七峯の丘から

加賀の豊年太鼓が鳴り響く [令和8年6月15日]

「新社務所を立体的に使っての演奏」

「見事な筆捌き」

「鵜浦の氏子衆」
 オランダを歴訪中の天皇皇后両陛下。開幕をしたサッカーワールドカップの日本対オランダ戦を、ウィレム・アレキサンダー国王夫妻と王室別邸のヘット・アウデ・ロー城で観戦をされたと、宮内庁のInstagramが伝えました。
 なんと両陛下と国王夫妻は両国のタオルを首に掛けての御観戦で、試合結果は2対2の引き分けとこれまた良きであったと思います。
 タイミングって大事だし、偶偶にしても凄い巡り合わせだなと思います。どんな会話をされて観戦したのでしょうね。
 梅雨に入りなかなか空模様が落ち着きませんが、今日は晴れるまでは行かないにしても、どうにかして天気を持たせたかったです。
 石川県金沢市を中心に活動する加賀豊年太鼓保存会。宮司がその存在を知ったのは金沢石浦神社の例祭で、流行病前からなので10年くらいは経つでしょうか。
 石浦神社、七峯フリークの皆さんにはもうすっかりお馴染みですね。かの長谷吉憲宮司が奉仕するお社です。
 石浦神社は春と秋の年2回、例大祭が齋行され宮司が献幣使として参向をしておりますが、その宵宮祭などで豊年太鼓の奉納演奏が行なわれています。
 加賀豊年太鼓保存会は昭和30年代に設立され、伝統の組み太鼓とそれをアレンジしたもの、そして会員が佐曲した全く新しいものを組み合わせて演奏します。
 今回はそこに同県七尾市鵜浦に鎮座する御門主比古神社の氏子さん方も加わり、加賀と能登の太鼓演奏を披露してくれました。
 またこれまた石浦神社でご縁を頂いた書家の増井大樹先生による書道パフォーマンスも、豊年太鼓の演奏と共に披露され、当社の神輿渡御の掛け声である「さらば久しい」を黒板の上に白文字で揮毫。当社の宝物がまた一つ増えました。
 今回の奉納演奏は時間調整が先週に決まったため、告知は境内のポスターとSNS。そして祭礼関係者へのLINE告知のみでしたが、それでも多くの方に来社頂き楽しんで頂きました。
 その中には令和6年1月1日に発災した能登半島地震で被災された方もおり、久し振りに聞いた能登の太鼓に涙する場面も。
 また当社の氏子さんの中にも感涙を流す片も見られ、演奏方には声を詰まらせるシーンもありました。
 加賀豊年太鼓保存会の皆さんとは石浦神社でしかお目にかかっていないため、会員の中には宮司を石浦神社の関係者と思っていたもいたそうで、10月に石浦神社での再会が楽しみです・笑
 一同は昨日に東京入りし、永田町の日枝神社例祭前日の宵宮で披露し、本日の当社での奉納演奏を仕舞って金沢への帰路に就きました。
 時間も押していたので寿日した昼食のお弁当はバスの車内となり、今頃は小気味よく夢うつつの中でしょうか。
 加賀豊年太鼓保存会、そして鵜浦の氏子衆、書家の増井先生。なによりも石浦神社の長谷宮司に感謝をしまして、動画を見つつこちらも余韻にふけることに致しましょう。
 
佐倉高野球部の必勝祈願 [令和8年6月14日]

「頑張れ選手達」

「保護者も頑張る」
 左翼というのは本当に内ゲバが大好きでして、今年9月に行なわれる沖縄県知事選挙では現職の玉城デニー氏が立候補を表明していますが、支持表明をしない中道なんとかにお怒りのご様子。
 片や中道なんとかの小川淳也代表は玉城氏とは長年一緒にやって来たとしながらも、推薦依頼が来ていないとして党では機関決定をしないと表明。
 これを見て皆さんはどう思われます?そもそも決められないから野党第一党として、旧民主党時代からその伝統を見事に引き継いでいるわけで、それが未だに辺野古基地に対する対応も未定のまま。
 こんな政党に誰が政権を預けようと思うのでしょうか。少なくとも宮司の回りには見当たりませんけどね。
 辺野古の抗議船転覆事故からこの方、あちらの左翼勢力に対して厳しい目が注がれるようになりました。
 不都合なことは報道しない自由を使うオールドメディアにも、同じ視線が注がれております。
 自滅の道を歩み始めた沖縄の左翼勢力。大方は消えると思われますが、それでもしぶとく残るものもいるので、警察庁や公安調査庁が先頭となって取り締まりを強化して欲しいですね。
 気が付けば6月も半ばに入り、今日あたりも夏越大祓の人形(ひとがた)を受けに来る方が多くいらっしゃいました。
 境内の参道中央には茅の輪が設置しておりますが、智勇権禰宜が一言「いつもと違う」というシーンが午後にありました。
 今日は千葉県立佐倉高等学校の野球部が来社。来月4日に開幕する第108回全国高等学校野球選手権千葉県大会の必勝祈願祭を、午後3時半より齋行しました。
 毎年大会前に必勝祈願祭を奉仕しておりまして、元少年野球で泥まみれになった智勇権禰宜が斎主を受け持ちます。
 祭典奉仕というのはいつ何時であっても、平素と同じく行なうのが基本ですが、参列人数が多い場合などは祝詞奏上の声を少し大きめにするのです。
 今日は参列者も多ければ、元球児の心が動いたのでしょう、祭典後に御殿から社務所へ戻ってきて「いつもより大きめの声だったから疲れた」と笑顔で話しておりました。
 その二の句が先程の「いつもと違う」でして理由を聞くと、大会前に佐倉高野球部が来社したのは7月に入ってからだと。
 言われてみれば確かにその通りで、祭典後の記念写真には夏越大祓の茅の輪は写っていなかったはず。
 憶測ですが、夏の猛暑対策で大会期間を前倒しにしたのではと思われますが、如何でしょうか。
 佐倉高は9日に千葉県野球場で船橋芝山高と第一戦を行ないます。先ずは1勝をキッチリととって、大先輩のなし得なかった甲子園出場を目指さして欲しいですね。
 
宮小路倉の塗装が続きます [令和8年6月13日]

「今日は側面」

「良く見えますね」
 いつの間にかサッカーのワールドカップが始まっていたんですね。ここのところ各種総会やら神社庁の役員会やらで、まともに新聞も読めなかったので、情報に疎い宮司でございます。
 日本の第一戦目はオランダだそうで、結構強いと思われますが、優勝するためにはそんなことは言ってられませんものね。
 頑張れ日本と言うことで、今日の七峯を始めたいと思います。
 今朝、宮司が自宅に居りますと、近くから賑やかな笑い声が聞こえてきました。
 この声が聞こえる時は、宮小路町第一の氏子さん方が神酒所倉で作業をしている証拠。
 出社時に新社務所脇のスロープから見ると案の定、前掛けをした宮小路の氏子さん達が神酒所倉の外装を塗装してえおり、手よりも口の方が動いているのがなんとも・笑
 当社の境内西側には氏子4町内の山車と神酒所倉が並んでおり、トタン屋根の簡易的な作りなので、さびや剥離など経年劣化が見られます。
 先程のスロープ、新社務所建設と境内への搬入搬出のために作りましたが、これが出来たことによって、宮小路町の神酒所倉が境内から丸見えになりました。
 そこで譜久里祭礼委員長はじめ祭礼関係者が知恵をひねってくれ、外装を土蔵仕様に塗り替える事になりました。
 宮小路の皆さん、なんでも自分達でやっちゃいまして、先週なんかは本格的な足場を組んでの屋根工事。
 資金がないから自分達でやっていると自嘲気味に話しますが、なんのなんのプロ顔負けの仕上がり。
 でもね、一点問題があるとすれば、どんどん作業をするうちにゴールが見えない状態に陥る可能性があるんです。
 まあそれも皆で集まる口実になりますから、ご家族に文句を言われない程度で・笑
 
本殿裏の鈴の緒 [令和8年6月12日]


 今日は少しく重い雲がかかる佐倉です。梅雨の中休みが続いていましたが、そろそろ雨降りになるのでしょうか。
 先程は雷鳴も遠くに聞こえ、梅雨というよりは夏の感じもさせますね。やはり四季から二季になって来ているのでしょうか。
 今日の七峯は千葉県神社庁の2階で書いております。午前11時から神職養成機関の受講希望者の役員面接があり、宮司が神社庁理事として同じく理事である安房支部の黒川支部長と共に面接を行いました。
 神職資格を取得する場合、國學院大學や皇学館大學等の神道学部で学ぶ場合と、伊勢の神宮や出雲大社に併設されている養成機関、また講習会でといくつかの選択肢があります。
 その過程により階位という神職資格に違いが出るのですが、今回は京都府神社庁で開催される直階講習会の受講希望者でした。
 神職資格には浄階・明階・正階・権正階・直階があり、自分である学び取得ができるのは明階以下となります。
 因みに浄階は神職身分一級以上の神職に与えられるもので、神社本庁の階位授与選考委員会の様なところで審査され、授与と同時に一級に昇級します。
 一級となると紫の袴に白の八藤紋が入り正服の袍は黒色と、普段はあまりお目にかかる方がない姿となります。
 宮司はその手前の二級上でして、いつの日か一級になるのかなぁって思ったりもしますが、それはかなり先の話なので、それまでにも七峯を書き続けられる様に頑張りたく存じます。
 またまた枕が長い七峯でして、昨日の話になりますが、今月2日に巫女舞を奉納演舞を頂いた舞動禅の方々から同じく奉納があった本麻の鈴の緒を、本殿裏の拝所に掛けました。
 真新しい鈴の緒は麻の香りも仄かにして、艶やかな色には神秘さをも感じられます。
 この鈴の緒にはこれまた真新しい鈴も付けられており、カランカランと耳にも爽やかな音色を奏でてくれます。
 透塀の屋根がかかっているとは言え、屋外ですから風雨に晒される事に変わりはなく段々と色褪せていきますが、それも成長と捉えればものの哀れとも言えましょうか。
 お参りの際、本殿裏まで足元を運んでみてください。拝殿前とはまた違った時間と空気が流れているかもしれませんよ。
 
若宮稲荷神社鎮座祭 [令和8年6月11日]

「修祓」

「鎮座祭祝詞奏上」

「祭典納めの宮司一拝」

「ちゃんと会議もしました・笑」

「ほんの一例ですが」
 昨夕にレストランシェ・ムラで開催した佐倉七福神会総会も、提出議案全てを満場一致で可決承認を頂き、懇親会も季節の食材をふんだんに使った大変美味しく、そして見目麗しいものでした。
 思うに、村上シェフのブラッシュアップというか、より腕に磨きが掛かっているなと感じるお皿が続きまして、宮司ももう一働きしないとと力を頂きました。
 今日の宮司は久し振りに終日在社。午前中は祈祷番で、その後は溜まっておりました郵便物の整理をしたりと。
 その間に智勇権禰宜が境内摂社の若宮稲荷神社鎮座祭の諸準備をしてくれ、祭典開始となりました。
 ここのところ七峯でも行く度かアップをしておりますが、新社務所建設に伴って本殿東側に仮鎮座をしていた若宮様を元の鎮座地近くにお戻しする作業が先週に完了。本日、鎮座祭となりました。
 元元の鎮座地は新社務所用地に掛かっておりますので、そこからでいうと3メートルほど北側になりましたが、御殿の向きも東を向きなので、麻賀多神社の本殿を臨みます。
 稲荷神社に若宮が付く理由。それは当社のお稲荷様は麻賀多様の御子神にあたるからなんですよ。
 神道には異名同神という考え方があって、異なる神名でも同じお働きであれば同じ神様というものです。
 当社の稲荷神社は倉稲魂命と豊受姫命をお祀りしており、共に五穀豊穣と衣食住を司る神として厚く信仰をされています。
 この豊受姫命が麻賀多様こと稚産霊命の娘さんでありまして、佐倉の旧家の庭にお稲荷様が祀られているのは、鎮守様として親神の稚産霊命を、そして各家庭には御子神を祀る事で、親子の神様に見守って頂いているとなるのです。
 新社務所関連の工事も愈々大詰め。この後は若宮稲荷神社の御殿と奥の竹塀の間に植栽をして、ほぼ完了となります。
 仮鎮座地へ移転する前の若宮様の上にはすだ椎の大きな枝が掛かって、暗い感じがしておりました。
 今度からは青空の下にご鎮座ですので、若宮様の気分はどんな感じでしょうかね。お詣りの際にちょっと聞いてみて下さい。
 
6月は総会月 [令和8年6月10日]

「会場にはSPが」

「被表彰者の方々」

「鳥見神社の大和神楽」

「浦安の舞」

「皆さんありがとうございました」
 今日の宮司は成田市のアートホテル成田におります。千葉県神社総代会印旛支部の定期総会が同ホテルを会場に開催されており、只今は総会後の講演で印西市中根鎮座の鳥見神社氏子中による大和神楽が披露されています。
 6月と言えば総会月。3月末締めの決算を受けて4月から新年度は始まっているものの、総会までは暫定予算の執行で賄い、総会を開催する事で本予算が執行となります。
 昨日は神道政治連盟中央本部の中央委員会が神社本庁講堂で開催され、千葉県本部幹事長を拝命している宮司は中央委員なので、そちらにも出席して提出議案へ賛意の拍手をして参りました。
 さて話を総代会総会の講演に戻しますと、例年は文字通り講演が行われ、神道講和や時事の話題が取り上げられる事が多いのですが、今回は趣向を変えて神楽の実演となりました。
 この企画、実は15年ほど前に行った事があり、その時は印旛郡市内の神社で行われている神楽や獅子舞を4年続けて上演しました。
 この時の宮司は総代会幹事から神社庁印旛支部事務長になる頃…色々と取り仕切ったのが懐かしいです。
 中根の大和神楽は舞手が中学生か高校生で、戸数60軒の中根地区だけでは維持する事が困難となり、今は近隣地区からの参加も増えて継続可能となっているそうです。
 その中にあって、農家の長男のみという決まりや、男性のみといった仕来りも時代に応じて変えるなど、続ける事の大切さを実践していると思います。
 今日の舞手は中学生が4人高校生2人の計6名で、中根の大和神楽は千葉県指定文化財なのでその出演という事から学校は公休。有り難く存じます。
 神楽もあい済みまして、これから直会。神社関係者の集まりなので直会と呼んでおりますが、立食のパーティーです・笑
 なのですが、今夕に宮司が会長を務める佐倉七福神会のこれまた総会が、JR佐倉駅近くのレストラン シェ・ムラで開催となるので、直会ではお椀のお蕎麦を1杯だけ頂き中座で帰倉。
 只今、社務所で七峯の続きを書上げて、この後に会場へ出発を致します。
 本日の書き納めは総代会総会で表彰を受けた方を取り上げまして、麻賀多神社氏子総代の波田野勲さんと藤橋和夫が長年の功績。
 そして当社の四季を撮り続けてくださる写真家の花澤信幸先生が氏子崇敬者の亀鑑として表彰されました。
 いずれに方にもお健やかに、これからも神社へのお力添えをよろしくお願い申し上げ、お祝いの言の葉と致します。
 
おっさん2人の笑顔です [令和8年6月9日]


 昨日行われた、衆参両院の正副議長による「皇族数確保2案」に対する「立法府の総意」取りまとめ。
 1案が「女性皇族が婚姻後も身分を保持」する案。もう一つが「旧宮家の男系男子を養子として皇室に迎える」案でして、いずれにしても皇位継承は秋篠宮皇嗣殿下と悠仁親王殿下迄の順位は揺るがずという大前提がとられております。
 この案に対して略称ですが、自民・維新・中道・国民・公明・参政・みらいの7党は概ね賛成で、立憲は未だ党内見解が出せておらず10日の会議で示すとしたと、今朝の読売新聞1面に載っておりました。
 ここで判りますのが、極左系の政党が会議や委員会へ政党として成り立っていない議員数なのと、参議院議員のみの立憲も左翼の巣数と化していること。
 何と批判のある中道ですが、衆議院の立憲と公明がくっ付いた事により、それまで旧立憲で旧宮家養子案にゴネていた野田佳彦代表も旧公明に配慮をしなくてはならなくなり、この点は中道設立で唯一の価値を見出せた気がします。
 とは言え、自民内にも獅子身中の虫もおりますれば、これから国会に出てくるであろうスパイ防止法案や国旗損壊法案への賛否で、それって所属が自民でないほうが良いんじゃない?って炙り出しましょう。
 さて、先週の話になりますが、國學院大學神道学科の同級で親友でもある石倉司君が来社してくれました。
 現在の彼は青森県むつ市川内町鎮座の川内八幡宮の宮司で、その他にも日本赤十字や教誨師、そして宮司もかじっている保護司としても活躍をされています。
 時にはラジオパーソナリティとして地元FM局にも出演。宮司のように一年に一度ではない頻度なのも凄いと思います。
 彼との出会いは平成3年の大学入学式でたまたま隣り合わせとなり、世間話をしているうちに出身地の青森、まか宮司の母親も青森ので出したので、そこで一気に意気投合をしたんです。
 それから30年以上が経ち、お互いそれなりの立場となって気苦労が絶えないのは、これまた一緒でして・微笑
 今現在、川内八幡宮でも社務所機能を兼ね備えた神楽殿を建設中で、当社の新社務所を見学頂いた中にも色々とヒントがあったようです。
 建設物を行う、行えると言った方が良いかな。これって当代の宮司としてはとても有り難く名誉な事なのです。
 ただね、その為には精神的、物質的、そして金銭的な負担がその双肩に大きくのしかかり、それが元で人によっては痩せたり、人によってはふくよかになったりします。
 この場合でいうと、前者は宮司で後者が彼。こんな事を書いちゃっていいのかとも思いましたが、現実はこんなもんなんですよ・笑
 彼も青森県神社庁の要職に就くべくして就くべく存在。その活躍を念じつつ、今回は佐倉でのご接待が出来ませんでしたので、次回は泊まりで来て下さい。
 
CEO夫妻の似顔絵 [令和8年6月8日]

「はにかんだ笑顔」

「事務所もお疲れ様」
 宮司と禰宜画伯を乗せた台湾桃園国際空港発の日航便は、定刻より少し早い午後5時丁度に成田空港へ到着。
 入国手続きと検疫を通過して京成電車に乗車。京成佐倉駅には午後6時前に到着しまして、そのまま近くの割烹花びしで草鞋脱ぎ。
 ここは地元の常連さんもたくさん来るので、台湾のお土産話で大いに盛り上がりました。
 毎年6月初めの土日、佐倉城址公園を会場として「にわのわ」というイベントが開催されており、クラフト作家の出展と出店が多くあります。
 毎年秋田から出展している作家さん2人が、最終日の日曜日に花びしで打ち上げをしており、なぜか毎年の方と行き会うので、もしかしたら今日いるんじゃないかなと、機内で話していたのですが、案の定で私達の次に入店してきました・笑
 お互いに「あ!!」と声が出てからの笑顔で「お疲れ様でした」と。今年は渡台とにわのわの開催スケジュールが丸被りになったので、イベントの様子などをお伺いしました。
 佐倉にもう1泊して、今日秋田まで自家用車で帰るそうでして、道中の安全を願って乾杯。只今午後5時少し前、秋田の地は近づいていたかな。
 4日するにしていると書類仕事が溜まるもんで、今日は半日その決裁に費やして、午後からは竣工式のお礼まわりと、あっという間の一日でした。
 神社専用駐車場では新社務所現場工事事務所の解体も始り、2,3日中に駐車場も元の姿に戻ると思われます。
 そんな中、昨日まで台湾でご一緒していた金沢石浦神社の皆さんと駐台湾の方々より、色々な画像が届いております。
 その中の1枚をご紹介を致しますと、6月6日に齋行された北投石浦神社例祭の直会にて、同社が鎮座している北投日勝生加賀屋の運営グループCEO林夫妻と宮司夫妻が写ったものがありました。
 直会の途中で石浦神社の長谷宮司と新村権禰宜、そして宮司が抜け出し、CEO夫人にサプライズは出来ないものかと。
 夫人、結婚式に出席する予定を例祭参列にスケジュール変更をして頂いたそうで、そうであったならと宮司より「禰宜画伯にご夫婦の似顔絵をその場で描いて貰い、プレゼントするのは!?」と。
で、即決。直会会場に運ばれてくる紙とペン。そして画板・笑
 「笑」と書きましたが、いきなりこんな依頼をされた方はたまったものじゃありませんが、それは禰宜画伯なら出来ると確信の上でして。
 CEO夫妻が「何かやってるの?」的な視線を向けつつも、何となく撮ったであろうご夫妻の写メを見つつ、ただ只管に筆を進めて10分。
 出来上がったのはご夫妻の肖像に桜の花。添える言の葉は「百年合好」で、ずっと一緒にいられますようにという意味です。
 感想はお二人のお顔を見て頂ければ解ると思います。お開きの際にもとても丁寧にご挨拶と御礼のお気持ちを頂きました。
 二次会が階下のラウンジでありまして、長谷宮司と新村権禰宜、宮司とホテルスタッフで盃を傾けご慰労申し。
 部屋に戻りますと疲れたのか、禰宜画伯は早々に小気味よい寝息を立てておりました。
本当にお疲れ様でした。
 
令和8年北投石浦神社例祭 [令和8年6月7日]

「例祭準備も滞りなく」

「新村権禰宜の修祓」

「宿泊者も参列」

「長谷宮司と林CEO夫妻」

「わたくし共も」

「お下がりの果物は直会に」
 本日気象庁から関東甲信と東海が梅雨入りしたと発表があり、ほぼ平年並みの傾向だそうです。
 その中にあって沖縄と奄美、そして九州南部では大雨から線状降水帯の発生が予想され、先日の台風6号から梅雨と地盤が緩んでいるところも多いと思われますので、土砂災害にはお気をつけ下さい。
 宮司は今、台湾の桃園国際空港の待合広場にて七峯を書いております。搭乗するのはこちら時間12時45分発の日本航空便で、日本時間18時前には成田空港に到着をする予定です。
 麻賀多神社と友好神社である金沢石浦神社の海外摂社「北投石浦神社」の例祭に、今年も宮司と禰宜画伯とで参列を致しました。
 北投石浦神社は台湾国台北市の北投加賀屋内に、令和6年6月6日午後6時6分6秒に鎮座祭が斎行されたので、毎年6月6日が例祭日となっております。
 その祭典よりこの方、毎年友好神社代表として長谷吉憲宮司のご配慮により玉串奉奠と直会に参加をさせて頂き、昨夜の祭典でも北投加賀屋を運営する日勝生グループ林CEOと会社関係者に続いて北投の石浦様に首を垂れました。
 祭典では北投加賀屋で使われている石川県産米「百万石」を始めとして、台湾産の野菜と果物が献饌され、玉串はこれまた台湾産の真榊が使われるなど、日台友好が表れるものとなりました。
 台湾では季節の行事を本暦(旧暦)で行っており北投石浦神社の歳旦祭は2月。その他にも祭典が斎行される度に長谷宮司が渡台をされているので、その行動力には脱帽。
 奥様である禰宜さんと職員の理解と協力がなければ成り立ちませんし、それを統率できる長谷宮司の力量にも感心するばかりです。
 今後は神前結婚式や七五三詣も始まるらしいです。前に長谷宮司がこんな事を言っておりました。
「宮本宮司のところは成田から近いし、成田から桃園にはたくさん飛んでるから良いよなぁ。小松便は一日1便だもん」と。
もしかして石浦さんで手が回らない時の呼び水でしょうか・笑
 さて、帰国前の七峯はこの辺に致しまして、もう少し空港内を散策して手荷物検査場に入ります。

台湾多謝 台湾再見(^O^)

・北投日勝生加賀屋(加賀屋HP内)
https://www.kagaya.co.jp/misc/tw/
 
舞と短い鈴の緒ご奉納 [令和8年6月6日]

「清清しい」

「舞が始まります」
 昨年6月3日に89歳で逝去された長嶋茂雄読売巨人軍終身名誉監督。それから一年となりまして、生前を偲びいろいろな催しが行われています。
 当地佐倉市のものとしては、岩名にある長嶋茂雄記念岩名野球場展示室に再現された監督室を一般公開したり、昨日は同野球場で巨人三軍対独立リーグの千葉スカイセイラーズの試合が。
 また今日は73年前に埼玉県営大宮公園球場で行われた全国高校野球選手権南関東大会1回戦、長嶋さんが見事なバックスクリーンホームランを打った佐倉一高対熊谷高の試合の縁で、同じく同野球場で両校が2試合を行います。
 因みに当時の試合は4対1て熊谷高が勝ちましたか、長嶋さんはこの試合でスタメンとしてサードに入っており、長嶋茂雄の代名詞となった「4番サード長嶋」が生まれた瞬間と言って良いでしょう。
 曇り空ではありますが、どうにか天気には保ってほしい。地元としては佐倉高推しですが、熊谷高の選手もバックスクリーンへのホームランを目指して頑張って欲しいです。
 数日前の話になりますが巫女舞教室「一般社団法人舞動禅」の皆さんによる正式参拝と、続いて舞の奉納が拝殿にて行われました。
 「人と空間を調律する」を基本としての舞は、白を基調とした衣装に一挙手一投足がたおやかな中にも秘めた力強さを感じました。
 正式参拝の祓主は宮司が務めまして、舞も拝観をしたかったのですが、続く出張を控えて断片的な拝観となりましたが、それでも上記の感覚を持ちました。
 舞動禅の皆さんは当日に舞の奉納を行うだけではなく、神社側と幾度となく打ち合わせを行い、当日を迎える数日前に奉仕者が揃って境内の清掃奉仕。この段階で既に祓いが始まっている事となりますね。
 正式参拝とあわせて短い鈴の緒の奉納清祓式も斎行。本麻で奉製された鈴の緒は、その艶やかさに麻の香りが清清しく光り輝いています。
 あえて「短い」と付けましたが、懸ける場所は御本殿の真裏。透かし塀の軒下となるので、その長さに調整をしてございます。
 神社でのお参りは勿論正面からですが、そこでのお参りの後に御殿をぐるりとまわって裏に廻り、またそこでもお参りをさせる方が多いです。
 それは御殿の裏手であっても神様には一番近い場所となるからで、思いと願い、そして信仰の強さを感じます。
 奉納の日から翌日が台風6号が房総沖を通過しました影響もあり、奉納された新しい鈴の緒は来週に設置の予定です。
 鈴の緒だけでも清清しく、先に付いている御鈴はどのような音がするのか、皆さんもお参りの際に麻賀多様に清らかな音を捧げてみて下さい。

※ 舞と活動の模様は下記HPからどうぞ
舞動禅
https://budo-zen.tokyo/