| 舞と短い鈴の緒ご奉納 [令和8年6月6日] | |
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昨年6月3日に89歳で逝去された長嶋茂雄読売巨人軍終身名誉監督。それから一年となりまして、生前を偲びいろいろな催しが行われています。 当地佐倉市のものとしては、岩名にある長嶋茂雄記念岩名野球場展示室に再現された監督室を一般公開したり、昨日は同野球場で巨人三軍対独立リーグの千葉スカイセイラーズの試合が。 また今日は73年前に埼玉県営大宮公園球場で行われた全国高校野球選手権南関東大会1回戦、長嶋さんが見事なバックスクリーンホームランを打った佐倉一高対熊谷高の試合の縁で、同じく同野球場で両校が2試合を行います。 因みに当時の試合は4対1て熊谷高が勝ちましたか、長嶋さんはこの試合でスタメンとしてサードに入っており、長嶋茂雄の代名詞となった「4番サード長嶋」が生まれた瞬間と言って良いでしょう。 曇り空ではありますが、どうにか天気には保ってほしい。地元としては佐倉高推しですが、熊谷高の選手もバックスクリーンへのホームランを目指して頑張って欲しいです。 数日前の話になりますが巫女舞教室「一般社団法人舞動禅」の皆さんによる正式参拝と、続いて舞の奉納が拝殿にて行われました。 「人と空間を調律する」を基本としての舞は、白を基調とした衣装に一挙手一投足がたおやかな中にも秘めた力強さを感じました。 正式参拝の祓主は宮司が務めまして、舞も拝観をしたかったのですが、続く出張を控えて断片的な拝観となりましたが、それでも上記の感覚を持ちました。 舞動禅の皆さんは当日に舞の奉納を行うだけではなく、神社側と幾度となく打ち合わせを行い、当日を迎える数日前に奉仕者が揃って境内の清掃奉仕。この段階で既に祓いが始まっている事となりますね。 正式参拝とあわせて短い鈴の緒の奉納清祓式も斎行。本麻で奉製された鈴の緒は、その艶やかさに麻の香りが清清しく光り輝いています。 あえて「短い」と付けましたが、懸ける場所は御本殿の真裏。透かし塀の軒下となるので、その長さに調整をしてございます。 神社でのお参りは勿論正面からですが、そこでのお参りの後に御殿をぐるりとまわって裏に廻り、またそこでもお参りをさせる方が多いです。 それは御殿の裏手であっても神様には一番近い場所となるからで、思いと願い、そして信仰の強さを感じます。 奉納の日から翌日が台風6号が房総沖を通過しました影響もあり、奉納された新しい鈴の緒は来週に設置の予定です。 鈴の緒だけでも清清しく、先に付いている御鈴はどのような音がするのか、皆さんもお参りの際に麻賀多様に清らかな音を捧げてみて下さい。 ※ 舞と活動の模様は下記HPからどうぞ 舞動禅 https://budo-zen.tokyo/ |
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| うぐいすかずらの実 [令和8年6月5日] | |
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台風が過ぎ去ったものの、お日様はどこ?って感じの空模様が続く佐倉。西から順番に梅雨入りをしており、関東の梅雨入りも近いと言う事でしょうか。 昨日は境内に散らばった落枝落葉の片付けでほぼ一日が過ぎ、それでも大型台風通過にしては通例より全体量が少なかった感がします。 育ちゆく若葉もしっかりと枝に足をつけ、その力強さに植物の「生きる」事への対応性が垣間見られます。 今の時期に境内では2種類の木の実を見ることが出来ます。一つは先日に紹介した桑の実。そしてもう一つが「うぐいすかずら」です。 うぐいすかずら、あまり聞き及びにならないかもしれませんが4月頃にラッパ型の小さな花が咲き、5月中旬頃からこれまた小さな赤い実が生ります。 境内では摂社の三峯神社前、東参道から境内に入って右側直ぐに自生しており、ひょろっとした樹が地面よりいく本か生えております。 このひょろっとした樹が数本出ている種類を灌木と言いまして、そのうぐいすかずらは スイカズラ科で日本固有種。ですか、洋名はないそうです(あるかもしれませんが・笑) 小さな赤い実は食用にもなり甘酸っぱく美味しいのですが、収穫量が少ないので一般流通には的しません。なので身近な植物ではあるものの、可愛い名前も知られていないのかもしれませんね。 こちらの親戚筋は結構有名なのをご存知ですか?正式名称は「くろみのうぐいすかずら」と言い、その認知度はうぐいすのそれと同じですが、北海道では「ハスカップ」と呼びまして、あゝ!!と膝をつく方も多いのでは。 一つお気をつけて頂きたいのが似た非なる物が存在しているといく事。それは「たいさんぼく」でして、うぐいすかずらと似た実が生り、その実に有毒性が確認されておりますので悪しからず。 うぐいすかずらの由来は、たくさんの細い幹が鶯の隠れ家になっているからというもので、当社のでは鶯は丸見え状態でしょうが、花から実へと季節が移ろう今の時期には神社近隣では鶯がよく鳴いています。 よく晴れた日に日に、鶯の鳴き声と小さな赤い実は良く似合います。梅雨の到来で鶯の鳴き声も久方になるのでしょうか。 |
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| 房州びわを頂きました [令和8年6月4日] | |
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暴風域を伴って本州に接近した台風6号。正確には和歌山県に上陸しており、6月に本州へ上陸したのは昭和26年(1926)からの観測で4回目。 意外と言うか、温暖化が叫ばれる前にも気まぐれな台風もいたんだと、台風一過の青空ではない空を見上げている宮司です。 台風一過とは文字通り台風が過ぎ去った後の空模様の事で、一般的には雲一つ無い青空に強い南風が入るので、気温が急上昇するのを指します。 今回は先述のように曇り空で、北風が入っているのか肌寒く感じます。まだ朝早いのが理由かもしれませんので、これからの気温の変化にはお気をつけ下さい。 お陰様で境内にも大きな被害は見当たりませんが、神社関係者のSNSを見ると、境内樹の倒木が多くアップされており、側から見ると健康な木でも内部では腐りが入っている事の怖さを感じます。 今回の台風は日本列島に大雨をもたらしましたが、からから天気が続いたのでダムの貯水率は上がったかな。 2、3日前の話になりますが、禰宜画伯が所属する千葉県女子神職会の先輩より南房総市産の「房州びわ」を送って頂きました。 平成の大合併により20年前に誕生した南房総市は枇杷の一大産地で、栽培は宝暦初年(1751)に旧富浦町で始まったとされます。 当時の琵琶栽培としては北限らしく、それにおいても傷付きやすい枇杷のを大消費地である江戸まで海運で運べたのも栽培を拡大出来た理由かもしれませんね。 いただいた枇杷は袋が一つ一つに袋が掛けられており、丁寧に育てて収穫されたのが解りますが、これは風雨や強い太陽光、また害虫から枇杷の実を守るためで、大正4年かり始められたんだそうです。 南房総産の枇杷は4月あたりがハウス栽培物が出荷され、今は路地物が最盛期となっております。 なので昨日の台風6号の通過で被害が出ていないか、丸丸した枇杷を食べながら、美味しくも彼の地を心配したのでした。 早春の苺から始まり、枇杷と西瓜そして梨と我が千葉県は果物の季節が続きます。 地産地消は千産千消。農産水産物に恵まれた千葉県。その恵みと農家さんと漁師さんに感謝して、もちろん御恵みを頂く神神に祈りと重ねての神恩に有り難く。 |
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| 台風6号通過中 [令和8年6月3日] | |
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ネット配信では台風6号の記事に混じって、日経平均株価の上げ幅が一時2000円を超え、初の68,000円台に突入と、このご時世に景気が良いのか悪いのかよく判りませんね。 そして1ドル160円に再突入。輸出企業は良いのでしょうけれども、原油を始とする輸入品の価格がさらに上がる。 そして余り質の宜しくない外国人旅行者も増える。さて、どうしたものかと思う宮司でございます。 外から聞こえる雨の音。朝よりもだいぶ落ち着いてきましたので、台風6号からの雨雲の中心部は佐倉を抜けていったと思われます。 ただ予報ではこれから風が強くなるとあるので、境内樹の落枝落葉が気になるところ。 昨日の七峯でも書きましたが、台風襲来を前に智勇権禰宜がいろいろな物を片してくれたので、物質的被害は今のところ出ておりません。 考えてみますと、木造社務所では長尺なものは仕舞えず、取り外してもなるべく風の来ないところに置くほか無かったので、風雨により汚濁をする事が多々有りました。 新社務所は「ここが自然災害で壊れたらまわりの種物は何も残っていない」くらい堅牢に作られており、当然暴風でも揺れもしません。 ただ硝子面が多いので、そこに風で飛ばされた落枝が当たるとそれなりのダメージが発生することも考えられ、養生テープで飛散防止をする事も想定しております。 今回の台風対策として、拝殿の向拝柱に掲げてある社名提灯も外しました。 布製の提灯が経年劣化したので、今は御旅所用の提灯を仮に使っており、ビニール製なので保護のために外したんですよ。 流石に今日はお参りも少なく、社務所に来た方も3名ほど。この風雨で良くいらっしゃったもんだと感心をしておりますが、無事に帰路に就かれたでしょうか。 途中、総代会の用事で振り込みがあったので、神社から150メートルほどの位置にある千葉銀行佐倉支店へ行って来ました。新町通りには人っ子一人おりませんで、皆さん安全対策で巣ごもりですね。 台風は雨雲が去っても、吹き返しの風が強くなる傾向があります。どうぞ、暫くは安全のために待機をされ、河川や田圃の様子は見に行かないで下さいね。 |
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| 若宮様のお引っ越し [令和8年6月2日] | |
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台風6号が勢力を強めながら本州に近づいております。沖縄や奄美ではかなりの降水量だったと、朝のニュースでやっておりましたが、本州ではどうなのでしょうか。 九州南部には梅雨前線も掛かっておりますので、猛烈な雨にならないことを願うばかりです。 5月29日から「新たな災害気象情報」の運用が始まりました。大雨や土砂災害等の情報が5段階の警戒レベルと一体化され発表となります。 以前の災害気象情報に改められたのはそう昔じゃないはずですが、それでも気象を原因とした災害のレベルの変化が大きいと言うことですね。 関東には明日最接近をする模様で、千葉県には上陸する可能性も出て来ました。 智勇権禰宜が境内や神社駐車場をまわって幟旗を回収したり、大絵馬を移動させたりと大忙しで動いております。 明日は拝殿の御扉は閉めたままとし、御祈祷も休止。社務所は通常通りですが、お参りは台風が過ぎ去った後にお願いしたく思います。 因みに明日は香取神社連合会の役員会が上野精養軒で開催予定でしたが、こちらは中止で書面決裁との連絡が来ました。 大阪では天満宮の全国組織である梅風会が同じく開催でしたが、こちらも中止となり、神社関係者のSNSでは情報が飛び交っておりました。 段々と風も強まってきた佐倉ですが、今日も境内摂社の若宮稲荷神社移転工事が、大崎石材店により進められております。 基礎工事が終ってその上に基壇を積んでいきまして、その上に社殿を乗せるのですが、以前の鎮座地から移動した際に解ったことで基壇が1段分、土に埋まった状態なのが判明しまして、その部分と基礎を合せた分だけ高くなりました。 社殿は単管パイプで枠組みされてから、クレーンで吊り上げて石材を運ぶクローラ運搬車に乗せて本殿裏を移動。 映像で撮るとなかなかにシュールなものなのですが、大崎さんの仕事は丁寧なのでそこには突っ込まない宮司です・笑 今日中に社殿の移動と設置は完了しまして、神様に移動完了の祝詞を奏上する正遷座祭は来週に齋行する予定です。 |
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| 素敵なご夫妻と出会う [令和8年6月1日] | |
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今日から6月。水無月の月次祭を齋行し、玉体の御安寧と皇室の弥栄。国の繁栄と氏子崇敬者各位の平穏を祈念しました。 また世界各地で続く戦争や紛争の終結も合せて願うのですが、願ってばかりも行かない時代に入り、国防に携わる方々への感謝も忘れてはいけませんね。 6月というと年前半の締めとなりまして、晦日には夏越の大祓が行なわれます。 半年にわたって身についた罪穢れを人形(ひとがた)にのせ3回息を吹きかけ、それを持って茅の輪をくぐる神事です。 今日のSNSでは各神社で茅の輪が立ったとアップされていましたが、当社でも昨夕に立てて今朝にお祓いをして潜れるようになりました。 人形の受け付けは社務所で行なっておりますが、詳細は当HPの「お知らせ」をご参照下さい。 新社務所竣工式を納めて、翌日の昨日から各所への挨拶回りが始まりました。 そのうちの一つ、いつもお世話になっている新寿司さんへ感謝状と式典の手土産を持参したときのこと。 はいと手渡しして帰るものでもありませんで、そのまま一席となるわけです。 こちらは地元の常連さんが入れ替わり立ち替わりというお店。式典に参列頂いた方も顔を出しており、その方々へのお礼もそうですが、式典欠席の方にも内容をお話しすることが出来ました。 カウンターに座った宮司。板さんから隣のお客さんを紹介して頂いたのですが、なんと円谷プロのウルトラマンシリーズに出演していた俳優の沖田駿一さんだったのです。 そのシリーズは宮司の生まれた昭和47年(1972)の放映なので、オンタイムでは見ておりませんが再放送では何度も見ておりますので、びっくりというか嬉しいというか。 そこに奥様も到着して色々とお話をしていくうちに、神社へは良くお参りに来られているそうで、散歩では市内の広いエリアを歩いているんだとか。 新社務所建築の進み具合や宮司宅の藤の花など、沢山お褒めの言の葉を頂きました。 芸能界や国内外の旅行の話も沢山してくれ、宮司からは神社の歴史や佐倉の見どころ。そして伊勢の神宮についてご質問のかぎりにお答えしました。 とても素敵なご夫妻で、またの再開をお約束してその場を後に。次回にお目に掛かるときはどんな話が聞けるのか、今から楽しみです。 |
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| 新社務所竣工式開会 [令和8年5月31日] | |
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昨夜は久し振りに鯨飲をした宮司。新社務所竣工式に金沢から駆けつけてくれた石浦神社の長谷吉憲宮司と、京成佐倉駅近くのスナックグリーンタイムで時を忘れてグラスを傾けました。 新社務所の竣工式にあたり、藩主家代理として佐治洋之助様。西田三十五佐倉市長、田宮寿人衆議院議員、伊藤昌弘県議会議員を始め多くのご来賓。赤誠のご奉賛を賜った特別奉賛者の方々。 当社の御例祭をさせてくれている佐倉の秋祭実行委員会を始とする祭礼関係者の参列を賜り、式典を開催することが出来ました。ここに改めて感謝を申し上げます。 今日は午前中に帰幽一年祭と五十日祭の奉仕があり、お昼休憩を頂くもそのまま寝落ちと、智勇権禰宜と巫女さん達にはご迷惑を掛けました。 午後2時くらいから再始動をしまして、昨日の片付けと会計関係を処理。 さて、七峯はいつ書こうかと思ったところ、昨日も式典の模様を撮影してくれた当社の映像管理者である官林春奈さんが、SNSにアップをしてくれたのでご本人了解の上、掲載を致します。 「今日は、麻賀多神社の新社務所竣工式に記録係として参列させていただきました。 新しく完成した社務所の祈祷待合室で、修祓、玉串拝礼から式典が始まりました。 竣工式というと建物の完成を祝う場ではありますが、今日はそれだけではなく麻賀多神社という場所にまた新しい時間が始まる日でもあるのだと感じました。 式典では佐倉囃子の奉納演舞もありました。 新社務所になってから、私はすでに何度もこの音色をここで聞いています。新しい建物にお囃子の音がもうすっかり馴染んでいました。 来賓挨拶では、佐倉青年会議所の大先輩でもある森田設計事務所の森田先輩がこの建物についてお話しくださいました。 この場所には佐倉市指定有形文化財である麻賀多神社の大神輿があり、その両側には佐倉藩ゆかりの甲冑も飾られており、新しい社務所の中に佐倉の歴史がそのまま置かれているような光景です。 地域の大切なものを守り、いざという時には人も受け止める場所だからこそ、この新社務所の頑丈さにはちゃんと理由がある。 そんなお話を聞きながら、地域の歴史やこれからの安心まで考えられて、尚且つ洗練されたデザインで設計されている森田先輩のすごさを、あらためて目の当たりにするのでした。 竣工記念奉納では、氏子崇敬者代表の内田さんより、勾玉が16個連なった手作りの貴重な首飾りが奉納されました。 また、金沢石浦神社から長谷宮司もご参列されて、石浦神社のマスコットキャラクター「きまちゃん」があしらわれた杖が奉納されました。石川県の伝統工芸品である真田紐も結ばれていて、佐倉に金沢からのご縁が届いたようでとても素敵でした。 直会では私の席も設けていただいてしまい、ありがたく参加させていただきました。佐倉青年会議所の先輩方や、いつものかとー会の加藤先生、衆議院議員の田宮くんとも久しぶりにお話しできて、あらためて佐倉という場所のつながりを感じる時間でした。 こういう場にいると、佐倉には佐倉の積み重ねがあり、人の関係があり、続いてきた時間があるのだと感じます。 そして私は明日からまた福島です。 活動をともにする仲間たちは能登へ。 今年の夏は、三ヶ日町から受け継がれ佐倉で打ち上げ続けた手筒花火を福島・双葉町の空へ復興祈願をこめて打ち上げるべく進めております。佐倉の皆さまにもぜひいまの双葉町に訪れていただきたいです。 地域に何を残し何を新しく始めていくのか。 場所は違っても守るべきものは同じなのかもしれません。 麻賀多神社新社務所の竣工、誠におめでとうございます。」 いつもと文調の違うのもまた一興でして、宮司は官林さんのSNSは「文が長い」といつも言っているのですが、今回は宜しいと言うことで・笑 昨日の竣工式で新社務所建設関連の大きな行事は納めとなりますが、奉賛記念品の奉製が進行中で建設事業会計の締めも残っております。 もうひと頑張り!! |
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| わんぱく相撲と人口減少 [令和8年5月30日] | |
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本日午後4時より、麻賀多神社新社務所竣工式典を開催致します。 先日24日に神社役員揃っての竣工奉告祭を齋行したので、今日は祝詞奏上などはなく開会前に修祓をして、大神輿におわします麻賀多様の分御霊に玉串奉奠を致します。 準備も済んで、開会30分前の点検までに急いで七峯を書いている宮司です。式典後には直会があるので、その後には七峯は書けませんものね・笑 今日は大安の土曜日。外祭の予定はありませんが御祈祷が午前中に続いて、祈祷番の智勇権禰宜が額に汗して頑張ってくれました。 その智勇権禰宜と相談していることがありまして、これからまた暑くなる中で御殿での祈祷奉仕には限界が感じられる事が多くなりました。 先述の大神輿には麻賀多様の分御霊がおわしますので、余りにも高温の時には大神輿の前で御祈祷を行なうのも一考。正式に決定しましたらご報告をアップしますね。 外祭は入っていませんでしたが、公益社団法人佐倉青年会議所主催の「わんぱく相撲佐倉場所」の土俵清祓に出向しました。 今回で30回を迎える佐倉場所。宮司も数年前に卒業したOBですので、現役時代は運営に当たりました。 わんぱく相撲は小学4年から6年生の学年別のトーナメント戦。優勝すると県大会に出場の権利が生まれ、そこで勝ち上がると両国国技館での全国大会まで行ける大会なんです。 宮司が現役の頃は各学年50名以上の参加があり、朝から夕方に至るまで相撲が取られていました。 今はというと、今年はなんと参加者全員で35名。少子化と相撲人口の現象が背景に有るのは言うまでもありません。 開会式は12時に繰り下げとなり、そこから3時間ほどで閉会式。あっという間に片付けです。 でも現役も考えて下りまして、午前中は3年生以下を対象としたちびっ子相撲教室を開催していて、次世代のわんぱく力士の育成に力点を置いているのは素晴らしいですね。 今日の新聞各紙の一面は、昨年行なわれた国勢調査の人口について取り上げていました。 令和7年10月1日時点で外国人を含めた日本の総人口は1億2304万人で、前回の調査より309万人減少。 47都道府県では東京都と沖縄県以外は全部減少で、大正9年(1920)の第1回国勢調査から当地千葉県と埼玉県が始めて人口減となりました。 今の日本、人口が増える要素が見当たりませんが、だからといって不足分を外国人で穴埋めするという安易な流れはどうなんでしょうか。 一時期は大相撲もモンゴル出身力士ばかりになり、それが相撲離れを起こした理由とも言われました。 わんぱく相撲の地方場所も1つの青年会議所だけではなく、いくつかの青年会議所での合同開催も視野に入る時代なのかもしれません。 |
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| 燕の巣作り [令和8年5月29日] | |
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麻賀多神社の境内で毎年行なわれる阿含宗千葉道場の神仏両界護摩法要。七峯でも度々アップをしておりますので、ご存知の方も多いと思います。 今月17日には新社務所の竣工を記念して、大掛かりな神仏両界柴燈護摩法要が行なわれ、境内はいっつもと違う雰囲気となりました。 神恩への感謝と麻賀多神社氏子を中心とした佐倉市民の平穏と安寧、そして祖先の恩への感謝と、阿含宗の皆さんは祈りを捧げてくれます。 当社との繋がり、実務や連絡には幾人かの方々が丁寧にして頂いており、感謝に堪えないのですが、その中のお一人が一昨日に逝去されました。 昨夜その連絡を頂いたとき宮司は全身に鳥肌が立ち、未だに信じられない気持ちでいっぱいです。 あの笑顔、裏方でも何でもこなして、兎に角人の繋がりを大事になさった。今はただ御霊の安らかである事を祈ります。 ここ数日、既に建っている住宅関連の出張祭典が続いており、今日は建売住宅への入居清祓を奉仕致しました。 話は昨日の外祭になるのですが、中古物件のリフォームのお祓いを奉仕したと昨日の七峯に書きました。 そのお宅の玄関ポーチの上には燕の巣があり、それもまだ泥が乾いていない状態のものだったのです。 なので巣のまわりのコンクリート部分は湿っており、主はお留守の様だったので巣の材料となる泥を取りに出掛けているものを思われます。 燕はスズメ目ツバメ科ツバメ属に分類されまして、繁殖期の春から秋にかけては私達の身近なところで生活をして、冬には南に越冬する渡り鳥です。 その容姿などは皆さんご存知の通りですので割愛をしますが、人家の軒先などで子育てを終えると葦原等で群れの生活をするんですよ。 余り想像が出来ませんが、数千から数万羽の群れも観察されたことが有るそうです。ちょっと怖いかもですね。 燕は主に虫を食しまして、田圃で稲を食う害虫もそれにあたるので、益鳥としても活躍をしています。 それにあやかってからか、全世界的に好感度の高い鳥で、日本では米を食べる雀は食用となりますが、燕はほぼ食べません。 ほぼというのは、やむにやまれぬ理由が有るときで、通常ではない場合ということです。 そもそも通称「鳥獣保護法」でも狩猟鳥獣に入っておらず、これに違反すると同法律によって罰せられるので気を付けましょうね。 先程も書きましたが、人家の軒先に巣を作ることが多く、家を守ると言うことで縁起の良い鳥とされています。 土間のある家によっては、玄関の上の硝子窓を子育て期間中に開けているお宅もあったり、毎年の飛来を楽しみにしている方も多いです。 ただ、巣から落ちる糞害を忌避するため、巣を撤去するお宅もあったりと、燕の住宅事情も難しいようです。 昨日伺ったお宅、祭典を納めて玄関を出ると主が帰ってきており、せっせと巣作りを続けておりました。可愛い雛が顔を覗かせる日も近いかな。 気が付けば2日前の七峯も燕を取り上げておりましたが、今日は鉄道と野球の話は無しと言うことでお仕舞い。 |
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| 若宮様の基壇工事中 [令和8年5月28日] | |
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今日は午前中に解体とリフォームのお祓いが続いて、その足で責任役員宅に明後日開催する新社務所竣工式の式次第を順番に配って、あっという間にお昼となりました。 基本、一日朝夕の2食生活の宮司でして、お昼の時間を使って月末の支払いなどで金融機関まわりをして、帰社をしてからまた竣工式の準備。 午後4時から新社務所の施主(宮司)と施工と設計監理と現場監督が集まっての打ち合わせがあり、気付けば社務所を閉所する時間。 今月はなんでこんなに忙しいんだろうと思いながら、来月はもっと神社をするにする時間が増えますので、ご用件の方は社務所在住の職員に用向きをお伝え願います。 新社務所北側では摂社の若宮稲荷神社が仮鎮座地よりお戻りになるための準備が進められており、隣地との境に設置する竹垣の工事が済んで、今は若宮様の御殿が据えられる基壇の工事が大崎石材店により行なわれています。 若宮稲荷神社は新社務所が出来る前迄、基壇工事の場所から1メートル強、南側に鎮座しており、本殿東側に仮遷座した後に基壇を解体すると1段ほど地中に埋まった状態が確認されました。 今回は基壇全てをコンクリート基礎の上に設置する設計なので、完成後は以前よりも全体で30センチ程高くなる予定です。 30センチというと高さに変わりがないように思われますが、御扉がある大床は基礎から1,7メートル程になるので、お供えをする際には気を付けなければいけません。 早ければ来週あたりに若宮稲荷神社の御殿が移動となり、その後に植栽をして正遷座際を齋行する予定です。 |
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