七峯の丘から

九月守の奉製開始 [令和8年7月27日]

「一体ずつ丁寧に」

「写メはこれのみ」
 昨日は色々な出来事がありました。先ずは夏の高校野球千葉県大会決勝で拓殖大学紅陵高校、通称拓大紅陵が24年振りに優勝。
 そして土用の丑の日でもあり、鰻を食べて鋭気を養ったかたも多かったのではないかと思います。
 宮司は午後から佐原に出掛けてまいりまして、鰻の名店は多いものの向かう先はそこではなくホテルニッポニア佐原商家町ホテルという酒蔵を改造した宿泊施設のレストラン。
 こちら、佐原の小野川付近の商家などを宿泊施設に改造したもので、お値段は結構良いらしいです・笑
 今回は宿泊ではなく西関戸青年会創立60周年記念式典への出席でして、麻賀多神社宮司として来賓のご案内を頂きました。
 なぜ佐原で佐倉の宮司が来賓なのかと申しますと、宮司の生家は佐原秋の大祭が行なわれる諏訪神社の氏子で、その町内が西関戸区。
 宮司も大学生を卒業してしばらくは西関戸区民として、また西関戸青年会員としてお祭りに参加しておりました。
 平成11年に麻賀多神社へ禰宜として奉職後は青年会を卒業という形になり、山車に懸ける注連縄の紙垂作りなど陰ながらお手伝いをさせて頂いております。
 その事もあって、本来であれば卒業生の席に同い年の仲間と着席するべきところ、敬意をもって来賓席。それも区長や顧問と同じ卓と、少しく緊張をするので、なにせ顧問は父親なのですから・微笑
 式典では60年の歩みの紹介と共に、佐原囃子の披露もあり、佐原のお祭りと言えば手踊りですので、宮司も50周年式典以来の10年振りに親子で踊って参りました・笑
 次世代へ繋ぐ若い層もよく育っており、安心してこれからも応援をして参りたいと思います。
 なので当然の如く二次会も設定されていて、懐かしい面々と盃を交わして旧交を温め、21時前初の千葉行きで佐原を後にしました。
 そんなことで今朝の宮司の胃は重めでしたが、ゴーヤと朝顔の様子を確認して社務を開始。
 今の時期の当社は8月に兼務地域で頒布する「九月守・くがつまもり」の奉製をしており、封筒に詰める作業に入っております。
 既に12月に頒布する分までの幣束とお祓い、また紙垂は折り終っており、奉製時期が近くなると竹串に刺す作業も有るんですよ。
 九月守とは8月末日に各家で行なうお祓いのことで、季節の変わり目などで体調を崩さないよう、また秋の収穫が無事に済むようにとの願いが込められています。
 なので農家だけに特化したものではなく、その点が忘れられてきており、年々頒布数が減る傾向にあるのは寂しいですね。
 今現在、新社務所の2階和室で智勇権禰宜が黙黙と奉製作業に取り組んでおりまして、今日は昼餉以外は籠もりっぱなしです。
 作業的には例年と同じか少し早いかもしれませんので、8月に入りましたら兼務の氏子地域に配達を行なう予定です。
 という宮司ですが、まだ耳の奥に佐原囃子の音が鳴り響いており、江戸系である佐倉囃子との違いを楽しんでおります・笑

ホテルニッポニア佐原商家町ホテル
https://www.nipponia-sawara.jp/
 
夏祭りで知覚過敏 [令和8年7月26日]

「鏑木町夏祭り」

「お囃子ナイト」

「ゴーヤの黄色い花」
 新社務所の緑のカーテンになるであろうゴーヤ。今日もすくすくと成長しておりまして、2輪の花が咲きました。
 ゴーヤは雌雄同株といって、1本の茎から雄と雌の花が咲くという性質を持っており、人工授粉をしなくても実が付きやすいんですよ。
 雄花は花の根元が細く実(子房)が付いていませんで、雌花は小さな実が既に付いています。
 一般的には受粉をしてから結実をする植物が多い中で、受粉前から子房が付いているのって珍しいですよね。
 開花をしてから2〜3週間後に収穫が出来るようですので、秋風が吹く前には麻賀多様にお供えが出来そうです。
 昨日は夏休みが始まって最初の土曜日。氏子町でもイベントとしての夏祭りが各所で行なわれました。
 そのうち宮司は鏑木町と二番町・栄町の2ヶ所を表敬して挨拶と懇談をしてきました。
 鏑木町は少し早い盆踊りも兼ねており、大神輿の奉昇員である鏑木青年会と消防団の皆さんが、そして女子連も額に汗をして頑張っておりました。
 流行病下には中止となっておりましたが、それ以前と比べても人出も多くなり、特にベビーカーを押している家族連れが目立ちました。
 将来の青年会員、それを支える方が増えるってとても良いことです。
 JR佐倉駅近くが会場の鏑木町を後にしまして、次ぎに向かったのが京成佐倉駅近くが会場のお囃子ナイトで、途中に神社付近を通過したことになります・笑
 お囃子ナイト、新しい企画でして、二番町と栄町のお囃子方のコラボが実現しました。
 お祭りではそれぞれの町内の山車や御神酒所に乗り演奏をしていますが、この2町内はお隣どうしが縁となり一緒に演奏をしよう!!と。
 普段では見られない組み合わせがとても新鮮で、こちらも子供達が大人に混じりながら稽古の成果を披露しておりました。
 二番町はイベントなどに「二番町キッチン」を出店して町内のピーアールを行なっており、この日もママさん方の手作り料理をご馳走になりました。
 今の時期は氷の入った飲み物が多いですよね。そしてかき氷も久し振りに頂きますと、冷たさが歯に染みました。
 老眼と共に知覚過敏もお友達になって来た、宮司の今日この頃です。
 
祇園後祭は繭結のお迎え記念日 [令和8年7月25日]

「右が繭結です」

「殿は大船鉾」

「南観音山と鷹山」

「四条の御旅所」
 暑い暑いと毎日の様に言っておりますが当地佐倉はまだ良い方のようでして、中部地方の皆さんは茹だっているのではないでしょうか。
 もともと夏の名古屋は暑いイメージがありますが、今特に暑いのはその周辺で岐阜と三重の
両県ではこの21日から毎日のように酷暑日を記録。
 多治見市や桑名市は酷暑日の常連となっており、日本一暑い街として有名だった埼玉県熊谷市やその周辺の地名は未だエントリーせず。これも気候変動なんでしょうかね。
 この暑さの中ではありますが、京都の八坂神社では一ヶ月にわたる祇園祭も仕舞いが近づいて参りました。
 祇園祭というと豪華絢爛な山鉾の巡行が有名ですが、一番重要なのは御神輿の渡御。山鉾巡行はその露払いなのです。
 先週17日に前祭(さきまつり)の山鉾巡行が行なわれ、その後に八坂神社から御神輿が発輿。四条の御旅所に入ります。
 そして一週間後の昨日24日に後祭(あとまつり)の山鉾巡行が行なわれた後に、四条の御旅所から御神輿が発輿。氏子町を渡御して八坂神社に還御をします。
 上記のように2回の山鉾巡行があり巡行路は同じ所を通るのですが、進行方向は真逆。前祭は四条通りを東に進み、後祭は西に進むのです。
 祇園祭における山鉾はいうなれば巨大な掃除機のようなもので、街中に散らばっている疫病の素を吸い集めて、浄化された街を御神輿が渡御をするという構造になっております。
 今年も後祭の宵山と山鉾巡行に出掛けることが出来まして、昨夕に帰倉をしました。
 前祭の山鉾は23基で後祭は11基。その数もさることながら前祭では山鉾で一番有名な長刀鉾が先頭を切るので、やはり前祭の方が人出が多いです。
 でもね、なんでも仕舞いというのが重要でして、後祭山鉾巡行の殿(しんがり)が大船鉾という巨大な船形の鉾。
 三韓征伐から凱旋をされた姿の神功皇后をお祀りしており、なんとも目出度いことこの上ないのです。
 宮司家の生き狛犬の中に祇園囃子を聞いた子がおります。その名は繭結(まゆ)ちゃん。
 河原町のショップにいた子で、お店の前を前祭と後祭の山鉾が通ったので何となく覚えているかとスマートフォンの映像を流すと、ぴくっと。
 上洛をすると必ずお店に顔を出すので、昨日も山鉾巡行の道すがら覗いてきたところ、繭結の出身地である奈良県桜井市から新顔ちゃんが来ておりました。
 気になって店員さんにブリーダー名を尋ねると繭結が生まれた犬舎の方で、店員さんが「ああ、まゆちゃんのお家の方ですよね!!」と。
 繭結、ショップで展示されていた時からかなりの愛嬌ものだったそうで、5年経った今でも店員さんが覚えてくれています。
 その繭結も2児の母。春陽と桃香も3才になりまして、そろそろお嫁さん探しをしなきゃと思いつつ、お陰様で新社務所も竣工をしたので、構ってやれなかった分もこねくり回したいと思う宮司であります。
 
久しぶりのあなたはだぁれ? [令和8年7月24日]




 なんだか毎日毎日やる事が多くて、それはそれで有難いのですが熟睡ができる事が少なくなりまして、久しぶりに昨夜はぐっすりと休ませて頂きました。
 疲れてるでしょうと禰宜画伯から言われるのですが、疲れたと言ったところでより疲れるわけで、心配は重ねて有り難く思います。
 今日の七峯は少し短めでまいりますので、七峯フリークの皆さんにはそれでもお付き合いの程を宜しくお願い致します。
 麻賀多神社この夏の恒例、境内に朝顔棚を設けまして、今年から新社務所での緑のカーテンも始めましたが、朝顔棚のプランターから芽が生えて来ました。
 来年は朝顔の苗とゴーヤや四角豆を植えているプランター。今年はそれが遅くなりまして、カインズ佐倉店にて宿根の朝顔(実際には昼顔)の苗を調達して植えました。
 そちらも細々からすくすくと成長が見られるようになったところで、一週間前くらいだったでしょうか、プランターから芽が生えて来まして双葉から本葉へと成長をしております。
 多分ですが、いや物の本義となりますが、昨年に植えたゴーヤか四角豆の種が落ちたものだと思われまして、毎日のジョウロで水遣りで発芽をしてくれたんです。
 でね、ここからが問題なのですが、生えて来たのは一体なんだろうと言う事。皆さんは葉の形を見てお分かりになりますか?
 今育てている緑のカーテンは昨年にこのプランターで育てたゴーヤ。その葉とも違うのでして、であれば資格になるのですが四角豆の葉っぱの記憶がない。
 ネットで調べれば早いのかもしれませんし、七峯を書く上ではいつもネットにお世話になっている宮司ではありますが、今回は敢えて調べませんで、経過観察をしたいと思います。
 でもって、本日の七峯はこれまで。オチもない中ではありますが、お付き合いを頂きましてありがとうございました。
 
第48回香取神社連合会総会 [令和8年7月23日]

「香取神宮の楼門と回廊」

「同じく拝殿」

「議案です。
 国内では3日連続の酷暑日を記録しておりまして、暑いのなんなの事ではありますが、皆さんの地域では如何でしょうか。
 お陰様で当地佐倉は40度越えの酷暑日とはなりませんが、体感温度と観測地点以外はそれを上回っていると思われる、お参りの際には日傘などの対策をお願い致します。
 それと同じくして熱くなっているのが高市おろし。2月の衆院選以降、70パーセントを上回る内閣支持率が続いて来ましたが実近では60パーセントを下回りまして、高市内閣退陣と叫ぶオールドメディア。
 でもね、衆院選後の政権発足から約半年が経ちまして内閣支持率が50パーセントを超えている方が珍しく、今でも後ろから鉄砲を撃つのが得意な石破茂氏なんて目も当てられないような有り様でしたよね・爆
 先の衆院選で現与党となる自民党と日本維新の会が掲げた公約を粛粛と進め、国会の委員会で20年以上も議論を重ねて来た皇室典範改正案の可決が6時間云々とのデマを発信するレフトサイドに流されないよう、私達も気を付けなければなりませんね。
 さて、今日は香取神宮の御分社の集まりである香取神社連合会の総会が御本社である香取神宮で開催され、宮司も同会の監査監事として参列をして参りました。
 下総国一宮である香取神宮。その御分社は旧鬼怒川と現利根川水系、そして東北地方の太平洋側に約400社が鎮座しているとされ、宗教法人格を持たないなど実数はもっと多いものと思われます。
 総会に先立ち正式参拝を行い、今年4月に斎行された香取神宮式年神幸祭以来で拝殿に昇殿。香取の大神様に首を垂れました。
 昇段の際には式年の記念事業として塗り替えられた楼門と回廊の朱の色が眩く、まだ数年前に香取神宮を始めとする社寺の建物に油をかけて器物損壊の罪に問われた某形キリスト教信者の有罪判決も確定したのを思い出しました。
 総会に於いて宮司は会計監査の監査報告を致しまして、監査の後に行われるはずだった役員会が当日の台風6号襲来により書面決済との文言も加え、報告の後に満場一致で可決承認となりました。
 監査監事というのは決算のみに役目を頂くのではなく、新年度の事業計画とそれに伴う予算にも監事提言を行うなど、お役目としてはかなり重いものがあります。
 香取神宮には海外の御分社としてサイパン島に彩帆香取神社が鎮座しており、毎年10末に香取神宮神職により例祭が斎行をされます。
 元々台風が発生する地域ではありが、温暖化の影響で近年では発生した台風がその地域に居座り諸島が大きな被害を受ける事まで多くなりました。
 彩帆香取神社の拝殿もまたしかり、台風からの突風で屋根が剥がれる事態となりその修復事業も議題に上がり、御分社の総意として修復を進めて行く事となりました。
 因みと致しまして、宮司が所管する香取神社は酒々井町馬橋、四街道市鹿渡、同市長岡の3社となりますが、生まれ育った佐原の地を考えると、香取神社連合会の監査監事のお役目を頂いている事に改めて感謝を致したく思います。
 
もつ煮山武風でエネチャージ [令和8年7月22日]

「これを頂きました」

「空が高いですね」
 酷暑日、来ましたねぇ。昨日、岐阜県郡上市で14時前に40度を超え、続いて同県多治見市と愛知県豊田市でも40度に達しました。
 今年4月17日に気象庁大気海洋部が「酷暑日」の名称を正式発表してから初となる観測。宮司的には既に40度を超えているところも出ていたんじゃないかと思っておりましたが、観測地点での気温なので、実際には未だだったんですね。
 一度観測するとどんどん続くもので、多治見市は今日も40度越えで近隣の美濃市も同じく。そして静岡県浜松市や三重県桑名市でも酷暑日となりました。
 こう見ると東海地方で集中的に酷暑日を観測しており、天気図では太平洋高気圧がガッチリと貼り出して、等圧線が東海地方上空でぐにゃりと回っているのでそれが関係していると思われます。
 まああくまでも素人考えですので、詳しくは気象予報士の皆さんによる解説をテレビなどでご覧下さい。
 昨日から千葉県神社庁では初任神職研修会が4日間の日程で行なわれており、宮司も千葉県神社庁研修所講師として神社本庁史の授業をして参りました。
 授業内容は昨日の七峯をご参照頂くと致しまして、初任研は神社本庁傘下の神社に神職任用されてから4年間の間に受講することが決められており、宮司も平成8年に受講をしました。
 まさか自分が講師として新米神職さん方の前で教鞭を執る日が来ようとは夢にも思いませんでした。
 その事も受講生の皆さんにお話をして、「いずれの時にか皆さんもこちら側で話すこともあろうと思うので、引き出しは沢山持っていた方が良いですよ」と・微笑
 授業は午後5時50分に終了して、神社庁の応接間で冷たい麦茶を頂き佐倉へ帰ってきました。
 やはりですねぇ、4時間の授業って聞く方も大変ですが話す方はもっと大変でして、体力と気力も使ったので美味しいものを頂いてエネチャージしてきました。
 寄ったお店は佐倉時代屋。七峯でも時折上がってくる名店でして、昨夜は「もつ煮山武風」というものに板長お勧めの冷酒を合せて貰いました。
 山武風のもつ煮、さてどんな特徴があるのか聞いてみると、スライスした玉葱が沢山入っており、その甘みと味噌と醤油のコクが合うというもの。
 土鍋の中でくつくつと煮立っている汁の中にはもつとお豆腐が入っており、香りはほのかに甘さを感じます。
 上顎が火傷をしないように蓮華でスープを頂くと、先述のように先ずは甘さが口の中に拡がり、その後にコクが続くという今までに食したことがない美味しさでした。
 山武風というのが気になって、Yahoo!の検索で始めて生成AIを使い調べますと、「山武風もつ煮」という正式名称は無く、山武郡市では味噌ベースで甘辛いもつ煮が多いとのこと。
 そして「レシピはそれぞれなんだそうです」と、これだったら誰でも書けるじゃんと思いつつ、ネット上には「もつ煮」と「山武風」のワードが括り会う情報が少ないのでしょうね。
 そんあな事よりも、お陰様で十分に堪能させて頂き、今日は朝から爽快な宮司ですので、週の後半もこのまま頑張りたいと思います。
 
神社本庁史予習中 [令和8年7月21日]


 梅雨が明けまして、気付けば蝉も鳴いている佐倉です。今日の最高気温は37度予想で、明日はもっと上がって38度だとか。
 佐倉でこうなのですから、猛暑で有名な北関東周辺は体温以上になるのかな。命に関わりますので、不要不急の外出は控えましょうね。
 昨日までの3連休も人出が少なかったように思えます。その分、海やプールは混んだのでしょうか。
 友人のSNSには海水浴の模様がアップされていまして、ここのところ海水浴にはとんとご無沙汰な宮司は何かしらの郷愁を覚えました・微笑
 一昔前までは夏といえば海水浴で、海水浴と言えばサンオイル。日焼けが健康のバロメーター感があったもので、今はそれも懐かしいですね。
 時代が変われば価値観も変わりまして、黒の次は美白が流行って、その美白も差別用語だと追いやられ、先ず以てものを書くのが面倒くさい時代となってものです。
 まあ、この七峯は宮司の戯言ですので大目に見て頂くとして、今日は午後から千葉県神社庁研修所主催の初任神職研修会で授業がありまして、これから4時間ほど話してきます。
 受け持つのは「神社本庁史」。神社本庁とは全国約8万社の神社を統括する被包括法人で、戦前までは内務省神社局として国の機関でした。
 大東亜戦争終結後、GHQの占領政策により国と神社が切り離され、その結果として神社本庁が昭和21年2月3日に設立されました。
 国と神社が切り離されたのは史上これが初で、伊勢の神宮で行なわれる式年遷宮も国費造営から民間の奉賛事業と替わったのです。
 これらは神社本庁設立とその後の部分でして、実際には幕末あたりから話を始めるのですが、大和朝廷時代の二官八省制度も折り込みますので、かなりスケールの大きな題材なんですよ。
 初任神職研修会で本庁史を受け持ってから5年ほど経ちますが、やはり4時間は長いもので、予習をしても忘れていることも多く、講義をしているうちに思い出して付け加えることも・苦笑
 因みに東京駅から新幹線を使うとして、はやぶさ号の最速で新函館北斗駅までが約4時間。東海道新幹線では広島あたりがそうなりますね。
 名古屋までが1時間40分ですから、駅のホームできしめんを食べてお土産を買って東京駅に戻ると4時間・笑
 さてと、気を張って神社庁へ行って来ます。今夜のオササも美味しかろうなぁ。
 
今年はちゃんとした海の日 [令和8年7月20日]

「祝祭日には国旗掲揚を」

「宮司家の夏カレー」
 やっとですが関東甲信と東海地方で梅雨が明けました。たぶんもう少し前に明けていたと思われますが、毎年9月くらいに『今年の梅雨明けは@月@日ごろ」でしたと気象庁が発表しますので、正式にはそれ待ちとなります。
 ご参考までですが昨年は6月28日頃と近年希にみる早さで、平年だと7月19日頃なので、今年は平年並みといったところですね。
 これから高温の日が続きますので、水分補給とクールダウン。汗をかいたらそのままにせず拭き取る。気に掛けたいところです。
 今日は海の日。祝日法にある国民の祝日です。由来としては明治天皇が明治9年(1876)、灯台巡視船「明治丸」で東北巡幸から横浜港に帰港された事を記念した「海の記念日」が元となっています。
 それが平成7年(1995)に現在の「海の日」として、「海の恩恵に感謝し、海洋国家日本の繁栄を願う」由で法制化されました。
 それが今日7月20日なのですが、平成15年(2003)の祝日法改正で7月第3月曜日に移動となり、現在の三連休、俗に言うハッピーマンデーとなったのです。
 祝日とその日付にはそれぞれ意味が有り、業界の働きかけか解りませんが、日付けをずらすというのは、本来の祝日とは言えませんし、何の祝日なのかという「そもそも論」に行き着くのです。
 連休を増やすために祝日を月曜日に持ってくる国なんて日本くらいで、伝統を重んじる云々が薄っぺらく感じます。
 さて、祝日、本来は祝祭日ですが、皆さんのお宅では玄関や門扉に国旗は掲げていますのでしょうか?
 たぶん、殆どの方は掲げていないと答えると思いますし、家に国旗が無いという方も多いのではと思います。
 現在開会されている国会で国旗損壊罪法が成立して、今日が最初の祝日です。当社では雨天や強風時を除いて、祝祭日には社務所に国旗を掲げてお祝いをしております。
 国旗損壊罪法の審議では、「表現の自由」や「思想と良心の自由」を保障する憲法に反するとの論調を、左翼政党が主張しました。
 憲法で言うところの自由とは「自由と権利」を乱用してはならないと有ります。(本日付の産経新聞引用)
 今までは外国国旗に対する外国国旗損壊罪が刑法にあるのみで、自国の国旗に対してはそれがありませんでしたので、やっと同じ土俵に立った感じですね。
 話は変わりますが季節柄、地鎮祭などのお供え物では夏野菜が上がることが多くなりました。
 これらは水分を多く含んでいるので、身体を冷やしてくれますが、そのぶん傷むのも早いので、宮司家ではカレーに仕込むのが多いです。
 海の日が明治天皇に由来しているので少し調べますと、明治17年(1884)に明治天皇が伊藤博文公を招いて食したという鴨肉のカレーライス」が、明治記念館のラウンジで食べられるみたいです。
 明治4年(1871)、それまで禁じられていた肉食を明治天皇が解禁しましたが、西暦675年に天武天皇が発布した詔「肉食禁止令」から約1200年振りのことであり、そこから一気に洋食文化が広まっていきました。
 明治天皇が最初にカレーを召し上がったのは定かではありませんが、明治5年1月24日には明治天皇が始めて牛肉を召し上がったとありますので、そう遠くない時期に食されたのではないかと思います。
 香辛料が沢山入ったカレーは夏バテ防止にも良いですし、食が細くなりがちでも口に運びやすいですよね。
 食べることは生きること。今夜は外出の予定はありませんので、一献やりながら夏の味覚を味わう事に致しましょう。
 因みに明治記念館では本館が一部工事中とのことで、ラウンジが今年10月24日迄の期間が休業ですので、鴨肉のカレーライスはそれ以降のお楽しみということで。
 
今日もカスタム宮小路 [令和8年7月19日]


 皇紀というのを皆さんはご存知でしょうか?今年は皇紀2686年。皇紀元年は第一代天皇である神武天皇が橿原宮に即位した年。
 そこから今現在までこれだけの歳月が流れているという、皇統と共にある日本独自の年号です。
 神武天皇から数えて今上陛下は126代目にあたり、これまで一つの例外もなく男系で繋がれてきました。
 この間には8方10代の女性天皇がおわしますが、全ての方が未婚か天皇を配偶者にもっており、その子は男系となります。
 七峯では余りこの名称を書きたくないのですが、日本共産党の田村委員長が「2600年前は神話で、なんでそんなことが国会で議論されるのか」と記者団に話したそうです。
 これこそまさに唯物論が土台の共産党であり、国風(くにぶり)から醸成された歴史や風土、そして伝統というものを待ってく無視をしているのです。
 2600年前に何があったのか。遺跡を発掘して出てきた物だけではない、文字が無い時代からのDNAが今に繋がっており、我が日本ではその根本が皇統です。
 どだいですいねぇ、一般庶民の家庭って5代も遡れば神話な様なもので、少子化が進んで葬儀の簡略化や墓じまいが進むと、更にその傾向は強まると思いますよ。
 因みに最初の女性天皇である推古天皇が即位したのは西暦592年ですから、既に1434年前の事になりまして、これだけ見ても皇統がどれだけの歴史を持つのかが解ると思います。
 神話ってその国の成り立ちを表わしているものであって、我が国では古事記と日本書紀にそれが記されていますが、この2冊をとっても若干の違いがあるのです。
 ガッチガチの唯物論者ではそのファジーさが解らないんでしょうね。次の参院選でも議席が減ることを願っております・笑
 昨日一日空きまして、今日も神葬祭の一日葬を奉仕した宮司。数え96歳の方で10数年前にご主人の奉仕もさせて頂きました。
 神葬祭では葬祭を執り行ってから五十日祭、百日祭、そして一年祭と年祭を行いまして、ご主人の年祭の際に「私の時も宮司さん、宜しくお願いしますね」とお話をして下さいました。
 「そんなこと言いませんで、元気に長生きして下さいね」といつも帰り際に挨拶をしていたのがとても懐かしく思います。
 宮司も神職となって30年以上が経ち、ご夫婦のそれぞれの葬儀を奉仕する事も多くなってきました。
 「宮司さんにお願いしたからもう安心」と言って頂き、宮司からは「ご主人の次の年祭は何年先ですからね」と言うと、「そこまで生きられるかしら・笑」と。
 葬祭から帰社しますと宮小路町第一の皆さんが、御神酒所蔵の改修工事の続きを行なっておりました。
 昨年より始まった倉の改修工事。ただ直すのではなく、あっちを直せばこっちが目立つ。ならこっちも直そうと言うことの繰り返しで、まるでサクラダファミリア並みにゴールが見えておりません・笑
 ただね、宮小路町第一の譜久里祭礼委員長に聞くとそろそろゴールが近いそうで、秋の御例祭に向けて皆が集まる事項を大切にしたいという、意思疎通や共働の大切さを思って作業を行なっている、素敵なことですよね。
 これって改修工事から「誂え」や「好み」といったカスタムの意味になって来ているのではと、宮司は思います。
 カスタム、そうなったらどこまで行くのか楽しみになって来た宮司です。
 いつも枕が長い、特に長かった本日の寧々峰を最後までお付き合い頂きありがとうございました。また明日もお付き合い下さいね。
 
ゴーヤがすくすく [令和8年7月18日]

「ちゃんと記載が」

「7月4日」

「7月10日」

「そして今日」
 昨日の皇室典範改正案と国旗損壊罪の成立によりやはりというか、オールドメディアが発狂気味に高市政権を攻撃しております。
 そこには穏健保守だった読売新聞も入っておりまして、社説で「問題の多い養子制度を白紙に戻せ」と超上から目線。
 あのですねぇ、今年2月に行なわれた衆院選で自民党が配布した公約集には『安定的な皇位継承のため「皇族には認められていない養子縁組を可能とし、皇統に属する男系の男子を皇族とする」案を第一優先』と書いてあるんですよ。
 要するに高市政権はこの公約をちゃんと実行したに過ぎませんで、その前提として衆院選に大勝したわけですので、民意がーとか拙速だーとかはイチャモンに過ぎないのです。
 重ねて読売新聞は恐れ多くも天皇陛下のご意向に反しているとの書きようで、もうとるのをやめようかと真剣に考えております。
 衆参で全会一致をしなかったことも問題視しておりますが、そもそも皇室を廃止に追い込もうという共産党や社民党が若干数いるので全会一致になるわけもなく、全国会議員の約91パーセントが賛成したの事実は無視するのでしょうか。
 多分ですよ、今後の世論調査で内閣支持率が下がってくる数字が出るのでしょう。そして鬼の首を取ったように騒ぐのです。あさはかでしかありませんがね・笑
 今月4日に発芽をしてゴーヤの苗をプランターに植え替えて、新社務所の前に緑のカーテンとして設えましたのは既報ですね。
 そこから2週間。まあ元気にすくすくと成長をしておりまして、早い子だと既に30センチ弱まで伸びております。
 でね、今はゴーヤとかゴーヤーとか呼んでいるじゃないですか。でもね、以前は苦瓜とか茘枝(れいし)って呼んでいた気がするんです。
 ちょっと調べますと正にそのとの通りで、ゴーヤーは沖縄地方での名称で農学や園芸学では今でも茘枝を使う事が多いんだそうです。
 平成13年(2001)にNHN連続テレビ小説「ちゅらさん」でゴーヤを擬人化したマスコット「ゴーヤーマン」がブレイクしまして、宮司宅にも縫いぐるみがありました。
 これでゴーヤーの名前が一般化したらしく、また苦みを抑えた品種も出回り始めたので、一般家庭にもゴーヤが普及したんですね。
 こう書いていて不思議なのがゴーヤなのか、はたまたゴーヤーなのか、どちらが正解なのかとこれまた調べますと、全国的にはゴーヤで沖縄ではゴーヤーと伸ばすみたい。
 確かに沖縄の話し言葉は語尾を伸ばすものが多いですよね。なんくるないさ〜とかね。
 そう言えば、先月だったかな沖縄出張帰りの方に泡盛の古酒、くーすーを頂きましたので、ゴーヤーを収穫したらチャンプルーや塩もみにして一杯やりたいですね。
 果たしていつのことになるのやらまだ先の話ですが、楽しみは取っておく方なので・微笑