七峯の丘から

今年も一杯の献水 [令和8年8月15日]




 今日も降ったり止んだりの空模様の佐倉。13日の豪雨では14日午前9時50分迄の24時間で259,0ミリの雨量を記録し、8月としては記録を更新で、平年8月の雨量の2倍が降った計算になります。
 今日は午前10時半から太田熊野神社で葉月祭があり車で出向をしたのですが、至る所に水没した車が置かれており、それも道の真ん中にもあって渋滞が起こっていました。
 思うに、みるみるうちに水深が深くなっていく中を運転手さん達はどのような気持ちで車を移動させようとしていたのか、恐怖と焦りしかなかったと思います。
 お盆の初日でもあったので他県ナンバーも散見され、暫くはこの状態が続くと思われますので、移動には注意しましょうね。
 8月15日は昭和20年に日本がポツダム宣言を受諾した日。81年の年月を経て今も戦没者への慰霊の日として命の大切さを今一度噛み締める日だと思います。
 大東亜戦争での日本人犠牲者は約310万人で、そのうち軍人・軍属は230万人。英霊をお祀りする靖国神社の祭神数は246万人ですので、それほど犠牲が多かったことが解ると思います。
 当社では毎年この日に一杯のお水を御神前にお供えをし、正午に報鼓を1分間打ちます。
 戦場や空襲が行なわれた街中等において、一杯の水を求めて多くの方が亡くなりました。
 その全ての御霊に捧げるべく、麻賀多様を通じて捧げるお水。報鼓の後には御神前を通じて靖国神社を遙拝致します。
 81年前の今日はとても暑く、そして抜けるような青空であったと伝えられます。
 その時も先々代宮司は今日の宮司と同じく太田熊野神社の葉月祭を奉仕し、麻賀多神社に帰社して正午からの玉音放送を聞きました。
 その時、学徒出陣中だった先代宮司は朝鮮半島から支那大陸に進駐中で、その後にソ連軍によりシベリア抑留となりました。
 今月13日にロシアのプーチン大統領が北方領土の択捉島を訪れ、この地が「ロシアの不可分な領土の一部」と発言をして、当然ながら高市首相は抗議をしました。
 この時、「遺憾」という言葉を使わなかったのは誠に宜しいことであり、破落戸(ならずもの)には毅然として態度で臨むべきです。
 因みに下の画像を見て頂くと解るようにサンフランシスコ平和条約では北方領土は日本固有の領土として、そして北千島列島と樺太南部は帰属か決まっておりません。
 ロクデモナイ国に囲まれた我が国。国を守ることは国民を守ることであり、確りとした自主防衛体制の確立と価値観を同じくする国同士の繋がりをより強固にしていかなければならないのであって、平和平和とお題目を唱えても平和は維持できないのです。
 一杯の献水、神社に限ったことではありません。場所は問いませんので皆さんのお家でも是非お供えしてみませんか。
 
佐倉が一番降ったの!? [令和8年8月14日]

「こんなの見たこと無い」

「大きな落枝が」

「土が流れました」

「市内の至る所で」

「早速にありがとう!!」

「こちらは嬉しい置き土産」
 ここ数日、七峯に登場する「台風15号の置き土産」。昨日の日中もその影響で大雨となった佐倉ですが、まさか夕方から置き土産がゲーム「桃太郎電鉄」のキングボンビー並みに成長しまして線状降水帯が発生。
 鎌ケ谷や八千代あたりが大雨となって大変だなと思っていた矢先、北に向かう予報だったものが段々と東に勢力を広げて、当地佐倉が含まれる事態となりました。
 そこからですよ、テレビ画面では速報がジャンジャン流れまして、一時間の雨量が「どこどこは100?oを観測」と出ていたのが、いつの間にか「佐倉で一時間に120?oを観測」と佐倉の地名ばっかり登場したものですから、彼方此方より心配のご連絡を頂きまして。
 線状降水帯はそのうち消えるだろうという願いも虚しく、気が付けばレベル5大雨特別警報という最上級の警戒レベルまでに。
 この段階で電車はほぼ止まっており、帰宅困難者が続出しておりまして、出掛ける予定だった智勇権禰宜も「出掛けなくて良かった」と胸を撫で下ろしておりました。
 そんな中、SNS上は道路の冠水から自動車の水没。腰高くらいまで水に浸かって歩く人の姿がアップされておりました。
 当社でも神社の現状などをアップしていたところ、匝瑳市に鎮座する椿ノ海水神社の権禰宜さんのアップに目が止まりました。
 出張からの帰り、乗車していた京成電車が臼井駅で運転打ち切りとなり、2時間タクシーを待っても1台も来ない状態だという内容。
 この段階で午前0時近く。禰宜画伯と話しまして臼井駅まで迎えに行くことにし、新社務所へ泊まって頂きました。
 当社から臼井駅までは車で10分強。途中には動かなくなった車がそこかしこにあり、片側車線ならまだしも、両側に止まっている所もあって、あの雨の中禰宜画伯もよく運転をしてくれました。
 一夜明けての境内は大きな落枝があったり、スロープの土が大量に流されており、雨量の凄さが垣間見れました。
 また佐倉市、また千葉県内の状況が解ってきたのですが、想像以上に被害が大きく、佐倉市では2名が亡くなり、前述の自動車はもとより床上・床下浸水。崖崩れも報告されています。
 宮司の所属する佐倉ライオンズクラブ(LC)のアラート委員会では佐倉市社会福祉協議会と連携をして災害支援物資の受け入れを始めており、その一ヶ所が当社となっております。
 また佐倉LCと友好クラブである金沢LCよりも支援物資の提供申し出があり、有り難く思います。
 そして災害支援といったら何を差し置いても金沢石浦神社の長谷宮司。既に昨日の段階で土嚢袋の送付手配をしてくれたそうで、近日中に到着するものと思われます。
 今日の佐倉はまた大気が不安定で、午前中は晴れておりましたが、午後からは降ったり止んだりから、今現在はスコール並みの大雨が降っております。
 二次災害が起きないことを願いつつ、今日中に支援物資受け入れ体制を確立しますね。
 
七五三詣準備開始 [令和8年8月13日]






 先の国会で成立した国旗損壊等処罰法が本日施行されました。詳細は皆さんそれぞれでご確認を頂くとして、外国の国旗に対しての損壊罪はあったのに自国の国旗に対してそれが無かったのがおかしいのでしてね。
 元文部科学事務次官なる方が画用紙に赤で丸を書いたものを、毎日交番の前で破ると捕まるのかと豪語しているようですが、そのお方はレフトサイドとお仲間なのは周知の事実であって、我が国の教育行政が歪んでいるのが良くお判りでしょう。
 さて、台風15号の置き土産であるゲリラ豪雨が今日も首都圏で炸裂をしておりまして、当地佐倉はほぼ一日中の大雨。
 お盆に入りまして家族連れのお参りも有るのですが、それでもこれだけ降ると足も遠のくというもので、例年のお盆休み中よりも雨音以外は静かな境内です。
 そういった時には諸準備が捗るというもので、午前中には秋の御例祭で兼務社で配布をする神札の奉製を行ないまして、佐倉市角来の八幡神社と四街道市鹿渡の香取神社の神札が奉製完了となりました。
 ここで一気に佐倉市江原の淡島神社の神札までと意気込んだのですが、なんと奉製に使う和紙が未だ届いていないとのことで、到着次第に取り掛かることになりました。
 午後からは巫女さんと七五三詣の御祈祷で祝い子さん達に手渡す一式の奉製を始め、時折の社頭対応をしつつ今日だけで約200組を仕上げられました。
 この奉製は明日も続きますが、少子化の影響は七五三詣にも響いている中で、近隣自治体は若年層が伸びていることもあり、今日あった御祈祷の問い合わせも半分以上が佐倉市外からでした。
 佐倉市外といっても江戸時代は佐倉藩領だったところも多く、佐倉藩総鎮守の神社として温かくお迎えをしたいと思います。
 今日の仕舞いはヤクルトについて。宮司は毎日、新社務所でヤクルト1000を1本飲んでおりまして、何気にボトルの裏面を見たんです。
 そうしたらでしね、うちに配達してくれたヤクルト1000は岩手工場で作られたものと記載がして有ったんです。
 はあ、そうですか、という話ではあるのですが、佐倉市のとなりの四街道市。兼務社の氏子地域になりますがヤクルト千葉工場があるんですよ。
 てっきり千葉工場で作られてものが配達されていたものと思い込んでしたので、結構ビックリした宮司です。
 千葉県も一応首都圏に入っておりますので、千葉工場だけでは生産量が足りないのかな等と考えながら、今度ヤクルトさんが来たときにでも聞いてみます。
 
置き土産に思いを発せて [令和8年8月12日]

「時代を感じますね」

「まるでリニアのコース取り」
 台風15号、昨夕に茨城県南部に上陸をしてそのまま西に進むコースを辿り、日本海へと抜けました。
 太平洋側から茨城県に上陸するのは観測史上初なんだそうで、この後に来るであろう17号も同じルートを進むと・・・
 15号のルート、良く見てみると工事が進められているリニア中央新幹線のルートとほぼかぶるんですよ。
 台風の目はあの停滞を招いた静岡県は通りませんで、というのがなんだか笑ってしまいますが、街路樹の倒木が多かったようで。次の台風にも備えましょうね。
 宗教法人を司る役所は文部科学省下にある文化庁で、地元の氏神様や檀家寺などの規模だと各都道府県の私立学校を取り扱う部署が管轄となります。
 因みに千葉県の場合は千葉県庁総務部学事課でして、学事課内の企画宗務班が実務をおっています。
 宗教法人法に定められている、毎会計年度末から3ヶ月以内に作製する役員名簿などはこちらに提出をしまして、これを怠るとその宗教法人や代表役員に過料が科せられます。
 お陰様で今までも提出に怠ること無くお預かりしている法人格53社の事務を進めてきまして、今現在は智勇権禰宜が書類作成などを受け持ってくれています。
 その学事課から一通の封書が届きまして、書類に不備があったのかと心配をしながら開封をしました。
 そうしましたら、なんと酒々井町下台159番地鎮座の麻賀多神社の住所が、神社規則(宗教法人規則)では酒々井町酒々井159番地になっており整合性がとれていないとの内容でした。
 これには宮司もビックリで、直ぐさま社務所に保管してある下台麻賀多神社関係の書類を確認すると、神社規則には「酒々井町酒々井159番地」と記載されておりました。
 これって以前より下台の役員さんとも話していたのですが、神社の周りに住む氏子さんの住所は下台で、なんで神社だけ大字が酒々井なんだと。
 調べましたら、今現在の宗教法人格を取得したのが昭和28年頃の話でして、千葉県庁や法務省千葉地方法務局佐倉支所への申請は全て「下台」で行なっていたのを、県で承認された神社規則にはご丁寧に下台の文字を二重線で消して酒々井を書き加えていたのです。
 実際に地図で調べると酒々井町酒々井159番地は下台麻賀多神社より1キロ以上離れたところで、近くには下宿麻賀多神社が鎮座しております。
 この問題、神社規則には先々代が書き残した付箋が添付されており、そこには「本来は下台だけれども神社規則と登記簿には酒々井と記してあるので勝手には変えられない」と。
 私の知るかぎり先々代は実務に長けていた方で、戦前の大日本神祇会千葉県支部印旛郡部長を務め、そして戦後の混乱期を乗り越えて後継の千葉県神社庁印旛支部の初代支部長を務めて印旛郡市内の神社を取り纏めていた方なんです。
 そう考えると戦後の混乱期に自身が宮司を務める神社のみならず、印旛支部員が奉仕する神社のことや、明治以降の上知令(上地令とも)で境内地が国有地化されていたのを神社に戻す無償譲渡申請など、今では考えられない激務の中に神明奉仕をしていたのが解ります。
 その中にも事務手続きが完遂できなかった法人格を持つ神社があっても不思議では無く、学事課からの封書は先々代からの置き土産だと思い、今同じ印旛支部長にある立場として当時に思いを発せつつ、所在地の表記変更の書類作成に入りました。
 この件では先代の時の出来事がまた複雑にしているのですが、それを書くと今夕の食事が明日になりそうなので、今日の七峯はこの辺にしたく存じます。
 今日も宮司の駄文にお付き合い頂きましてありがとうございました。台風が過ぎ去った静かな夜に、安らいで下さいね。
 
熊本地震復興かけ橋御朱印 [令和8年8月11日]

「明るいタッチ」

「なんか出来てる!?」

「風鈴も仕舞いました」
 只今午後5時10分。台風15号は水戸市の東140キロ付近を西南西に向かって進んでおりまして、このままで行くと茨城県の鉾田市や鹿嶋市あたりに上陸するのではと思われます。
 毎日進路予想が南下をしており、当初は千葉県では降雨もしない予報でしたが、既に今日は午前中から時折強い雨が降った佐倉。
 当地は今夜半から明日未明にかけて大雨が予想されますので、外出を控えつつも早めの夕餉に致しましょう。
 先週の土曜日は令和8年8月8日。その日限定の「末広がり御朱印」を熊本地震支援の御朱印に致しまして頒布をしたところ、大勢の方々に受納して頂きました。改めて感謝申し上げます。
 それを引き継ぎまして当社の復興支援第8弾として「熊本地震復興かけ橋御朱印」を奉製。本日、SNS上にアップをして頒布開始となりました。
 以前の七峯で「熊本県庁知事公室の」と書きましたのは、熊本復興のかけ橋御朱印に熊本県
PRマスコットキャラクターのくまモンを登場させたかったからなんです。
 義捐金を募るポップへの使用許可は比較的ハードルが低く、震災発災後にはくまモンの使用規定に著しく反しなければすぐに許認可がおりる仕組みとなっています。
 ただしこれが義捐金を募るグッズ等への使用となるとハードルがグーンと上がりまして、先ずは使用者の登録から始めなくてはならず、諸々の申請がすんなり通ったとしても、早くて1ヶ月くらい掛かるのです。
 復興支援、物資に関しては刻々と必要なものが替わってきますが、それへの熱量は時間が経つにつれてすり減っていきまして、そこにはスピードが求められるのです。
 ですのでくまモンの使用はキッパリと諦めまして、麻賀多神社の生き狛犬筆頭の珠京と令麻、先代狛猫の母にゃんとするめが千葉からの応援メッセージが書かれたフラッグを振る構図に致しました。
 このところ特別御朱印への搭乗率が高い珠京と母にゃんとするめ。あのお茶目な舌と人懐っこい猫柄で多くの方々に復興支援のアピールになればと禰宜画伯。
 復興かけ橋御朱印も一昨年に能登半島地震の第1段から数えて早第8弾。自然災害が頻発する我が国では、いつどこが被害に見舞われるか解りませんので、困ったときはお互い様の気持ちでお心を寄せて頂ければ幸いです。
 今日は台風に備えて境内に吊してある風鈴は下げまして、今は風の音と蝉の声が新社務所内に聞こえるのみ。大きな被害が出ませんように。

※ 台風16号の近くで台風の卵である熱帯低気圧が発生しました。お盆あたりに本州へ接近するみたいですので、食料品などの備えも致しましょう。
 
きのえねomoyaのお弁当 [令和8年8月10日]

「楽しみです!!」
 台風15号が東北地方の太平洋沿岸に向かっているとは一昨日までの予報でして、本州に近づくにつれ段々と南下する予報に替ってきました。
 太平洋側にある反時計回りの寒冷渦と、北日本にある時計回りの太平洋高気圧が台風を引っ張っている影響でして、千葉県では明日の朝から雨で夕方にピークを迎える予報が出ております。
 今のところ明日は通常通りの社務を予定しておりますが、安全を考慮して出来ますれば台風が通過後のお参りを頂きますようお願いを致します。
 高市首相に対するバッシングというか、高市下ろしに躍起となっていオールドメディアを始めとした面々がこれ見よがしに世論調査を持ち出しておりますが、それでも支持率が60パーセントを超えておりまして、直近では下落も止まり横ばいなんだそうです。
 さぞかし苦虫を噛み潰したような顔をしているのでしょうけれども、食料品の消費減税に対して昨夜のフジテレビでは反対が80パーセントに対して、同系列のFNNの世論調査では半数が賛成と、これって調査する意味が有るのか疑問な宮司です。
 細川護熙元首相が文藝春秋9月特別号に「高市総理よ、日本を壊すな」と寄稿をしたのも取り上げようと思いましたが、佐川疑惑で退陣したんだから静かに陶芸家をやってりゃ良いものを余りにもばかばかしいので取り止めにします・笑
 今日の宮司は朝一で麻賀多神社御神酒醸造元の飯沼本家(酒々井町馬橋)に出向して、敷地内にある飯沼家の稲荷社竣工・合祀祭の奉仕を致しました。
 広大な敷地には飯沼本家鎮守社である琴平神社を始めとして、母屋には神棚、酒蔵には酒造を司る神を祀った神棚、そして稲荷社がありまして神様だらけの中に美味しいお酒が造られています。
 数年前より敷地内施設の拡充と大改造を行なってきた飯沼本家と当主の飯沼家。今回の稲荷社竣工・合祀祭をもって一連の大事業もほぼ成し得たと思われます。
 飯沼本家での祭典後は飯沼家の母屋だった家屋を改造した「きのえねomoya」で直会の流れが多いのですが、今日は祭典斎行の時間も早かったので丁寧にもお弁当を頂いて帰社しました。
 きのえねOMOYAのお料理は日本酒に合わせてのものなので、今夜は頂いたお弁当にもちろん甲子正宗をあてがっての夕餉と致しましょう。
 只今午後5時16分。ひとっ風呂浴びて少し早いですが6時にはお猪口に百薬の長を満たすことに致します。

飯沼本家・甲子正宗
https://www.iinumahonke.co.jp/
きのえねomoya
https://www.iinumahonke.co.jp/lp/kinoene-omoya/
 
今日も元気な宮小路 [令和8年8月9日]



「ご馳走様」

「熱帯低気圧が16号に」
 なんでまこうも左巻というのは、自分の主張をどことも関わらず叫ぶのでしょうね。
 今日は長崎の原爆忌。先日の広島と同じく高市首相が平和記念式典で挨拶をしたのですが、ここぞとばかりに「平和憲法を守れ」と抗議の声が上がったそうで。
 それって式典中に発するものなのでしょうかねぇ。式典ですよ、それも平和記念式典。そもそもそんな大声を出している段階で平和を乱していると思うのですが、皆さんはどう思われますでしょうか。
 話は昨夕に遡りますが、兼務である佐倉市城の麻賀多神社例大祭で渡御する大神輿。その奉昇員である六崎区役員と青年会、そしてJR佐倉駅北口付近の表町祭礼委員会との顔合わせ会が開かれ、宮司も参加をしました。
 表町はもともと六崎の一部でしたが、明治期に鉄道が敷設された事により線路で分離。町名も駅前なので表町として今現在は一大字(いちおおあざ)となっております。
 とは言えもともと同じ町内でしたのでその結びつきは強く、大神輿が樋之口橋で御浜下り神事を行なう際も御神酒所(曳き廻し屋台)で出迎えます。
 顔合わせ会の会場は六崎に有る「お好み焼き醇」で、途中から暑気払いの様相になるのは毎年のことで、賑わいの中に今年の例大祭と渡御の成功を誓いました。
 そんでもって今日の境内は8並びであった昨日と打って変わりまして、とても静か。久し振りに静かな日曜日の麻賀多神社でございます。
 昨日は御朱印をお出ししているどこの神社も、多分お寺もそうだと思いますが大勢の参拝者が訪れたことでしょう。
 その反動で今日は静かだろうと思っておりましたが予想以上に静かで、うちの経営は大丈夫なのかと心配になるくらい・笑
 そんな感じで事務仕事をしていたら賑やかな声が、境内西側から聞こえてきました。
 そうです、新社務所のすぐ脇にある宮小路町第一の神酒所倉からの声でして、今日は御神酒所の点検整備と提灯の虫干しを行なっておりました。
 宮小路町第一の神酒所倉といえば、いつ完了するかその道筋が見えない倉のカスタマイズ。かのサクラダファミリアでさえ完成したというのに、あっちを直せばこっちも直したくなるループに突入をしております・笑
 神酒所倉のカスタマイズは男性陣で行なっているのですが、今日は女性陣もおりまして聞こえてくる声もなんだか華やか。
 虫干しは午前中で終了し、午後からはまたカスタマイズの作業となったようですので、そこからはいつも通りの野太い声のみとなりました・笑
 気付は秋の御例祭までジャスト2ヶ月。まだまだ日にちが有るなんて思っていたら大変なことになりますので、今のうちにやれることをやっておきたく思います。

※ 七峯を書いている内に熱帯低気圧が台風16号に進化をしました。今週は不安定な空模様となりそうですので、お出掛けなどご注意下さいね。
 
令和8年8月8日の末広がり [令和8年8月8日]

「末広がり弥栄御朱印」

「朝一の光景」

「電話詐欺に注意」
 熊本の復興支援、色々な方が現地に入って活動をされていますが、元迷惑系YouTuberで現在は奈良市議のへずまりゅうさんも本人が熱中症になりかけながらも大活躍をされています。
 支援物資の搬送は元より、豚汁を中心とした炊き出しなど、避難をしている方々にとても喜ばれている様子がSNS上に沢山上がっております。
 その中で気になるのが「豚汁は豚肉が入っているからムスリムへの配慮が足りない」というもの。
 ムスリムとはイスラム教徒のことで、イスラム教では豚肉を食べないことになっているので、それに配慮しろとのレフトサイドの言い文なのでしょう。
 いやね、嫌だったら、食べたくなかったら食べなければ良いんで有って、日本全国にワンサカというお仲間がムスリム用の食事を提供すれば良いんですよ。
 それでもってこの方々はコーランというイスラム教の原点とも言える経典を読んではいないのがよく判りまして、コーラン第2章第173節には非常時における「やむを得ず、欲望からではない範囲を超えないものであれば罪には問われない」とあるんですよ。
 またイスラム教には旅先で同じ食事を出されたときは感謝して頂くという教えもありまして、多文化共生を声高に叫ぶ前に自身の信ずる宗教について学び直す必要大ですよね。
 今日は令和8年8月8日の8並びの日。昨日の七峯にも書きましたが、「8・八」は「弥」に通じて栄えるという意味があり、漢字では下が広がっていることから「末広がり」と、とても縁起が良い数字なのです。
 また算用数字の8を横にすると「∞・無限」となりまして、これも止めどのない拡がりを表わしています。
 「8・八」という数字の縁起を頂くべく、今日は午前9時の社務開始時に新社務祖前には参拝者の列が出来ており、終日お参りの方が御朱印を受けられていました。
 昨夕に決まった「末広がり弥栄御朱印」も禰宜画伯頑張りにより午後7時頃には頒布の準備が完了し今日を迎えました。
 もともと今日に来社を予定していた方は勿論、昨日に急遽アップしたSNSを見て来社方も多く、以前よりアナウンスをしていた社寺ではもっと多くのお参りが有ったのではと思われます。同職の皆さん、暑いかなですかお疲れ様です。
 末広がり弥栄御朱印は熊本地震復興支援御朱印の第一弾で今日のみの頒布。ですので第2弾は既に作画中で熊本県庁知事公室への申請が通り次第の頒布開始となります。
 熊本県庁知事公室の文字でなんとなく構図が解るかもしれませんが、復興支援ですので無断盗用はいけませんもんね。
 御朱印1体でも義捐金箱への1円玉でも復興支援に携わる事が出来ます。大きな力は小さな力の結集体。支援はなにをしていいか判らないという方、大上段に構えずとも身近なところに道がありますよ。

※宮司の携帯電話に兵庫県警を名乗る詐欺電話が掛かって来ました。
 皆さんもご注意下さいね。
 
熊本支援の御朱印第1弾 [令和8年8月7日]

「ご協力下さい」

「印鑰神社拝殿」

「印鑰神社本殿」

「佐倉から心を込めて」

「支援物資到着」
 昨日は広島の原爆忌。81回目となりご存命である被爆者の方々も平均年齢が約87歳と、本当に幼いときに原子爆弾の脅威にさらされたのが解ります。
 広島に原爆が投下された午前8時15分、出社前の宮司は生中継された平和祈念式を見ながら黙祷を致しました。
 式典では広島市長を始めとして挨拶が続きましたが、高市首相の挨拶時には沖縄戦没者慰霊式の様に軽蔑するヤジや怒号は聞かれませんでした。
 これは広島市が平和記念公園の使用に対して条例を定めた為で、8月6日の特定の時間は許可されたものしか公園内に入れないようにしたそうです。
 それであっても過激暴力集団は公園の入り口で座り込みをして騒いでいたようでうが、広島市の要請により広島県警が排除。全員を園外へ連れ出したとニュースにありました。
 慰霊の日、それは彼等の主張を声高に叫ぶ日ではないのでして、その主張は立憲民主党や共産党などの左翼野党、そして中共・ロシア・北朝鮮が言っているものと全く同じ。
 こんなんで支持が広がるなんて全く思えませんが、我が国の平和を維持するためには何が必要なのか、私も含めて今一度考える必要がありますね。
 今日の佐倉は沖縄付近を通過中の台風13号の影響により、晴れ間の中に時折バケツをひっくり返した様な雨が降る不安定な空模様となりました。
 熊本で被災地支援を行なっている金沢石浦神社の長谷吉憲を始めとする総代会の皆さんは、一昨日より被災した神社建物へブルーシートを掛けたり、支援物資を各地に設置されたライオンズクラブの拠点に配送をしております。
 宮司も一緒に活動をしたいのですが、今の社務状況ではそれが許されないので、義捐金募集やSNSでの情報拡散をメインに行なっております。
 令和6年元日に発災した能登半島地震に対して、今現在も復興かけ橋御朱印や麻賀多神社と金沢石浦神社のコラボ朱印帳の頒布を行なっており、熊本地震に対しても復興支援の御朱印を期待する声が続々と届けられております。
 明日は令和8年8月8日と8が3つ並ぶ日です。8は漢字で書くと「八」で、「はち」とも「や」とも読みますよね。
 先日まで1ヶ月間の長きにわたり祇園祭が行なわれていた京都の八坂神社も、「弥栄・いやさか」から八坂に転じたとされ、八・8はとても縁起の良い数なのです。
 SNSを見ると各地の社寺では「8並び」の御朱印を頒布する情報が流れており、当社では先程(午後4時半)に明日限定の「弥栄・熊本地震復興支援御朱印」を頒布する事が決まりました。
 もちろん原画は禰宜画伯の描画で、添付画像1枚目のような仕上がりとなりまして、明日の社務開始時には頒布が始められるように奉製も致しました。
 復興支援は長期化が見込まれます。令和8年熊本地震の復興支援御朱印は明日のを第1弾として、上記の能登半島復興支援と同じ様、幾弾と行なってまいりますので、無理がない皆さんのお力添えをよろしくお願い致します。

※ 宮司の所属する佐倉ライオンズクラブの支援物資も熊本に到着しました。

画像の神社は熊本県八代市鏡町鎮座の印鑰神社(いんにゃくじんじゃ)
共に長谷宮司より頂きました。

無理はしないでね・・・
 
風鐸の修理 [令和8年8月6日]

「今回は軽微」

「千本鳥居の陰も綺麗ですね」

『本当にありがとうございます」
 暑さが戻ってきた佐倉です。夜半に雨が降ったせいか、今朝は境内の地面はしっとりしていて掃除がしやすい半面、湿度が高かったのですぐに玉の汗が流れました。
 四街道方面に九月守の配送をしていた智勇権禰宜より、小雨がぱらついているとLINEが入って束の間、青空だったのも急に暗くなり雨が降り始めました。
 降ったのはものの10分ほどで、途中から天気雨になりましたので、どこかで狐さんの嫁入りが目出度く執り行われていたのでしょう。なので、午後はまた蒸し暑くなりました。
 熊本地震に対する支援の輪が世界に広がっている中、台湾では民間の義捐金が4億円近くに達し、熊本県に向上のある台湾半導体大手のTSMCは2億5千万円の支援を表明。
 自社工場も被災をしている中で、本当に有り難く思います。ありがとうございます。
 熊本入りをしている金沢石浦神社の長谷宮司からは、八代市や氷川町付近の神社の被災状況が流れてきます。
 これは明日の七峯で取り上げたいと思いますが、支援物資はプッシュッ式でどんどん入ってくるのに、それを配送する人手が足りないと報道されています。
 有るところには有るけど、無いところは届いていない現状。政府も職員を派遣して自治体職員と連携を取っており、目詰まりも段々と解消していくと思われます。
 麻賀多神社でも明日、支援物資を熊本市南区十禅寺の日吉神社に送付予定です。水と簡易トイレとトイレットペーパー、七峯をお読みの皆さんにも無理のない程度でのご支援をよろしくお願い致します。
 今日の宮司は木造社務所内の片付けと荷物の移動を行ないまして、少しずつですが畳面が多くなってきました。
 なにせ木造社務所と新社務所は境内スロープを挟んで隣なので、必要なものを取りに行っての「乍ら引っ越し」。 なかなかお引っ越し完了の目安が立ちません・苦笑
 今日はここまでで良いだろうと見切りを付け、午後からは大神輿の屋根四隅にある蕨手下に吊す風鐸(ふうたく)の修理を行ないました。
 当社の大神輿は渡御の際に全ての飾り金具を装着した状態で担ぐので、神輿を振ったり揉んだりしたときに飾り金具の一部が撮れて欠損をする場合が有ります。
 一番欠損しやすいのが瓔珞(ようらく)で、網目状の飾り金具となっており、それが屋根の軒4方向に掛けられます。
 その修理を行なったのは既に七峯で書きましたが、風鐸が残っており4つ全ての状態を確認して作業に入りました。
 例年だと4つ全てに欠損が見られますが、今回は珍しく1つの風鐸の1ヶ所のみと、昨年のと渡御が良かったのか、それとも少しお淑やかだったのか・微笑
 お陰様で作業も時間を掛けることなく完了しまして、今回も目を細めても無理だったので100円均一の老眼鏡のお世話になりました。
 秋の御例祭まで2ヶ月強。今月25日には佐倉の秋祭実行委員会の全体会議も開催予定ですので、準備を加速して参ります。