七峯の丘から

冬季神御衣祭斎行 [令和8年11月2日]

「右御扉の開扉」

「夏装束を下げます」

「冬装束と入れ替え」
 今日、日本の行政組織として新たに防災庁が立ち上がりました。これは石破政権時に構想されたものを現高市政権が継続して本日に至りました。
 自然災害が多い我が国、特に地球環境の変化により激甚災害が増えているのは、なにより私達千葉県民が身をもって体験をしました。
 初代防災大事には細野豪志氏が就任し、早速「事前防災の徹底を求める緊急要請」を出し、災害発生初期に対する備蓄に関しての内容です。
 同庁のHPにはロールプレイング形式の防災啓蒙プログラムも開設されており、宮司も試してみました。
 宮司の小中学校時に教わったことも、今では機器などの発達により古い情報となっている事も判り、皆さんにも試して欲しいです。
 下記にHPを貼っておきますので、是非覗いてみて下さい。
 昨日から11月となり月次祭を齋行しましたが、当社では5月と11月の月次祭時に合せて神御衣祭を齋行しております。
 神御衣(かんみそ)とは神様の御衣の事で、5月1日は夏季神御衣祭、11月1日は冬季神御衣祭として神様の衣替えを行ないます。
 神御衣が納められている場所は本殿の右御扉内で、桐の衣装箱に季節の神御衣と袴、また腰巻きや足袋も納められています。
 今回は夏の神御衣から冬の神御衣に取り替えとなり、布の織りも紗(しゃ)から綾織物(あやおりもの)。色目も寒色から暖色となりこれから寒くなるに連れても麻賀多様には暖かく御鎮まりになられます。
 有職故実では立夏立冬をもって衣替えとなりますが、今年の立冬は今月7日なので少し早い衣替えですね。
 神職も神御衣祭が済んだ後に装束などの衣替えとなりますが、季節の変わり目は気温も定まらないので、暫くは夏と冬の両方を取り合わせて着装を致します。
 ここで大事なのが夏装束の仕舞い方で、やはり夏は汗をかくので確りと陰干しをして汗を抜いてから冷暗の装束棚に仕舞い、来年5月を待つのです。
 因みに画像にある御扉の開扉ですが、拝殿から見たら左の御扉。しかし本殿は神様から見ての左右なので、右御扉となるのです。
 これは京都の地名と一緒で、御所におわします帝から見て右京と左京になるので、京都駅から見ると逆になるのですね。

防災庁HP
https://www.bousai.go.jp/
 
神のお立ちと金沢LC70周年 [令和8年11月1日]

「六崎妙見神社」

「大直会」

「金沢LC式典」

「一週間ぶり・笑」

「朝食は駅そば」
 11月になりました。霜月の月次祭を奉仕して、玉体の安寧と呼応室の弥栄。国の繁栄と氏子崇敬者各位の平穏を祈念致しました。
 また2度にわたる水害で被害を受けた地域の、更なる復旧と復興も合せて御神前に頭を垂れました。
 宮司は今朝の7時3分金沢発の北陸新幹線かがやき号に乗りまして、東京からは特急しおさい号に乗車し10時50分に帰倉しました。
 昨日は宮司が所属する佐倉ライオンズクラブ(LC)と友好クラブである金沢ライオンズクラブの創立70周年記念式典と祝賀会が、金沢駅前のホテル日航金沢で行なわれ、佐倉の仲間と共に参列をして来ました。
 丁度一週間前、佐倉LCも創立60周年記念式典を行なったばかりで、その際にも金沢のメンバーが来葉。こんなに近近で会えるのもご縁なのだと思います。
 金沢LC、もう七峯では超が付くほどの有名人である金沢石浦神社の長谷宮司もメンバーでして、今月に入って長谷宮司とは会うのは4回目。
 今回の水害に対しての協力、また麻賀多神社の御例祭では3日間全てに境内で出店をしてくれ、大神輿の渡御にも石浦神社のきまちゃんと一緒に付いてくれました。
 大人になると実の兄弟でもこれほど頻繁に会うこともないので、宮司としても本当に有り難く思います。
 さて、10月末には大事な祭典がありまして、それは「神のお立ち」。各神社に鎮まります神様方の別神霊が出雲に出発されるのを表わします。
 当社では神職のみの祭典でお見送りを致しますが、兼務である佐倉市六崎の妙見神社では町内をあげてのお見送りで、かなり賑やかに行ないます。
 今年は宮司が金沢入りをしておりましたので智勇権禰宜が斎主を務め、無事に出雲へ御出立なされたと報告が入りました。
 六崎の神のお立ちは子供達が主体となって行なってきたんですよ。なので、祭典後の直会は役員さんが作った焼きそばなどをみんなに配ったり、後片付けも確りと行ないます。
 こういう行事に親しみ役を行なう事で、秋の御例祭はもちろんご近所付き合いも出来るし、顔を見知っていることで防犯にも繋がります。
 本暦(旧暦)の10月、出雲大社では全国神様会議なるものが行なわれ、氏子さん達のご縁結びなどが話し合われます。
 今年はどんなご縁を結んで帰ってくるのかな。未婚率が高い世の中、八百万の神様方、何とぞ宜しくお願い致します。
 
穏やかに七五三スタート [令和8年10月31日]






 電源が落ちるのを誤魔化しごまかし使っていた宮司家のテレビ。お祭りの最中に完全に逝ってしまい、今は音声のみ流れますがこうなってはもう無理でして、かと言ってテレビがない生活に慣れたのかあまり不便も感じずにおります。
 アナログですが毎朝は新聞3紙に目を通して、その他はネットニュースで用も足り、見逃し配信を使えばもうテレビはモニター機能があれば良いかもとも。
 そうしたら契約しているケーブルテレビはどうするんだ!?という新たな問題もありまして、やはり地元の神社としてはそこは外せない。
 そうだ、ケーブルテレビは宮司家から新社務所に繋げ直せば活かせるのではないか、今はその検討中であります。
 今日は本当に穏やかな天気。澄み渡る青空に風も殆どなく、日向では半袖でも良いくらいな気温でもあります。
 今年の神の月も今日が仕舞い。大安の土曜日なので七五三詣や初宮詣が続いていますが、御祈祷のスタートは10時頃からとゆっくり目。
 当地佐倉市も人口が17万人を切りまして、少子化の影響もおり七五三のお参りは年を追って少なくなる傾向にあります。
 11月のピーク時には一日100件近い御祈祷もありました。今思うとよく回せたなと当時を振り返りますが、神社専用駐車場が出来る前の11月中の土日祝日は神社近隣の道路が大渋滞をしていたらしいです。
 今は神社専用駐車場に合わせて佐倉城址公園自由広場や新図書館の夢咲くら館駐車場も整備されたので、問い合わせの際にはそちらもご案内をしております。
 今年はどれくらいのお参りがあるんだろう。少子化とは言え佐倉藩総鎮守のお宮として、格式を持って祝い子さんとご家族を迎えたいと思います。
 
令和8年印旛支部神宮大麻暦頒布始祭 [令和8年10月30日]

「支部長玉串奉奠」

「神宮大麻暦の授与」

「祭典を納めて」
 一日の気温差が10度を超える日が多くなってきましたね。日中でも午前と午後では随分違いますので、こうなると着る物に困る。
  普段、宮司と智勇権禰宜は佐倉の秋祭り実行委員会で作った黒のTシャツを着ているのですが、もうそれだけでは寒い。
 かと言って重ね着をするほどでもなく、そして長袖だと首筋がこってしまう性質の宮司。やはり貰い事故の古傷が響いているのかな。
 昨日午後4時より当社に於て令和8年千葉県神社庁印旛支部神宮大麻暦頒布始祭が齋行されました。
 神宮大麻とは伊勢の神宮の御神札のことでして、そもそも「大麻・たいま」とは神社の御札を表わすのです。
 決して麻薬ではありませんし、大麻を国語辞典で引くとまず最初に「伊勢神宮の御札」、次に「神社の御札」とありまして、3番目に麻薬とあるので、興味の有る方は国語辞典を開いてみて下さい。
 神宮大麻は毎年9月に神宮の内宮神楽殿で神宮大麻暦頒布始奉告祭が齋行され、その後に各都道府県の神社庁で。そして神社庁の各支部で祭典が齋行され、各神社で頒布が始まります。
 昨日の祭典は斎主に成田埴生神社の宮崎宮司、副斎主は富里香取神社の篠原禰宜が就き、宮司は印旛支部長の立場で参列を致しました。
 祭典には支部内神職、また千葉県神社庁より北山庁長、千葉県神社総代会印旛支部より押尾会長他役員が参列。
 代表者がそれぞれ玉串奉奠を行ない、祭典後に神宮大大麻と大暦が斎主から支部長へ。そして支部長から押尾会長へと渡し、印旛支部内での今季頒布始と致しました。
 直会は場所を新寿司に移し、神宮大麻の増頒布と年末年始の神明奉仕を無事に納められるよう、鋭気を養い懇談を行ないました。
 支部の頒布始祭が済むと一気に年末モードに入る神社界。今年も残すところ2ヶ月強ですので、宮司も改めて気合いを入れつつ先ずは風邪を引かないように致します。
 神宮大麻はお家のお伊勢様。新年には神宮大麻と氏神様の御神札をお祀り致しましょう。ご不明な点は社務所まで、お気軽にお問い合わせ下さい。
 
大量の真榊を奉納頂きました [令和8年10月29日]

「まだまだ序盤」

「良い玉串です」
 国会では衆議院議員の定数削減を巡って、与野党がその数を巡り協議というか駆け引きが続いております。
 宮司は現高市内閣を支持しておりますが、議員定数削減に関しては余り納得はしておりません。
 今回は自民党と日本維新の会との連立協議の中で合意されたものを立法化するのですが、人口減の日本に有っても都市部と過疎地域の人口差は開くばかりで、それに1選挙区の面積なども勘案するのが筋では無いかと思っております。
 千葉県内においても1つの自治体を分割しての選挙区もあれば、南房総地域では選挙期間中に候補者も誰も入らないような所もあるのです。
 今回は比例代表枠の31議席を削減することで自民・維新、そして国民民主党が合意したと今日の朝刊一面にありました。
 選挙区をいじらないのが良いのか悪いのかは判断が付きませんが、衆院選における比例代表自体の見直しも必要だと思います。
 どこに落としどころを見つけるのか、選挙だけに落としどころなんてとは思いますが、多くの選挙民が理解が出来る制度にして欲しいと思います。
 昨日までの強風もすっかり止んで、境内は落葉と落枝がワンサカ。朝から宮司と佐藤出仕とで2時間ほど掛けて大掃除を致しました。
 その間、智勇権禰宜はなにをしていたかというと、昨日に氏子さんから奉納頂いた大量の真榊の整理に奮闘しておりました。
 榊には大別して2種類有ると以前の七峯にも書きましたが、葉の回りにギザギザがあるのが山榊で、ギザギザがなく葉が一回り大きいのが真榊です。
 今回は軽トラックの荷台1台分という過去最高量の奉納でして、お榊持って来たよ!!と軽トラックまで着いていった時にはビックリポンコ状態の宮司でした。
 神事と榊は切っても切れない、そもそも木偏に神と書いて「さかき」ですので神様事の木。
 さてどのように活用するのが良いのか考えますに、祭典での玉串はもちろん、毎月朔日におわかちする「ついたちお榊」に使わせてもらう事に致しました。
 よくよく考えてみると今日は29日ですから、後3日程で11月1日。真榊は丈夫で枯れにくいので3日後でも充分確りした状態を保てます。
 尚且つ今日は当社で千葉県神社庁印旛支部神宮大麻暦頒布始奉告祭が齋行されますので、その際の玉串にも使わせて頂きたく思います。
 
居木神社の森田宮司来社 [令和8年10月28日]

「晴れ晴れ」

「正式参拝」

「金沢土産」
 強風が吹き荒れている佐倉ですがお空は快晴。今日28日、気象庁は東京地方で木枯らし1号が吹いたと発表しました。
 昨年に比べて6日早く、10月に木枯らし1号が吹くのは9年振りとウェザーニューズで伝えています。
 また近畿地方でも同日に木枯らし1号が吹いたそうで、西高東低の冬型の季節風ですので気温の急激な低下には気を付けましょう。
 因みに東京地方の木枯らし1号には定義がありまして、10月半ばから11月末までの間に西高東低の冬型の季節風が西北西から北向きで、最大風速が8メートル以上なんだそうです。
 近畿地方にも定義がありますが、いつも通り枕が長くなるので、そこは調べてみて下さい・笑
 今日の宮司は朝一で井戸埋のお祓いを奉仕して、その場所に向かう途中、東京大崎に鎮座する居木神社の森田義巳宮司から着信がありました。
 その後にメッセンジャーで「麻賀多神社にお参りに来ています」と。車を寄せてすぐに社務所に電話を入れまして智勇権禰宜に伝えたのですが、境内を見回しても姿は無くとの返答。
 もしやと思い神社の住所を森田宮司に送りましたところ、案の定で成田市台方の麻賀多神社に行っていたという。
 井戸埋のお祓いも早めに済んだの急いで帰社し、車を降りたところで森田宮司と会うことが出来ました。
 早速昇殿頂き正式参拝を行なってから新社務所内と大神輿の説明をしまして、その後は四方山話に花が咲きました。
 森田宮司とお呼びするより「森田先輩」と呼んだ方がしっくりきまして、青年神職の集まりである神道青年会の時代からよく面倒を見て頂きました。
 また今回の新社務所建設に当たっては、居木神社の社務所も見学させて頂き色々と参考にさせて貰いまして、その成果をご覧頂けたと思います。
 居木神社の御由緒や盛大なお祭りの様子は下記HPをご参照頂きまして、当社の次は匝瑳市の水神社をお参りするとのこと。
 相変わらずアクティブな先輩であり、宮司が尊敬する先輩の一人でもあります。
 そうそう、禰宜画伯は昨夜無事に帰倉をしまして、お土産は北陸名物の「ビーバー」。今夜のアテに致します。

居木神社HP
https://irugijinjya.jp/
 
今日も雨降りで雑感 [令和8年10月27日]

「今日は戌の日」

「とどまってくれ!!」
 ヨーロッパでの暴動が酷いですね。元元はフランスの高校生が教育環境の改善を訴えて始まったものですが、今ではすっかり略奪のやり放題。
 そこに掲げられている旗はフランス国旗ではなく移民が持ち込んだものでして、それと同じ旗が日本国内行なわれたデモでも掲げられている映像などが沢山流れています。
 自分達の文化を守るのは大切なことですが、他国に来たら先ずはそこの文化を理解するのが大事であって、余所から持ち込んだものに日本が合せる必要はありません。
 多文化共生なる文言をよく目にするようになりましたが、今世界で起こっているのは共生でではなく異民族が自分達の文化や習性を押しつける強制です。
 日本がヨーロッパのようにならないために、そしてヨーロッパが元の国柄に戻れるよう願っています。
 台風30号からの熱帯性気圧と秋雨前線で3日続いての雨降りな佐倉。なんだか1ヶ月半降ったあの頃を思い出すようで、少し気が鬱状態になりますね。
 ただ予報では明日は降水確率0パーセントで快晴。快晴と言うことは朝晩は放射冷却現象で冷え込む事が予想されますので、掛け布団など薄手でもいいので一枚増やしてみましょう。
 今日の宮司は午前中に帰幽五年祭の奉仕をして、午後からは事務仕事をキッチリ行ないました。
 祈祷番は智勇権禰宜でしたが、昼食を宮司宅で取っていた際に当日受付の御祈祷が入りまして、急遽宮司が祈祷番を致しました。
 禰宜画伯は金沢出張で今夜帰倉しますので、JR佐倉駅付近でお出迎えしようかな。出迎える前に出来上がっているかもしれませんが・笑
 神社からJR佐倉駅に向かう途中にある薬師坂。ここは大神輿の渡御路にもなっていますが台風25号の大雨で一部崖崩れが発生しました。
 今は応急処置が施されておりまして、ただいつ崩れてもおかしくない状態なので、通学路でもある事から擁壁にするなどの抜本的な工事が必要ですね。市議さんに掛け合ってみようかな。
 
石蕗が見頃です [令和8年10月26日]


 台風30号、九州南部に上陸か!?という予報でしたがいつの間にか予報円ごとなくなりまして、しかしながら秋雨前線に取り込まれたのか明朝まで雨予報の佐倉です。
 昨日は賑やかだった境内と新社務所内も今日は本当に静かで、外出している禰宜画伯が帰社するまで境内には神様と宮司のみ。
 社務室に響くのはパソコンのキーボードの音と、雨音にも負けない鳥のさえずり。これも一興と言ったところでしょうか。
 このところ気温が定まらず、着る物の選びも大変ですよね。衣替えがなかなか出来ません。
 神職の衣替えは立夏立冬で行ないまして、今年の立冬は11月7日。
 当社では毎年5月1日と11月1日に神御衣祭を齋行し神様の御衣替えをしてから神職の衣替えとなりますので、立冬より少し早いですね。
 初冬を彩る花として石蕗があります。石蕗と書いて「つわぶき」と読み、蕗の仲間でキク科ツワブキ属の多年草です。
 境内では東参道を出たところにいくつかの株がありまして、宮司は植栽をした記憶がありませんのでどこからか種が飛んできたのか、鳥の糞に混じっていたのかもしれませんね。
 花は黄色で言われてみれば菊に似ているかも。でも葉の形は全く違いますね。
 石蕗の名の由来はいくつかあって艶葉蕗(つやはぶき)や厚葉蕗(あつはぶき)などと言われており、いずれも「葉」に由来をしているようです。
 新芽の頃の茎は食べる事も可能ですがアク抜きが必要で、これがまた結構な手間が掛ります。食す機会があったら「手間が掛っているんだなぁ」と思い出して下さい・笑
 葉や絞り汁は生薬としても珍重されてきたそうですが、絞り汁はとても苦そうですね。魚の食あたりには催吐剤として使うそうですから、やっぱり苦い。考えただけで口の中が苦くなってきました・苦
 最後に石蕗の花言葉は「困難に負けない」や「謙遜」。今年は色んな事が有った佐倉と神社。御例祭も納めて今の時季に咲く石蕗を見ながら、未だ2ヶ月強有りますが今年を振り返ってみましょうか。
 
お湿りの日曜日 [令和8年10月25日]

「駐車場から本殿を拝す」

「午後から雨」

「令ちんどら焼き」
 今朝、胃に重たさを感じず、朝食も少し減らしてくれたせいかお昼には小腹が減った宮司です。
 昨日の佐倉ライオンズクラブ創立60周年記念式典と祝賀会。今日目を通したSNSにはお褒めの言の葉が沢山上がっており、全国から参集して頂いた仲間たちにも喜んで頂けたようです。
 今後は支払いなどの業務を請け負う会計職がその締めまで頑張ることになりますが、新堀会計は宮司が第55代会長職を務めた際の幹事ですので、滞りなく相済ませてくれることでしょう。
 今日は大安の日曜日。七五三詣や初宮詣など多くのお参りが有ると予想されましたが、やはり少子化の波は佐倉にも及んでいるようで、15年前とでは比べられない数となっております。
 でもね、だからこそ丁寧な奉仕が出来るというものでして、宮司も1件ですが七五三詣の御祈祷を奉仕しました。
 この2日間ばかり余りご機嫌ではない空模様。台風30号の影響が出てきており、今日は午後から雨の佐倉でして、午後3時過ぎにはかなり強めの雨が降りました。
 こうなると一般のお参りもパタッと止まってしまい、社務所の中では手作業が捗りました・笑
 天気が良くないと生き狛犬達もアンニュイな気分になるようで、禰宜画伯から送られてきた画像には布団に入って鼻先を出す令麻(れいあ)の姿が。
 令和元年生まれの令麻。今年で7才となりますが、毛並みとシルエットの美しさは生き狛犬の中でもダントツ。
 年がら年中ストレッチをしており、身体のしなやかさが美しさに表れているんだと宮司は思います。
 しかし今日はどら焼きさんなので、日を改めて美しさ満載の令麻をお届けしたいと思います。
 
佐倉ライオンズクラブ60周年式典 [令和8年10月24日]

「WeServe」

「凄い技の連発!!」

「佐倉囃子の寿獅子」

「気の置けない仲間」
 10月末の土曜日ですが宮司は幕張のホテルスプリングスにおります。結婚式のご奉仕などではありませんで、宮司の所属する佐倉ライオンズクラブ(LC)創立60周年記念式典の設営をしております。
 ライオンズクラブ国際協会は世界最大(?)の奉仕団体と言われ、佐倉の地に誕生したのは昭和41年(1966)2月25日のこと。
 国際協会に認証されたのは同年10月16日で、認証式は佐倉中学校で執り行われました。
 この事は60周年記念誌に載っておるのですが、10月16日って麻賀多神社御例祭の納めの日。
 この頃は元元の例祭日である10月14〜16日でお祭りの行事ごとを行なっていたので、あやかってのことなのか解りませんが、61年前の事なので、既にチャーターメンバーも鬼籍に入りその真相はわかりません。
 記念式典には170名以上の参加を賜り、佐倉LCと姉妹クラブの中華民国台北北区獅子会、また友好クラブの金沢LCよりも参加を頂きました。
 式典に於て夏海優式典実行委員長より60年の歩みに対する感謝の言の葉が述べられ、記念事業の概要が説明されました。
 長谷川智之会長から式典の納めに謝辞が述べられ、60周年を一つの契機として奉仕活動に邁進する強い決意を表明。会場からは大きな拍手が湧きました。
 そしてお待ちかねの祝賀会ではCSA千葉佐倉AllSTAR CHEERの皆さんによるチアリーディングのパフォーマンスマンスが披露され、そのダイナミックな演技に参加者は固唾を吞みつつ魅了されました。
 メンバーは小中学生とのことで、これからの成長が楽しみですね。
 円卓席で宮司の隣は金沢LCメンバーの長谷吉憲さんと墨屋太郎さん。皆さん、どこかで見覚えのある名前ではありませんか?
 そうです、金沢石浦神社の長谷宮司でして、先々週の麻賀多神社例大祭大祭式参列と大神輿の渡御にも参列をして頂きました。
 墨屋さんは境内で来まちゃん団子と北陸の銘酒販売。お二人とは今月3回目の再会と、来週の金沢ライオンズクラブ創立70周年記念式典でもお目に掛るので、今月4回という事です・笑
 佐倉関連のお祝い事に付きものなのが佐倉囃子の演奏と寿獅子。今回も佐倉囃子保存会の平野会長を筆頭に、一軍メンバーで演奏と舞をして頂きました。
 今回の記念式典は祝賀会は一次会として、3次会まで設定してあり、全国から参集頂いたライオンメンバーに千葉の夜を楽しんで頂きました。
 明日は大安の日曜日なので宿泊はせず帰倉した宮司。帰りに佐倉のゆりかご大衆食堂幸龍でラーメンとも思いましたが、後ろ髪を引かれつつお布団に入ったのであります・苦笑