七峯の丘から

久しぶりの梅仕事 [令和8年6月18日]

「たくさん採れました」

「へた取り中」
 アメリカとイランが停戦合意書にサインをしたそうで、その甲斐があってか日経平均株価の終値が史上初の70,000円台となる前日比1151円24銭(1・65%)高の7万1053円49銭となりました。
 宮司は株はやっておりませんが、これで儲けた方もかなりいる事でしょう。ご奉賛をお待ちしております・笑
 世間ではナフサが足りないだの、原油がどうのだのとオールドメディアが煽ったおりますが、自民党の萩生田幹事長代行が目詰まりを起こしている企業名を晒す手前の記者会見をしたところ、あら不思議。流れる様になりまして。
 この様な不安定な中にも株価がひところの倍。今までが安すぎたと言うのが本音とは思いますが、株価の影響が下々にも良きに響いてくれる様になって欲しいですね。
 昨夜半から今朝にかけては結構な雨が降った佐倉でして、午前中に井戸埋めと住宅解体のお祓いがありましたが、足元にシートを敷いて頂いたので装束も汚れる事なくあい済ませました。
 井戸を埋める際には息抜きといって、竹の節を抜いたものか塩ビ管を差し込む事を行います。それが出来ない梅枝と葦を刺して「うめてよし」という対応もあるんですよ。
 梅で思い出しましたが、今週頭に本殿裏の南高梅の木から梅の実を収穫しました。今年は生り年だったらしく、籠いっぱいの収穫があり、ほのかに爽やかな香りが社務所内に広がりました。
 皆さんは梅の実をどの様に加工をしますか? 梅干しや梅酒が一般的だと思いますが、当社では梅シロップにしてそれを炭酸水で割り、酷暑対策として職員で飲む様にしているんですよ。
 下ごしらえとして今日は佐藤出社が梅の実のへたを竹串で丁寧に取り除き、そこから腐敗防止の消毒を行います。
 収穫したばかりの青梅には毒素となるアミグダリン、そこから生成される微量の青酸配糖体が含まれており、腹痛や嘔吐などの中毒を起こすので生食は厳禁とされます。
 加工をする事によってその青酸配糖体は大幅に減少をするので、安心をして食べる事が出来る様になります。
 加工した梅シロップは冷蔵庫で保存が効くので、ちょんと消毒をしておけばかなりの日持ちがするんですよ。
 梅の実を加工する事を「梅仕事」と言います。実は当社の梅仕事は3年ぶりなりますでしょうか。新社務所建設工事の関係で本殿裏が立ち入り制限をしていましたので、たわわに実る姿を2年ほど見つめるだけでした。
 梅の実を収穫した後は、伸びている枝や袋状の枝を剪定する作業が待っています。来年にもまた沢山の花と実をつけてくれる様、普段からの可愛がりが大事なんですよ。
 
水無月の彩り [令和8年6月17日]

「本日戌の日」

「気持ちの良い青空です」

「紫陽花も咲き出して」

「これは南天の花」

「涼しげな蛍袋」
 立憲議員による自衛隊員とその家族を侮辱した国会での発言が物議を醸しておりますが、実はもう一つ左翼勢力が自衛隊を陥れる事件を起こしております。
 それは名古屋大学の学祭「名大祭」で予定されていた自衛隊の災害派遣活動を紹介するブースが、教職員組合の反対声明を受けて直前に中止されたというもの。
 名大祭実行委員会から自衛隊愛知地方協力本部に依頼が有り、綿密な打ち合わせとと準備をしての名大祭前日に、教職員組合の反対を受けて「安全が確保できない」と実行委員会から連絡があったそうです。
 この手の組合って「大学の自治」云々を声高に叫ぶ割に、自分達はそれを守らない。極左の政党とまるっきり一緒。
 この事態に防衛省や小泉進次郎防衛大臣がSNSで事実を紹介し、「大学の学園祭で自衛隊による災害派遣の活動報告」すら認めない姿勢を非難しました。当たり前ですよね。
 そう言えば辺野古基地周辺での基地建設反対派による抗議活動、そして拠点となっている違法テントはもぬけの殻となっているそうです。
 貴い犠牲があったからこそ左翼勢力の異常さが炙り出されてきていますが、その犠牲がなくても非道なる活動に鉄槌を打つことが出来なかったのか、残念でなりません。
 今日の佐倉は昨日に引き続いて良い天気。戌の日なので、妊婦さんのお参りと安産祈願が続いております。
 午前中の地鎮祭から帰社すると写真家の花澤信幸先生が丁度来社され、またまた素敵な1枚を額装にして持って来てくれました。
 その写真は後日紹介するとして、先生が帰宅後にメールで送ってくれた写真が、今の境内に彩りを添えてくれるものだったのでご紹介します。
 梅雨時期の花と言えば紫陽花が代名詞ですね。当社の境内にある紫陽花は禰宜画伯が鉢植えを買って飾ったものを、その後に宮司が植栽しており、毎年株数が1つ2つ増えております。
 植栽をして3年くらいが経つとやっと枝が伸びるようになり、努力が実を結んだのか今年はその傾向が強いです。
 花期以外は地面が乾燥していることが多いので、夏以降には散水を心掛けて根を育てているんですよ。
 同じ時期に咲くのが南天と蛍袋。南天は赤い実が有名ですが、白い花を咲かせるんです。
 赤と白でお目出度さが増しますが、南天は「難を転じる」に通じるので南天の葉をお赤飯に添えたりもしますね。
 蛍袋はキキョウ科の多年草で、初夏から仲夏にあたる今の時期に釣り鐘型の花を咲かせます。
 花の色は2種類あるらしく、宮司は知らなかったのですが関東は赤紫で関西は白が多いんですって。
 名前の由来は子供が花に蛍を入れて遊んだという事により、「火垂る袋」とも書くので提橙花(ちょうちんばな)とも。
 釣鐘草(つりがねそう)とも呼んだりするので、完全に花の形で形容されているのが解ります。
 さてここでインフォメーション。当社の四季を撮り続けてくれる花澤信幸先生。先生が主催する写真家集団「房総族」の第15回写真展が下記にて開催されます。
 今回は10名の作品が展示されまして、先生はお祭りが中心と言うことなので、知っている顔が現像されているかもしれませんね。


※写真家集団「房総族」第15回写真展

会場・アトリエ T
住所・千葉市若葉区小倉町882-14
電話・043(312)7737
期間・7月14日〜26日
時間・初日13〜16時半
以下 10〜16時半
交通・千葉都市モノレール小倉台駅
   南側階段より徒歩5分
入場無料です。
 
今日も太鼓のお話です [令和8年6月16日]

「ビフォー」

「アフター」

「胴を削り直して」

「皮を張り鋲打ち」

「直正の焼き印」

「新たに胴内へ」
 ほとほと立憲民主党と所属議員には愛想が尽きまして。というか、もともと共感などしたことなど無いのですが、今回のは特に酷い。
 比例代表選出で古賀千景参議院議員というのがいるらしいのですが、産院外務防衛委員会の質疑で「自衛隊に行く子は経済的に厳しい」と発言し、小泉進次郎防衛大臣がそれを一蹴したのです。
 小泉大臣が語気を強めて答弁したのは当たり前すぎてですね、この古賀という議員の出自は教員を31年務めて、その間に極左集団「日教組」の特別中央執行委員というお役目をしていた、えらーい先生みたいです。
 発言後に委員会室がざわつくと、さすがに気まずくなったのか、発言を取り消すとしましたが、おたくらの政党は与党の議員がこの様な発言をしたら鬼の首でも取ったような、それこそすぐに議員辞職を求めておりましたよね。
 今やごく一部を除いて日本国中から総スカンを食っておりまして、今後の動向が楽しみですし、来週に奥野総一郎前衆議院議員と一席あるので立憲に所属した保守政治家として日教組や自治労出身議員についての感想を聞いてみたいと思います。
 加賀豊年太鼓保存会と七尾市鵜浦の氏子衆による太鼓の方の演奏、昨日に境内にて賑々しく行なわれまして、宮司の耳の奥には未だその余韻が残っております。
 こういうのってお祭りの時もそうですよね。お囃子の音色や大神輿渡御の触れ太鼓の音。それがしばらくの間、耳の奥に残るのです。
 特に当社の触れ太鼓はド〜ンド〜ンと低く響くのが特徴で、大雨でずぶ濡れになったも音が響きました。
 なのですが昨年の御例祭3日目、大神輿還御の日になりますが皮の片面が破れてしまい、反対側の面を叩いて神社に戻って参りました。
 いつ作られたのか不明な太鼓。青年会員が桴を振り上げて皮面を叩き、同じく胴も叩くのでそれぞれに限界が来ていたんだと思います。
 触れ太鼓、文字通りにこれから麻賀多様の大神輿がやって来ますよという合図です。
 この音が聞こえるとワクワクする氏子さんも多く、お年寄りの中には触れ太鼓を聞いて家から出てくる方も。そして目の前を通過する大神輿に手を合せるのです。
 皮が破れたままでは今年の渡御が行えませんので、昨年12月の総代会にて修理の決議を頂き、新年度が始まった今年4月に香取市の松本太鼓店に修理依頼と搬出を致しました。
 修理にに当たっては幾つか気になる点がありまして、先ず以て修理がきくのか新品購入となるのか。これで経費がだいぶ違ってきまして、幸いにも修理が可能と返事があり、安堵を致しました。
 そしてその経費ですが、大神輿渡御にかんする積立を毎年細々と行なっていたのが幸いして、そこからの支弁で事が足りる見積もりが上がってきました。
 そこから約2ヶ月。宮司が台湾出張の間に修理が済んだ太鼓が納品され、今現在は新社務所文化財収蔵庫に展示してある大神輿の隣りに置いてあります。
 台湾から帰国をした翌日、早速太鼓を見てビックリした宮司。だって「新品を買ってきたの!?」と思わせる姿でして、ものを大事にする、修理をして使い続けるという職人の意気込みを感じました。
 修理を依頼した松本太鼓店は佐原囃子に使う各種太鼓を製造販売、また修理を行なっており、宮司の実弟が骨を折ってくれました。
 太鼓には胴の内部に作者や太鼓店の名が入っていることが多く、調べて頂くと内部でではなく胴の表面に「直正」という焼き印が捺されていました。
 松本さん曰く、直正とは江戸時代に浅草で活躍した太鼓職人「石垣孫市直正」の事で、関東の広範囲で愛用されている事を示すものだそうです。
 新しく、また皮を張り替えたばかりの太鼓は音が高くなります。今回は少しゆるめに張り替えをお願いしましたが、それでも以前よりはかなり高くなります。
 ド〜ンド〜ンの音域に入るのはいつぐらいになるのかな。それは時間が育ててくれるでしょうし、太鼓が誂えられた時代、そして今しか聞けない真新しい音を聞けるのにも感謝したいです。
 
加賀の豊年太鼓が鳴り響く [令和8年6月15日]

「新社務所を立体的に使っての演奏」

「見事な筆捌き」

「鵜浦の氏子衆」
 オランダを歴訪中の天皇皇后両陛下。開幕をしたサッカーワールドカップの日本対オランダ戦を、ウィレム・アレキサンダー国王夫妻と王室別邸のヘット・アウデ・ロー城で観戦をされたと、宮内庁のInstagramが伝えました。
 なんと両陛下と国王夫妻は両国のタオルを首に掛けての御観戦で、試合結果は2対2の引き分けとこれまた良きであったと思います。
 タイミングって大事だし、偶偶にしても凄い巡り合わせだなと思います。どんな会話をされて観戦したのでしょうね。
 梅雨に入りなかなか空模様が落ち着きませんが、今日は晴れるまでは行かないにしても、どうにかして天気を持たせたかったです。
 石川県金沢市を中心に活動する加賀豊年太鼓保存会。宮司がその存在を知ったのは金沢石浦神社の例祭で、流行病前からなので10年くらいは経つでしょうか。
 石浦神社、七峯フリークの皆さんにはもうすっかりお馴染みですね。かの長谷吉憲宮司が奉仕するお社です。
 石浦神社は春と秋の年2回、例大祭が齋行され宮司が献幣使として参向をしておりますが、その宵宮祭などで豊年太鼓の奉納演奏が行なわれています。
 加賀豊年太鼓保存会は昭和30年代に設立され、伝統の組み太鼓とそれをアレンジしたもの、そして会員が佐曲した全く新しいものを組み合わせて演奏します。
 今回はそこに同県七尾市鵜浦に鎮座する御門主比古神社の氏子さん方も加わり、加賀と能登の太鼓演奏を披露してくれました。
 またこれまた石浦神社でご縁を頂いた書家の増井大樹先生による書道パフォーマンスも、豊年太鼓の演奏と共に披露され、当社の神輿渡御の掛け声である「さらば久しい」を黒板の上に白文字で揮毫。当社の宝物がまた一つ増えました。
 今回の奉納演奏は時間調整が先週に決まったため、告知は境内のポスターとSNS。そして祭礼関係者へのLINE告知のみでしたが、それでも多くの方に来社頂き楽しんで頂きました。
 その中には令和6年1月1日に発災した能登半島地震で被災された方もおり、久し振りに聞いた能登の太鼓に涙する場面も。
 また当社の氏子さんの中にも感涙を流す片も見られ、演奏方には声を詰まらせるシーンもありました。
 加賀豊年太鼓保存会の皆さんとは石浦神社でしかお目にかかっていないため、会員の中には宮司を石浦神社の関係者と思っていたもいたそうで、10月に石浦神社での再会が楽しみです・笑
 一同は昨日に東京入りし、永田町の日枝神社例祭前日の宵宮で披露し、本日の当社での奉納演奏を仕舞って金沢への帰路に就きました。
 時間も押していたので寿日した昼食のお弁当はバスの車内となり、今頃は小気味よく夢うつつの中でしょうか。
 加賀豊年太鼓保存会、そして鵜浦の氏子衆、書家の増井先生。なによりも石浦神社の長谷宮司に感謝をしまして、動画を見つつこちらも余韻にふけることに致しましょう。
 
佐倉高野球部の必勝祈願 [令和8年6月14日]

「頑張れ選手達」

「保護者も頑張る」
 左翼というのは本当に内ゲバが大好きでして、今年9月に行なわれる沖縄県知事選挙では現職の玉城デニー氏が立候補を表明していますが、支持表明をしない中道なんとかにお怒りのご様子。
 片や中道なんとかの小川淳也代表は玉城氏とは長年一緒にやって来たとしながらも、推薦依頼が来ていないとして党では機関決定をしないと表明。
 これを見て皆さんはどう思われます?そもそも決められないから野党第一党として、旧民主党時代からその伝統を見事に引き継いでいるわけで、それが未だに辺野古基地に対する対応も未定のまま。
 こんな政党に誰が政権を預けようと思うのでしょうか。少なくとも宮司の回りには見当たりませんけどね。
 辺野古の抗議船転覆事故からこの方、あちらの左翼勢力に対して厳しい目が注がれるようになりました。
 不都合なことは報道しない自由を使うオールドメディアにも、同じ視線が注がれております。
 自滅の道を歩み始めた沖縄の左翼勢力。大方は消えると思われますが、それでもしぶとく残るものもいるので、警察庁や公安調査庁が先頭となって取り締まりを強化して欲しいですね。
 気が付けば6月も半ばに入り、今日あたりも夏越大祓の人形(ひとがた)を受けに来る方が多くいらっしゃいました。
 境内の参道中央には茅の輪が設置しておりますが、智勇権禰宜が一言「いつもと違う」というシーンが午後にありました。
 今日は千葉県立佐倉高等学校の野球部が来社。来月4日に開幕する第108回全国高等学校野球選手権千葉県大会の必勝祈願祭を、午後3時半より齋行しました。
 毎年大会前に必勝祈願祭を奉仕しておりまして、元少年野球で泥まみれになった智勇権禰宜が斎主を受け持ちます。
 祭典奉仕というのはいつ何時であっても、平素と同じく行なうのが基本ですが、参列人数が多い場合などは祝詞奏上の声を少し大きめにするのです。
 今日は参列者も多ければ、元球児の心が動いたのでしょう、祭典後に御殿から社務所へ戻ってきて「いつもより大きめの声だったから疲れた」と笑顔で話しておりました。
 その二の句が先程の「いつもと違う」でして理由を聞くと、大会前に佐倉高野球部が来社したのは7月に入ってからだと。
 言われてみれば確かにその通りで、祭典後の記念写真には夏越大祓の茅の輪は写っていなかったはず。
 憶測ですが、夏の猛暑対策で大会期間を前倒しにしたのではと思われますが、如何でしょうか。
 佐倉高は9日に千葉県野球場で船橋芝山高と第一戦を行ないます。先ずは1勝をキッチリととって、大先輩のなし得なかった甲子園出場を目指さして欲しいですね。
 
宮小路倉の塗装が続きます [令和8年6月13日]

「今日は側面」

「良く見えますね」
 いつの間にかサッカーのワールドカップが始まっていたんですね。ここのところ各種総会やら神社庁の役員会やらで、まともに新聞も読めなかったので、情報に疎い宮司でございます。
 日本の第一戦目はオランダだそうで、結構強いと思われますが、優勝するためにはそんなことは言ってられませんものね。
 頑張れ日本と言うことで、今日の七峯を始めたいと思います。
 今朝、宮司が自宅に居りますと、近くから賑やかな笑い声が聞こえてきました。
 この声が聞こえる時は、宮小路町第一の氏子さん方が神酒所倉で作業をしている証拠。
 出社時に新社務所脇のスロープから見ると案の定、前掛けをした宮小路の氏子さん達が神酒所倉の外装を塗装してえおり、手よりも口の方が動いているのがなんとも・笑
 当社の境内西側には氏子4町内の山車と神酒所倉が並んでおり、トタン屋根の簡易的な作りなので、さびや剥離など経年劣化が見られます。
 先程のスロープ、新社務所建設と境内への搬入搬出のために作りましたが、これが出来たことによって、宮小路町の神酒所倉が境内から丸見えになりました。
 そこで譜久里祭礼委員長はじめ祭礼関係者が知恵をひねってくれ、外装を土蔵仕様に塗り替える事になりました。
 宮小路の皆さん、なんでも自分達でやっちゃいまして、先週なんかは本格的な足場を組んでの屋根工事。
 資金がないから自分達でやっていると自嘲気味に話しますが、なんのなんのプロ顔負けの仕上がり。
 でもね、一点問題があるとすれば、どんどん作業をするうちにゴールが見えない状態に陥る可能性があるんです。
 まあそれも皆で集まる口実になりますから、ご家族に文句を言われない程度で・笑
 
本殿裏の鈴の緒 [令和8年6月12日]


 今日は少しく重い雲がかかる佐倉です。梅雨の中休みが続いていましたが、そろそろ雨降りになるのでしょうか。
 先程は雷鳴も遠くに聞こえ、梅雨というよりは夏の感じもさせますね。やはり四季から二季になって来ているのでしょうか。
 今日の七峯は千葉県神社庁の2階で書いております。午前11時から神職養成機関の受講希望者の役員面接があり、宮司が神社庁理事として同じく理事である安房支部の黒川支部長と共に面接を行いました。
 神職資格を取得する場合、國學院大學や皇学館大學等の神道学部で学ぶ場合と、伊勢の神宮や出雲大社に併設されている養成機関、また講習会でといくつかの選択肢があります。
 その過程により階位という神職資格に違いが出るのですが、今回は京都府神社庁で開催される直階講習会の受講希望者でした。
 神職資格には浄階・明階・正階・権正階・直階があり、自分である学び取得ができるのは明階以下となります。
 因みに浄階は神職身分一級以上の神職に与えられるもので、神社本庁の階位授与選考委員会の様なところで審査され、授与と同時に一級に昇級します。
 一級となると紫の袴に白の八藤紋が入り正服の袍は黒色と、普段はあまりお目にかかる方がない姿となります。
 宮司はその手前の二級上でして、いつの日か一級になるのかなぁって思ったりもしますが、それはかなり先の話なので、それまでにも七峯を書き続けられる様に頑張りたく存じます。
 またまた枕が長い七峯でして、昨日の話になりますが、今月2日に巫女舞を奉納演舞を頂いた舞動禅の方々から同じく奉納があった本麻の鈴の緒を、本殿裏の拝所に掛けました。
 真新しい鈴の緒は麻の香りも仄かにして、艶やかな色には神秘さをも感じられます。
 この鈴の緒にはこれまた真新しい鈴も付けられており、カランカランと耳にも爽やかな音色を奏でてくれます。
 透塀の屋根がかかっているとは言え、屋外ですから風雨に晒される事に変わりはなく段々と色褪せていきますが、それも成長と捉えればものの哀れとも言えましょうか。
 お参りの際、本殿裏まで足元を運んでみてください。拝殿前とはまた違った時間と空気が流れているかもしれませんよ。
 
若宮稲荷神社鎮座祭 [令和8年6月11日]

「修祓」

「鎮座祭祝詞奏上」

「祭典納めの宮司一拝」

「ちゃんと会議もしました・笑」

「ほんの一例ですが」
 昨夕にレストランシェ・ムラで開催した佐倉七福神会総会も、提出議案全てを満場一致で可決承認を頂き、懇親会も季節の食材をふんだんに使った大変美味しく、そして見目麗しいものでした。
 思うに、村上シェフのブラッシュアップというか、より腕に磨きが掛かっているなと感じるお皿が続きまして、宮司ももう一働きしないとと力を頂きました。
 今日の宮司は久し振りに終日在社。午前中は祈祷番で、その後は溜まっておりました郵便物の整理をしたりと。
 その間に智勇権禰宜が境内摂社の若宮稲荷神社鎮座祭の諸準備をしてくれ、祭典開始となりました。
 ここのところ七峯でも行く度かアップをしておりますが、新社務所建設に伴って本殿東側に仮鎮座をしていた若宮様を元の鎮座地近くにお戻しする作業が先週に完了。本日、鎮座祭となりました。
 元元の鎮座地は新社務所用地に掛かっておりますので、そこからでいうと3メートルほど北側になりましたが、御殿の向きも東を向きなので、麻賀多神社の本殿を臨みます。
 稲荷神社に若宮が付く理由。それは当社のお稲荷様は麻賀多様の御子神にあたるからなんですよ。
 神道には異名同神という考え方があって、異なる神名でも同じお働きであれば同じ神様というものです。
 当社の稲荷神社は倉稲魂命と豊受姫命をお祀りしており、共に五穀豊穣と衣食住を司る神として厚く信仰をされています。
 この豊受姫命が麻賀多様こと稚産霊命の娘さんでありまして、佐倉の旧家の庭にお稲荷様が祀られているのは、鎮守様として親神の稚産霊命を、そして各家庭には御子神を祀る事で、親子の神様に見守って頂いているとなるのです。
 新社務所関連の工事も愈々大詰め。この後は若宮稲荷神社の御殿と奥の竹塀の間に植栽をして、ほぼ完了となります。
 仮鎮座地へ移転する前の若宮様の上にはすだ椎の大きな枝が掛かって、暗い感じがしておりました。
 今度からは青空の下にご鎮座ですので、若宮様の気分はどんな感じでしょうかね。お詣りの際にちょっと聞いてみて下さい。
 
6月は総会月 [令和8年6月10日]

「会場にはSPが」

「被表彰者の方々」

「鳥見神社の大和神楽」

「浦安の舞」

「皆さんありがとうございました」
 今日の宮司は成田市のアートホテル成田におります。千葉県神社総代会印旛支部の定期総会が同ホテルを会場に開催されており、只今は総会後の講演で印西市中根鎮座の鳥見神社氏子中による大和神楽が披露されています。
 6月と言えば総会月。3月末締めの決算を受けて4月から新年度は始まっているものの、総会までは暫定予算の執行で賄い、総会を開催する事で本予算が執行となります。
 昨日は神道政治連盟中央本部の中央委員会が神社本庁講堂で開催され、千葉県本部幹事長を拝命している宮司は中央委員なので、そちらにも出席して提出議案へ賛意の拍手をして参りました。
 さて話を総代会総会の講演に戻しますと、例年は文字通り講演が行われ、神道講和や時事の話題が取り上げられる事が多いのですが、今回は趣向を変えて神楽の実演となりました。
 この企画、実は15年ほど前に行った事があり、その時は印旛郡市内の神社で行われている神楽や獅子舞を4年続けて上演しました。
 この時の宮司は総代会幹事から神社庁印旛支部事務長になる頃…色々と取り仕切ったのが懐かしいです。
 中根の大和神楽は舞手が中学生か高校生で、戸数60軒の中根地区だけでは維持する事が困難となり、今は近隣地区からの参加も増えて継続可能となっているそうです。
 その中にあって、農家の長男のみという決まりや、男性のみといった仕来りも時代に応じて変えるなど、続ける事の大切さを実践していると思います。
 今日の舞手は中学生が4人高校生2人の計6名で、中根の大和神楽は千葉県指定文化財なのでその出演という事から学校は公休。有り難く存じます。
 神楽もあい済みまして、これから直会。神社関係者の集まりなので直会と呼んでおりますが、立食のパーティーです・笑
 なのですが、今夕に宮司が会長を務める佐倉七福神会のこれまた総会が、JR佐倉駅近くのレストラン シェ・ムラで開催となるので、直会ではお椀のお蕎麦を1杯だけ頂き中座で帰倉。
 只今、社務所で七峯の続きを書上げて、この後に会場へ出発を致します。
 本日の書き納めは総代会総会で表彰を受けた方を取り上げまして、麻賀多神社氏子総代の波田野勲さんと藤橋和夫が長年の功績。
 そして当社の四季を撮り続けてくださる写真家の花澤信幸先生が氏子崇敬者の亀鑑として表彰されました。
 いずれに方にもお健やかに、これからも神社へのお力添えをよろしくお願い申し上げ、お祝いの言の葉と致します。
 
おっさん2人の笑顔です [令和8年6月9日]


 昨日行われた、衆参両院の正副議長による「皇族数確保2案」に対する「立法府の総意」取りまとめ。
 1案が「女性皇族が婚姻後も身分を保持」する案。もう一つが「旧宮家の男系男子を養子として皇室に迎える」案でして、いずれにしても皇位継承は秋篠宮皇嗣殿下と悠仁親王殿下迄の順位は揺るがずという大前提がとられております。
 この案に対して略称ですが、自民・維新・中道・国民・公明・参政・みらいの7党は概ね賛成で、立憲は未だ党内見解が出せておらず10日の会議で示すとしたと、今朝の読売新聞1面に載っておりました。
 ここで判りますのが、極左系の政党が会議や委員会へ政党として成り立っていない議員数なのと、参議院議員のみの立憲も左翼の巣数と化していること。
 何と批判のある中道ですが、衆議院の立憲と公明がくっ付いた事により、それまで旧立憲で旧宮家養子案にゴネていた野田佳彦代表も旧公明に配慮をしなくてはならなくなり、この点は中道設立で唯一の価値を見出せた気がします。
 とは言え、自民内にも獅子身中の虫もおりますれば、これから国会に出てくるであろうスパイ防止法案や国旗損壊法案への賛否で、それって所属が自民でないほうが良いんじゃない?って炙り出しましょう。
 さて、先週の話になりますが、國學院大學神道学科の同級で親友でもある石倉司君が来社してくれました。
 現在の彼は青森県むつ市川内町鎮座の川内八幡宮の宮司で、その他にも日本赤十字や教誨師、そして宮司もかじっている保護司としても活躍をされています。
 時にはラジオパーソナリティとして地元FM局にも出演。宮司のように一年に一度ではない頻度なのも凄いと思います。
 彼との出会いは平成3年の大学入学式でたまたま隣り合わせとなり、世間話をしているうちに出身地の青森、まか宮司の母親も青森ので出したので、そこで一気に意気投合をしたんです。
 それから30年以上が経ち、お互いそれなりの立場となって気苦労が絶えないのは、これまた一緒でして・微笑
 今現在、川内八幡宮でも社務所機能を兼ね備えた神楽殿を建設中で、当社の新社務所を見学頂いた中にも色々とヒントがあったようです。
 建設物を行う、行えると言った方が良いかな。これって当代の宮司としてはとても有り難く名誉な事なのです。
 ただね、その為には精神的、物質的、そして金銭的な負担がその双肩に大きくのしかかり、それが元で人によっては痩せたり、人によってはふくよかになったりします。
 この場合でいうと、前者は宮司で後者が彼。こんな事を書いちゃっていいのかとも思いましたが、現実はこんなもんなんですよ・笑
 彼も青森県神社庁の要職に就くべくして就くべく存在。その活躍を念じつつ、今回は佐倉でのご接待が出来ませんでしたので、次回は泊まりで来て下さい。