七峯の丘から

暑いので装束変更 [令和8年8月2日]

「夏装束です」

「熊本県庁承認」

「可愛いですね」
 熊本地震のニュースが多い中、「そう言えばこのところ酷暑日の話を聞かないな」と思っていた宮司。
 出ました、和歌山県栗栖川で酷暑日となり、この地点では初めての40度越えで、近畿地方としても始めて観測となったそうです。
 近畿の暑さの代表格といえば京都。盆地という地形で夏の京都は兎に角暑いというイメージですが、40度越えはなかったんですね。
 これからはそうもいかないかもしれませんが、以前は夏と冬の京都は観光客が少ないオフシーズンだったって記憶にありませんか?
 それをJR東海が一生懸命に宣伝をしまして、そこにインバウンドまで乗っかってしまい、一年中にっちもさっちも状態です。
 このところは中共が自主的に団体旅行を自粛していますので、少し空気も澄んで五月蠅さも緩和されていますが、個人旅行は相変わらず盛んに訪日しており、中共政府の締め付けもそこ迄ではないんですね。
 今日の佐倉は最高気温が32度予想。昨日よりも3度低いので、何となく過ごしやすいですが、30度といったら一昔前までは大騒ぎでしたよね。慣れというのは怖いものです。
 しかしながら、祭典奉仕で装束を着けるとそうもいかなくなりまして、御殿での一般的な祈祷奉仕の場合、下着・半襦袢・白衣・帯・袴・狩衣となりまして、夏は薄手の生地ではありますがかなり熱いです。
 半襦袢は本来、下着の役目なのでシャツなどの下着は着けなくても良いのですが、それだと着替えるときに汗がそのまま半襦袢に吸われるので、宮司は下着を着けるようにしております。
 夏狩衣も薄手とは言えそれは冬狩衣に比べてとの事なので、どうしても発汗で身体が蒸されてしまいます。
 そこで祈祷奉仕の際に着装する装束を狩衣から格衣(かくえ)に変更することに致しました。
 格衣とは貴族が自宅で過ごす等の際に着装していた略式の装束で、形は羽織のような感じだと思って頂けると良いかな。
 胸の上のあたりから下がっている紐を結んで胸元を開かないようにするので、帯がないぶん装束の脱着が楽に出来ますし、涼しいのです。
 私達はこういう感じで暑さ対策をしておりますが、熊本で災害支援に当たっている自衛隊や警察、また消防関係の方々は長袖にヘルメットと本当に大変だと思います。
 そんな中、台湾の救援隊の腕に付けられているワッペンがSNS上で話題になっているんですよ。
 画像の一番下に添付してあるのがそれで、両国の国旗に熊が2頭、確りと手を取り合っているもの。
 熊は月の輪熊とくまモン系だと思われますが、日本と台湾の月の輪熊は別でして、台湾月の輪熊は台湾の産地にしか生息しない固有亜種で、「台湾の国宝」とも称されているんですよ。
 台湾の先住民族の中には月の輪熊を山の神の使いとして崇め、勇気や知恵の象徴として語り継いで来ました。
 日本のように街中に出没することもなく、史体系が壊れていないという事なのかな。
 このワッペンが市販されると良いなと宮司は思っておりまして、収益が復興資金に充てられれば更に良し。実現しないかなぁ・・・
 
今朝はコロッケでした [令和8年8月1日]

「ついたちお榊」

「コロッケ」
 自民党という政党はどっかの政党と違ってくっついたり離れたりの政党ロンダリングをしない、ある意味、右から左までの幅広い議員がいる政党です。
 高市首相の下に行なわれて2月の衆議院議員選挙では、自民党候補者でも落選して欲しいと思うのまで高市旋風で当選しました。
 いずれにしても己の党が公約として掲げたものを実行するのが筋でして、敬称略になりますが石破や岩屋、小渕や比例四国のなんだったかな、名前も出てこないのが今になって高市首相の後ろから鉄砲で撃つような真似をしてぇおります。
 特に最初の2人が酷くて、自身が首相の時には自党の議員を落選しまくった石破は、食料品の消費税率1パーセントの財源云々って言っていますが、それを言ったら一部を除いて与野党全てと言って良いくらいで消費減税を言っておりましたよね。
 岩屋に関しては、衆院選後に高市首相を支えると豪語して、多分それを信じた人はいないと思われますが案の定、高市路線の何でも反対になりまして、だったら自民党を出て政党を立ち上げてみろと。
 そんな技量もないのですから、理念が合う立憲や共産党に入れて貰えばすっきりしますわ・笑
 その立憲、日教組上がりの古賀千景参議院議員が国会の委員会で、「自衛隊に行く子は貧しい家の子」なる発言をして総叩きになり、でも身内に甘い左翼政党ですので厳重注意というどうでもいい処分を下したわけです。
 その貧しい家庭出身の隊員さん達は今、この暑さの中に熊本の各地で救助と救援活動に額に汗して頑張っています。
 立憲ってお勉強は出来るけどスッカラカンなのばかりだと改めて思ったのが、熊本地震発災の翌日に設置した党の対策本部のヒアリング時になんとその古賀議員がスマホを弄りながら写りこんでいる画像をアップしたんですよ・爆
 もうね、怒りを通り越して腹を抱えて笑うしかないし、中道と公明とまたくっついて政党ロンダリングをするみたいですので、支持者の方はコロコロ変わる政党名に付き合って大変ですね。
 さて、今日は8月1日。葉月の月次祭を奉仕して玉体の安寧と皇室の弥栄。国の繁栄と氏子崇敬者各位の安寧を祈願致しました。
 また通常の月次祭祝詞に付け加えて、熊本地震の収束と復旧復興。未だ復興の道半ばである能登半島へも御神威が届きますように願いました。
 今日の七峯。タイトルの内容はごく短くなりまして、朝餉のおかずは禰宜画伯手作りのコロッケでした。
 社務や家事で時間もなく今はあまり自宅で揚げ物をしませんが、以前はコロッケや天ぷらなど作ってくれたんですよ。
 久し振りに食べた禰宜画伯コロッケ。美味しかったです。近頃また食傷気味の宮司には丁度良い大きさで、御御御付も滑子で有り難かったです。
 今日で54歳となった宮司には、一番の誕生日プレゼントでしたので、明日からも神明奉仕により勤しみたいと思います。
 
摘心は成長の手助け [令和8年7月31日]

「先端を切って」

「摘心1回目完了」

「謝謝台湾外交部」
 令和8年熊本地震の発災から3日が経ちました。人命が助かる確率が高い72時間が過ぎようとしていますが、懸命な救助活動により一人でも多くの命が救われますよう、千葉の地より願っております。
 海外からの支援の声も聞こえており、特に台湾では頼清徳総統を始め卓栄泰行政院長(首相に相当)や多くの国会議員、そして市井の方々まで義捐金を申し出ており、有り難く思います。
 また外務省に当たる外交部でもSNSに「台湾は日本とともにあります」(画像参照)とアップをしてくれました。
 これに比べると同じく隣国でありながら、震災をあざ笑うかのような国もありまして、何とか友好議員連盟って役に立っているんですかね。
  心配なのは日本の南を西北西に進んでいる台風13号の行方。今のところ東日本への影響は少ないだろうと思われますが、沖縄を直撃する進路であり、太平洋高気圧の張りだし具合によっては九州にも大雨が降る可能性が高いです。
 九州へは6〜7日あたりに最接近をする予報が出ていますが、救助、また復旧作業に支障が出る可能性があり、二次災害も心配されるので、祈ることしか出来ませんが、そのぶん頑張って義捐金の呼びかけをしたいと思います。
 明日は8月1日。毎月1日には「ついたちお榊」として、神棚用のお榊を御殿前でセルフ配布をしております。
境内に植樹してある真榊や山榊から枝を採取するのですが、ただ単に枝を切るのではなく脇芽を成長させて、いずれはその脇芽も採取が出来るように成長点を分散させます。
 なので境内の榊の木を見ると枝の先端が切ったあるものが見つかると思いますし、その周りの枝が成長しているのが解ると思います。
 これを専門用語で言うと「摘心・てきしん」と呼びまして、新社務所の「緑のカーテン」として栽培しているゴーヤも随分と蔓が伸びてきたので先端を摘心しました。
 こうすると蔓の分岐が始り、より多くの蔓と葉が縦横無尽に伸びるようになります。
 なので雌雄の花も多く付くことになり、結果としてゴーヤの実もたくさん生るわけですね。
 ただしゴーヤで気を付けなければならないのが「うどんこ病」。葉が茂りすぎて空気の通りが悪くなると、葉の表面がうどん粉を撒いたように白く濁るのです。
 こうならないようには茂りすぎた葉を摘んで風通しをよくするか、当社の様にもともと風通しの良い場所で育てるかですね。
 宮司が境内をふらふらしている時は、たいてい何かの植物を見たりしていることが多く、そこで見つけたものの対処や誘引をするのも大事なお役目なのです。
 
熊本義捐金ポップ完成からの [令和8年7月30日]

「やっぱり山崎パン」

「すき家も」

「こちらのくまモンを」

「風に揺られて」
 今日の佐倉は最高気温予想が36度とこの段階で猛暑日なのですが、風があるぶんそこまで上がっていないのではと思える宮司です。
 でもね、熱中症はいつどこでなるか解りませんので、皆さんにもどうかご安全にして下さいね。
 先日、若宮稲荷神社の狐さんの前掛けを掛け替えたと七峯に書きましたが、取り外した前掛けは正面は陽に灼けていますが裏面は綺麗な赤色でして、糸や布の解れもないので一旦手洗いをして現在、新社務所2階で乾しております。
 明日には乾くでしょうから、そうしたら前掛けがない狐さんに掛けてあげましょう。
 令和8年熊本地震の発災から今日で2日。懸命な救出活動が行なわれている中に震災関連死者数も30人となり、生存確率の低くなる72時間が迫ってきました。
 SNSを見るとイオンモー熊本で起きたガス爆発の瞬間映像が流れ、その他にも熊本城の石垣が崩れる瞬間など、誰もがスマートフォンを持ち得る時代だからこそ撮れた映像がアップされています。
 これらは貴重な資料となりますし、生存者捜索にも資すると思えますが、映像を撮ろうとして二次災害に巻き込まれる可能性も大きいので気を付けましょう。
 そのSNSには日本各地から熊本入りする自衛隊や警察、そして消防関係の様子があり、また台湾を始めとする世界各国からの支援申し出も上がっており、記事を読むにつれ目頭が熱くなります。
 神社界でも金沢石浦神社は今週末から現地入りをして、支援物資の配布などを行なうと投稿があり、情報収集のため長谷宮司より宮司にも問い合わせがありました。
 当社として未だ現地での活動は予定しておりませんが、今現在も継続している能登半島地震復興支援の義捐金活動に熊本地震も加える事に致しました。
 先ずさしあたっては義捐金活動を呼びかけるポップ作りで、熊本県と言えば公認マスコットの「くまモン」ですよね。
 義捐金ポップにくまモンを使うにあたり、使用規則の確認のためにネットサーフィンをすると、なんと熊本県庁内の知事公室に「くまモン課」が有るではないですか!!
 さすがくまモンと思いつつ、我が千葉県の公式マスコット「チーバくん」にはチーバくん課があるのかと・・・・
 それはさておき、くまモンのイラストなどを使用する場合には許可申請が必要なことが解りまして、早速手続きをするにあたり読み進めると、今回の地震における募金活動やチャリティー活動(グッズを除く)で使用する場合は届出制で許諾は不要とのこと。
 なのでHPに掲載されている書式(WordかPDF)に必要事項を記載し、デザイン画と共にくまモン課にメールで送付をして手続き完了となりました。
 問題があれば折り返しの連絡があるそうですが、今のところメールも電話も無いので大丈夫だと思いますし、と書いていたらくまモン課から電話が入り、少し修正をする事になりました。
 自然災害時、食糧支援で山崎パンが会社をあげて活動するのが知られており、今回も既に同社のパンを満載したトラックが被災地入りしています。
 また牛丼のすき家も支援に入っており、今自分達が出来る事を実践しているのがよく判りますね。
 本日の七峯はここまでと致しまして、これからポップの微修正を行ない熊本県庁知事公室くまモン課に送付致します。
 
令和8年熊本地震に思う [令和8年7月29日]

「夏詣前期・立葵」

「宇城市が震度7」

「広い範囲で揺れました」
 先ず以て昨日午後4時27分に発災した令和8年熊本地震において、亡くなりまた被災された方々にお悔やみとお見舞いを申し上げます。
 この話題は後ほど改めて記させて頂く中に、浅間様の御例祭から始まった今月も今日は29日。日々が過ぎる早さを感じますね。
 毎年7月と8月は夏詣期間として前期と後期に別け、夏詣御朱印の頒布をしております。
 今年の夏詣前期としては、御朱印の挿絵を始めて当社の巫女が描画をして、禰宜画伯とはまた違う筆致を皆さんに提供が出来たと思います。
 下からの開花が梅雨明けの指標となる立葵が描かれたもので、題材も絵のタッチも全て巫女に任せました。
 原画を見た際には驚きとセンスの良さを感じ、その道を学び中である彼女の将来が明るい道である事も。
 立葵の夏詣御朱印は今月31日迄ですので、熱中症対策をされながらのご来社をお待ちしております。
 さて話を熊本での地震に戻しますが、気象庁の発表によると震源の深さは約16キロで、地震の規模・力はマグニチュード7.1で、震度7の大きな地震でした。
 震度7の地震は令和6年元日に発災した能登半島地震以来で、熊本では10年前の平成28年(2016)にも2回、震度7の地震にみまわれています。
 付け加えるとこの年は活発な梅雨前線の影響により熊本県内の至る所で河川が溢れ、特に人吉市では甚大な被害が出ました。
 前回の熊本地震の復旧から復興が進んでいた中での今回の地震、10年前を思い出し心の傷が再び痛んでいる方も多いと思います。
 昨夕に映し出された熊本県内の様子では、八代市の城内に鎮座する八代宮の拝殿が倒壊し、境内の石造物が無残な姿となっておりました。
 イオンモール熊本ではガス爆発が起こり、日本製紙八代工場では建物と煙突が倒壊。多くの方が閉じ込められているとの情報もあります。
 電気や水道、都市ガスなどのライフラインも寸断され、この猛暑の中に避難するにも暑さで身の危険を重ねて感じます。
 既に現地では警察・消防、そして自衛隊が救助活動に入っており、民間でも支援活動をしている方もいますし、神社界でも支援の動きが出始めました。
 当社では能登半島地震で被災した神社への義捐金と復興かけ橋御朱印の頒布活動を継続しており、今後は令和8年熊本地震で被災した神社への支援活動も合せて行なってまいります。
 物価高騰の折、皆さんには出費が多い中ではありますが、お志を頂けますようお願いを申し上げます。
 
前掛けも色鮮やかに [令和8年7月28日]

「掛け替え前」

「掛け替えました」
 相変わらずオールドメディアは高市政権の支持率が下がった下がったと大喜びをしておりますが、総選挙から約半年が経っている今、歴代政権ではかなりの高支持率です。
 国会運営がとのご意見もあり、それには一理あると思う宮司ですが、今国会で成立した皇室典範改正案の旧宮家養子案をとっても、これに反対する読売新聞は「評価せず」を45パーセントとしてこき下ろし、産経新聞に掲載された共同通信の世論調査では賛成が51パーセント。
 誤差の範囲なのか世論形成なのかは解りませんが、いずれにしても内親王殿下が皇位に就かれること、そしてそこからの女系天皇誕生は皇統を別物にして廃止を目論む極左の願いである事は皆さんに知って欲しいところです。
 さて、先週末の話になりますが境内摂社の若宮稲荷神社に沢山の狐さんが戻って参りました。
 お稲荷様と言えば赤い鳥居と狐さん。というくらい象徴的な存在で、稲荷神社には沢山の狐の像が奉納されています。
 狐さん自体がお稲荷様と言うわけではなく、お稲荷様のお使い。正式には「眷属・けんぞく」といって一般的には狛犬が有名ですが、三峯神社の狼や大神神社の蛇。三嶋大社の鰻なども有名です。
 浦和(現さいたま市)に鎮座する調神社の眷属は兎さん。これは社名の「調・つき」に所縁するもので、読み方が「月」とおなじなので狛犬ならぬ狛兎が境内にいるんですよ。
 新社務所の建設にあたり若宮稲荷神社の鎮座地がそこにあたるため、約3年間ほど本社本殿を挟んで反対側に仮鎮座をしておりました。
 6月に旧鎮座地の近くに正遷座を行ない、遷座祭も齋行。その後に黒竹の植栽を行ない今の状態となりました。
 そこでなんですが、旧鎮座地の当時にも沢山の狐像が並んでいたのですが、その狐さん方は仮遷座中は倉庫でお休みをさせておりました。
 やっと先週にお稲荷様の素へ戻って参りまして、一同の再会とお稲荷様へのご奉仕が始まりました。
 大きな狐さんには胸元に前掛けが懸けられているのをご存知でしょうか。赤地に錦の前垂れと金銀の鈴が付けられた立派なものです。
 これは若宮稲荷神社への崇敬が深い方から年に数回ご奉納を頂いているもので、奉納の度に作りのブラッシュアップが見られる品なんですよ。ありがとうございます。
 今日の朝拝後に掛け替えを行ないまして、少し色があせたものから色鮮やかな前掛けがとても映えます。
 色が褪せたと言っても前のものも未だ綺麗なので、他の狐さんに付けてあげようかなと思います。
 当社の若宮稲荷神社は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)と豊受姫命(とようけひめのみこと)をお祀りしており、豊受姫命は麻賀多様の姫神にあたります。
 本社でのお詣りの後は、千本鳥居をくぐって奥左側の若宮稲荷神社にも是非お参り下さい。
 
九月守の奉製開始 [令和8年7月27日]

「一体ずつ丁寧に」

「写メはこれのみ」
 昨日は色々な出来事がありました。先ずは夏の高校野球千葉県大会決勝で拓殖大学紅陵高校、通称拓大紅陵が24年振りに優勝。
 そして土用の丑の日でもあり、鰻を食べて鋭気を養ったかたも多かったのではないかと思います。
 宮司は午後から佐原に出掛けてまいりまして、鰻の名店は多いものの向かう先はそこではなくホテルニッポニア佐原商家町ホテルという酒蔵を改造した宿泊施設のレストラン。
 こちら、佐原の小野川付近の商家などを宿泊施設に改造したもので、お値段は結構良いらしいです・笑
 今回は宿泊ではなく西関戸青年会創立60周年記念式典への出席でして、麻賀多神社宮司として来賓のご案内を頂きました。
 なぜ佐原で佐倉の宮司が来賓なのかと申しますと、宮司の生家は佐原秋の大祭が行なわれる諏訪神社の氏子で、その町内が西関戸区。
 宮司も大学生を卒業してしばらくは西関戸区民として、また西関戸青年会員としてお祭りに参加しておりました。
 平成11年に麻賀多神社へ禰宜として奉職後は青年会を卒業という形になり、山車に懸ける注連縄の紙垂作りなど陰ながらお手伝いをさせて頂いております。
 その事もあって、本来であれば卒業生の席に同い年の仲間と着席するべきところ、敬意をもって来賓席。それも区長や顧問と同じ卓と、少しく緊張をするので、なにせ顧問は父親なのですから・微笑
 式典では60年の歩みの紹介と共に、佐原囃子の披露もあり、佐原のお祭りと言えば手踊りですので、宮司も50周年式典以来の10年振りに親子で踊って参りました・笑
 次世代へ繋ぐ若い層もよく育っており、安心してこれからも応援をして参りたいと思います。
 なので当然の如く二次会も設定されていて、懐かしい面々と盃を交わして旧交を温め、21時前初の千葉行きで佐原を後にしました。
 そんなことで今朝の宮司の胃は重めでしたが、ゴーヤと朝顔の様子を確認して社務を開始。
 今の時期の当社は8月に兼務地域で頒布する「九月守・くがつまもり」の奉製をしており、封筒に詰める作業に入っております。
 既に12月に頒布する分までの幣束とお祓い、また紙垂は折り終っており、奉製時期が近くなると竹串に刺す作業も有るんですよ。
 九月守とは8月末日に各家で行なうお祓いのことで、季節の変わり目などで体調を崩さないよう、また秋の収穫が無事に済むようにとの願いが込められています。
 なので農家だけに特化したものではなく、その点が忘れられてきており、年々頒布数が減る傾向にあるのは寂しいですね。
 今現在、新社務所の2階和室で智勇権禰宜が黙黙と奉製作業に取り組んでおりまして、今日は昼餉以外は籠もりっぱなしです。
 作業的には例年と同じか少し早いかもしれませんので、8月に入りましたら兼務の氏子地域に配達を行なう予定です。
 という宮司ですが、まだ耳の奥に佐原囃子の音が鳴り響いており、江戸系である佐倉囃子との違いを楽しんでおります・笑

ホテルニッポニア佐原商家町ホテル
https://www.nipponia-sawara.jp/
 
夏祭りで知覚過敏 [令和8年7月26日]

「鏑木町夏祭り」

「お囃子ナイト」

「ゴーヤの黄色い花」
 新社務所の緑のカーテンになるであろうゴーヤ。今日もすくすくと成長しておりまして、2輪の花が咲きました。
 ゴーヤは雌雄同株といって、1本の茎から雄と雌の花が咲くという性質を持っており、人工授粉をしなくても実が付きやすいんですよ。
 雄花は花の根元が細く実(子房)が付いていませんで、雌花は小さな実が既に付いています。
 一般的には受粉をしてから結実をする植物が多い中で、受粉前から子房が付いているのって珍しいですよね。
 開花をしてから2〜3週間後に収穫が出来るようですので、秋風が吹く前には麻賀多様にお供えが出来そうです。
 昨日は夏休みが始まって最初の土曜日。氏子町でもイベントとしての夏祭りが各所で行なわれました。
 そのうち宮司は鏑木町と二番町・栄町の2ヶ所を表敬して挨拶と懇談をしてきました。
 鏑木町は少し早い盆踊りも兼ねており、大神輿の奉昇員である鏑木青年会と消防団の皆さんが、そして女子連も額に汗をして頑張っておりました。
 流行病下には中止となっておりましたが、それ以前と比べても人出も多くなり、特にベビーカーを押している家族連れが目立ちました。
 将来の青年会員、それを支える方が増えるってとても良いことです。
 JR佐倉駅近くが会場の鏑木町を後にしまして、次ぎに向かったのが京成佐倉駅近くが会場のお囃子ナイトで、途中に神社付近を通過したことになります・笑
 お囃子ナイト、新しい企画でして、二番町と栄町のお囃子方のコラボが実現しました。
 お祭りではそれぞれの町内の山車や御神酒所に乗り演奏をしていますが、この2町内はお隣どうしが縁となり一緒に演奏をしよう!!と。
 普段では見られない組み合わせがとても新鮮で、こちらも子供達が大人に混じりながら稽古の成果を披露しておりました。
 二番町はイベントなどに「二番町キッチン」を出店して町内のピーアールを行なっており、この日もママさん方の手作り料理をご馳走になりました。
 今の時期は氷の入った飲み物が多いですよね。そしてかき氷も久し振りに頂きますと、冷たさが歯に染みました。
 老眼と共に知覚過敏もお友達になって来た、宮司の今日この頃です。
 
祇園後祭は繭結のお迎え記念日 [令和8年7月25日]

「右が繭結です」

「殿は大船鉾」

「南観音山と鷹山」

「四条の御旅所」
 暑い暑いと毎日の様に言っておりますが当地佐倉はまだ良い方のようでして、中部地方の皆さんは茹だっているのではないでしょうか。
 もともと夏の名古屋は暑いイメージがありますが、今特に暑いのはその周辺で岐阜と三重の
両県ではこの21日から毎日のように酷暑日を記録。
 多治見市や桑名市は酷暑日の常連となっており、日本一暑い街として有名だった埼玉県熊谷市やその周辺の地名は未だエントリーせず。これも気候変動なんでしょうかね。
 この暑さの中ではありますが、京都の八坂神社では一ヶ月にわたる祇園祭も仕舞いが近づいて参りました。
 祇園祭というと豪華絢爛な山鉾の巡行が有名ですが、一番重要なのは御神輿の渡御。山鉾巡行はその露払いなのです。
 先週17日に前祭(さきまつり)の山鉾巡行が行なわれ、その後に八坂神社から御神輿が発輿。四条の御旅所に入ります。
 そして一週間後の昨日24日に後祭(あとまつり)の山鉾巡行が行なわれた後に、四条の御旅所から御神輿が発輿。氏子町を渡御して八坂神社に還御をします。
 上記のように2回の山鉾巡行があり巡行路は同じ所を通るのですが、進行方向は真逆。前祭は四条通りを東に進み、後祭は西に進むのです。
 祇園祭における山鉾はいうなれば巨大な掃除機のようなもので、街中に散らばっている疫病の素を吸い集めて、浄化された街を御神輿が渡御をするという構造になっております。
 今年も後祭の宵山と山鉾巡行に出掛けることが出来まして、昨夕に帰倉をしました。
 前祭の山鉾は23基で後祭は11基。その数もさることながら前祭では山鉾で一番有名な長刀鉾が先頭を切るので、やはり前祭の方が人出が多いです。
 でもね、なんでも仕舞いというのが重要でして、後祭山鉾巡行の殿(しんがり)が大船鉾という巨大な船形の鉾。
 三韓征伐から凱旋をされた姿の神功皇后をお祀りしており、なんとも目出度いことこの上ないのです。
 宮司家の生き狛犬の中に祇園囃子を聞いた子がおります。その名は繭結(まゆ)ちゃん。
 河原町のショップにいた子で、お店の前を前祭と後祭の山鉾が通ったので何となく覚えているかとスマートフォンの映像を流すと、ぴくっと。
 上洛をすると必ずお店に顔を出すので、昨日も山鉾巡行の道すがら覗いてきたところ、繭結の出身地である奈良県桜井市から新顔ちゃんが来ておりました。
 気になって店員さんにブリーダー名を尋ねると繭結が生まれた犬舎の方で、店員さんが「ああ、まゆちゃんのお家の方ですよね!!」と。
 繭結、ショップで展示されていた時からかなりの愛嬌ものだったそうで、5年経った今でも店員さんが覚えてくれています。
 その繭結も2児の母。春陽と桃香も3才になりまして、そろそろお嫁さん探しをしなきゃと思いつつ、お陰様で新社務所も竣工をしたので、構ってやれなかった分もこねくり回したいと思う宮司であります。
 
久しぶりのあなたはだぁれ? [令和8年7月24日]




 なんだか毎日毎日やる事が多くて、それはそれで有難いのですが熟睡ができる事が少なくなりまして、久しぶりに昨夜はぐっすりと休ませて頂きました。
 疲れてるでしょうと禰宜画伯から言われるのですが、疲れたと言ったところでより疲れるわけで、心配は重ねて有り難く思います。
 今日の七峯は少し短めでまいりますので、七峯フリークの皆さんにはそれでもお付き合いの程を宜しくお願い致します。
 麻賀多神社この夏の恒例、境内に朝顔棚を設けまして、今年から新社務所での緑のカーテンも始めましたが、朝顔棚のプランターから芽が生えて来ました。
 来年は朝顔の苗とゴーヤや四角豆を植えているプランター。今年はそれが遅くなりまして、カインズ佐倉店にて宿根の朝顔(実際には昼顔)の苗を調達して植えました。
 そちらも細々からすくすくと成長が見られるようになったところで、一週間前くらいだったでしょうか、プランターから芽が生えて来まして双葉から本葉へと成長をしております。
 多分ですが、いや物の本義となりますが、昨年に植えたゴーヤか四角豆の種が落ちたものだと思われまして、毎日のジョウロで水遣りで発芽をしてくれたんです。
 でね、ここからが問題なのですが、生えて来たのは一体なんだろうと言う事。皆さんは葉の形を見てお分かりになりますか?
 今育てている緑のカーテンは昨年にこのプランターで育てたゴーヤ。その葉とも違うのでして、であれば資格になるのですが四角豆の葉っぱの記憶がない。
 ネットで調べれば早いのかもしれませんし、七峯を書く上ではいつもネットにお世話になっている宮司ではありますが、今回は敢えて調べませんで、経過観察をしたいと思います。
 でもって、本日の七峯はこれまで。オチもない中ではありますが、お付き合いを頂きましてありがとうございました。