| 御例祭神札の奉製 [令和8年9月8日] | |
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奄美諸島付近に居座っていた台風24号がいつの間にやら熱帯低気圧になったのですが、これが秋雨前線を刺激しているので、本州の太平洋側は軒並み雨模様。 当地佐倉は雨降りがいつまで続くんだろうと言うくらいに降っておりまして、地中の水分量が多くなっており土砂災害の危険性が高いまます。 先程気象庁から線状降水帯発生半日前予測が出され、千葉県では今夜半から明日の明け方に掛けて線状降水帯の発生する可能性が急激に高まるそうです。 今現在(午後5時)では三重県北部から愛知県、そして岐阜県南部に線状降水帯が発生しており、その影響で東海道山陽新幹線が運転見合わせかダイヤに乱れが起きています。 このところ頻りに耳にする「線状降水帯」なる気象用語ですが、公的資料では平成26年(2014)の8月豪雨が最初とされ、令和3年(2021)6月から気象庁が線状降水帯に関する情報提供をし始めたので、一般的認知度が高くなったとか。 それでも希に有るくらいの認識でしたが、今夏(暦の上では秋だけど)はほぼ毎日のように日本列島のどこかで発生しているので、知らない方はいないんじゃないかと思います。 スコールって感じでしょうか、少し前にザーッと音をたてて大粒の雨が降りましたので、内水氾濫が起きていないことを願っております。 こういう空模様ではお参りも少なく、宮司としては神社の経営も鑑みなければなりませんので困ったものなのですが、そのぶん社務所内での内職的な作業は非常に捗ります・笑 10月の御例祭まで約1ヶ月となり、今日は氏子町と兼務社それぞれに授与する御例祭神札の奉製を行ないました。 御例祭神札は例大祭の大祭式でお祓いをしたものを、祭典後に各氏子町の祭礼委員長に授与するものです。 麻賀多神社分ではその年の大年番町は大木札で、その他の氏子町1尺の箱形神札となります。 今年の大年番は上町・宮小路町第一・宮小路町第二ですので、大木札3体に朱文字で「大年番」と町内名を墨書します。 兼務社分も大木札で奉製しますが、こちらは無地のものに神社名を奉書してから社印を捺します。 板地に印を押すって実はとても難しく、かすれることも儘有るので、その際は朱の筆で色を重ねるんですよ。 氏子町の箱札神札の奉書は今年始めて佐藤出仕が行ないまして、町内名を記す筆を持つ姿には緊張感が垣間見られました。 そうそう先日、写真家の花澤信幸先生が来社し、またまた先生の作品を大きく引き延ばしたパネルを奉納頂きました。 その全部とはいかないのですが、新社務所の祈祷待合室に展示をしましたので、来社の際にはお立ち寄り下さい。 祈祷待合室が消灯しているときは、近くの職員に声掛けをして頂ければ照明を付けますのでお気軽にどうぞ(*^_^*) |
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| 九頭龍神社の例祭では [令和8年9月7日] | |
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昨日のお話になりますが、秋篠宮悠仁親王殿下が20歳の御誕辰日を迎えられました。 誠におめでたく、慶賀の至りに存じますと共に、筑波大学での御学業、そして公務にとお忙しい中にも色々な物事を吸収し、将来の帝としてお育ち願いたく存じます。 只今午後6時少し前。雨音もほぼ聞こえなくなり、蝉の鳴き声が境内に響いております。 昨日から降り続いた雨。一時期は大雨警報も発令され、JR佐倉駅付近の表町全域と鏑木町二丁目には高齢者避難指示が発令されていました。 今現在は大雨警報から注意報に、そして高齢者避難指示も解除されましたが、上流に降った雨はこれから下流域へと流れてくるので、未だ全面的に安心とはいかない状況です。 そして問題なのが道路の冠水と稲刈りを目前にした田圃への流水でして、8月13日の千葉豪雨からの復旧が完全では無い中に、再びの冠水ですので、集荷量はかなり減ることが予想されます。 SNS上では田宮寿人衆議院議員と奥野総一郎前衆議院議員が、行政への働きかけをしている様子が順次アップされています。 現と前では有りますが、おふたりとも地元のために一生懸命に動かれており、友人の一人としてとても力強く思います。ありがとうございます。 今日の七峯はほぼ昨日の話題で締めるのですが、昨日は佐倉市城の九頭龍神社で例祭のご奉仕を致しましたが、数えること28回目の奉仕の中で大雨となったのは今回を含めて2回のみ。 昨年の画像を見ると驚くくらいの快晴で、額に汗をして奉仕しているものでした。 祭典後の直会は屋外でして、大型のテントを設営して頂いたので余り濡れることもなく、そして手作りのお料理と厳選されたオササを頂き、毎年の事ながら帰社したときにはこれ以降使い物にならない宮司です・苦笑 当社が管轄する地域の神社では九頭龍神社が秋祭りのスタートで、ここから10月下旬までのロングラン奉仕が始まります。 近頃、急速にオササに弱くなった気がする宮司でして、それでも他の人よりも多いと禰宜画伯に怒られてばかり。 ごめんなさいと言うことで、本日の七峯はここまで。 ※ 帰宅時には道路の冠水場所、通行止めの情報を確認して下さいね。 |
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| 御例祭駒札が立ちました [令和8年9月6日] | |
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ここ数日、佐倉では東の風が吹き続いております。これは奄美諸島付近に停滞している台風24号が左回りで、東北に貼り出している高気圧が右回りなのが原因。 2つ歯車が逆方向に、要するに内向きに回っているのと同じ構造になっており、そこに湿った空気が引き込まれているので、雨模様が続いているのです。 そして予報では明日未明に掛けて関東では多いところで250ミリの雨量が降ると出ておりますので、浸水や土砂災害には十分に気を付けましょう。 今日は御例祭の負担金を氏子町が納める「麻賀多割り」の集金業務が、新社務所において今年度大年番の上町・宮小路町第一・宮小路町第二の神社役員の下に行なわれております。 場所は祈祷待合室でして、時折賑やかな笑い声も聞こえて来まして、集金が円滑に行なわれているものと・笑 麻賀多割りの日は毎年9月第一日曜日となっており、それ以前の氏子総代会で決議された予算案により金額が決定されます。 御例祭の準備にはいろいろなものがありますが、昨夕に神社石垣下に御例祭行事の日程を記した駒札を立てました。 当社の御例祭、本来であれば10月14日からの3日間で行なうのを本義としておりますが、社会情勢を鑑み30年ほど前から祭礼行事を10月第二金曜日からの3日間としております。 今年は初日を10月9日として11日迄の3日間に設定。勿論、本義の日程も神社としては御例祭期間なので、1週間近いロングランとなります。 そう言えばの話なのですが、駒札を立てている場所は佐倉城へ向かう大手通。この通りが来年度以降に大規模な改修工事が始まりまして、その際には一時ですが駒札を始めとする看板類が立てられなくなります。 佐倉市役所の打ち合わせでは、10月の御例祭には掛らない工事日程にするとあるのですが、建設業界も色々と社会情勢に流される時代ですので、より緊密に打ち合わせを行なっていきたいと思います。 因みにその担当者も当社の氏子さんで、秋の御例祭にも率先して参加しているので、そこのところは宜しくといった感じかな。 小雨が降る今日ですが、佐倉市城の九頭龍神社でこれから御例祭の奉仕があります。 殿内での祭典ですが、賑やかな直会は屋外のテント下なので、どうにかその最中だけでも雨が止んで欲しいです。では行って来ますね(*^_^*) |
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| 今日も部屋干し [令和8年9月5日] | |
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SNSの一種であるFacebookには「過去のこの日」という機能が有りまして、1年毎に遡って自身がアップした今「今日」を見ることが出来ます。 それに因りますと1年前の佐倉は大雨警報が出ておりまして、2年前は境内で保護した子猫の里親が決まり、少し飛ばして5年前は東京2020パラリンピックの閉会式が行なわれておりました。 東京オリンピックとパラリンピックはご存知の通り中共の武漢発流行病の影響で開催が一年遅れ、その上無観客でした。 もう随分と昔のように感じますが、今思うと観客を入れても問題が無かったんじゃと思うのは宮司だけでしょうか。 それはそうと、迷走している台風24号と妙に影響を受けちゃっている秋雨前線により、鹿児島県の屋久島では記録的な大雨となっております。 当地へは千葉の神職仲間で宮之浦岳の登山と縄文杉を見に言った経験がありまして、その際にガイドさんから「屋久島はとても雨が多いので、晴れるのはラッキー」と言われました。 慈雨は自然とそこに代表する縄文杉を育てるのですが、過ぎたる雨はその地域ごと流してしまいます。 毎日のように日本のどこかで線状降水帯が発生する時代になりました。他人事ではなく、そこに雨を降らせて言える雲はいつ何時、自身の真上に湧くんだという気持ちを忘れないで欲しいです。 今日の佐倉は午前中から降ったり止んだりの空模様でして、ご多分に漏れずお洗濯ものはほぼ毎日、部屋干しをしている宮司家です。 今日は禰宜画伯がお出掛けだったので、久し振りに宮司が洗濯物をしましたが、神職は一日に着替えることが沢山有るので、一回の選択の量も結構多いんですよ。 足元にじゃれつく生き狛犬達を構いながらも洗濯物を干しまして、もう一回洗濯機を回しましたのが宮司と智勇権禰宜が会合で羽織った袢纏。 当社の神職が羽織る半天の背中には佐倉藩最後の藩主である堀田正倫公の揮毫による「麻賀多神社」の文字が染め抜かれています。 この文字、鳥居の社号額に記されているもので、戊辰戦争が終結し京都で新政府方に幽閉されていた正倫公が帰倉して、その御礼を麻賀多神社にしたためた際に揮毫したものなのです。 時は明治3年でして、社号額と七峯にも幾度となく登場する仙台積みの石垣も一緒に奉納されました。 袢纏などの和物を干す際にはハンガーではなく衣紋掛けを使いましてこれは和装の形状、特に首から肩と腕に伸びる袖が一直線になっているからなんです。 これを乾す際には広い場所が必要となるので、今回は木造社務所の縁側を使って干しまして、木造ならではの吸水性の良さを感じました。 そして午後からは本当に久し振りの青空が拡がり、それに釣られてか蝉も元気よく鳴いておりました。 只今午後6時を少し回ったところ。昼間の蝉の声も秋の虫の音に交代をしましたね。 明日は佐倉市城の九頭龍神社が11時から例祭で、こちらも祭典後の直会がとても賑やか。予報だとお昼くらいから傘マークなので、どうにか保って欲しいです。 |
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| 桜黒猫ポストから例大祭案内状 [令和8年9月4日] | |
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昨年11月に行なわれた茨城県の神栖市長選挙。開票の結果は候補者が同数というなんとも珍しいものとなり、選挙管理委員長のくじ引きで当選者を決めた事もあって、記憶に残っている方も多いと思います。 こういう時って、落選した方は票の数え直しや無効票の点検を主張するもので、数え直しの結果、当選した木内市長側の票に「まんじゅうや」や「だんごや」があり、それが友好かどうかの東京高裁判決が昨日出たのです。 それを報じたが同日の読売新聞夕刊一面に目を見張った宮司。判決は無効となったのですが、その記事の下には栗きんとんを作っている記事と写真が。 どう見たって狙っているとしか思えませんで、目を見張った後は申し訳ないと思いつつ笑わせて頂きました。 狙ったのかなぁ、夕刊だから編集する時間も短いだろうしただの偶然なんだろうかと思うも、結果として神栖市長の椅子はどうなるんでしょうね? 奄美諸島付近に停滞する、と言うか迷走なのかグルグル回りをしている台風24号が秋雨前線に湿った空気を送っているため、遠く離れた千葉の佐倉でも不安定な空模様が続いております。 今日の宮司は午前中に工場の大型倉庫の竣工式を奉仕。化学薬品などの危険物を収めるので、耐火と耐震が確り施されているものでした。 帰社しましてからは命名の依頼をうけた禰宜画伯が鑑定した選名書の奉製や、庶務をしているあいだにお昼となって暫しの休憩。 午後からは10月9日に齋行する麻賀多神社例大祭大祭式への案内状を責任役員と来賓各位に送付を致しました。 気が付けば御例祭まで一ヶ月強となり、週末毎に神社境内西側にある山車と神酒所の倉では氏子さん達が点検と諸準備に追われております。 その様子を見まして神社側も早め早めの準備をしておるのですが、何かと時間に追われる季節の到来を感じます。 案内状は全部で24通。もっと多くの方々にご参列を頂きたく、またその様なお声も聞こえるのですが、24名に神社役員を加えると拝殿のキャパシティではこれが限界なんです。 新社務所の竣工にあたっては、神社役員の竣工奉告祭と来賓と特別奉賛者の竣工式と2回に別けられましたが、御例祭の大祭式はそうもいきませんので・・・ 郵便離れが言われて久しいですが、神社界ではまだまだ郵便でのやり取りが一般的で、それに付けまして当社の石垣角には丸型の郵便ポストが有るので何かと重宝をしております。 ただね、今現在の郵便は土曜日の配達がなくなり、郵便物をポストに投函しても発展途上国並みにいつ届くんだろうという時間の掛り方。 なのでここ数年は、例大祭の案内状送付は早めに行なう事にしております。 石垣角に有る丸型ポストは、数年前に佐倉東高美術部により桜と黒猫に仕立てられており、それを目当てに来る方もいるんですよ。 写メを撮るだけではなく、折角なのでしたためてきた手紙を桜黒猫ポストから投函するってのも良いんじゃないかな。 と思い,企画を立てていた宮司ですが、今のところ未だ現実にはなっておりませんので、もう少し温めてやってみようかな。 |
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| 大気が不安定です [令和8年9月3日] | |
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そう言えばのお話なのですが、改正道路交通法施行令の施行が9月1日にあったのをご存知でしょうか? 何が替わったのかと申しますと、生活道路を走行する自動車の最高速度が時速60キロから30キロになったのです。 生活道路とは地域住民が日常的に利用する道路のなかで、中央線や車両通行帯のない道路を指しており、神社前の通りもまさしく生活道路なんです。 生活道路では自動車の事故がその他と比べて比率が高く、神社前の通りを見ても結構飛ばしている車も散見されます。 特に朝夕は通学路となっているので、神社近隣を通過の際には徐行するくらいの感覚でお願い致します。 今日の宮司は朝から作業作業長業で、その事を七峯に書こうと思っていたのですが、最後の作業を終えて工具を仕舞う算段となった時、多分午後4時過ぎなのですが、大粒の雨がぽつりぽつりと落ち始め、あっという間に大雨となりました。 お陰様でほぼ濡れることもなく、御殿前に出している義捐金箱やチラシ類もすぐに仕舞えたのでほっと一安心。 午後4時過ぎに始めて自分のデスクに座った宮司はスマートフォンで雨雲レーダーを見るのですが、そこには真っ赤な帯が佐原から成田、そして佐倉へ帯状に掛っており、これって線状降水帯なのではと一気に不安になりました。 先月13日の千葉豪雨では何度も線状降水帯が発生して、驚く量の雨が降った佐倉。あの記憶は当分消えることは無いでしょう。 今日はそこまでではないようですが、昨日は青森県で、その前は北海道でも線状降水帯が発生しているので用心に越したことは有りませんね。 大気の不安定な日が続きます。晴れの予報でも外出の際は折りたたみ傘を持参した方が良さそうですね。 作業付けだった一日なので、全身汗と埃まみれになっておりまして、新社務所から宮司宅に戻ったら早速お風呂に入り、禰宜画伯の作る夕餉を頂くとしましょう。 皆さん今日もお疲れ様でした(*^_^*) |
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| フジクラ賀来神社例祭 [令和8年9月2日] | |
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余りこういうのから書き始めたくはないのですが、立憲とそこから分れた中道なんとかと、そこにくっついた残りの公明が、予想通り合流が不可能となりまして、いつも通りの決められないことを決めたそうです。 そして中道なんとかとは分裂するそうで、結党から7ヶ月という、最早お笑いでしかない。それも歳費という税金を頂いて仕事をするといった事がまるで理解していない集まりなのが改めて露呈したとう。 先の総選挙でこちらに投票した方って、何を基準にしたのか宮司には見当も付きませんで、そこから衆院千葉9区に立候補した奥野総一郎さんには選挙前に離党を進めていたのにね。 これで次期総選挙で政権交代を訴えるって言うんですから、そして食料品へ掛る消費税を廃止するって言ってたのに、今になって財源はどうするんだとか、机の上のお勉強は出来るんですかという典型なのでしょう。 そんなのは捨て置きまして、今日は佐倉第一工業団地内にある株式会社フジクラ佐倉事業所に鎮座する賀来神社(がらいじんじゃ)の例祭日で、宮司が出向し祭典奉仕を致しました。 鎮座は事業所が開設された昭和44年(1969)年で、当時の社名は藤倉電線でその本社に鎮座するお社から御分霊をお迎えしたのです。 その由来は大分県にあり、彼の地では賀来と書いて「かく」と読むのだそうで、フジクラで「がらい」と社名を読むようになった経緯は不明だそうです。 フジクラのHPには創業者が賀来神社を崇敬し、そして社内に鎮座された所縁も掲載されているので、ご興味有る方はご覧下さい。 祭典は11時半からなので、その後に直会としてお弁当を頂く習わしとなっております。 以前は事業所長を始めとして役職員と労働組合、そして協力事業者等、多くの参列と盛大な直会がありましたが、今はそれも無くなり宮司がお弁当を頂き帰社する形式になっております。 しかしながら、このお弁当が毎回相当の力作で、食事は朝と夕方の2食としている宮司ですので、賀来神社例祭の日の朝食は本当に軽めにしているんですよ。 今回は祭典の模様を撮影できなかったので代わりにお弁当をアップして、皆さんにも画像ですが美味しさのお裾分けを・微笑 この画像、禰宜画伯にも送ったのですが、その返信に送られてきたのが大きな西瓜の画像。 なんでも富里市農協の直売所に行ったとかで、西瓜が大好きな禰宜画伯にピッタリの秋西瓜なるものを購入したそうです。 この西瓜の話はまた記したいと思いまして、今日の納めは「佐倉の秋祭りカレンダー」の委託販売が始まりました。 表紙は今年の秋祭りポスターと同じく麻賀多神社大神輿と宮小路町第一の御神酒所で、撮影者は我らが写真家の花澤信幸先生です。 内容も昨年の写真がふんだんに使われており、花澤先生の作品と共にボランティアの学生が撮影したものも1ページに使われております。 このカレンダーは、当社と佐倉商工会議所、そして佐倉市観光協会で1本1000円で販売しておりますので、是非お買い求め下さい。 御例祭の行なわれる10月から始まる佐倉の秋祭りカレンダー。ページの枚数が少なくなるとお祭りが近くなる構造となっております。 ・株式会社フジクラ「先哲の室」 https://www.fujikura.co.jp/company/history/ |
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| 御祭礼木札守の頒布開始 [令和8年9月1日] | |
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今日から9月。長月の月次祭を齋行し、玉体の御安寧と皇室の弥栄、国の繁栄と氏子崇敬者各位の平穏を祈念致しました。 また熊本地震を始め千葉豪雨、そして北陸3県の水害からの復旧復興も合せて、麻賀多様の大前に頭を垂れました。 そういう今日は「防災の日」。103年前の大正12年(1923)に関東大震災が発災した日です。 190万人が被災し10万5000人余りがなくなるか行方不明となる、未曾有の大惨事でした。 地震の発生時がお昼近くだったこともあり、昼食の準備で火を使っていたほか、日本海沿岸を北上する台風があり、その台風に吹き込む強風が関東地方に吹いていたため延焼が広がったものと考えられています。 そして更なる延焼を招いたのが、避難民が持っていた家財道具。布団や箪笥を大八車に積載し、そこに火の粉が降ってきて至るところで火災が起きたのです。 東日本大震災は津波で亡くなる方が多かったのに対して、関東大震災は圧死よりも焼死の方が多かったとされ、家財道具を持っての避難は今でも注意が必要です。 今日は政府による総合防災訓練が実施され、日本海溝・千島海溝地震を想定し高市首相が本部長となり、首相官邸に設けられた災害対策本部で北海道の鈴木知事、青森県の宮下知事とオンラインで説明を受けました。 常に備えよとはよく言いますが、熊本地震からのことを思うと、兎に角平穏な日常の有り難さをつくづくと感じた1ヶ月でしたね。 当社では毎年9月1日から、10月の御例祭に氏子さん達が首から掛ける「木札守」の頒布が始ります。 御守のサイズは大と小の2種類で、それぞれに「令和八年大祭」の印が捺してあります。 御守のサイズと同じく、御例祭にも「大祭」と「小祭」があるのをご存知でしょうか? 当社の場合、大祭は大神輿の渡御があるお祭りで、小祭は大神輿がお休みのお祭りを表わします。 宮司に就任した平成12年は大神輿の渡御がお休みでしたので小祭で、翌13年は渡御があったのが大祭。 なのですが、その年に大神輿が破損する事態が起きたために14年は修理中により渡御がなかったので小祭。 それ以降は毎年渡御を行なっておりましたが、令和元年は台風襲来のために急遽、渡御が中止となったので木札守には既に「令和元年大祭」の印が捺してあったりと、木札守の印一つを取っても感慨深く奉製作業をしております。 今年8月は台風の発生数が60年振りに10個となり、今現在も日本近海には2個の台風があります。 今週末はその1つが九州方面に近づく可能性があり、停滞すると関東にも影響が出るとの予報が出ております。 暫くは雨にもご遠慮願いたいところですが、空模様は自在にはなりませんので、せめて二次被害が出ないことを願いつつ、10月の御例祭は秋晴れの下で斎行したい宮司です。 ※ 昨夜は佐倉七福神会の役員会でして、その帰りに久し振りに佐倉のゆりかご大衆食堂「幸龍」でカツカレーの頭を頂きました。 やっぱり美味しかった(*^_^*) |
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| 支援物資を北陸へ [令和8年8月31日] | |
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只今午後5時少し前。七峯を書いて改服をしてから佐倉七福神会の役員会にと思っていたところ、スマートフォンに「伊勢市中心部で火災」と表示。 NHNONEニュース・防災アプリからの通知で、早速ライブ配信を見てみると、近鉄宇治山田駅前のアーケード街で大規模な延焼中。 ここは小さな吞み屋が軒を連ねており、伊勢出張時には仲間と二次会などで立ち寄る場所なんです。 先ずは消火、そして人的被害が出ていないことを願うばかり。映像を見ながら「あのお店、あの店主は大丈夫だろうか」と心配をしております。 9月には伊勢の神宮内宮で行なわれる神宮大麻暦頒布始奉告祭に千葉県神社庁11支部を代表して参列するので、宇治山田駅に降り立った時、その状況を目にする事になるでしょう。 災害と言えば、昨日は福井県でも線状降水帯が発生しをし、勝山市では一日で340ミリもの大雨となり、坂井市などでは大規模な浸水が起きました。 これで北陸3県が線状降水帯による水害を受けたことになり、宮司の所属する佐倉ライオンズクラブでも友好クラブである金沢ライオンズクラブを通じて支援物資を送付することになりました。 その仕分け作業を行なったのですが、その前の午前中にはライオンズクラブ国際協会333-C地区(千葉県)の地区災害支援委員会により、佐倉市災害ボランティアセンターでキッチンカーによる炊き出しを行なって頂きました。 メニューはカレーとフランクフルトで、それぞれ100食が準備され、ボタンティア活動から帰ってきた方々のお腹を満たしてくれました。 その陣頭指揮は地区災害支援委員会の柿沼委員長で、別名ビビアン柿沼と呼ばれておりまして、災害支援(アラート)のスペシャリストです。 宮司はこの6月末までこの委員会の委員長職にありまして、もし自分が今委員長だったらこの様な支援活動は出来たのか、自問自答をしております。 この日のボランティアには千成幼稚園の南園長も参加しており、お味の程は今度伺ってみたいと思います。 と申しますのも、ライオンズクラブでは炊き出ししたものは被災者やボランティアが最優先であって、自分達では食べる事はほぼ無いのです。 一人でも多くの方々に召し上がって頂く。ほっとした笑顔に私達は満足なのです。 話を北陸への支援物資に戻しますと、今回は農産部での水害被害が多くて、そうなりますと河川や用水路からの越水が原因と考えられます。 その様な場合は水に細菌が入っていることが多く、ただ洗い流せば良いというものではないのです。 なので土嚢袋やタオルなどの基本的な支援物資と一緒に、ゴム手袋や洗車ブラシ、そしてキッチンハイターなどの洗剤類を梱包しました。 13日に起こった千葉豪雨でも河川からの越水はありましたが、自動車の水没などの理由として大きかったのは内水氾濫。 要するに側溝などの排水機能が雨量に対して間に合わず、低地でなくても水が溜まってしまったことに因るのです。 この場合でも溜まった水には細菌はおりますが、河川に比べるとその量は低くいので初動時点ではハイターなどは使いません。 土嚢袋ですが、実は千葉豪雨に対して金沢石浦神社の長谷宮司より送って頂いたものをストックしていた分でして、出戻りのような形になりますが北陸で活躍して欲しいです。 それでは今日の七峯はここまでとして、最後までお付き合いを頂ありがとうございました。 明日は9月1日。九月守のお祓いもしましたので、新たな気持ちで1ヶ月間を過ごしたいと思います。 |
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| 明日は九月守の日 [令和8年8月30日] | |
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今日もすっきりしない空模様の佐倉。気温も30度以下で時折小雨も降っており、境内の植物は喜んでいると思われますが、もう少し太陽が欲しいと思う宮司です。 とは言え、余りにもカンカン照りも困ったもんでして、無い物ねだりなんですよね・笑 良い塩梅、縮めますと「いあんばい」になりますが、これがなかなか難しい。宮司は器用なようで不器用なものですから、反省しきりな毎日です。 残すところ8月も今日と明日。明後日には9月が始まりまして、とにかく今年は新社務所の竣工と今でも続く「乍ら引っ越し」ですので、日の経つのが早くて早くて、壮年というか中年の宮司は結構バテております・苦笑 さてと、明日は九月守のお祓いを行なう日なのをご存知ですか?と書く前に、そもそも九月守って何?ですよね。 「九月守・くがつまもり」とは8月末日にお祓いをする行事のことで、当社ではお祓い・塞神三柱神札・御守護の3点をひと組として頒布をしております。 夏から秋へと季節の変わり目に体調を崩さないように、また台風などの風水害で農作物に影響が出ないように。それを無事に頂けるように家族や家の中をお祓いするのです。 当社では兼務神社の地域に神社役員を通じて頒布をしておりますが、本務の麻賀多神社管内においては神社役員を通じての頒布は行なっておりません。 先代宮司の時に頒布を止めてしまったようで、まあこれを書くとそれ以上のこともあるのでここら辺にしておきますが、困ったも置き土産が多いのです・苦笑 兼務地域でも九月守の頒布数は年々減ってきており、減少率が高い地域ほど地域としての結びつきや行事が崩壊に近い傾向にあります。 面倒くさい、ただその一言で止める方もおりまして、ご多分になくその家自体が傾いているのも同じです。 毎年決まった、愚直のようでも同じ事を繰り返す大切さ。コストパフォーマンスやタイパと言った考え方で越すことの出来ないのが昔から引き継がれてきた年中行事なのです。 出来数の減少と反比例をして自然災害が増えている、気が滅入るときがあります。お祓いをしたからって自然災害は減らない。本当にそうなんでしょうか? 年中行事を普通に行なっていた時代はこんなに自然災害は多くなかったと思いますし、全てに経済最優先の世の中に警鐘を鳴らしているんだと思います。 只今午後1時半少し前。これからまた佐倉市災害ボランティアセンター顔を出して、そこから佐倉ライオンズクラブの災害支援物資整理に行って来ます。 雨上がる。お空も気持ちもそうあって欲しい。今夜は映画「雨上がる」のDVDを見ようかな。 |
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