七峯の丘から

昨日と今日は生き狛犬記念日 [令和8年4月23日]

「お祝いのお芋に夢中」

「石畳が濡れてきました」
 岩手県大槌町で山林火災が2ヶ所で発生しております。吉里吉里地区と小槌なんですが、大槌町は15年前の東日本大震災でも海沿いが津波で大きな被害を受けました。
 去年の話なりますが、同じ岩手県の大船渡市でも大規模な山林火災が発生したのを覚えてらっしゃいますか?
 この時は津波で被災した地域が復興したところを火災が襲い、多くの住宅が2度の被害を受けたのです。
 今日の日本列島は西から警報級の大雨の予報が出ておりますが、今山林火災が起きている地域はなんと晴れ。
 雨が欲しいときに降らず、晴れて欲しいときには雨が降る。お空模様は儘にならないもんだと感じますね。
 いずれにしても早く鎮火するよう願うばかりで、消火に当たっている消防士や消防団員の皆さんには、安全第一でお気張り頂きたく思います。
 当地佐倉も予報より早く雨粒が落ちてきて、参道の石畳が濡れ始めましたので、お参りの方には足音にご注意を頂き、後日で宜しい方は雨上がりにお参り下さいね。
 今現在、宮司家には6匹の生き狛犬がおりまして、ご存知の方も多いかと思いますが全てチワワです。
 初代生き狛犬筆頭は桃太と申しまして、ブラックタンの小柄な子でした。
 小柄ですがチワワですので気が強くて正義感も人一倍。この場合は犬一倍なんでしょうか、1歳年下の嫁である雛が他の犬に吠えられると、なんだこの野郎張りにもの凄い剣幕で吠えたのです。
 令和2年の4月23日、26日の誕生日を目前にして桃太は15歳でお空の世界へ旅立ちました。
 前年の11月23日は恋女房の雛が先立ち、当地4匹だった生き狛犬は半分の2匹に減ったのです。
 家族として暮らしていた子が亡くなるのはとても耐えがたく、幾日も涙を流していたのを思い出します。
 残った2匹が今の筆頭である珠京と嫁の令麻で、そこから令和2年8月に息子の弥来が生まれ、翌年に繭結がお嫁入り。
 この繭結の誕生日が昨日22日で、宮司家では2日続けて生き狛犬記念日を行なっております。
 弥来と繭結は桃太と雛の顔を知りませんが珠京は2年、令麻は約1年間に先代筆頭夫妻に薫陶を受けました。
 あの小さかった珠京と令麻も今や立派な筆頭夫妻であり、孫2匹のじいじとグランマです。
 月日の流れるのは早いなとこの子達の顔を見つつ、人の孫はいつ見られるんだろうと浅葱の袴姿を見る宮司。
 果報は寝て待ての気持ちでお任せすることに致しましょう。それでは神社庁の月一役員会に居眠り運転をせずに行って来ます。
 
この頃お腹が減ってます [令和8年4月22日]

「猫の日ですよ」

「お昼の美味しい素ラーメン」
 一昨日に神政連の研修会で自衛隊関連の話を沢山聞いてきた宮司ですが、昨日はその自衛隊についてのニュースが3つ流れました。
 1つは防衛装備品の海外輸出規制の緩和で、原則紛争地域ではない協定締結国に、殺傷能力のある武器輸出が出来るようになった事。
 2つ目は首相官邸で行なわれた「内閣総理大臣特別賞」表彰式で、高市首相が表彰を受けた自衛官に「これまでの活動で上げた成果に胸を張り、高い規律を持って任務に邁進することを期待する」と述べた事。
 3つ目が陸上自衛隊日出生台演習場(大分県由布市)で起きた戦車の暴発事故です。
 特に3つ目は3人が亡くなり1人が重症という事態となっており、戦車という機密の塊の中で起きた事をどこまで公表するのかが注目されます。
 奇しくも靖国神社の春季大祭が始まりました。国防に関わる方々に感謝の思いと、安全であって欲しいと願う宮司です。
 当社では毎月21〜23日を猫の日御朱印頒布日として、境内に住む狛猫を題材にした御朱印を頒布しております。
 現在頒布をしている御朱印紙は第2弾で、キジトラの夫婦が欅の洞(うろ)にいる姿を描いております。
 因みに第1段は大人気で長寿だった母ニャンとスルメが描かれたもので、今でもその絵柄の御朱印を受けたい方が見られます。
 猫の日御朱印頒布日にはSNSで情報発信をしており、今日は巫女さんが猫のぬいぐるみを手に取った画像をアップしました。
 彼女、何気に当社のSNS登場率が高くて、宮司としては巫女さんや助勤さんを満遍なく登場させたいのですが、如何せんタイミングというものがありまして。
 なので出勤率が高いと登場率も高くなると言う、至って当然の帰結になるので、宮司による故意な偏りではありません・笑
 添付してあるが今日のSNSにアップされた画像なのですが、その作業は昼食が運ばれてくる間に行ないました。
 以前の七峯に書いたかもしれませんが、宮司の食事は基本的に朝と夕の2食。これでやって来たのですが、何故かこの頃は妙にお腹が減りまして、昼餉も食すときが出来ていたんです。
 どうなんでしょう、先週にご奉仕した香取神宮令和丙午式年神幸祭では他の助勤者の皆さんと一緒に、3食みっちりと食べたのが引き金だったのかな。
 あの時は時間の無い中にも食べないと身体が動かないくらいハードな日程でしたので、それで覚醒をしたのかそれとも代謝が上がったのか解りませんが、いずれにしても素ラーメンが美味しいです(*^_^*)
 
スクール形式に組みました [令和8年4月21日]

「会議って感じですね」

『九十九里産の蛤」
 今月12日に開催された自民党の党大会。ここで国歌斉唱をしたのが現役の陸上自衛隊員でして、その方が制服姿で斉唱したのでいつもの如くそちら系の方々が騒いでおります。
 なんでも国会で証人喚問に呼ぶなんていうのを叫んでいる方もおるらしく、なんと千葉県知事も非難をしているんだとか。
 でもね、自民党としては内閣法制局、また防衛省にも陸上自衛隊にも問題が無いか確認済み。
 自衛官さん、この日はお休みを取って参加しておりまして、そっち系が問題視している「制服」についてはこういった事実があります。
 自衛隊には服装規定というものがありまして、その第6条本文に自衛官は常時制服等を着用しなければならないと。
 ただしその例外として、休暇中や勤務時間外において自衛隊の施設外にいる場合等は着用しないことが出来ると。
 皆さんはこれを呼んでどう思われるでしょうか。着用しないことが出来るというのは着用しちゃいけないとは違いますよね。
 初宮詣や七五三の御祈祷で保護者が自衛官の時、制服姿で参列をされる場合があります。お祝いの言の葉に合せて、日頃のお務めに対する感謝の意も加えさせて頂いております。
 昨日は午後から千葉県神社庁研修所において神道政治連盟の勉強会が開かれ、千葉県本部幹事長並びに一受講者として参加してまいりました。
 神政連創設時の意気込みやエピソード。また現在取り組んでいる憲法と皇室典範改正、そして選択的夫婦別氏制度について本部事務局より説明を受け、その中で冒頭の話が紹介されたのです。
 なかなかに濃い3時間の学びがあり、研修会後は千葉千葉県本部長と共に講師のご慰労をしまして、千葉県の恵みを楽しんで頂きました。
 なので今朝も良い感じに朝餉が美味しく、ここ数日では比較的身体が楽に一日の奉仕が出来ましたよ。
 その一つ。今度の日曜日に麻賀多神社氏子総代会総会を、始めて新社務所の祈祷待合室を会場に開催することとなり、少し早いですが会場設営を行ないました。
 新社務所設計のコンセプトの一つに、氏子総代会を神社で行なうというのが有りました。
 当社の役員は責任役員・氏子総代・神社世話人と鏑木青年会三年目の合せて60名近くとなり、木造社務所では全員が入りきれないために、佐倉中央公民館の会議室を使用しておりました。
 公民館もなかなかの利用頻度なので予約が取れないときもあり、かなり前から日程を決める必要があり、大年番も苦労をしたと思います。
 今回からはその手間がなくなり、まして大神輿が展示してある前で会議を行なうわけですから、議事もより進行しやすくなると思われます。
 設計では60人からの会議が出来るスペースを確保しておりますが、スクール形式での机や椅子のフルスペックな配置は今回が初めて。
 助勤さんと一緒に列べながら、「本当に入るよな、大丈夫だよな」と心の中で自分に言い聞かせながら作業を致しました。
 結果、スクール形式では60名、机がなければギリギリ80名はいけることが判り一安心。
 設計監理を請け負ってくれた森田建築設計事務所の皆さん、疑っていたわけではありませんが、本当に入りました。ありがとうございます。
 来月に予定をしている新社務所竣工奉告祭と別日の竣工式も、ここを祭場と会場に行ないますので、総代会の設営は良い予行練習になりました。
 26日の総代会総会では、今年の御例祭に関しての議事が行なわれます。会議結果の詳細は同日にアップしますね。
 
菰樽の上が指定席 [令和8年4月20日]


 今月は千葉県内の首長選挙が多いらしく、月曜日の千葉日報は選挙の告示と投開票結果が並んで掲載されています。
 今日は東金市長選と山武市長選の結果と、香取市長選の告示が掲載されており、現職の当落やら三つ巴の決戦やら、なかなか賑やかです。
 来年は統一地方選挙が行なわれます。当地佐倉市は千葉県議会議員選挙から始まり、佐倉市長・市議会議員選挙が続きます。
 選挙権は大事な権利。選挙関連ではいつも書きますが、投票しない人に国政や地方自治を批判する権利は無いと思う宮司です。
 大切な1票を誰に託すか。今選挙が行なわれている地域の皆さん、是非選挙権を行使して下さいね。
 ここのところ風邪気味の禰宜画伯。流行病や麻疹ではないのですが微熱が続いており、休ませております。
 休むと言っても寝込んでいるわけではなく、宮司宅で生き狛犬6匹とまみれており、傍目には休んでいると言うより構って貰っている感じ・笑
 なので昨夜は宮司一人で地元の居酒屋に行って、地元の方々とお祭りの話題を摘まみに一杯。
 地元話題ってやっぱりお祭りのことが多いんですよね。昨夕に佐倉の秋祭り実行委員会犀利委員長会議があったとかですから尚更。
 話をしていく内に続く物価高がお祭りにどう影響するのかという、かなり現実的な内容も上がりまして、同日に新社務所で行なった大年番の引き継ぎでも取り上げられた事なので、イラン付近での状況が早く沈静化して欲しいところです。
 ほろ酔いくらいで帰ってきましたら、御殿前に置いてある御神酒の菰樽の上に狛猫の姿がありました。
 今境内にいる子達はほぼ斑で、三毛猫の母ニャンやトラ柄のスルメ達がいた頃と比べると、誰が誰だかよく判りません・笑
 よく見ると親子で樽の上におり、その寄り添い姿は物価高の影響を摘まみにしてしまった心のすさみを癒してくれます。
 暫しその前で休憩をした宮司。そう言えば、歴代の狛猫達はよく菰樽の上で寝ていたもんだと思い返して、その子達の顔も脳裏に浮かんでは消え浮かんでは消え。
 狛猫と言っても神社として飼っているのではなく、餌は近所で貰って神社に住み着いているというのが実情。
 実質、野良と一緒ですから家猫に比べると寿命も短いんだけど、当社にいる子達は安全な場所柄か結構長生き。
 先述の母ニャンは15年くらい居りましたし、相方のスルメも10年以上は顔を見せてくれました。
 そろそろ春の子が生まれてくる時期ですね。今年も保護活動があるのかな。
 
太鼓を修理します [令和8年4月19日]

「堀田木瓜紋」

「丸に花菱紋」

「長いこと頑張りました」
 香取神宮令和丙午式年神幸祭特集だった七峯の丘も今日から通常バージョンに戻りまして、いつ通りに宮司の戯言となりますので宜しくお願い致します。
 今週頭の3日間、香取神宮に出向をしていたわけですが、それだけの期間を留守にするためにはそれなりの準備と、帰倉後に未決済事項の処理をするので、慌ただしい時間を過ごして参りました。
 耳の奥で鳴り続けていた扇島オランダ楽隊もそろそろフェードアウト。今日あたりから「明神祭りさらば久しい」モードに切り替わっております・笑
 香取出向前のお話。新社務所文化財収蔵庫に展示してある2領の甲冑。その奥に佐倉藩主堀田家と家老佐治家、それぞれの家紋が入った幕が掛かりました。
 堀田家は「堀田木瓜紋」で佐治家は「丸に花菱紋」。甲冑にもその紋が入っているので拝観の際に確認をしてみて下さいね。
 イメージとしては佐倉城、若しくは家老屋敷。若しくは戦での陣中を想定してみました。どうでしょうか。
 これが一段落をして、次に御例祭大神輿渡御の際に使用する太鼓の修理の算段。
 大神輿の渡御、この触れ太鼓が段々と近づいてくる、そのドキドキ感を楽しみにしている氏子さんがとても多いそうです。
 ああ、今年も麻賀多様がいらしたんだと、触れ太鼓のズウンと低く響く音で感じるんだとか。
 その太鼓の皮が昨年の渡御の際に割れてしまい、太鼓屋さんに修理を出すことになり、既に昨年末の氏子総代会で了承を頂いているので、後は見積もりが予算内に収るかなんですよね。
 もう一つ心配なのが太鼓の胴。渡御の道中、皮面と共に太鼓の桴(ばち)で胴も叩くので、その部分が削れているんです。
 もし胴が使えない場合、皮の張り替えでは済みませんで新規となる可能性もあるので、祈る気持ちで見積もりに出したのです。
 幸い、宮司の実弟がお囃子に携わっており、見立てだと胴はいけるだろうとのことで、昵懇にしている太鼓屋さんに搬出をしてくれました。
 兎に角、今年10月の御例祭には間に合わせなければなりません。氏子総代会総会前なので渡御の有無は決まっておりませんが、間に合わせるのです。
 そうそう、今日の午後3時から大年番の引き継ぎが新社務所で行なわれます。ここで経過報告をして、一週間後の総会に備えます。
 
香取神宮令和丙午式年神幸祭・2 [令和8年4月18日]

「御神輿発輿」

「鷁の御座船」

「小野川沿いを進みます」

「御旅所に多くの参拝者」

「智勇権禰宜が列べました」

「愉快な仲間たち」
 香取神宮の神幸祭、実は毎年4月15日に齋行されているのをご存知でしょうか?
 それが12年に一度大規模になるのが式年神幸祭で、御神輿を中心として約3000名の供奉者が平安絵巻さながらの隊列を組んで奉仕を致します。
 津宮鳥居河岸から佐原河岸迄、御神輿が乗る御座船は鷁(げき)の装飾がなされ、それを囲むように船団が組まれます。
 それを一目見ようと多くの方が津宮鳥居河岸に集まり、多分ですが最寄り駅のJR香取駅は一番乗降客が多い日となるのではと思われます。
 宮司と智勇権禰宜、神幸祭の2日間はは隊列の順序立てと誘導をする任務がありまして、兎に角歩きっぱなしと時には草履で駆け足になったりと、スマートフォンに搭載されている歩数計はかなりの数となりました。
 御座船の前には曳き船隊を務める扇島オランダ楽隊が、哀愁を感じさせながらも勇ましい曲を奏で、これが聞こえると佐原の人は「神幸祭だ!」、「香取様が来た!!」となるのです。
 香取神宮から津宮までは道は狭いのですが比較的長閑な道すがら。神職や責任役員と氏子総代は衣冠姿で騎馬となるので、見物者が馬に近づかないよう誘導をするのも大事な役目なんですよ。
 でもいるんですよ、わざと狭いところに入ってくるのが。何度か注意をしましたが、馬が人殺しになっては馬が可哀想ですからね。
 佐原河岸で上陸した御神輿は小御門神社の御迎祭を受けられ、佐原の街へと入っていきます。
 今やすっかり観光地となった佐原。街の中心を流れる小野川沿いも神幸路となるので、両岸にも沢山の見物者がいましたよ。
 15日は佐原信用金庫本店駐車場が御旅所となり、御旅所到着祭をもって仕舞いとなるのですが、職員は1時間半ごとに御旅所脇の詰所で祗候を行ないます。
 因みに助勤者は祗候以外の職員と共に近くの香取屋本店で直会。暑い一日でしたのでビールが驚くほど染みました・笑
 2日目となる16日。この日も午前7時に集合で、御旅所発輿祭の準備から担当地区の隊列を組むのですが、ここでは智勇権禰宜が機敏な動きを見せて、300メートルはあろう東関戸通りに各町内を綺麗に並べました。
 行列はJR佐原駅から新宿諏訪神社方面に進んで、諏訪神社御迎祭が諏訪神社参道で行なわれました。
 この付近は宮司の生まれ育ったところでもあり、どこをみても幼馴染みばっかりで、「ちょっと寄ってけよ」と沢山のお誘いも・笑
 こうなっては断るのも失礼ですし、諏訪様での御迎祭時には行列は止まっているので、少々ご相伴に預かりました。素直なんですよ♪
 再び進み始めた行列は佐原本宿に入り夏祭りの八坂神社へご到着。こちらでも御迎祭が行なわれ、その時間に昼食となります。
 八坂神社境内には香取神道流の門下生が休憩を取っており、そこに当社の巫女もおりまして、武者姿が絵になっておりました。
 行列は香取神宮を目指して進み、最後の御迎祭は篠原八坂神社。こちらは境内ではなく木材会社の駐車場で行なわれ、ここにも多くの見物者が集まっておりました。
 午後3時頃、御神輿は供奉者が整列する香取神宮に御到着し、そのまま拝殿に参入して還御祭と御神霊の遷座が行なわれました。
 祭典の無事斎行をお祝いすると共に、奉仕者への感謝と労いの言の葉が香取宮司より述べられ、聖寿の万歳をもって式年神幸祭は仕舞い。
 三々五々に奉仕者が神宮を後にする中、扇島オランダ楽隊は再び隊列を組んで演奏をしながら凱旋の途に。格好良かったなぁ・・・
 宮司も智勇権禰宜も安堵の中に佐倉へ戻って参りまして、中が減っていたのでJR佐倉駅近くのまつなかに寄り、美味しいお寿司を食べてからの帰宅。
 12年後となる次の式年神幸祭。宮司は66歳になるとしの65歳で、智勇権禰宜は42歳に成る年の41歳。また一緒にご奉仕が叶うよう願っております。
 
香取神宮令和丙午式年神幸祭・1 [令和8年4月17日]

「澄み渡る青空」

「御幣物の祓い」

「悠久の舞」

「御神輿」
 昨日まで香取神宮の式年大祭と神幸祭に、宮司と智勇権禰宜とで助勤奉仕をして参りました。
 実はもう一人、当社関係者がおりますが(昨日の七峯参照)、それについては後ほど書きたく存じます。
 香取神宮では子年と午年に天皇陛下が勅使を派遣され、衣冠姿で勅祭が厳かに齋行されます。
 その他の年も陛下よりお使いが派遣されますが、その際は衣冠ではなくモーニングを着用されますので、上記の年はとても重要なのです。
 殊、午年である本年は式年神幸祭として、氏子3000名が隊列を組み、御座船に乗った御神輿は津宮鳥居河岸より利根川を遡り佐原河岸へ上陸。
 その姿は香取神宮の御祭神「経津主大神・ふつぬしのおおかみ」が鹿島神宮の「武甕槌大神・たけみかづちのおおかみ」と共に、東国平定をされたのを再現しているとされ、多くの参拝者が利根川の土手に参集をします。
 14日の勅祭で天皇陛下からの御幣物(ごへいもつ)が勅使より香取武宮司に渡され、御神前に供えられました。
 勅祭の参列は550名。その中には香取神宮奉賛会長の麻生太郎元総理大臣や副会長の熊谷俊人千葉県知事もおり、セキュリティーチェックが行なわれました。
 勅祭はどのようなことがあっても祭典開始は遅れることはありませんが、午前10時の祭典開始迄に参列者全員のセキュリティーチェックが完了出来るか綱渡り状態でした。
 午後からは15日からの式年神幸祭の準備。香取神宮の御神輿はなんと、本殿の階(回廊のところ)に仕舞われており、この出し入れの時は助勤者でも本殿に上がれるのです!!
 宮司も智勇権禰宜もここに上がるのは12年振り。自分の顔が緊張の面持ちになるのが解ります。本当に有り難いです。
 式年神幸祭の準備も午後4時頃には済んで、職員と助勤者とのミーティング。助勤者も30人弱いますので、意思疎通を取るのが重要ですね。
 宿泊はJR佐原駅前のルートイン。ビジネスホテルですが、駅前にこういった宿泊場所が有るってとても大事。
 白衣白袴姿でチェックインをしましたので、宿泊者から「神幸祭を見に来ました!!」とか、「ご奉仕お疲れ様です!!」とか声を掛けて頂き、とても嬉しく直会の席に入りました。
 と、今日はここまでと致しまして、15,16日に行なわれた式年神幸祭については、明日の七峯に回しますのでお楽しみに(*^_^*)
 
今日もこの一文で [令和8年4月16日]

「途中の本宿八坂神社にて」
・香取神宮式年神幸祭・

宮司巫女
権禰宜総出のお手伝い
今年式年
香取の午年
 
今日はこの一文で [令和8年4月15日]


㊗️香取神宮式年神幸祭⛩️

利根のかわかぜ

みなももゆれて

なびく五色と白袴
 
樟落葉ほぼ仕舞いかな [令和8年4月14日]

「さて、、、」

「良い出来栄えでしょ!」
 熊本地震から10年が経ちました。被災地ではインフラの復興事業もほぼ完成をしたようで、真新しく広い道路がテレビの画面に映し出されていました。
 震災関連死を含めて300名弱の方が亡くなり、遺族には10年という歳月が長いのか短いのか。それでも悲しみは変わらないと思います。
 阪神淡路、中越、東日本、能登、熊本、そして能登と、この30数年で大きな地震が立て続けにおこり、その度に災害アラートがアップデートをしています。
 しかし防災には限界があり、そこで生まれた考え方が減災です。自然災害が多い日本列島、私達はそれらから逃げることは出来ないので、もしもの時の備えを常に準備をしておく必要がありますね。
 先日七峯に書いた楠落葉。初夏の季語とも付け加えましたが、その落ち葉がそろそろ仕舞いになりそうです。
 朝夕の気温な寒暖差が大きい今の時期、広葉常緑樹の楠の葉は一気に茶色に変わり、風が吹くたびにハラハラからバラバラの勢いで舞い散っています。
 毎日2回の境内掃除をして、その翌朝には地面が落ち葉で覆い尽くされる。毎年の事ではありますが、はぁと溜息を吐きつつ、今年もこの季節を迎えたのを実感するのです。
 落ち葉、それも乾燥気味の葉が多い時、掃除の効率を格段に上がるのがブロワーです。
 当社では混合ガソリン供給のエンジンブロワーを使っておりまして、もう15年くらい使っておりますが、メンテナンスを適当にしていてもエンジンの掛かりも良く大変助かります。
 でもね、混合ガソリンというご飯がなくては動かない。当たり前の事ではありまして、先日に起動中それが切れてガス欠状態に。
 確か倉庫に残りがあったと思い探しましたが、それも無く買いに行く時間も無く、エンジンブロワー君は暫しのお休みに入るのでした。
 ここからは箒という原形に戻りの手作業。その段階で体力も使ったので回収作業は後日とし、さて集めた落ち葉はどうしようと思案。
 結果、秋によくやる落ち葉アートを思いつき、春には珍しい茶色のハート。それも巨大なのが出現しました。
 落ち葉アート、今までも千葉県や狛猫など色々と作って来ましたが、一番多いのはハートマーク。理由として作りやすく、老若男女のウケがいいからです・笑
 片付けはそのうちとして、なくならない前に写メなどお好きな感じでお楽しみ下さい。