| 狛犬家族の日向ぼっこ [令和8年4月6日] | |
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御殿と新社務所前に掲げてある、「さくら天下祭り」協賛提灯のお片しから始まった今日の社務。 設営するときは時間が掛かるのですが、片すとなるとあっという間ですね。小一時間で元の姿に戻った境内です。 中東情勢が混迷を深めておりますが、この時期にあって各国首脳の訪日が相次いでおります。 勿論、会談相手は高市首相でして、先月に米国のトランプ大統領との首脳会談を成功させた実績と、トランプ大統領との繋がりを絶ちたくないという各国首脳の思惑が感じられます。 そんな中にあって、日本は中東からの石油輸送をペルシャ湾から変更したり、米国産原油の交渉を纏めたりと、いつこんなに仕事をしているんだろうと。 トップが変わると、省庁の役人もこんなに働くんだと驚くばかりです。給料は一緒かな?笑 それにしてもオールドメディアはそういう事を殆ど報道せずに、不安を煽るものを嬉々として垂れ流しておりますよね。 世の中のテレビや新聞離れは、その理由の大きな比率が自分達に有るという現実は見ない。本当に自身に甘いご都合主義なんですよ。 新社務所にはテレビアンテナは立てておりますが、テレビチューナーボードが搭載してあるモニターはございません。 国会中継を見ようと思えば衆参の公式HPから見ることが出来ますし、その他の社会的事案を取り扱うものも、ほぼネットで見ることが出来ます。 新社務所に導入するとすれば、チューナーレスのモニターを考えており、それとプロジェクタースクリーンがあえば問題無しかと。 まだまだ揃えるものがある。什器備品代って結構するんですよ。残高の減りを胃に感じながら社務に勤しむ宮司です・笑 昨日に引き続いて今日も暖かな佐倉です。今年の桜は満開になる前に気温が下がったので、雨風に打たれても散ることも少なく、神社付近では昨日あたりが満開ですね。 神社向かいの佐倉市役所宮小路倉庫にある染井吉野も今が満開。若葉と桜色が濃くなった花弁との調和がとても素敵です。 それを見ているのは人間だけではありませんで、神社を守る狛犬さん達が終日眺めております。 現在当社にある狛犬は、昭和61年(1986)に市内在住の篤志家の方に奉納頂いたもので、奉納当時は御殿前に設置したものを、平成15年(2003)の社殿大修営時に、現在の鳥居前に移設をしました。 以来、麻賀多神社の顔として多くの方々に慣れ親しんで貰い、流行病下では麻の葉柄のマスクも着用して、感染予防の啓蒙にも努めてくれました。 雄が阿で雌が吽。雌の足元には子供の狛犬もおりまして、その様子は家族の絆も表わしているんですよ。 狛犬家族が見る景色は、季節の移ろいと共に変わりますが、神社前を往来する皆さんの見守り役でもあるんです。 |
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| 猿楽場妙見神社のお祓い [令和8年4月5日] | |
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朝から晴れた佐倉。昨日までの雨で湿度が高いですが、それでも晴れるって気持ちの良いものですよね。 境内東側に植栽をしている椿も見頃を迎え、佐倉の花見客も多くが立ち止まって愛でております。 佐倉城址公園では佐倉囃子保存会のお花見演奏会が行なわれており、そよ風に乗って囃子の音色が神社まで届いております。 宮司もお声掛けを頂いておりますが、今日は外祭が立て続いており、宴の後の二次会から合流する予定です。 その外祭ですが午前中に2件、午後に3件有りまして、当社としては異例の事態・笑 午前中の奉仕を済ませて一旦帰社し、午後1時に再出発をするまでの短い時間ですが、七峯を書上げるべく、パソコンに向かっております。 その2件目の祭典ですが、宮司も神職となって30年以上が経ちますが初めての内容だったんです。 何かと言いますと、宮司が兼務する酒々井町本佐倉の猿楽場地区にある妙見神社にこの1月、なんと自動車が突っ込みましてお社が全壊。その解体清祓と地鎮祭を奉仕して参りました。 本佐倉は猿楽場・根古谷・荒上の3地区から構成されており、根古谷には宗教法人登録がされている妙見神社が鎮座しております。 今回のお社は非法人ではあり、林の奥の方に鎮座している中で地元の方々が大切に、そして今日まで厚い信仰を寄せております。 先月にこの話を聞いたときには、根古谷の妙見神社?と思ったのですが、階段が続く境内にとても車が入れるような場所ではなく、よくよく聞いたところ猿楽場にも妙見神社があるのを知ったのです。 本佐倉は今の佐倉城が築城されるまで千葉氏の拠点である本佐倉城がおかれ、千葉氏の崇敬する妙見神が今でも近隣に多く祀られています。 地区の役員さんと打ち合わせをしていく中で、場所の確認と普段の守護りについて説明を受けましたところ、ここも車で行けるような場所ではないことが判明。 今日実際に行ってみて、なんでここに車が入ってきたんだろうと。その事を町内の皆さんに話すと、皆さん同じ感想でして。 事故を起こした方は80歳越で少し痴呆が入っているそうで、住まいも酒々井町ではなく隣の富里市に一人暮らしだったそうです。 事故があった時間帯は午前3時頃。車に搭載されていたドライブレコーダーの映像解析で判明し、そこには階段手前で一旦停車し、その後に勢いを付けて再度前進する様子が映っていたそうです。 事故のことはこれくらいにしまして、猿楽場妙見神社は再建に向けて動き出しましたし、定期的に補修はしているとは言え社殿も傷んでいるので、神様もそろそろ新しいお家が良かったのではと挨拶でお話ししました。 痴呆って誰にでも起こりえるものですから、それについては申しませんが、高齢ドライバーの運転事故が増えている今、自分自身の注意だけでは済まない怖さを感じた宮司です。 さて、これから3件連続で奉仕をしてまいります。先ずは安全運転を再度心掛けて行って来ますね。 |
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| 文化財収蔵庫が千葉日報に [令和8年4月4日] | |
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雨、また雨ですよ。今年の桜は本当に我慢強い。これだけ降られても佐倉の桜はまだまだ頑張っています。 なんですが、神社西方の佐倉城址公園に出店している地元商店の方々は、心が折れそうになっているのではと心配になる宮司です。 商売になるかどうかはその時しだいですが、雨風に打たれると心労がましまして、その時は乗り切っても後になって体調を崩す場合があります。 みんな大事な氏子さん達。来月には境内で「薫風のむすびマルシェ」の開催が決定しておりますので、その際には体調万全で天気も好転でありますよう願っております。 さて、今日の千葉日報3面に、麻賀多神社新社務所の文化財収蔵庫についての記事が掲載されました。 取材を受けたのは先月19日で、この日は修理をしていた紫裾濃胴丸(千葉県指定文化財)が戻ってきた日で、飾り付けと合せて記者さんに同席をして頂きました。 千葉日報佐倉支局の記者は昨年交代しまして、前任の池田記者は呑み友達としてもニュースソースを流しておりました。 新たに着任した佐藤記者とはなかなかお目に掛かる機会が少なかったのですが、今回の取材ではじっくりとお話しすることが出来、前任者同様に情報提供をお約束しました。 千葉日報は地元紙として小さな話題から、誰もが知っているような事まで、幅広く紙面に掲載している新聞です。 政治面などは通信社の記事を使う事が多いので、レフトサイドに振れることもしばしば有るのですが、ここ数年の紙面構成を見ると寄り地元密着を感じております。 その千葉日報が今年2月6日付けの1面に取り上げたのが、オランウータンのぬいぐるみを抱いた小猿のパンチくん。 地方紙とは言え小猿が新聞1面を飾るのは珍しいもので、毎朝に産経・千葉日報・読売の1面コラムを順に読み始める宮司でも、真っ先に目が行ったのはパンチくんでした。 パンチくん、市川市動植物園にいる生後8ヶ月の小猿。初産で出産時が猛暑のために母猿が育児放棄をしてしまい、飼育方針として縫いぐるみを母親替わりにしたのです。 同御植物園の公式「x・エックス」でこのことが紹介されると、瞬く間に全世界へ拡散されて大人気となりました。 Instagramでは「#がんばれパンチくん」とのハッシュタグも拡がり、その健気で懸命に生きる姿、飼育員にじゃれ有る姿などが多くの共感を生んでいます。 ニホンザルは群れで暮らしており、傍目から見ると大人の猿が小猿を虐めているようにも見えるときがあるのです。 それは群れで生きていくための訓練だったりするのですが、その様子を切り抜いて「小猿が虐められている。動物園はなにをしているんだ!!」と拡散されて、意見や抗議の電話やメールが膨大に届いたとも、続報で流れたことも。 動植物園側も「x」などで情報発信をしており、今は随分と落ち着いてきたようです。 宮司は「x」の登録はしておりますが、普段は殆ど使っておりませんので、久し振りに市川市動植物園の公式xを覗いてみると、先日の年度末にあたり市川市の職員でもある飼育員の人事についてコメントが。 それを読むと「「今回は大きな移動はなし。(サル山も、中の人も)」とありまして、徐々にオランウータンの縫いぐるみから群れへと慣れてきたパンチくんの生育も安心ですね。 無事に群れに溶け込む、そして大人になって行くパンチくん。フィーバーも落ち着く時が来ますし、それがパンチくんと飼育員さんにとって一番幸せなこと。 市川市動植物園、この3月の入園者は9万人越えと過去最高を記録しており、宮司はまだ同園に入っておりませんが、何度か続報を載せている千葉日報とSNSで、その成長を見守りたいと思います。 |
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| 竣工式が続きました [令和8年4月3日] | |
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久し振りに朝から晴れ間の佐倉。陽の光が境内に注いで、朝拝を済ませて御殿から参道に出ると、鳥居が額縁のように神社向かいの染井吉野が見えました。 染井吉野は桜の代名詞。でも接ぎ枝などのいわゆるクローンで増やす植樹の木。 日本全国で老木が増え、今春は花が咲いたままの倒木がニュースにもなっております。 神社向かいの建物は佐倉市役所宮小路倉庫として使われており、その前は印旛農業協同共済組合の事務所でした。 戦前の地図を見ると陸軍用地と記されており、今現在の公図を見ても所有が陸軍省となっているのを見ても、旧佐倉城に置かれた陸軍佐倉五十七連隊の関連施設があったことが解ります。 旧日本軍では桜は特別な存在で、英霊を祀る靖国神社や各地の護國神社には、境内に沢山の桜をいることが出来ます。 各地の気象台が発表する桜の開花宣言には、気象台ごとの標準木を目視で観測してと、嬉しいくらいにアナログ。やっぱり人間の目ですよ・笑 佐倉も今日あたりで満開になったでしょうか。雨での足踏みが長かったのでこれからが楽しみなのですが、明日の夕刻以降にまた天候が荒れる予報なので、日曜日に天候は回復するみたいですが、花散らしの跡かもしれませんね。 今日は「おこと」と言って、春の事始めの日とされます。農家では田植えの準備が始り、その他でも実動に入る時季と言うことでしょうか。 今日の宮司は外祭2件を奉仕して、その両方が竣工式という、正に実動が始まるという内容でした。 1件目は佐倉市内の工業団地内にある医療機器メーカーで、大型倉庫の完成に伴うもの。 これを書くと、検索をすればどこの会社かすぐに解るのですが、手術台を始とする外科手術にの関連器具を作っている会社。 今回の竣工した倉庫棟はもとより、まだ真新しい工場棟も祭典奉仕した宮司。社長さんよりも丁寧に挨拶を頂きました。 一旦帰社して、ちょっと事務仕事を済ませた後に2件目に出発。次は当社の御神酒醸造元である飯沼本家です。 飯沼本家では、飯沼家の居住と会社の本社機能を築300年となる母屋で行なっていたのを、今から8年前に「きのえねomoya」として和食レストランに改築するための工事開始。 なのでその前に敷地内に本社事務所と仮住まいを建ててと、この段階で書いているだけでも大変さが解るのです。 そこに住んでいた飯沼家の皆さんが、この度新たな母屋を建てられ、それに伴う竣工と神棚奉齋の祭典を合せて行いました。 地鎮祭を齋行してから約2年半。これまでの母屋のように、300年先を見据えた作りをコンセプトととして純木造で建築。 木の香が漂う室内には、施主の飯沼喜市郎会長と奥様。昨年社長に就任した一喜さん家族。工事に携わった設計と施工関係者が参列。 一般家屋の入居を目途としたお祓いとはちょっと違う緊張感の中に、お孫さんも玉串奉奠が出来ました。 直会は先述のきのえねomoyaで、千葉県産の食材を使った春の和食を頂きました。 ここのお料理は甲子のお酒とマッチする献立と味付け。本来であればそれを楽しみたいところですが、午後からの社務がありましたのでまたの機会に・笑 次の300年、その話を聞きながら、麻賀多神社の大神輿はその年を少し過ぎた事を思いつつ、宮司として次の310年式年祭の準備も始めなきゃと思うのでした。 休んでいる暇ないよ!!・笑 |
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| 樟落葉 [令和8年4月2日] | |
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今日の千葉日報1面は、成田空港拡張工事の土地収用について強制収容を検討に懸念と有る中で、産経新聞の記事だと成田闘争での旧反対派も拡張推進を主張と。 表題だけ見ると正反対の様な感じですが、両紙の記事を読むと空港の拡張自体には反対ではないのが解ります。 これをネットのニュースサイトで見ると、自分が普段見ている、若しくは自身の考えなどに近い記事しか上がってこないので、複数の記事を読むってとても大事なんだと改めて感じました。 さて、このところの空模様は本当に落ち着かないですね。降り続いた雨に打たれている桜も、可哀想になるくらい。 只今午後3時少し前ですが、やっと雨が止んで久し振りにお日様の光が差し込んできた佐倉です。 昨日の七峯の最後に取り上げましたが、境内では椿の花が順番に咲いており、今は桜が無い当社にとって春を告げる花となっております。 春と告げるというと、木造社務所前にある楠が落葉を始めました。茶色に色が変わった葉がちらほらと舞っております。 楠は樟とも書きまして、クスノキ科ニッケイ属の常緑高木。樹高と枝が、まあ良く伸びるんですわ。 先程も書きましたが、楠は春に葉を落としまして、その様子は若葉に押し出されるような感じなんですよ。 春ごとに葉が全部入れ替わりますので、常緑樹の中では葉は比較的短命というか、新陳代謝が早いと言った方が良いかもしれませんね。 今日のタイトルである「樟落葉・くすらくよう」は初夏の季語でして、先程来に「春」と書いている自分に少し違和感がありますが、これから5月頭に掛けて葉が散れます。 当社の楠は1本ですが、枝が伸びておりますので舞い散る葉の量はとても多く、これから毎朝の掃除がなかなかに大変となります。 楠が一段落するちょっと前には、椎の木が待ってましたとばかりに葉が散れ始めます。 段々と気温も上がってくることでしょう。額に汗して働く季節の到来とも言えるのです。 |
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| 摂末社のお供え [令和8年4月1日] | |
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今日から4月。卯月の月次祭を奉仕し、玉体の安寧と皇室の弥栄。国の繁栄と氏子崇敬者各位の平穏無事を祈念致しました。 新年度の始りは雨でのスタートとなった佐倉。企業では入社式が行なわれるなど、ドキドキしながらの今日を迎えた方も多いことでしょう。 当社では今年、新入職員はおりませんがこの春休みからの新人巫女が、まだぎこちなさも初々しく奉仕をしております。 宮司が新卒で神職となったのが平成7年ですので、今から31年も前になるんですね。 同級生も段々と頭皮が見え始めておりまして、時の経つのは恐ろしいなと実感するお年頃なのです・笑 そんな事を思いつつ、今朝方に写真家の花澤信幸先生から電話がありまして、先月21日に行なった「さくら天下祭り」の写真とデータを持参してくれると。 午前中は外祭などが入っていたため、午後からの来社をお願いしました。 画像の下2枚はその際に花澤先生が撮影したもので、雨にしっとりと濡れる椿の花がより色鮮やかに写し出されていますね。 実はさくら天下祭りの画像の他にも大層な作品を奉納下さりましたので、それはまた改めて紹介したいと思います。 月次祭などの祭典では、普段よりも神饌というお供え物を多く神前に献じます。 当社の月次祭では境内の摂社と末社にも、小振りですがお供えをしまして、多くの場合でお菓子や稲荷寿司を献じます。 今日はお芋蒸し饅頭と塩こしあん餅の2種類を、佐藤出仕が土器(かわらけ)に盛り付けて、宮司がそれぞれのお社に献饌をしました。 そのチョイスはその時しだいと、特段決まっているわけではありませんが、お買い物に行った際に「お、これは美味しそうだから、摂末社の神様方は喜んでくれるかな?」という直感で・笑 夕方に土器を下げに行くと、大変美味しゅうございましたの如く、土器によそったお菓子が無いところがあります。 お喜び頂けたんだと思いつつ、その傍らには満足そうな狛猫の姿もありまして、狛猫なので神様のお使いと思い微笑む宮司であります。 因みに今回、お饅頭とお餅は少し多めに買ってきたみたいなので、残りは職員で美味しく頂きましたとさ。目出度し目出度し♪♪ |
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| 眠い目こすってモーニングセミナー [令和8年3月31日] | |
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只今午後4時。新社務所の事務室で七峯を打ちながら、境内に響く風雨と報鼓の音を聞く宮司であります。 当社の祈祷は午後3時半の回が最終でして、この時間に拝殿から報鼓の音が聞こえるのは珍しいんですよ。 何故に聞こえるかと言うことなんですが、佐藤出仕が智勇権禰宜に祈祷の作法と順序を享受して貰ってる所でして、言わばお稽古中なわけです。 報鼓とは御祈祷の前に叩く太鼓のこと。これからお式が始まりますよと報せる為に打つんです。 神社によっても叩き方に違いがあって、それを拾得するのも大切なお稽古。音を聞くだけではなく実際に打つのも大事なんですよ。 さて、今日の宮司はいつもより2時間半早く起床しまして、ユーカリが丘にあるウイシュトンホテルに出向してまいりました。 余り早起きが苦手な宮司。苦手というかいつものペースと違うのが得意ではありませんで・苦笑 一応ですが会員となっている佐倉市倫理法人会のモーニングセミナーに講師として、年に1回の役目を果たしてまいりました。 演題は「式年祭〜神宮式年遷宮を中心として〜」で、持ち時間は40分と、とてもとても話しきれない内容なんですよね。 当然の如く式年遷宮の全部を話すのではなく、主題となる「式年祭とは」の一例として取り上げました。 式年祭とは「年をめぐって行なう祭典」の意味。10年や20年と切りの良い数字が多いですが、昨日取り上げた香取神宮のように12年毎の祭典もあり、その数字についても説明を致しました。 上記のように、式年というと祭典のイメージが強いですが、人生儀礼である結婚。その「何年目」というのも式年の要素があるんですよ。 一般的には結婚25年の銀婚式や50年の金婚式が有名ですが、結婚1年の紙婚式から始まりまして、2年は綿婚、3年は皮婚と段々豪華になっていくらしいです。 因みに長寿社会となりまして金婚式は珍しくなくなり、その上には55年でエメラルド婚。 さらに60年でダイヤモンド婚、65年でブルーサファイア婚で70年ではプラチナ婚となるそうです。 今年30年の真珠婚式を迎えた宮司ですが、あと40年後には93歳なので、神明奉仕に勤しんでいればいけるんではないかと、倫理法人会員の方々に話をしながら頭に思い浮かびました。 花散らしの風雨は未だ収りませんが、神社前にある染井吉野は満開ちょっと前なので頑張っております。 今週末まで、出来れば来週に多いであろう入学式まで、綺麗な桜花にはもって欲しいですね。 |
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| 香取神宮式年神幸祭のお勉強 [令和8年3月30日] | |
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そう言えばのお話なのですが、プロ野球が開幕していたんですね。年度末とイベント続きで、その事が全く頭に入っておりませんでした。 以前は週3回も幕張のマリンスタジアムに観戦をしに行っていたことを思うと、何故にプロ野球熱が下がってしまったのか?? でもね、千葉ロッテマリーンズが勝つと嬉しいのは変わりませんで、開幕から昨日前の三連戦で2勝1敗と、それなりに良いペースで来ております。 首位のソフトバンクホークスは3連勝と、やはり強いですね。このチームはマリーンズと違いそのままの勢いで終盤まで行くから、今年もか!?と。 さて、今日の宮司ですが、午前中に月末恒例の支払いなどを行なうために、金融機関で振込作業をしてきました。 とある金融機関では、通帳からであれば振込用紙に記入をせずとも、カウンターに設置してあるタブレットを使って振込が出来るようになりました。 金融機関の用紙って基本、誤字があった場合などは修正が効かず、新たに書かなければなりません。 ヘンなところに緊張しいの宮司。金額が大きいと手が震えまして、この手のミスをやらかすのです・苦笑 特に今日は新社務所建設関連の支払いを行なう重要な日でしたので、振り込む額も宮司の人生の中では一番多く、窓口のおねえさんと一つ一つ確認をしながら無事に送金完了。 ホッとしたところにあって、御浄財を奉賛頂いた方々に改めて感謝をしたく存じます。 昼前に帰社すると智勇権禰宜が袴姿から背広姿に改服。今日は午後から千葉県神社庁研修所主催の教養研修会がありまして、そちらへ参加のために出掛けていきました。 今回のテーマは「香取神宮式年神幸祭について」で、12年一度の午年に行なわれる香取神宮第一の重儀について学びます。 香取神宮は延喜式神名帳に記載されている3つの神宮の一つで、毎年4月14日の例祭には天皇陛下の勅使が正服姿で6年に一度参向。 その他の年も陛下のお使いがモーニング姿で参向するなど、皇室の御崇敬も厚いお宮なのです。 例祭の翌日15日には神幸祭が執り行われ、鳳輦にお乗りになった香取の神様が神宮より宮下の駐車場まで渡御。ここで駐輦祭が行なわれ、年番の氏子町より神楽などが奉納されます。 12年毎の午年には式年神幸祭として供奉者3000人以上の大行列が仕立てられ、鳳輦は御座船に乗り利根川を上り、佐原河岸に上陸をして御旅所にて1拍。 翌16日に佐原市街を回り、再び香取神宮に戻ってくるという、それはそれは壮大華麗な行事であります。 宮司は6歳の時に稚児で上がって以来、今回で5回目の奉仕で、智勇権禰宜は同じく6歳の稚児から始まって今回で3回目の奉仕となります。 今日は香取神宮より佐川・曽川両権禰宜が講師としてお話をして頂くので、智勇権禰宜も楽しみしておりました。 宮司も受講したのは山々なのですが、社務の都合上でお留守番部隊。智勇権禰宜から送られてく画像を見て自己研鑽をしております。 その画像の中には陛下からの御幣物が収められている柳筥(やないばこ)と五色の布が写っており、香取神宮当局の研修会におけるご理解とご協力に、神社庁研修所の訓育主任として感謝を致します。 外が若干風が出てきたようです。明日は春の嵐かもと天気予報が流れておりまして、花散らしにならなければ良いですね。 ・香取神宮 https://katori-jingu.or.jp/ |
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| 待合室の看板交換 [令和8年3月29日] | |
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今日は予報通りに気温の上がった佐倉。近隣の染井吉野もかなり花が開き、佐倉城址公園に向かう車で、神社前の大手通は終日渋滞をしておりました。 今日の祈祷番はいつも通り智勇権禰宜ですが、大手通の入り口となる新町交差点付近も渋滞をしていたので、祈祷予約の方々もほぼ時間通りには到着せず、祈祷者の時間調整に難儀をしていたようです。 宮司は午後から帰幽三年祭の奉仕が市内下志津にある霊園、ふれあいパーク佐倉でありまして、渋滞を見越して早めに神社を出たらタイミングが良かったのか、なんと開式の30分も前に到着。 施主さん家族も早めに到着をしたので時間を繰り上げての奉仕となり、帰社後には御朱印対応をして社務終了の時間となりました。 境内には昨日に引き続いてコスプレイベントで来倉した子達が、本当に見事な自作の衣装を身に纏い、巫女さんも少し羨ましそうに見ておりました・笑 昨日よりも参加者が増えたのか、午後5時近くになるまで入れ替わり立ち替わり、新規のコスプレイヤーが来社し、お参りの後に決めポーズで、楽しそうに撮影を行なっていましたよ。 昨夕の話になりますが、兼務をしている田町愛宕神社の責任役員会が鹿島橋の袂にある中村食堂で開催されました。 議案としては令和7年度会計決算と令和8年度の予算承認ですが、会議はものの20分程で終了をして、後は一年間のお疲れ様会・笑 その際に受け取った決算報告書と予算書を、被包括法人である神社本庁に送付する事務手続きをしていた今日の午前中の宮司。 こういった書類って後回しにすると忘れるので、いち早く処理をするように心掛けておりますが、パソコンを打っている内に何か忘れていたことが脳裏によぎり・・・ そうだ、祈祷待合室の案内看板を禰宜画伯が揮毫したものに替えるんだったと。そして併設している文化財収蔵庫の大神輿と甲冑を拝観したい方への案内文も作らなくてはと。 やっと本日の七峯が本題に入りましたが、只今午後7時半を回るところなので手短にします・笑 新しい祈祷待合室の看板は、新社務所メイン玄関に掲げた表札と同じ材質で、授与所のカウンター天板と一緒に製材をされました。 ただ、節が多いのと少しの割れが有るので、その使い道を探していたのですが、メインの表札を揮毫する練習にと「祈祷待合室」と書いてみたら思っていたよりも立派になりまして、表舞台に立つ事になりました。 実はここにはデジタルサイネージの画面案内板を置く予定で、それを発注することになっているのですが、それは違う用途で使うとして、このままで良いのかなと思う宮司であります。 この数年、新社務所建設にあたりかなり白髪が増えているのを実感しておりまして、明日に大きな事案が済ませ、その後は竣工式と記念品の準備に取り掛かります。 デジタルの時代にあっても、手書きの文字って良いですよね。少し気が休まるような思いです。 |
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| 春のスプレイベント [令和8年3月28日] | |
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昨夜に無事、帰倉をしまして、JR佐倉駅近くのまつなかにて草鞋抜き。やっぱり地元って良いですよね。ほっとします・微笑 昨日に発生した東海道新幹線の遅延ですが、七峯には飛来物が架線にとしか書きませんでしたが、その付着物とはなんと風船。 世界の彼方此方でミサイルや銃弾が飛び交っている事を思うと、なんとも牧歌的な理由ですが、影響を受ける乗車する方は1分を争うのでして、JR京都駅の新幹線改札は大変なことになっておりました。JRの職員さん、お疲れ様でした。 実質で3日半を留守にしていると、決裁書類や郵便物、そしてメールが山のように溜まっており、それらの処理は午後からとして、大安日の今日の宮司は、午前中に3件の外祭回りを致しました。 3件連続の外祭奉仕は久し振りでして、それも地鎮祭と地鎮祭の間に帰幽一年祭が挟まっていて、それに合せて紋付き袴から鈍色、そして紋付き袴に履き替え。休み明けの宮司、それなりに頑張りました・笑 その行き来に車中から見た光景は、スーツケースをガーラガーラと曳く、うら若き女性の集団。 ああ、「桜に染まるまち佐倉2026」の共働イベントである街中コスプレ撮影会に参加する子達なんだと解ります。 佐倉の街でコスプレイベントが開催されるようになって10年くらいが経ちますでしょうか。 最初の頃は100人くらいでしたが、今では一日で500名を超える方が参加してくれ、かなり盛況なのが解ります。 以前のコスプレーヤーは露出が多い服装だったり、撮影場所では我が物顔の子がいましたが、今は運営側がその点を確りと参加者にレクチャーをし、地元にも事前告知をしてくれるので、特に問題も無く自然体で「コスプレってなかなか可愛いね」と。 当社の境内も絶好の撮影スポットとなっており、時にはお参りの方と一緒に記念撮影をしているなど、お互い様の姿が見られるのも良いですね。 特に七五三の時季などは、お祝い子と和やかに撮影しているおねえさん達。傍から見ている方としては、どちらがコスプレ?みたいなところも楽しませて貰っております。 このコスプレイベントは明日も開催で、佐倉城址公園を始めとする街中の桜花がコスプレさんとよく似合うことでしょう。 本日の〆は、上洛中に写真家の花澤信幸先生が送ってくれた画像。 神社の石垣下にある丸型ポストも桜色で、郵便車が実際に集荷を行なっている様子を見ている構図。 1枚の写真に物語を感じさせる、さすが花澤ワールドな作品。勿論、宮司は足元にも及びませんが、かく有りたいと思う春なのです。 |
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