七峯の丘から

テント授与所の撤収完了 [令和8年1月19日]

「第3テント解体中」

「佐倉幼稚園門前にて」
 只今午後5時32分。一時期に比べるとだいぶ日も延びてきた感じがしますが、それでも暮れると一気に寒くなりますね。
 先程、気象庁が21日から日本海側で、寒波による警報級の大雪になると発表しました。
 今回の寒波は長引くそうで、気象庁の担当者は「長さとしては嫌な感じがする」と異例のコメント。
 この影響で当地佐倉ではまた北西の冷たい風が吹くものと思われ、寒さ対策をより確りしませんとね。
 それと午後6時から高市首相が首相官邸で記者会見をするそうで、そこでは浮上している衆議院の解散総選挙にも触れることでしょう。
 野党の一部やオールドメディアは今回の解散について大義がないとか言っておりますが、政党たるもの政権交代を目指さないでどうするつもりなんだろうと思う宮司です。
 今日の宮司は何だかんだで一日動きっぱなしでした。朝一で金融機関での支払い業務を行ない、帰社してからは神社裏手の佐倉幼稚園へ行き、恒例となている干支絵馬を園児さん達にプレゼント。
 可愛い声に見送られなが新社務所へ戻り、作業着に着替えてからの大型テント臨時授与所2張りの撤収作業を行ないました。
 麻賀多神社のお正月。新社務所の建設工事前迄は間口4間のテントを3張りと、2間のものを1張り立てておりました。
 工事に伴い安全壁設置などで境内が狭くなったので4間のものを2張りに減らし、今年は部分使用開始となったので、祈祷受付の2間テントも廃止となりました。
 なので4間テント2張りなのですが、木造社務所前のものはこの2年ほど立てっぱなしで、色色な面で活躍してくれましたね。
 今週から新社務所の待合室に併設している文化財収蔵庫の2期工事が始まるのに伴い、大神輿の鳳凰や飾り金具等を搬出する事になっていました。
 予定では明日だったのですが、施工会社のミスで一日繰り上げの今日からとなり、人員がいるんであれば搬出作業に合せて、大型テントの足も折って貰っちゃいました。
 テントって、設営時の棟上げと撤収時の足折り以外は一人でも作業が可能なので、午後はほぼテント撤収に専念することが出来、夕暮れ前に大神輿関連も含めて作業が完了しました。
 かなり疲れましたけど、気分は充実。明日は奉射祭の奉仕が3社有るので、美味しいのを食べて気分だけではなく体力も充実させて就寝します。
 
プロレス楽しんでいるかな [令和8年1月18日]

「引き戸全開」
 社務所に有るデジタル時計には月の満ち欠けを表示する機能が付いておりまして、今日は真っ黒状態。
 なので新月かと思いきや暦で確認をすると、明日が新月でして本暦(旧暦)の12月1日にあたり、今日は本暦の11月30日。
 明治5年の改暦で現在の太陽暦が使われ始めた訳ですが、11月ってやっぱり冬なんだようなと。
 なんですが、今日は気温が13度迄上がり、その上ほぼ無風でしたので、新社務所のエアコンは途中で切り、正面の硝子引き戸も前回に開けて参拝者をお迎えしました。
 お子さんの中には半袖姿も見受けられ、50を過ぎたおじさんは遠い記憶の彼方でした・笑
 お陰様で今日も初詣の流れで多くのお詣りを頂き、そこに神社の西側に有る佐倉市民体育館で新日本プロレスの興行が重なったので、新日のロゴマークが入った服装の方も沢山見かけました。
 その方々のお参りは、推しのレスラーが試合に勝利する事を願っていたのかな。
 今日は智勇権禰宜と宮司の2人体制でしたが、智勇権禰宜は午後3時上がりで市民体育館に駆けていきました。
 大のプロレス好きである智勇権禰宜。昨年に同じく市民体育館で行なわれた試合も、リングサイドで観戦。
 今回はチケット販売日に取ったものの、時間が少し遅れたとかで、リングサイド2か3列目だったとか。
 それでもゴングが置いてあるすぐ後ろなので、チャンピオンベルトが目の前に有るとかで、試合の日が迫るにつれてワクワク感を滲み出しておりました。
 昨年末から公休がない日が続いております。多分、節分明けまでお休み無しかもしれない、大好きなプロレスでリフレッシュしてきて欲しいです。
 さて、只今午後6時を少し過ぎたところで、七峯を書いてから能登半島復興支援御朱印の印刷をして、本日の社務は終了。
 節分祭の豆打ちの儀で撒く縁起物を買いに出掛けますので、その足で夕餉も済ましてこようかな。
お腹減った・・・
 
節分祭の準備開始 [令和8年1月17日]

「佐倉幼稚園より」

「一袋ずつ丁寧」
 案の定というか、立憲民主党と公明党がくっ付いた新党名がネットやSNS上でや揶揄される事態となっており、新党名の中道改革連合を略して中改連と、過激派の中核派をもじった感じで大盛り上がりです。
 合併する両党の首脳陣は、これを話題となっていると取るか、マズイなぁと取るかは判りませんが、宮司の感覚だと後者じゃないのかなぁと。
 昨日の七峯でも書きましたが、前回の衆院選で得た両党の票を単純に足しての皮算用はなさぬ事。エライ目に合うと思いますから、お気をつけ下さいね。
 さて、今日は暖かく引き続きいて初詣の参拝が多くあり、お昼休みを除いた祈祷時間は、全ての回で昇段祈祷が行われました。
 午前中、宮司は工事の安全祈願祭に出向しまして、午前10時には帰社しましたが、その時には既に新社務所の授与所カウンターには10名程が並んでおりました。
 そちらのヘルプをしてひと段落ついたところで、溜まっている郵便物の開封をしましたところ、神社裏にある佐倉市立佐倉幼稚園から閉園式の案内状がありました。
 佐倉幼稚園は今年度末をもって閉園が決まっており、そこに至るまでは世論も巻き込んだ大騒ぎとなったのです。
 その内容はあえて割愛をしますが、寂しくなるのは皆一緒でして、宮司宛に案内を頂きましたが、宮司の代理として卒園生である智勇権禰宜が参列をする事として、月曜日に幼稚園へ持参したいと思います。
 このお話はまた後日に書くとして、そこからは社頭対応をしながら節分祭の福豆をビニール袋に詰める作業を始めました。
 始めたというか、やっと始められたとうのが正解でして、兎に角この年末年始は新社務所の始動があり慌ただしく、本来であれば10日くらいから豆詰めをしなければならないのです。
 その福豆、七草には並木町の大津屋さんから納品されておりまして、段ボール箱を開けて真空になっている袋を開封したら、まあなんて良い匂いなんでしょう。
 煎った大豆の香ばしくもほのかな甘みのある匂いがバックヤード全体に広がりました。摘みたくなりますよね・笑
 令和2年の節分祭を最後に流行病下、そして新社務所の建設工事と、通常とは違う形式で節分祭を行ってきましたが、今年からは祭典は元通りとなり、豆打ちの儀は新社務所2階のテラスから行います。
 今までとは違う形式の中に、ワクワク感と人流の捌きをどうしようかという不安感もありますが、先ずは豆詰めを完了させますね。
 豆の袋詰め、これが結構手間が掛かりまして、多分また徹夜作業が行われる事になりますが、それもこれも再始動一年目としてのハードル。嬉しくもあるのです。
 
今年も黄色い箱に感謝 [令和8年1月16日]

「パンパンにありがとうございます」

「鹿渡区のおびしゃ」
 立憲民主党と公明党が新党を結成するにあたり、党名を「中道改革連合」としまして記者会見が行なわれました。
 が、それよりも今朝に起きた山手線と京浜東北線の電気系統トラブル。この数時間の運休の方が一般市民へは影響が大きいので、野党が好きなオールドメディアも後者の取り扱いが大きかったのは賢明な選択でした。
 新党を作ったとしても所謂「選挙互助会」なのは解りきったことでして、立憲にも良い議員さんはいるので、これを機に飛び出す手はなかろうかと思う宮司です。
 立憲と公明の票を単純に足した予想をメディアは流していますが、そもそも公明の支持母体は若年層の加入率低下に喘いでおり、その若年層は高市首相支持ですので、1+1は2ではないと見た方が良いでしょう。
 さて、小正月からこの方、宮司が兼務している各神社では、春祈祷や奉射祭が齋行されるようになります。
 昨日は太田熊野神社で一月祭で、今日は四街道市鹿渡地区での奉射祭。明日は上代熊野神社で春祈祷と、来週末まで神社を出たり入ったりする事が多いので、留守の際は智勇権禰宜に言付けをお願い致します。
 その鹿渡での奉仕から帰社しますと、智勇権禰宜から「今年も黄色い箱が届きましたよ」と報告が有りました。
 さてなんだろうかと示された方を見てみると、昨年にもお見受けした日本テレビ系で行なっている24時間テレビの義捐金箱が置かれていました。
 昨年は御殿前の義捐金ボックスの脇に置いてありましたが、今回は新社務所へ直接持参頂いたそうです。
 持つとずっしりと重く紙箱がパンパンに膨らんでおり、こつこつと貯めて頂いた様子がうかがい知れます。
 我が国を襲う自然災害、いつどこで起きてもおかしくはなく、ここ数年の間でも甚大な被害が各所で発生しております。
 その中にあって、我が千葉県と同様の半島である石川県の能登地方は2年前の能登半島地震と1000年に一度の雨量と言われた奥能登豪雨で言葉には表わせない被害を受けました。
 それでも能登の神主さん達は生まれ育った地の神社を守り、そして再建するために心血を注いで頑張っております。
 震災と豪雨災害以前迄には復旧は難しいかもしれませんし、若しかしたら神社の合祀や合併も行なわれるかもしれません。
 それでもそこに神社がある。氏神様がおわしますその姿を、次世代へ繋ぐべく懸命に頑張っている。
 それを微力ですが同じ神主仲間として、そして令和元年に台風3発でめためたにやられた千葉県を応援してくれたお礼も含めて、これからも活動を続けたいと思います。
 改めてですが、皆さんの所に眠っている硬貨は有りませんか?有りましたら麻賀多神社新社務所にお持ちください。
 能登の神社のために、そしてお祭りを絶やさないために、大切に使わせて頂きますので。
 
鏡餅関連はお断り [令和8年1月15日]

「よく見えるはずなんだけどなぁ
 総選挙風が吹いておりますが、その中にあって中道の集結を叫ぶ立憲民主党と公明党が新党結成と報じられております。
 中道の集結ってこの両党は中道なのか、そもそも論から始まりそうですが、オールドメディアは高市政権を右だ右だと言うけど、世界的視野で見ると自民党は中道左派であって、立憲と公明は立派な左派。
 ミスリードというか、オールドメディア自体が左派から極左なので、そう言った色眼鏡をかけましてテレビや新聞は見るようにしましょう。
 とは言うものの、若い世代はそもそもテレビを見ないし、ネットからSNSからの情報がメインなので、政党支持率で立憲が若年層から支持率0パーセントという、おおよそ野党第一党とは思えない記録を打ち立てたのも解る気がします。
 いずれにしても来月には総選挙の投開票があるわけなので、有権者の皆さんは大切な一票を無駄にせず、投票に行きましょうね。
 今日は小正月。全国の神社では昨日か今日にどんと焼き(名称多数)を行なっている所が多いですね。
 当社ではどんと焼きは行いませんで、江戸時代中期の佐倉の様子を記した古今佐倉真佐子には、鏑木は樋之口橋にてどんと焼きを行ったとの記述が有ります。
 今現在は樋之口橋でもどんと焼きは行われておらず、注連縄などは神社の古神札納所に納めるのが一般的。
 で、当社においては以前は境内でお焚き上げを行なっていましたが、新社務所の建設にあたり焚き上げ場が無くなり、それ以来は回収した古神札や注連縄はお祓いの後に専門業者にお願いをして、灰と致しております。
 そんな中にあり、古神札納所には宮司が就任した26年前より、納め方の案内看板を立てておりますが、これを読まない、もしくは読めない方がおりまして、今の時期は腹立たしというか悲しい心境が多くなるのです。
 特に鏡餅のパックや紙の三方、その敷紙が入っていることが多々あり、これってゴミなんですよね。
 古神札納所はゴミ捨て場ではありません。中身だけ食べて外見を納める心境ってどうなんでしょう?
 特に今の時期は鏡餅に関して、誰が見てもよくわかるように注意書きをしているにも関わらず、それを嘲笑うかのように置いていくその神経が解りませんし、正直なところ頭をなにかワイテいるんじゃないかとも。
 こんなことを書くと、神主が強烈な事を書くもんじゃないという方もいるとは思いますが、強烈に書いてもわからない方はわからないので、実情をしっかりと発信するのも神社の最高責任者たる宮司の役目だと思っております。
 さて、今日は午後4時から外祭が入っております。寒いだろうから暖かくして行ってきますね。
 
寒いけど花の生け替え [令和8年1月14日]

「堀田家墓所の狛犬さん」

「生け替え中の禰宜画伯」
 昨日の暴風。今度こそはテントが飛んで行くのではないかと心配しつつ、処置が効いたのか無事に風が抜けてくれました。
 今朝は待避させていた干支の大絵馬を御殿前に戻し、御朱印案内板も立てて復旧。
 境内の至る所にスダ椎の枯れ枝が集まっており、それを掃除しなければならないのですが、今日は午前中に新年の挨拶回りと金融関係の処理をせねばならず、境内大掃除は午後からとなりました。
 当社の新年挨拶回りは、佐倉藩主家の堀田様から始り、責任役員・総代会顧問宅を順に回ります。
 堀田様にはご夫婦ご一緒に、新年早々の深夜にご来社を頂き、麻賀多様に御参拝を頂きました。
 今日お伺いをすると、玄関にて記帳をして後にご先祖様方をお祀りしている部屋にご案内を頂き、歴代様の大前を拝しました。
 ご挨拶をしてご自宅から裏手にある堀田家墓所に移動。こちらでも歴代様の墓前に頭を垂れました。
 責任役員3名のお宅から高石総代会顧問宅にご挨拶をして、そこからが大忙し。
 なにせ昼間に境内を出るのはゴミ捨て以外だと、元日の兼務社回り以来の事で、年末からこの方の支払い関係を行なわなくては成りません。
 今は機械で何でも出来る時代と思われがちですが、逆にセイフティの観念からATMでの限度額があり、結局は窓口での対応になるという矛盾・苦笑
 それも金融機関の多くは午前11時半から12時半まで窓口休止になるので、その前に滑り込みでした。
 帰社したところ、禰宜画伯が新社務所と境内、そして手水舎に飾ってある生け花の生け替えをしておりました。
 昨日の暴風は無いものの気温は下がっており、この時期の水仕事は大変です。
 今回の生け替えは昨年末に行なった正月対応以来で、水を小まめにあげていたのもあり、萎れている花も少なく、今回購入したものと合せたようです。
 実は禰宜画伯、小さい頃の夢はお花屋さんになることと以前話してくれ、その理由は禰宜画伯のおばあちゃんがお花が好きだったから。
 なんとも微笑ましい話で、そのせいか今でも花にまつわることが大好きで、それが講じて御殿前の門松も自作するようになったとか。
 ご来社の際は、境内の各所に生けてある花と花器にもご注目ください。
 
集塵機の初始動 [令和8年1月13日]

「たのんまっせ!!」

「退避中の大絵馬」

「五色が枝に…」
 予報通りとはいえ、一昨日よりも暴風が吹き荒れている佐倉。毎度の事ながら日本海側はえらい事になっているんだろうと、金沢の兄弟を思う宮司てあります。
 冬の日本海側は空模様が荒れるのが当たり前とは言うものの、それにしたってここ数日の暴風を感じるに、これも温暖化の影響なのかと疑いたくなります。
 冬来るなば春遠からじ。これから寒に入っていきますが、心はその先の春を待つ。その前に禁漁間近の香箱蟹をもう少し食べたいです・笑
 実は一昨日の暴風で干支の大絵馬と御朱印案内看板が倒れる事がありまして、幸いにも大きな被害は出ませんでしたが、今日の方が風力が強いとあったので、今朝方に御朱印案内看板は横倒しに。
 干支の大絵馬は新社務所と御殿の間に退避をしまして、風通しが良い状態にしての社務が始まりました。
 それでも一昨日の暴風に煽られた第一テント授与所は、横幕をとって中をカラにしているにも関わらず、可成り風に押されていたので、天幕の紐を何本か解いて更に風を抜かしました。
 この風にあっても当然の事ながら鉄筋コンクリート製の新社務所はビクともする訳もないなですが、メインの入り口が大型の6枚扉なので、開けるたびに落ち葉と砂が入ってきます。
 箒で掃くにも埃が立つので、どうしたものかと思案をしておりましたら、木造社務所に良いのがあったんですよ。
 かれこれ15年ほど前に禰宜画伯が購入をしてお蔵入りとなっていた集塵機。今となったは何のために購入したなかも定かではありませんが、思い出した場所に未開封のままちゃんとありました。
 集塵機とは大型の掃除機のような物で、一般の掃除機とは違い中のフィルターを変えれば濡れたものも吸い込む事が出来るんですよ。
 御祈祷の合間に木造社務所から新社務所に集塵機を運んで開封。組み立てから説明書を読んで取り扱いのイメージトレーニング。
 午後5時の社務終了とともに運転開始をしましたら、まあよく吸う事。タイルの目地に入り込んだ砂やもっと細かい微粒子までも綺麗に吸い取ります。
 新社務所が起動始めた今年のお正月。もっと早く集塵機の事を思い出していたら、巫女さん達も15分程早く帰れていたのになぁと反省する宮司。
 待合室は集塵機で床を撫でてからモップで拭く。これでピカピカになりますが、今あるモップはクイックルワイパーに毛の生えた物なので、本格的なモップと絞り機能がついたバケツのようなものも必要。
 新社務所の備品。まだまだ足りないのが日々の奉仕で見つかる。これの繰り返しを禰宜画伯はAmazonの発注で楽しんでいる今日この頃です・微笑
 
嵐がさって成人式 [令和8年1月12日]


 昨夜というか明けというか、何だかんだで今日の午前2時過ぎに就寝をした宮司。昨年末より就寝時間が例年よりかなり遅くなっていますが、これもお陰様で新社務所の部分使用が始まったのが起因なので、良しと致しましょう。
 若い頃のように呑みに行っての午前様ではないので、まあ朝の目覚めが宜しい事でして、朝ご飯も美味しく頂ける有り難さを噛み締めております。
 昨日までの暴風もどこへやら。気温は低いものの快晴で空気が澄んでおり、朝拝に御殿へ進む参道でした深呼吸は、身体の中に目覚めを起こしてくれました。
 今日は成人の日。我が町佐倉でも臼井にある佐倉市民音楽ホールで、市内を3地区に分けて成人式が行われました。
 令和4年の民放改正により法律上は18歳をもって成人となりましたが、多くの自治体では20歳をもって成人式を行なっており、式の名称も「20歳の集い」なるところもあるとか。
 それはそれて自治体の皆さんが頭を捻って考えついた素晴らしい名称ですが、宮司としてはやはり「成人式」の方が好きだなぁ。
 三連休の納めの日とあり、初詣として今日も多くのお参りをいたましたが、晴れ着姿のお嬢さんも多く来社。お参りの後に同伴の家族と共に記念撮影。
 その華やかさに一般の参拝者も目を細め、やはり晴れ着っていいよなぁと思いつつ、その華やかさに消されるが如くのぎこちない背広姿の若人も中中に良かったですよ。
 宮司が成人式を迎えたのは33年も前になりますが、同級生の父親が市長と県議会議員をしておりまして、挨拶にもアットホームな雰囲気ガチ・笑
 久しぶりに会った同級生の晴れ着姿も、綺麗だなぁと少しく見惚れていたのを思い出しました・微笑
 今年成人式を迎えた方々は、中高の青春真っ只中の時代を流行病禍の中で過ごすなど、卒業アルバムには他の時代とは違う内容となっていると思います。
 それはそういう時代だったからしょうがない。そう言ってしまえばそれまでですが、今夜あたり、昨日に式のところは昨夜でも良いんですが、マスク姿ではない旧友と盃を傾けながら、沢山語らいをして下さいな。
 
あわやテントが [令和8年1月11日]


 昨日の朝刊だったか、高市首相が通常国会冒頭に衆議院解散を検討していると読売新聞が報じました。そして今朝の新聞各紙の一面はそれ一色。
 真偽の程は解りませんが、衆議院解散は総理の専権事項であり、衆議院は常在戦場と言われますから観測気球も兼ねて首相周辺から何かしらを流したと見るのが宜しいかと。
 高市政権発足後、なにかと政党支持率が低空飛行どころか、年齢層によってはほぼゼロという左翼政党にはたまったもんじゃないみたいで、早速キャーキャー始めておりますが、そんなんは捨てておけば良いのであって、衆院選って政権交代のチャンスなんだから、堂々と受けて立つくらいの事がなんで言えないのかなぁ・笑
 政界には解散風が吹き荒れ始めましたが、巷では昨日からの暴風が今日はより暴れまして、各地に被害が出ているようです。
 三連休の中日。南南西からの暴風が吹き荒れた一日となりましたが、それでも多くのお参りを頂き、12時台を抜かしては午前9時半から午後3時半のお式までご祈祷が続きました。
 風が止むことを願い、そしてこれからの対処のために時間が出来るとスマートフォンで天気のチェックをしておりましたが、予報では暴風のピークは過ぎているのに、目の前では風が音を成して吹いている。
 それが段々と強くなるのがわかりまして、新社務所から参道を挟んだ位置に設営をしている第一テント授与所が暴風に煽られてあわや倒壊の瀬戸際まで。
 ご祈祷の際に着装する狩衣を脱ぎ捨て、すぐさま第一テントに向かい、テントの周りに張ってある横幕の下三分の一を択仕上げて風を抜く対処をしました。
 これにより倒壊は免れたもののテーブルは倒れ、上に乗せてあった空の頒布台も幾つか床に落下。はてはテントの鉄製柱も曲がり、来年の正月に向けて修理依頼をする事になりました。
 まあ、怪我人が出なかっただけでも御の字で、午後5時過ぎにやっと収まった暴風と共に、焦燥感も収まった宮司であります。
 でもね、斜めになったテントをそのままにはしておけませんので、社務所の閉所後に横幕とテント内にあるものを撤収し、途中に夕餉は取ったものの、気がつけば時刻は明日の目の前。
 それで良いんです。また明日から参拝の方々が安心して来社し、麻賀多様の大前に首を垂れる。その環境作りも神主の大事なお役目。
 と、書いているうちに日を跨いでしまいましたので今日の七峯はこの辺りで仕舞いとしましてまた明日、いやもう今日の話ですが、皆さんのご来社をお待ちしております。

あ、今日は鏡開きだった…
 
三連休始めは暴風にて [令和8年1月10日]

「五色が真横になびいて」
 只今午後6時半。この頃定番の「宮司新社務所で一日を振り返りながら」の時間でございます。
 今日も多くのお参りを頂く中で、本日のスタッフは宮司・智勇権禰宜に加えて禰宜画伯が筆耕としてバックグラウンドに入ったので、昨日よりも参拝者が多い中にあっても比較的スムーズにご案内が出来ました。
 それでも授与所カウンター担当の智勇権禰宜は午前9時の社務開始から午後5時の閉所まで、ほぼ一日中動きっぱなし。昼ごはんもお弁当として朝に用意してありましたが、その時間も無く。
 まあ昼ご飯が食べられないのはみんな一緒ではありますが、広く人手不足が叫ばれている時代にあって、うちもどうにかしないとなぁと。これば宮司の責任でもありますので、今年の目標の一つとして人材確保を掲げたいと思います。
 今日から三連休。当地では佐倉七福神一社六寺の一つである甚大寺さんが初金毘羅でご縁日なので、七福神巡りの方が多く来社しました。
 午前11時くらいまでは本当に穏やかな気候で、このまま行ってくれればと、今日の天気予報を知っている宮司はまさかを願っておりましたが、結果は予報通りの暴風になっていきまして、最大瞬間風速は18メートル。
 境内のいろんなものが飛んでいき、その度に回収をして参拝者の安全確保を御祈祷の合間にしまして、今日は何回着替えたんだろうと。着替えるって結構疲れるものですよね。
 この暴風の原因はロシアのハバロフスク付近にある低気圧に向かって反時計回りで風が吹き込んでおり、佐倉は南南西の風なので寒くはないのですが、兎に角早く止んで欲しいのです。
 佐倉でこの状態だと日本海側、特に北陸では大荒れなのは間違いはなく、昨夕に金沢石浦神社の長谷宮司とやりとりをしていた中で、「明日の備えはどう?」としましたら「準備万端です」と。
 その備えで持ち堪えてくれるのを佐倉から願いつつ、本日の七峯はここまで。お付き合いを頂き有り難うございました。
 明日からも頑張りますのでその為の鋭気を注入すべく、今夜もお風呂と晩酌が楽しみな宮司てあります。