受け止める場所だからこそ、この新社務所の頑丈さにはちゃんと理由がある。

そんなお話を聞きながら、地域の歴史やこれからの安心まで考えられて、尚且つ洗練されたデザインで設計されている森田先輩のすごさを、あらためて目の当たりにするのでした。

竣工記念奉納では、氏子崇敬者代表の内田さんより、勾玉が16個連なった手作りの貴重な首飾りが奉納されました。

また、金沢石浦神社から長谷宮司もご参列されて、石浦神社のマスコットキャラクター「きまちゃん」があしらわれた杖が奉納されました。石川県の伝統工芸品である真田紐も結ばれていて、佐倉に金沢からのご縁が届いたようでとても素敵でした。

直会では私の席も設けていただいてしまい、ありがたく参加させていただきました。佐倉青年会議所の先輩方や、いつものかとー会の加藤先生、衆議院議員の田宮くんとも久しぶりにお話しできて、あらためて佐倉という場所のつながりを感じる時間でした。

こういう場にいると、佐倉には佐倉の積み重ねがあり、人の関係があり、続いてきた時間があるのだと感じます。

そして私は明日からまた福島です。
活動をともにする仲間たちは能登へ。

今年の夏は、三ヶ日町から受け継がれ佐倉で打ち上げ続けた手筒花火を福島・双葉町の空へ復興祈願をこめて打ち上げるべく進めております。佐倉の皆さまにもぜひいまの双葉町に訪れていただきたいです。

地域に何を残し何を新しく始めていくのか。
場所は違っても守るべきものは同じなのかもしれません。

麻賀多神社新社務所の竣工、誠におめでとうございます。」

 いつもと文調の違うのもまた一興でして、宮司は官林さんのSNSは「文が長い」といつも言っているのですが、今回は宜しいと言うことで・笑
 昨日の竣工式で新社務所建設関連の大きな行事は納めとなりますが、奉賛記念品の奉製が進行中で建設事業会計の締めも残っております。

もうひと頑張り!!
 
わんぱく相撲と人口減少 [令和8年5月30日]

「豚汁美味しいです」

「直会準備中」
 本日午後4時より、麻賀多神社新社務所竣工式典を開催致します。
 先日24日に神社役員揃っての竣工奉告祭を齋行したので、今日は祝詞奏上などはなく開会前に修祓をして、大神輿におわします麻賀多様の分御霊に玉串奉奠を致します。
 準備も済んで、開会30分前の点検までに急いで七峯を書いている宮司です。式典後には直会があるので、その後には七峯は書けませんものね・笑
 今日は大安の土曜日。外祭の予定はありませんが御祈祷が午前中に続いて、祈祷番の智勇権禰宜が額に汗して頑張ってくれました。
 その智勇権禰宜と相談していることがありまして、これからまた暑くなる中で御殿での祈祷奉仕には限界が感じられる事が多くなりました。
 先述の大神輿には麻賀多様の分御霊がおわしますので、余りにも高温の時には大神輿の前で御祈祷を行なうのも一考。正式に決定しましたらご報告をアップしますね。
 外祭は入っていませんでしたが、公益社団法人佐倉青年会議所主催の「わんぱく相撲佐倉場所」の土俵清祓に出向しました。
 今回で30回を迎える佐倉場所。宮司も数年前に卒業したOBですので、現役時代は運営に当たりました。
 わんぱく相撲は小学4年から6年生の学年別のトーナメント戦。優勝すると県大会に出場の権利が生まれ、そこで勝ち上がると両国国技館での全国大会まで行ける大会なんです。
 宮司が現役の頃は各学年50名以上の参加があり、朝から夕方に至るまで相撲が取られていました。
 今はというと、今年はなんと参加者全員で35名。少子化と相撲人口の現象が背景に有るのは言うまでもありません。
 開会式は12時に繰り下げとなり、そこから3時間ほどで閉会式。あっという間に片付けです。
 でも現役も考えて下りまして、午前中は3年生以下を対象としたちびっ子相撲教室を開催していて、次世代のわんぱく力士の育成に力点を置いているのは素晴らしいですね。
 今日の新聞各紙の一面は、昨年行なわれた国勢調査の人口について取り上げていました。
 令和7年10月1日時点で外国人を含めた日本の総人口は1億2304万人で、前回の調査より309万人減少。
 47都道府県では東京都と沖縄県以外は全部減少で、大正9年(1920)の第1回国勢調査から当地千葉県と埼玉県が始めて人口減となりました。
 今の日本、人口が増える要素が見当たりませんが、だからといって不足分を外国人で穴埋めするという安易な流れはどうなんでしょうか。
 一時期は大相撲もモンゴル出身力士ばかりになり、それが相撲離れを起こした理由とも言われました。
 わんぱく相撲の地方場所も1つの青年会議所だけではなく、いくつかの青年会議所での合同開催も視野に入る時代なのかもしれません。
 
燕の巣作り [令和8年5月29日]

「最初はお留守でした」

「神仏両界柴燈護摩法要」

「同じく」
 麻賀多神社の境内で毎年行なわれる阿含宗千葉道場の神仏両界護摩法要。七峯でも度々アップをしておりますので、ご存知の方も多いと思います。
 今月17日には新社務所の竣工を記念して、大掛かりな神仏両界柴燈護摩法要が行なわれ、境内はいっつもと違う雰囲気となりました。
 神恩への感謝と麻賀多神社氏子を中心とした佐倉市民の平穏と安寧、そして祖先の恩への感謝と、阿含宗の皆さんは祈りを捧げてくれます。
 当社との繋がり、実務や連絡には幾人かの方々が丁寧にして頂いており、感謝に堪えないのですが、その中のお一人が一昨日に逝去されました。
 昨夜その連絡を頂いたとき宮司は全身に鳥肌が立ち、未だに信じられない気持ちでいっぱいです。
 あの笑顔、裏方でも何でもこなして、兎に角人の繋がりを大事になさった。今はただ御霊の安らかである事を祈ります。
 ここ数日、既に建っている住宅関連の出張祭典が続いており、今日は建売住宅への入居清祓を奉仕致しました。
 話は昨日の外祭になるのですが、中古物件のリフォームのお祓いを奉仕したと昨日の七峯に書きました。
 そのお宅の玄関ポーチの上には燕の巣があり、それもまだ泥が乾いていない状態のものだったのです。
 なので巣のまわりのコンクリート部分は湿っており、主はお留守の様だったので巣の材料となる泥を取りに出掛けているものを思われます。
 燕はスズメ目ツバメ科ツバメ属に分類されまして、繁殖期の春から秋にかけては私達の身近なところで生活をして、冬には南に越冬する渡り鳥です。
 その容姿などは皆さんご存知の通りですので割愛をしますが、人家の軒先などで子育てを終えると葦原等で群れの生活をするんですよ。
 余り想像が出来ませんが、数千から数万羽の群れも観察されたことが有るそうです。ちょっと怖いかもですね。
 燕は主に虫を食しまして、田圃で稲を食う害虫もそれにあたるので、益鳥としても活躍をしています。
 それにあやかってからか、全世界的に好感度の高い鳥で、日本では米を食べる雀は食用となりますが、燕はほぼ食べません。
 ほぼというのは、やむにやまれぬ理由が有るときで、通常ではない場合ということです。
 そもそも通称「鳥獣保護法」でも狩猟鳥獣に入っておらず、これに違反すると同法律によって罰せられるので気を付けましょうね。
 先程も書きましたが、人家の軒先に巣を作ることが多く、家を守ると言うことで縁起の良い鳥とされています。
 土間のある家によっては、玄関の上の硝子窓を子育て期間中に開けているお宅もあったり、毎年の飛来を楽しみにしている方も多いです。
 ただ、巣から落ちる糞害を忌避するため、巣を撤去するお宅もあったりと、燕の住宅事情も難しいようです。
 昨日伺ったお宅、祭典を納めて玄関を出ると主が帰ってきており、せっせと巣作りを続けておりました。可愛い雛が顔を覗かせる日も近いかな。
 気が付けば2日前の七峯も燕を取り上げておりましたが、今日は鉄道と野球の話は無しと言うことでお仕舞い。
 
若宮様の基壇工事中 [令和8年5月28日]

「基壇が上がってきました」
 今日は午前中に解体とリフォームのお祓いが続いて、その足で責任役員宅に明後日開催する新社務所竣工式の式次第を順番に配って、あっという間にお昼となりました。
 基本、一日朝夕の2食生活の宮司でして、お昼の時間を使って月末の支払いなどで金融機関まわりをして、帰社をしてからまた竣工式の準備。
 午後4時から新社務所の施主(宮司)と施工と設計監理と現場監督が集まっての打ち合わせがあり、気付けば社務所を閉所する時間。
 今月はなんでこんなに忙しいんだろうと思いながら、来月はもっと神社をするにする時間が増えますので、ご用件の方は社務所在住の職員に用向きをお伝え願います。
 新社務所北側では摂社の若宮稲荷神社が仮鎮座地よりお戻りになるための準備が進められており、隣地との境に設置する竹垣の工事が済んで、今は若宮様の御殿が据えられる基壇の工事が大崎石材店により行なわれています。
 若宮稲荷神社は新社務所が出来る前迄、基壇工事の場所から1メートル強、南側に鎮座しており、本殿東側に仮遷座した後に基壇を解体すると1段ほど地中に埋まった状態が確認されました。
 今回は基壇全てをコンクリート基礎の上に設置する設計なので、完成後は以前よりも全体で30センチ程高くなる予定です。
 30センチというと高さに変わりがないように思われますが、御扉がある大床は基礎から1,7メートル程になるので、お供えをする際には気を付けなければいけません。
 早ければ来週あたりに若宮稲荷神社の御殿が移動となり、その後に植栽をして正遷座際を齋行する予定です。
 
伊勢海老と顔と顔 [令和8年5月27日]

「美味しさ間違いなし」

「優しく広がり」
 元ヤクルトスワローズのボブ・ホーナーさんが68歳で亡くなったと、今朝のヤフーニュースで流れておりました。
 その昔はヤクルトファンだった宮司。その理由としてヤクルトスワローズの前身が国鉄スワローズだった。要するに野球と言うよりも国鉄と縁があるという野球とは全く関係ない理由でした・笑
 昭和62年(1987)4月に来日。1年という短い期間でしたが、93試合で打率327と31本塁打を残し、ニックネームの赤鬼は子供乍らになるほどと思いました。ご冥福をお祈りします。
 と同時に読売巨人軍の阿部慎之助監督のニュースも入って来ましたが、ご家族との内容なので七峯では触れないことに致します。
 昨夜は月一の親睦会「かとー会」が例会場となる佐倉時代屋で行なわれ、美味しい料理とお酒、そしてウィットに富んだ真面目な与太話で盛り上がりました。
 この会、元東邦大学佐倉病院長で現在は市原市の五井記念病院長の加藤良二先生と、佐倉青年会議所の後輩で当社の映像編集をお願いしている官林春奈さんと宮司の3人で、「なにか美味しいものを食べて吞んで、情報交換をしよう」というもので始まりました。
 その時によってゲストも参加してくれ、昨夜は山万株式会社副会長の林新二郎さんと前衆議院議員の奥野総一郎さんも来てくれました。
 こういう会ですので、トーク内容はその時次第で決めているわけではなく、前回は流れで青函トンネル開通秘話的な話を宮司が致しました。
 呑み会の会話って当然ながら序盤よりも中盤。そして後半に差し掛かった方が盛り上がってくるもので、今回は林さんが街作りにおいて顔と顔が見える、英語で言うところのfacetofaceの大切さを披露してくれました。
 お料理ですが、佐倉時代屋の板長が毎回その腕前を余すことなく振るってくれ、改めて引き出しの多さに驚くばかり。
 お造りの中央には大ぶりの伊勢海老がおわしまして、付ける醤油は伊勢海老の味噌を溶かしたもの。
 facetofaceの話が出たところで、伊勢海老の顔が宮司の方を向いているのに気付く。目が合いまして、その命は美味しく大切に頂きました
 その他の料理も美味しいのは間違いありませんが、なんと言っても〆で出てきた伊勢海老の兜で取った出汁の煮麺が絶品。
 これでまた手術が頑張れるとは加藤先生の言の葉でして、来月が待ち遠しいのは宮司も一緒。
 幸せな口の中をそのままにしたく、かとー会では二次会がほぼ有りません。
 21時には帰宅しまして、お宮を見ると水蒸気が多いのか、燈籠の光が優しく広がっておりました。
 気が付けば5月も末、梅雨入りが近いのでしょうか。そろそろ夏越大祓の準備もしませんとね。
 
桑の実が生りました [令和8年5月26日]

「緑に赤が可愛いです」
 今日も良いお天気の佐倉。境内の木々の緑も黄緑からより濃くなって来て、縁台で休憩を取る方も気持ちよさそうです。
 気になるのは、奄美地方で線状降水帯が発生するとの予報が出ておりますので、その地方の方にはお気を付け戴きたく思います。
 この30日に来賓方々をご招待しての竣工式を控える中、出欠の返信が未だ届かずの方もおりまして、さてどうしたものかと。
 郵送での返信って時代に合わなくなってきたのかな。土日の集配がないのは痛いですね。
 神社への配達は午後なのですが、それが解っていても郵便受けを日に何度も見に行く。携帯電話やメールが無かった時代、大切な手紙を待つようで、若干おセンチになっている宮司です・笑
 それでも境内を歩く度に、冒頭に書いたように木々の変化や成長を眺められるのは有り難い事です。
 今特に目につくのは桑の木。小さな実が生り、日に日に赤く熟してきていて、それを鳥が食べに来る。
 そうして宮司も摘まんでみたりしておりますが、甘酸っぱくて人工的な感じがなくとても美味しいんですよ。
 桑の実って糖分を分解する酵素を阻害する効果があるそうで、それによって糖の吸収を抑えるんだそうです。
 結果、血糖値を下げるので糖尿病予防やダイエットに繋がるそうでして、宮司が健康でいられるのも麻賀多様の御陰だと、桑の事を調べて改めて感じております。
 桑と言えばお蚕さんのご飯ですよね。皇居の紅葉山御養蚕所では皇后陛下が御自らお蚕さんに桑を給されております。
 御養蚕をの折り折には御養蚕所内に2幅の神号軸が掲げられ、その1幅には「稚産霊神」と揮毫されております。
 この神様こそ麻賀多神社の御祭神でして、印旛地域でも養蚕が盛んな時代には、その品評会の特等に稚産霊神を模した女神像が贈られたこともありました。
 その女神像の作者は当社縁の香取秀真。色んなものが繋がる桑の話でした。
 
新社務所竣工奉告祭齋行 [令和8年5月25日]

「神職参進」

「修祓」

「斎主祝詞奏上」

「寿獅子と大黒舞」

「感謝状贈呈」
 昨日まで薫風のむすびマルシェで賑やかだった境内も、今日は近くの新町交差点から聞こえる横断歩道の音が聞こえるくらいで、静かに社務を行なっている宮司です。
 横断歩道の音、主に視聴覚に障害をもつ方に青信号になった事を知らせるためのもので、ピュアやカッコーカッコーってやつがそうですね。
 地域によっては「とうりゃんせ」なども使われていますが、鳥の鳴き声が多いのは解りやすいからなんだそうです。
 神社から新町の交差点までは約50メートル。この距離でも良く聞こえますので、自宅前に信号があるお宅はテレビの音なども大きくしているのでしょうか、知りたいところですね。
 昨日午後4時より新社務所待合室を祭場に、麻賀多神社新社務所竣工奉告祭を禰宜画伯が斎主、智勇権禰宜が祭員を務めて斎行を致しました。
 参列者は施主の宮司と神社役員で、来賓と高額奉賛者の方々は30日に行なう竣工式にお招きをしております。
 祭典にあたり斎主と祭員が入場。智勇権禰宜が修祓を行ない、大神輿に麻賀多様の別御霊に鎮まり頂く降神の儀を斎主である禰宜画伯が致しました。
 献饌は佐倉近郊で収穫されたものを中心として、撤下神饌であるお煎餅やかき餅もお供えしました。
 続く祝詞奏上は禰宜画伯が約一週間を掛けて作文をした大作で、建設に当たっての時系列や神社や氏子さん方の思いを丁寧に奏上しました。
 祭典を納めてから佐倉囃子保存会による寿獅子と大黒舞の奉納演舞。竣工というお目出度さに更に華を添えて頂きました。
 続く竣工式典では司会を並木町の吉井世話人にお願いしてあり、良く通る声と滑舌の良さにスムーズに進行をして頂きました。
 先ず施主である宮司より建物のコンセプトとこれからの使用、奉賛会という大事業にご尽力を頂いた事に感謝の言の葉を申し上げ、続いて神社役員を代表して内田光男責任役員から同じく挨拶を頂戴しました。
 流行病当時からの奉賛活動でしたので、神社役員の皆さんには本当にお世話になり、その御礼として各位に感謝状を贈呈。
 式典では代表して前大年番の並木町波田野勲総代と横町藤橋和夫総代に、宮司より感謝状を贈呈しました。
 そして午後5時から、皆さんのお待ちかねである直会という名の祝賀会が、神社隣の房洲屋で開催。
 房洲屋の宴席会場は2階の広間。なので食事の配膳が階段を使う結構な重労働でして、この問題を解決するべくお運びさんも手配を致しました。
 でも有り難いですよね、直会準備のために通常営業を臨時休業にしてくれたんです。房洲屋さん、ありがとうございます。
 今日はその支払い関係も済ませて少し気が落ち着きましたが、今週末の竣工式はお客さん方を招いてのものなので、こちらの方がより緊張します。
 出欠の締め切りが23日なのですが、土日は郵便の配達がありませんので、月曜日の今日にある程度目安が付けば良いなと思っております。

※ 画像は花澤信幸先生より頂きました。