七峯の丘から

青紅葉が盛る [令和8年5月14日]

「生き生きしていますね」

「辻家庭園」
 天皇陛下には昨日13日に、皇居内の生物学研究所脇にある水田で恒例のお田植えをされました。
 植えられたのは粳米の「ニホンマサリ」と餅米の「マンゲツモチ」の2種類で、9月に予定されている収穫後は、宮中と伊勢の神宮の祭祀に神饌として供せられます。
 多分ですが、世界広しといえども国家元首が田植えをするのは日本だけだと思われ、もし他国で元首級の方が田植えをしている事例がありましたら一報願います。
 因みに陛下がお田植えをされた田圃、禰宜画伯が所属している千葉県女子神職会の皇居勤労奉仕で畔の補修をしたそうで、陛下のお田植えがニュースで取り上げられると、禰宜画伯は嬉しそうな顔を致します・微笑
 昨日は都心や埼玉方面でゲリラ豪雨があったようで、ところによっては雹も降ったんだそうです。
 太平洋側の暖かい空気に日本海側の冷たい空気が混ざり込んで積乱雲が発生し、それが上記の状況を生むのですが、これから段々と増えていく時期に入るので気を付けたいですね。
 思い出すのが平成12年5月24日、佐倉近辺で降った蜜柑大もある雹の事。
 この年の4月に先代から宮司職を継いだ宮司ですが、この日は兼務の田町愛宕神社で五月祭が行なわれ、文字通りの五月晴れでした。
 祭典後の直会では新宮司就任おめでとうの大賑わいで、呑めや謳えやだったところに空模様が怪しくなり、冷たい風が吹いたと思ったら暗黒の空からいきなり雹が降って来て、その後に暴風雨。
 5分くらい経って雨も上がり、空は先程までと同じく雲一つない晴天に戻っていました。
 これは大変だと、直会を切り上げて帰社。そこで目にしたのは、雹と泥と若葉がついた枝に埋まった境内でした。
 社務所の硝子も割れて、近隣ではガレージのアクリル製の屋根が突き破られ、車のボンネットはボコボコに。
 境内を復旧させるまでに1ヶ月近く掛かったでしょうか。兎に角大変な思いをしました。
 その時は未だ東参道もなくて、御殿もシロアリが上がっているなど、雹被害以前に大変だったのですが、30前だった宮司は動けましたね。やっぱり若いって良いなぁ。
 雹にやられた境内の木々は若葉も皆散ってしまい、それは可哀想な姿になってしまいました。
 折れているのは剪定をして、スカスカになったところには植樹をしてと動いていると、枯れ枝なども目に入るので、本格的な境内樹の整備に入ったのです。
 これはまた書くとしまして、そんなことを思い出すのがしながら境内を歩いていると、東参道付近の紅葉が青青として、それが陽の光を空かしてとても綺麗です。
 今年の紅葉は葉の勢いが例年より強く感じますね。葉の数もそうだし、枝の伸びも強いようです。
 今月2日に金沢石浦神社の春季例祭に献幣使として参向をしましたが、直会会場となった辻家庭園(前田家家老旧横山家迎賓館)の青紅葉が素晴らしかった。
 新社務所建設にあたり、心ならずも大きな紅葉を切ったので、若く勢いのある紅葉を育成して、長い目での境内整備に活かしていきたく思います。
 
お土産はSATSUKIで [令和8年5月13日]

「受かって左に見切れております」

「この色がまた良いんです」

「鋭意作文中」
 作曲家でジャズピアニストの大野雄二さんがこの4日に亡くなったと、公式サイトで発表がありました。
 享年84歳。ご冥福をお祈りすると共に、代表曲である「ルパン三世のテーマ」に心躍らせた世代として感謝の気持ちでいっぱいです。
 大野さんと言えばルパン三世のテーマと思い込んでいた宮司。今日の七峯を書くに当たって少し調べてみると、なんとNHK「小さな旅」のテーマ曲「光と風の四季」も手がけられていたんですね。
 この曲も宮司は大好きで、あのひなびたというか、懐かしさが込み上げてくるような曲調が心に響きます。
 改めて大野雄二さんの御霊が安らかでありますよう、一足先に旅立たれたルパン三世の原作者であるモンキーパンチ先生とあちらの世界でも仲良く製作活動に勤しんで頂きますように。
 昨日はホテルニューオータニ幕張で、千葉県神社庁設立80周年・千葉県神社総代会設立70周年記念式典と祝賀会が開催され、千葉県内外より640名の参加者を頂きました。
 宮司は神社庁理事として参加者をお迎えする立場で、大きな徽章も胸にスポットライトの眩しい雛壇におりました・笑
 昭和20年8月15日のポツダム宣言受諾より9月にはGHQによる占領政策が始り、12月23日には所謂神道指令が出され、国と神社とが史上初めて分離をさせられました。
 内務省神社局の後継として神社関係3団体が集結して21年2月3日に神社本庁が設立。それを受けて3月16日に千葉県神社庁が設立されていますので、47都道府県の神社庁の中ではかなり早い時期と言えます。
 宮司は初任神職研修会で神社本庁史を受け持っているので、設立当時の経緯や出来事は大まかに頭に入っておりますが、その勢いと切迫感を受講生に伝えるのはなかなか難しく苦労をしております。
 さて、話は祝賀会の後に移りまして、ニューオータニと言えばパティスリーSATSUKIというくらいケーキが美味しく、宮司はこちらにお邪魔するとお土産に「豆かん」なる豆かんてんを買って帰ります。
 これが禰宜画伯の好物でして、今日はすこぶる機嫌が良かったように感じます・笑
 その禰宜画伯、この24日に齋行する新社務所竣工奉告祭の斎主を務めることになっており、目下その際に奏上する祝詞の作文に追われております。
 祝詞は祭典や御祈祷の内容により中身が違いまして、今回のような特殊な神事の場合には時間を掛けてじっくりと作文をするんですよ。
 今日も新社務所の談話室に1人籠もって、参考資料や祝詞例文集を読みあさり、一文字一文字を積み重ねておりました。
 豆かん1つで足りるか心配ですが、無事に竣工奉告祭が相済みましたら幕張のニューオータニにお連れしましょう・微笑
 
佐倉は大和芋の産地です [令和8年5月12日]

「お供えに一箱」
 イラン状況により原油が足りなくなると盛んに煽る一部野党とそこに乗っかるオールドメディアですが、6月に国内原油がショートすると言っていたわりに5月も中旬に入ってきたわけで。
 お値段の高低は有るものの、ガソリンスタンドには長蛇の列は出来ていないし、東日本大震災の時って本当に危機だったんだなと思い出す宮司です。
 因みに石油精製時に出来るナフサ。これを原料にして私達の生活に関わる多くのものが作られているのですが、これが足りなくなると煽ったのはTBS系の報道特集。
 この番組を見た業者が材料確保のために一斉にメーカーへ発注を懸けたのが原因で発生したのが資材不足の始りで、オイルショック時に起こったトイレットペーパー買い占めと同じ構造なんですよ。
 今日は神社の西側道路で路面舗装の工事が行なわれております。新社務所建設に伴いガス管を埋設した後の工事です。
 原材料となるアスファルトにも石油が使われておりますが、工事費用も上がっているのかな。
 さて昨日の話になりますが、兼務の小篠塚地区で井戸埋のお祓いを奉仕して参りました。
 水は生活に欠かせないものっで有り、私達の身体を形成する上でも大事なものですよね。
 井戸には水神様と井戸神様がいらっしゃって、掘るときよりも埋めるときの方が丁寧に祭典をする方が多いです。
 今回は畑に散水をするために使っていた井戸で、高台にある畑なので随分と深く掘っているものでした。
 その畑で作られているのが大和芋。今はJAちばみらいとなっていますが、以前はJA佐倉市でして、その時は佐倉市内に大和芋農家が75軒有ったそうです。
 それが今現在では23軒。軒数で言うと3分の1以下に減ってしまい、高齢化も合せて収穫量はそれ以上に減っているんだとか。
 宮司が兼務する長熊地区は佐倉市内でも有数の大和芋産地で、11月の新嘗祭には新米と合せて大和芋が山のようにお供えされました。
 それがここの数年で一気に減り、今では6本程度にまで減少。その替わりにお野菜が増えた印象がありました。
 その事を今回の施主さんに話したところ、長熊では7軒の大和芋農家があったところ、今現在は3軒になったそうで、やはり高齢化でこの先は解らないそうです。
 佐倉産の大和芋は味と粘りが良く、寺崎地区にあるJAちばみらいの直売所や市内のスーパーでも売っています。
 大和芋畑では種芋の植え付けが済んで、秋の収穫に向けて土の中で沢山の養分を吸収して大きく育ちます。
 これから暑くなってきますので、食欲減退期にも喉ごしがいい大和芋で鋭気を養ってみてはいかがでしょうか。
 「佐倉はお味噌の産地です」、これはヤマニ味噌さんのキャッチコピーですが、佐倉は大和芋の産地でもあるんですよ。
 
暫し代用にて [令和8年5月11日]

「暫くこちらで」

「拝殿の社号額」
 なんでもアメリカ軍がペルシャ湾で拿捕したイランの貨物船に、弾道ミサイル製造に転用可能な化学物質が積まれていたそうな。
 それがなんと中共で生産されたものだそうで、アメリカのワシントンポストやフォックステレビも速報で流したそうで。
 米中首脳会談直前の今にアメリカにとっては余りにもタイミングが良く、中共にとっては最悪の事態に。
 でもね、冷静に考えると、アメリカは拿捕した船に中共産の化学物質が積まれている情報をキャッチしていたと思うんですよ。
 情報ってとても大事。日本もやっと内閣情報局以上の機関を作る法案が国会に提出されそうです。
 これにスパイ防止法までいけたら尚更良いと思いますが、この法案に反対している勢力って何かやましいことでもあるのかしら。
 スマートフォンを持った段階で個人情報なんて筒抜けなわけだし、なにをドキドキしているのでしょうね・笑
 今日も爽やかな気候の佐倉。外仕事も捗るもんですが、余り気張ってやると翌日以降に響くので、それなりくらいにしている宮司です。
 今日は午前中に昨日定休日だった地元のお店に出掛けて、竣工奉告祭と竣工式に参列される方への手土産を発注。
 これで予定している3店全部の発注が済み、その後は責任役員3名のお宅を回って、所轄庁提出書類に署名と捺印を頂き、あわせて竣工奉告祭の式次第と役割分担表をお渡ししました。
 祭典斎行まで2週間を切り、その間にも伊勢の神宮へ出張もあったりと、相も変わらず時間に追われております。
 そんな中、今日は御殿前に掲げている提灯を交換しました。以前のもが経年劣化で提灯の脇がぱっくりと開いてしまい、まるでお化け提灯の様になって仕舞いました。
 早宇替えなきゃと思いつつ時間は過ぎていき、竣工奉告祭をむかえるに当たり流石にこの提灯ではマズいと重い腰を上げた宮司。
 ただ、新たに懸ける提灯を発注するにも竣工奉告祭には間に合わず、当座は御例祭で大神輿が中輦する御旅所のもので代用することに致しました。
 そうと決まればなんですが、乍ら引っ越し継続中の当社にあって、御旅所用の提灯をどこに仕舞ったのか、捜索をするところから始まりまして、1時間掛かって新社務所2階の倉庫から無事発見。事なきを得ました。
 今掛かっている提灯は「麻賀多神社」と揮毫されておりますが、以前のものは「麻賀多大明神」と拝殿の額と同じ文字を表記しておりました。
 江戸時代迄は麻賀多神社と麻賀多大明神の両方をを使用していた当社。明治になり麻賀多神社のみの仕様に変わりましたが、大明神号の名残は大神輿渡御の掛け声「明神祭りさらば久しい」にあり、今でも身近な言の葉なのです。
 秋の御例祭に明神号の入ったは真新しい提灯が掲げられるよう、逆算をしながら発注を懸けたいと思います。
 新社務所は完成しましたが、長い歴史の有る神社。何かと経年劣化が進んでおりまして、物入りなのは頑張るしか有りません・微笑
 
梅シロップをお出しする日は [令和8年5月10日]

「大きくなってきました」

「見た目より多いです」
 連日のように磐越自動車道で起きた部活動遠征中のマイクロバス事故の報道が流れておりますが、相も変わらず辺野古での違法ボート事故について、産経新聞以外は殆どだんまりなオールドメディア。
 両方とも無辜で前途ある高校生が大人の身勝手により亡くなっているのは一緒で、命の差って有るのでしょうか?
 普段、平等とか命は地球より思いとか、差別をするなとか声高に叫んでいる勢力って、自分達の立場が悪くなると途端に黙り。それ以上に責任転嫁や無かったことにしたがりますよね。
 今年2月の衆議院総選挙、国政政党でそちら側の勢力が惨敗に終った理由が未だに解らないのでしょうね。
 そしてらですねぇ、こういうのが流れてきました。自民党の有志議員が高市政権の政策を進めるために「国力研究会」なる新たなグループを立ち上げたそうです。
 筆頭は麻生太郎副総裁で、その他にも茂木外務大臣や小泉防衛大臣、そして小林政調会長など、昨年の自民党総裁選で高市首相と戦った面々です。
 オールドメディアは高市首相は自民党内にブレーンがおらず孤立していると、散々パラ流しておりますが、取材を通してではなく「そうなって欲しい」という願望で記事を書いているのかしら。
 そしそうだったらかなり気楽なもんですし、それで視聴読者をだませると思うならその商売は辞めた方が良い。世の中に不必要この上ないです・微笑
 今日は5月の風の別称である薫風が境内を爽やかに吹き、鯉のぼりも孕みて元気に泳ぎ、それを見て参拝者もより笑顔になった一日でした。
 祈祷番は智勇権禰宜。授与所担当は巫女さん一人でしたのでずっと動きっぱなしで、2人ともよく頑張りました。
 でもって宮司といいますと、朝一で今月行なう新社務所竣工奉告祭と竣工式の参列者にお持ち帰り頂く品の第1段を地元のお店に発注。
 今日は2店舗にお伺いをしまして、本日定休日のもう1店舗は明日に発注に伺います。
 帰社してからは午後3時過ぎまでず〜っと境内清掃と樹木の枝払い。ざっと5時間近く動いておりましたが、やっと長い時間をとって作業に入れたので大変満足している宮司です。
 今回手を入れたのは摂社の三峯神社まわりと東参道入り口で、枯れている枝の伐採と何本も繁茂している八ツ手の剪定と伐採です。
 作業をした場所で見えるところでは、神社駐車場から東参道標柱の竹垣の中。ここは八重山吹を植栽していますが、八ツ手等が成長しすぎて山吹に追い被さっておりました。
 今日は第1段で山吹まわりを整理して、この先に第2弾として地面に張っている山吹を株ごとに束ねて起き上がらせる予定です。
 伐採や刈り込んだ枝葉は本殿裏から新社務所裏を通ってコンテナに運びますが、その際に本殿真裏に植栽してある南高梅が目に入りました。
 結実してから数ヶ月経ち、前回見たときよりも実がかなり成長しており、尚且つ今年は生っている数が多いので、収穫がとても楽しみです。
 当社では収穫した梅の実を禰宜画伯が梅シロップに加工して、夏場のお茶の時間に職員で飲んでおります。
 クエン酸が沢山入っているので、汗をかく夏場には持って来いの梅シロップ。市販品ではないので使用する砂糖の量も加減が出来ます。
 長く務めてくれた巫女の中には、毎年この梅シロップが楽しみという子もいて、新社務所が出来たらカフェで出しませんか?と提案もあったんですよ。
 宮司の頭の中にはまだまだ構想がありまして、その一つが境内でのカフェ営業です。
 実際には事業開始による宗教法人規則の変更や収益の納税対応、食品衛生法など保健所への申請があり、今日の明日に開店が出来るというわけではありません。
 そして一番の課題はカフェ営業に従事する人員の確保で、少子化でただでさえ分母が小さくなって職員の確保が難しくなっているところに、それ以上の人員を確保するには宮司は並みの努力では済まないと思います・笑
 でもね、いついつ実現するか解らなくても構想や夢って、幾つ持っていても良いと思うんですよ。
 ゴールの時期を定めて逆算的に動き始めるのも手ですし、今は未だその時ではないと構想を練り上げるのも大事。
 沢山の構想を一つでも実現できるよう、先ずは今月の竣工奉告祭と竣工式、そして夏に掛かると思われますが、奉賛頂いた皆さんへの返礼品発送を無事に相済ませたく存じます。
 
お休みだけど公務の上洛 [令和8年5月9日]

「楽しそうですね」

「合せてみます」

「良き日です」
 風が強い佐倉です。昨日は北関東で雷雨だったそうですが、もっともとそういった天候の地で夏が近づいている証拠でもありますね。
 この地域は太平洋からの温かい風に日本海側から入る冷たい空気がぶつかり合って、立派な積乱雲が出来るので雷が多いのです。
 雷や別雷、重なって雷雷など、社名に雷の文字が入る神社が点在するのも北関東ならでは。
 そのような神社を回ってみるのも地域風土や文化を学べる良い機会ですので、真夏は避けた方が良いかもしれませんがおでかけしてみては如何でしょう!?
 今日の千葉日報1面に気になる記事がありまして、総務省消防庁の発表によると今月1日から3日の間に全国で熱中症で救急搬送された人数が102人で、そのうちの13人が千葉県。
 数でいうと千葉県が一番多く、日にちでは本州が高温となった2日が69人で最多となったそうです。
 熱中症は真夏、猛暑や酷暑のイメージがありますが、寒暖の差が激しい今の時期は身体が暑さに慣れていないので注意が必要だそうです。
 外での活動も増えてくる季節。外作業やスポーツでも、まだまだ頑張れるとかよりも、少し多めに休憩を取る方が良いですね。
 大型連休も仕舞いになってという間に今日は週末で、仕事や学校からお休み気分の抜けない方も多いと思われます。
 宮司と禰宜画伯、今月初めに金沢石浦神社の春季例祭に献幣使と友好神社神職として参向と参列を致しましたが、一応これは公務出張でして、6,7日と京都に出掛けてまいりました。
 大型連休仕舞いの6日ですので、下りの東海道新幹線はガラガラ。乗っているのは日本人よりも欧米系が多い様に見受けられました。
 あの方々は曜日は関係なく来日していますので当たり前なのですが、ここはどこの国の電車なんだろうと思うくらいの外人率の高さ。
 京都駅に降り立ちますと、上り列車のホームに向かう日本人の波と、改札から京都の街に繰り出す外人の波がはっきっりと分れ、宮司達は後者の波に乗っていきました・笑
 お休みではあるのですが目的が2つありまして、京都に到着した6日に京都五山第二位に列する臨済宗相国寺派の大本山相国寺で行なわれている特別展の拝観。
 翌7日に当社神職の装束奉製をお願いしている下鴨の羽尾装束店に伺う、この2つのみの用事で上洛を致しました。
 相国寺は室町幕府の足利将軍家と縁の深いお寺で、江戸時代には伊藤若冲が菩提寺として数多くの絵画を奉納しており、若冲のお寺ともいわれております。
 今回の特別展は、明治維新での廃仏毀釈と明治政府の施策で相国寺が受けた出来事と、寺存続をどのようにしてつなぎ止めたのかという、ある意味では余り触れないことが多かったないようです。
 詳しくは下記HPをご覧頂きまして、ここにも若冲の存在が大きく関わっている。若冲の絵が禰宜画伯にも大きな影響を与えている。それが今回の相国寺訪問の理由です。
 7日の午前10時半、羽尾装束店にお約束少し前に到着。ご主人の羽尾義和さんとは電話やSNSでしょっちゅうやり取りをしておりますが、お目に掛かるのは流行病以前のことで懐かしく嬉しい再会となりました。
 当社の神職装束は主に羽尾装束店と東京の大槻装束店で仕立てて頂いており、御例祭などの大祭に着ける装束の男子正服と女子正装は7割方で羽尾装束店奉製となっております。
 ここ数日の七峯で夏の衣替えを幾度か取り上げていますが、夏装束でも素材や生地の織により重さや清涼感が違うんですよ。
 秋の御例祭は立冬の前なので夏装束で奉仕をしますが、大祭式と続く大神輿渡御に正服と正装で供奉するので、ここ数年の気温上昇で装束内は汗だくの状態になっているんです。
 特に女子の正装は、宮中の女房装束を基礎として立案されているので重ね着が前提となっており、下着から数えると7枚も着る事になるのです。
 このままでは禰宜画伯が大神輿渡御の供奉が出来なくなる可能性もあり、この先に気温が20年も前の状態に戻るとも思えないので、より薄地の生地で新たに正装を誂えることに致しました。
 羽尾さんのところはHPにも有るように、女子装束にかなり定評があり、縫製の丁寧さはもちろん揃えている生地も他の装束店では見る機会が少ないものが多いです。
 禰宜画伯と羽尾さん、共に絵心のある2人なので色目や文様、そして大事な生地の風合いなどを、ああでもないこうでもないとあっという間の1時間半。
 今回は正装の唐衣(からごろも)と単(ひとえ)の2領をお願いして、生地の選定が済んだ際に禰宜画伯が「ああ、楽しかった」と漏らした言の葉が羽尾さんの心に刺さったと宮司のSNSに書き込んでくれました。
 今年の御例祭に間に合うように9月下旬に納品の予定を組んでくれました。本当に奉製依頼が多い装束士ですので、ご無理言っていないか有り難いです。
 てなことで、結局2日間のお休みといってもお宮の公務でしたが、京都を離れる前にそれぞれの時間を取り、宮司は新京極近くの屋台でお天道様の下に美味しく濃いめのハイボールを頂き、気持ち良く帰倉をしました。
 あとは納品までに確りと装束代を貯めること。頑張ります!!


臨済宗大本山相国寺
https://www.shokoku-ji.jp/

羽尾装束店
https://www.hao-joshisinshoku.com/
 
本殿裏の改修始め [令和8年5月8日]

「刈り込み開始」

「真榊脇の雑木も」

「新しい熊笹が待ち遠しいです」
 またも高校生が犠牲になる事故が起きてしまいましたね。新潟県の私立北越高校が部活動の遠征試合に使った車が、磐越自動車道でガードレールに衝突して生徒1人が亡くなりました。
 学校側と自動車を請け負ったバス会社の言い分が、全く合致しない異常事態となっておりますが、辺野古沖で修学旅行中の高校生が亡くなったのと同じで、全てに大人の責任感の無さと無能さの現れだと思います。
 先ずは亡くなった生徒に対する哀悼の言の葉からであり、責任の押し付け合いは見るに聞くに残念を通り越して怒りすら感じます。
 七峯でもすっかりお馴染みとなったオールドメディアは、鬼の首でも取ったように学校とバス会社を取り上げていますが、同じ様にお仲間のレフトサイトが起こした辺野古の事も取り上げなきゃおかしいでしょ。
 京都府丹南市の事件も辺野古隠しのように連日報道していましたが、これからはバスの事故一辺倒で行くんでしょうね。
 昨日の七峯では摂社の若宮稲荷神社関連について書きましたが、今日もその付近のことについて取り上げようと思います。
 今現在、若宮様は本殿東側に仮遷座中で、予定では夏前を目処に元の鎮座地にほど近い新社務所北側に御殿を戻して、正遷座祭を齋行する算段となっております。
 その際に若宮様の御殿が通過する場所が、麻賀多神社本殿裏でして、当然の事ながら仮遷座の際もここを通って移動をしたわけです。
 新社務所の建設工事中、本殿裏は通行止めとなり、隣地との境に植栽してあった真榊と梅の木も数本を伐採しました。
 宮司が麻賀多神社に禰宜として赴任してから、家族と一緒に朝に夕にかけて土まみれになり一生懸命に植栽した木々。伐採をするのも最小限に留めたっかったのですが、現実にはそうも行きませんでした。
 本殿裏が通行止めとなった約2年間、祭典に使用する玉串を作るためにそこに植えてある真榊を取る以外は、宮司も滅多に立ち入っておらず、色々な植物が繁茂する状態になっておりました。
 昨年の大晦日から通行止めを解除して、以前のように御本社のまわりを一周ぐるっと歩けるようにした際に、余りにも繁茂してしまった熊笹を通路側の20センチほど刈り込みを行ない、歩きやすくしたんです。
 そうしたらですね、刈り込んだ奥の熊笹が背丈が高く成長しすぎて、通路側に倒れ込むところが出てきました。
 熊笹の葉は煎じるとお茶にもなるのですが、皮膚の弱い方が触ると、葉に有る産毛でかぶれる恐れがあるんですよ。
 その時は応急処置をしてお正月も迎えましたが、元の背丈に戻すには一度全部の熊笹を刈り込んで真っさらにして、新芽を生やす必要があります。
 ここ数ヶ月、この作業をしたいと思っていた宮司。大型連休も仕舞って、今日は週末ではありますがお参りも少ない様子だったので、思い切って作業に取り掛かりました。
 ここで犠牲となったのが佐藤出仕。朝の境内掃除をしていたところに、宮司から本殿裏で作業をするからと呼び出され、お昼前には完了するかと思いきや、連なる真榊の間にいつの間にか生えていた雑木も伐採をする運びとなったので、結局丸一日宮司に付き合う頃になりました・笑
 でもね、ただ単に作業をするのではなく、そこに植えてある木々や草の話。榊から良い形の玉串を取るには、どのように剪定をすれば良いのかなど、四方山話を交えてなので「勉強になったし楽しかった」ですと話してくれました・微笑
 境内にはまだまだ、手を付けなければならないところが沢山有ります。佐藤出仕には当分付き合って頂きましょう。
 
若宮さん鎮座地工事中 [令和8年5月7日]

「隣家もほぼ見えなくなりました。

「麻賀多神社の鳥瞰図」
 株式投資などは行なっていない宮司ですが、世の中の動きがわかる指標の一つとして気にしております。
 で、今日の日経平均株価は史上初の62,000円を超えまして、終値も62,833円と上げ幅も3,320円高とまあびっく。
 アメリカとイランとの戦闘に和平案が決まりそうとの報道によるものなのですが、それ以外に160円をつけた為替が日本政府の介入があったであろう155円台まで上がったので、複合的な要素があると思います。
 株や円相場は儲かる方もいれば損をする方もいるわけで、有事になるとより一層その傾向が高まります。
 宮司は思うんですよ。すごく儲けた方は社会に対していっぱい還元して下さい。沢山儲けた方は社会とご家族に沢山還元して下さい。ちょっと儲けた方は家族旅行か自身のご褒美に使って下さい。それが社会に利益を還元する、お金をまわす方法なのですから。
 新社務所建設に伴う外交工事も終盤に入っておりまして、千本鳥居から突き当たりに擬竹の塀がとりつけられました。
 御殿と新社務所の間に作った千本鳥居。元々この場所には境内摂社の若宮稲荷神社に通ずる石畳の稲荷参道があり、新社務所建設に伴い若宮様の仮遷座と稲荷参道の撤去を行いました。
 麻賀多神社御祭神である稚産霊命(わかむすびのみこと)様の御子神である豊受姫命(とようけひめのみこと)をお祀りしているので若宮様と称し、佐倉の旧家では敷地内にお稲荷様を祀るのもここに起源があります。
 若宮様の仮遷座地への移動な際に本殿が載る礎石も解体して、施工を下さった大崎石材店に預かって頂いておりますが、掘り起こしたら2段ほど土に埋もれていたのが見つかり、正遷座の際には今までよりも50センチほど高くなる見越です。
 擬竹の塀が完成して地面を均して若宮様の本殿移築。それから本殿まわりの整備をして、擬竹の塀前に植栽をします。ここまでで今月の新社務所竣工奉告祭と竣工式には到底間に合わないので、今夏に収まればいいかな。
 
昨日が立夏でした [令和8年5月6日]

「色目が違いますね」

「桃香くん」

「春陽くん」
 今、国内のレフトサイドの方々には不安が交錯しているというか、疑心暗鬼というか、自分達の仲間であるオールドメディアにすら裏切られていると思っているのではないでしょうか。
 戦争反対と国会前に2万人以上が集結したと、また全国各地で憲法改正と武器輸出規制緩和の反対集会が行われているとSNSで盛んにアップをしておりまして、世論は俺たちの問題と。
 なんですがね、オールドメディアでも特にレフトサイド側であるJNN系(TBSの6チャンね)がおなった高市内閣の支持率が、なんと先月から2.7ポイント上がっての74.2パーセントと来たもんで。
 「笑」って付けたいところですが、そちら方面の方々が余りにも不憫と言うか可哀想と言うが、察しに余りあるのであえて付けません。
 こう書きますとね、宮司もいやらしいなぁって七峯フリークの氏子さんがニコニコしながら話しかけてくれますので、あたしはそれで十分です・笑
 昨夜、皆さんは菖蒲湯に入りましたか?入るというか浸かるの表現が良いなとも思いますが、宮司もしっかり肩まで浸かり顔も洗いまして、その効果か今朝も頗るご機嫌で朝拝に上がりました。
 宮司家の男子は今のところ宮司と智勇権禰宜、そして生き狛犬でチワワの珠京と弥来と春陽と桃香。後者の方が多いんですが、ちゃんと神主は菖蒲の葉を鉢巻きにしての風呂上がり。
 生き狛犬達は禰宜画伯が作ってくれた菖蒲鉢巻きを、なんだかよく分からないままに頭に載せられてですが、今朝のご飯はいつもより食が良かったです・笑
 そして昨日は立夏。暦の上では夏の始まり。今日まで大型連休なので神社近隣の登下校は明日からですが、制服も衣替えとなり上着無しの夏服となりますね。
 当社では5月と11月の月次祭に合わせて斎行する神御衣祭から神職も衣替えとなります。
 今月1日の七峯にも書いた事ではありますが、実際にはまだ寒い日もあるのでその時次第として、暫くは冬装束と夏装束の併用期間となります。
 冬装束と夏装束の一番の違いは布地の織り。冬は綾織もの、もしくは固地でして、夏は紗となるので肌触りと重さが全く違います。
 画像は宮司が着ける神職身分二級上(にきゅうのじょう)の袴。右が冬袴で左が夏袴。両方の袴とも総裏仕立てですが、表生地の違いで色目が随分と違く見えますね。
 上記のように重さも違いまして、毎年2回の衣替えの時には、冬から夏は軽さに驚き、夏から冬は重さをどっしりと感じます。
 因みに神職身分ニ級(紫色)と三級までが着ける浅葱色(見た目は水色)は裏地を付けることは稀で、宮司は今の身分に昇級してから雨儀などに二級袴を付けるとその軽さに驚きます・笑
 
葉先が先の懸け菖蒲 [令和8年5月5日]

「鳥居の懸け菖蒲」

「麻も添えて」

「三本菖蒲の前立て」
 昨日の強風は予報に反して今朝方まで吹いており、宮司宅もミシミシと音をたてておりました。
 この音、令和元年9月に千葉県を直撃した台風15号の時とそっくりで、あの恐怖が思い出されるくらい嫌なものです。
 思い出すに台風が佐倉の真上を通過した際、風がピタッと止まり、数分後に途轍もない風が再び吹いたのは、台風の目に入ったから。
 台風の目、それがどんなに恐ろしいものか、宮司の母方の祖父にその話を聞いたことがあるんです。
 昭和29年(1954)に起きた洞爺丸台風事故の事で、それまで台風による暴風雨で函館港からの出港を見合わせていた青函連絡船の洞爺丸が台風の目に入り、時化も止んだので出港。
 そうしたところ、再び台風の目からはずれてしまい暴風雨にみまわれ、洞爺丸を含む青函連絡船5隻が遭難。洞爺丸は沈没して乗員乗客1139名が犠牲となりました。
 祖父の家は漁師で仲間と荒れ狂う海に漁船で出発して、できる限りの救助をしたそうです。
 残念ながら亡くなった方も収容したと話しており、台風が来たときは少し収ったからといってすぐには行動してはいけないと教えてくれました。
 この事故が切っ掛けで、それまで凍結されていた青函トンネル計画が再度動き始める事になったのです。
 今日も枕が長い七峯ですが、それだけ台風は怖い、昨日の暴風という自然は怖いんだと思いまして、今日の穏やかなこどもの日を迎えました。
 こどもの日については、今日を挟んで祝日の意味や出生数などがテレビや新聞、そしてSNSで流れておりますので割愛を致します。
 こどもの日、それは端午の節供でして、大昔は毎月最初の午の日を表わしておりました。
 端というの「ははじっこ」と言う意味なので解りやすいのですが、それが現在の5月5日になったのは「午・ご」が数字の「五・5」と同じ音でして、いつの時代からか今日の日になったと言われております。
 端午の節供といえば色々思い出されますね。鯉のぼりに兜、柏餅に菖蒲湯なんてところが有名でしょうか。
 その菖蒲、屋根の上に投げての「菖蒲葺き」や束にして玄関先に懸ける「懸け菖蒲」なんてのも有るんです。
 いずれも菖蒲湯と同じく、菖蒲の香りや刃の様な葉先で邪気を祓うと言われていますね。
 懸け菖蒲、当社でも行なっておりますが、一般的なものと違って葉先を上にするのが特徴です。
 これは佐倉藩士の兜に付けられている前立てが「三本菖蒲・さんぼん」しょうぶと言われてるもので、当社の懸け菖蒲と同じく葉先が上になっているんです。
 どちらが先かは不明ですが、当社所蔵で明治39年(1906)に家老の佐治家より奉納された甲冑にそれを見ることが出来ます。
 佐倉城、その天守閣は文化10年(1813)に盗賊が落とした明かり取りの火種が元で焼失してしまいます。
 普段の天守閣はシンボル的存在であり、実際に藩主がそこに登って城下を望む事はしませんでした。
 何に使っていたかというと倉庫。佐倉藩では武器庫として使っており、そこが火事で全焼したので藩としてどのような備えしていたのか再度調べる事になったのです。
 その際に作られた武具の本に佐治家甲冑そっくりの既述と絵図があり、その事からこの甲冑は上級の佐倉藩士が着用する基本形と解ったのです。
 今現在、新社務所祈祷待合室に併設している文化財収蔵庫で常設展示をしており、神社行事などが無い限り職員に声掛けをして頂ければ拝観をして頂けます。
 今日は端午の節供ですので、いつもより多くの拝観があり、沢山の歓声と驚きの声が聞こえました。
 さて、午後7時も近くなってきたので今日の七峯はこの辺にして、今夜は菖蒲湯に浸かり良い気分で就寝することに致しましょう。