| 伊勢海老と顔と顔 [令和8年5月27日] | |
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元ヤクルトスワローズのボブ・ホーナーさんが68歳で亡くなったと、今朝のヤフーニュースで流れておりました。 その昔はヤクルトファンだった宮司。その理由としてヤクルトスワローズの前身が国鉄スワローズだった。要するに野球と言うよりも国鉄と縁があるという野球とは全く関係ない理由でした・笑 昭和62年(1987)4月に来日。1年という短い期間でしたが、93試合で打率327と31本塁打を残し、ニックネームの赤鬼は子供乍らになるほどと思いました。ご冥福をお祈りします。 と同時に読売巨人軍の阿部慎之助監督のニュースも入って来ましたが、ご家族との内容なので七峯では触れないことに致します。 昨夜は月一の親睦会「かとー会」が例会場となる佐倉時代屋で行なわれ、美味しい料理とお酒、そしてウィットに富んだ真面目な与太話で盛り上がりました。 この会、元東邦大学佐倉病院長で現在は市原市の五井記念病院長の加藤良二先生と、佐倉青年会議所の後輩で当社の映像編集をお願いしている官林春奈さんと宮司の3人で、「なにか美味しいものを食べて吞んで、情報交換をしよう」というもので始まりました。 その時によってゲストも参加してくれ、昨夜は山万株式会社副会長の林新二郎さんと前衆議院議員の奥野総一郎さんも来てくれました。 こういう会ですので、トーク内容はその時次第で決めているわけではなく、前回は流れで青函トンネル開通秘話的な話を宮司が致しました。 呑み会の会話って当然ながら序盤よりも中盤。そして後半に差し掛かった方が盛り上がってくるもので、今回は林さんが街作りにおいて顔と顔が見える、英語で言うところのfacetofaceの大切さを披露してくれました。 お料理ですが、佐倉時代屋の板長が毎回その腕前を余すことなく振るってくれ、改めて引き出しの多さに驚くばかり。 お造りの中央には大ぶりの伊勢海老がおわしまして、付ける醤油は伊勢海老の味噌を溶かしたもの。 facetofaceの話が出たところで、伊勢海老の顔が宮司の方を向いているのに気付く。目が合いまして、その命は美味しく大切に頂きました その他の料理も美味しいのは間違いありませんが、なんと言っても〆で出てきた伊勢海老の兜で取った出汁の煮麺が絶品。 これでまた手術が頑張れるとは加藤先生の言の葉でして、来月が待ち遠しいのは宮司も一緒。 幸せな口の中をそのままにしたく、かとー会では二次会がほぼ有りません。 21時には帰宅しまして、お宮を見ると水蒸気が多いのか、燈籠の光が優しく広がっておりました。 気が付けば5月も末、梅雨入りが近いのでしょうか。そろそろ夏越大祓の準備もしませんとね。 |
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| 桑の実が生りました [令和8年5月26日] | |
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今日も良いお天気の佐倉。境内の木々の緑も黄緑からより濃くなって来て、縁台で休憩を取る方も気持ちよさそうです。 気になるのは、奄美地方で線状降水帯が発生するとの予報が出ておりますので、その地方の方にはお気を付け戴きたく思います。 この30日に来賓方々をご招待しての竣工式を控える中、出欠の返信が未だ届かずの方もおりまして、さてどうしたものかと。 郵送での返信って時代に合わなくなってきたのかな。土日の集配がないのは痛いですね。 神社への配達は午後なのですが、それが解っていても郵便受けを日に何度も見に行く。携帯電話やメールが無かった時代、大切な手紙を待つようで、若干おセンチになっている宮司です・笑 それでも境内を歩く度に、冒頭に書いたように木々の変化や成長を眺められるのは有り難い事です。 今特に目につくのは桑の木。小さな実が生り、日に日に赤く熟してきていて、それを鳥が食べに来る。 そうして宮司も摘まんでみたりしておりますが、甘酸っぱくて人工的な感じがなくとても美味しいんですよ。 桑の実って糖分を分解する酵素を阻害する効果があるそうで、それによって糖の吸収を抑えるんだそうです。 結果、血糖値を下げるので糖尿病予防やダイエットに繋がるそうでして、宮司が健康でいられるのも麻賀多様の御陰だと、桑の事を調べて改めて感じております。 桑と言えばお蚕さんのご飯ですよね。皇居の紅葉山御養蚕所では皇后陛下が御自らお蚕さんに桑を給されております。 御養蚕をの折り折には御養蚕所内に2幅の神号軸が掲げられ、その1幅には「稚産霊神」と揮毫されております。 この神様こそ麻賀多神社の御祭神でして、印旛地域でも養蚕が盛んな時代には、その品評会の特等に稚産霊神を模した女神像が贈られたこともありました。 その女神像の作者は当社縁の香取秀真。色んなものが繋がる桑の話でした。 |
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| 新社務所竣工奉告祭齋行 [令和8年5月25日] | |
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昨日まで薫風のむすびマルシェで賑やかだった境内も、今日は近くの新町交差点から聞こえる横断歩道の音が聞こえるくらいで、静かに社務を行なっている宮司です。 横断歩道の音、主に視聴覚に障害をもつ方に青信号になった事を知らせるためのもので、ピュアやカッコーカッコーってやつがそうですね。 地域によっては「とうりゃんせ」なども使われていますが、鳥の鳴き声が多いのは解りやすいからなんだそうです。 神社から新町の交差点までは約50メートル。この距離でも良く聞こえますので、自宅前に信号があるお宅はテレビの音なども大きくしているのでしょうか、知りたいところですね。 昨日午後4時より新社務所待合室を祭場に、麻賀多神社新社務所竣工奉告祭を禰宜画伯が斎主、智勇権禰宜が祭員を務めて斎行を致しました。 参列者は施主の宮司と神社役員で、来賓と高額奉賛者の方々は30日に行なう竣工式にお招きをしております。 祭典にあたり斎主と祭員が入場。智勇権禰宜が修祓を行ない、大神輿に麻賀多様の別御霊に鎮まり頂く降神の儀を斎主である禰宜画伯が致しました。 献饌は佐倉近郊で収穫されたものを中心として、撤下神饌であるお煎餅やかき餅もお供えしました。 続く祝詞奏上は禰宜画伯が約一週間を掛けて作文をした大作で、建設に当たっての時系列や神社や氏子さん方の思いを丁寧に奏上しました。 祭典を納めてから佐倉囃子保存会による寿獅子と大黒舞の奉納演舞。竣工というお目出度さに更に華を添えて頂きました。 続く竣工式典では司会を並木町の吉井世話人にお願いしてあり、良く通る声と滑舌の良さにスムーズに進行をして頂きました。 先ず施主である宮司より建物のコンセプトとこれからの使用、奉賛会という大事業にご尽力を頂いた事に感謝の言の葉を申し上げ、続いて神社役員を代表して内田光男責任役員から同じく挨拶を頂戴しました。 流行病当時からの奉賛活動でしたので、神社役員の皆さんには本当にお世話になり、その御礼として各位に感謝状を贈呈。 式典では代表して前大年番の並木町波田野勲総代と横町藤橋和夫総代に、宮司より感謝状を贈呈しました。 そして午後5時から、皆さんのお待ちかねである直会という名の祝賀会が、神社隣の房洲屋で開催。 房洲屋の宴席会場は2階の広間。なので食事の配膳が階段を使う結構な重労働でして、この問題を解決するべくお運びさんも手配を致しました。 でも有り難いですよね、直会準備のために通常営業を臨時休業にしてくれたんです。房洲屋さん、ありがとうございます。 今日はその支払い関係も済ませて少し気が落ち着きましたが、今週末の竣工式はお客さん方を招いてのものなので、こちらの方がより緊張します。 出欠の締め切りが23日なのですが、土日は郵便の配達がありませんので、月曜日の今日にある程度目安が付けば良いなと思っております。 ※ 画像は花澤信幸先生より頂きました。 |
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| 愛宕様からの新社務所竣工奉告祭へ [令和8年5月24日] | |
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今日は田町愛宕神社の五月祭。愛宕様の御縁日は24日。正五九のお祭りに奉仕を致しますが、田町の愛宕様は直会が賑やかでして・笑 いつもは良い感じでのよいよいで帰社する宮司ですが、今日は午後4時より新社務所の竣工奉告祭がありまして、その前提に昨日からの薫風のむすびマルシェも境内で開催中と、かなり盛りだくさんな麻賀多神社です・ 只今午後3時49分。竣工奉告祭から佐倉囃子奉納演奏と竣工式典。その後の直会が神社隣の房洲屋で開催となりますので、2日続けての短い七峯で恐縮ですが、新社務所建設に当たっては宮司は施主なので、斎主を務める禰宜画伯の祝詞を久し振りに拝聴致します。 |
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| 薫風に雨上がる [令和8年5月23日] | |
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天気予報通り昨日までの雨も上がり、清清しく爽やかな朝を迎えました。 今日から2日間に渡り、当社では5月恒例の「薫風のむすびマルシェ」が境内で開催されます。 午前中は風も強くてお参りも少なく、その前に昨日までの天候で境内掃除が間に合わない中にmむすびマルシェの出店者さん方が掃除をしてくれて本当に助かりました。 画像は佐倉囃子保存会の皆さんによるお囃子の奉納演奏。新社務所のお囃子テラスでの演奏も境内の一光景に馴染んできましたね。 明日は薫風に合せて新社務所の竣工奉告祭を執り行います。これからお囃子方と一席がありますが、、程程に床に就くと致しましょう。 |
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| 荒天から好天へ [令和8年5月22日] | |
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教育界と宗教界、共に人を導き育てるという崇高な使命があると思うのですが、そこに巣くう反社会的な輩の存在。 日教組や国会のまわりでデモ活動をしている坊さんや牧師を見れば解りまして、それが全ての方に当てはまらないのは当然として、今回の同志社国際高校と辺野古のヘリ基地反対協議会の黒い繋がりに命を奪われた方、そして心身共に傷を負った子供達は何を信じて生きていくのでしょうか。 高校もヘリ基地反対協議会も嘘に嘘を重ねて、徐々にそれが白日の下にさらされると流石にオールドメディアも報道しない自由を使う事が困難になってきました。信用されない訳ですよ。 さて、昨日に続いて今日も荒天の佐倉です。なのでお参りも少なくその分、明後日に齋行する新社務所竣工奉告祭の準備が捗っております。 今日は式次第と席次表の最終稿と席札を印刷し、ホチキス止めも巫女さんが仕上げて受付関係は準備完了。 只今午後6時を回ったところでして、この後に感謝状を入れる大型の封筒などの買い出しに出掛けます。 外は未だ強風が吹いていますが明日は荒天から好天に転じるようで、薫風のむすびマルシェも予定通りに開催できそうです。 辺野古の海も荒天から好天に転じて、新基地ではなく従来の辺野古基地拡張工事とオールドメディアがちゃんと伝えるときが来ることを、反社会性力の消滅と共に願います。 |
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| 一夜明けての土砂降り [令和8年5月21日] | |
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中共にアメリカのトランプ大統領が行っていたと思ったら、今度はロシアのプーチン大統領が北京を訪問して、そうしたら中共の習近平国家主席が北朝鮮を訪問する予定と、なんだか慌ただしい世の中ですね。 と思ったら、我が国の高市首相が韓国を訪問してのシャトル外交。皆さん元気で何よりです。 しかし驚きますのが、韓国から帰国してその足で国会に登院しての党首討論。どんな体力の持ち主なんだと、気力って凄いなと少し別けて欲しい宮司であります。 その党首討論ですが、45分という時間に6党首が3〜12分の持ち時間を割り振られているとか。 そもそも党首討論って英国国会で行なわれているクエッスチョンタイムを参向にして作られたもので、2大政党制という下地があってなり立つもの。 宮司の持論ですが、日本には2大政党制が馴染まないと思っており、そもそも衆議院の総選挙区にも疑問を呈しております。 2大政党制って、政党の色はあれども国を壊すような政策や言動はしません。それが原則。 そこにあって我が国の政党を見ると、左から極左の少数野党が沢山有る。これを数が欲しい2大政党のどちらかに入れるとしたら、その政党って成り立つのでしょうか? こう書いていると旧民主党が穏健保守を目指していたところに左を入れてしまったために、軒まで取られて瓦解の道を辿ったのがよく判りますね。 その後継であろう中道なんとかと立憲民主党も、旧民主党をお手本とばかりに同じ道を邁進しております・笑 宮司としては自民党が全てではなく他が酷いだけで、日本維新の会や国民民主党、保守党などその政党の政策全部を支持しては居りませんが、保守傾向が強い政党が生まれ育ってきたのは良い傾向だと思います。 今回の党首討論、左色の強い政党は議員数が足りなく参加が出来ませんでした。その分、議論は深まらなかったと言う論調ではありますが、以前の党首討論よりも口調にしろ汚くなかった。 と、ここまで書き連ねてきた今日の七峯。昨日と今日の空模様の違いについて取り上げようと思いましたが、結構な分量となったので添付の画像で違いをご確認下さい。 朝夕と日中の寒暖差がより強くなっております。七峯フリークの皆さんにもどうぞご自愛下さいね。 |
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| 感謝状奉製中 [令和8年5月20日] | |
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今日から七峯は通常バージョンに戻りまして、身近なところからの麻賀多神社の様子をお伝えしたいと思います。 伊勢の御木曳から帰倉しまして、少しく疲れが出たのかこの2日間程、午前中はゆっくり目というかノロノロと動いておりました。 長距離の移動が響いたのか、それとも役目柄気疲れをしたのか、はたまた出先で吞みすぎたのかは定かではありませんが、本日は朝から復調しまして社務に勤しむ宮司であります。 朝刊に目を通すと、中道なんとかと立憲民主党が迷走を続けているとありまして、憲法審査会やら都連会長選挙やら、そして皇室典範改正についても党内がバラバラなんですって。 バラバラって、元元まとまった意見集約が出来る政党ではなく、唯一まとまっていたのは反自民党的な要素のみな訳で、いずれ消えるか極左勢力と合流して公安調査庁の監視団体になるのではと思います・笑 さて、24日に新社務所竣工奉告祭と30日の竣工式をひかえている当社ですが、式典後に行なう祝賀会の人数などの調整に入りました。 そして今日は参加者への手土産が納品し始めて、またまた段ボール箱が至る所に積まれております。 両式典では感謝状の贈呈を行ないますが、今日は24日分のものを奉製。対象は神社役員なので奉賛活動に対する感謝状となっており、50枚強が出来上がりました。 お渡しする賞状紙には当社の社紋である麻の葉が金箔で捺されていて、いずれ沢山使う日も来るだろうと多めに発注したのが懐かしく思います。 昨日までの天気予報では24日に小さな傘マークがついていて、降水確率も60パーセントでしたが、今日確認をすると傘マークが取れて降水確率も下がっていたので、このまま維持をして貰いたいです。 23日と24日は境内で「薫風のむすびマルシェ」も開催されるので、尚更良いお天気でありますよう願っております。 久々の通常バージョンの七峯ですので、今日はリハビリという感じでオチは有りませんが、最後までお読み頂きありがとうございました。 |
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| 御木曳道中記・3 [令和8年5月19日] | |
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長々と書き連ね、途中で挫折をしかかった御木曳道中記も今日で納め。ここまでお付き合いを頂きましてありがとうございます。 遡ること2日前、17日の日曜日も快晴で、蒲郡の海風も心地よくホテルを出発。隣の岡崎市に鎮座する岩津天満宮に向かいます。 天満宮ですので御祭神は菅原道真公。縁起では雷と共に岩津山に降臨されたそうで、勉学のみならず厄災除けの御神徳も高く、歴代の徳川将軍に崇敬されてきた神社です。 宮司の服部憲明さんとは金沢石浦神社でご縁を頂き、親しくお付き合いをさせて頂いております。 今月2日に石浦神社春季例祭でもご一緒し、再会を楽しみにしておりましたが、16日に太宰府天満宮の正遷座祭に禰宜さんとご参列とのことでお目にはかかれませんでしたが、奥様には大変ありがたくご接遇を頂きました。 参拝後は岡崎城と名物の八丁味噌の蔵を訪問。八丁とは距離のことで、お城から8丁の距離で造られている味噌だからなんですよ。 岡崎城は神君家康公が誕生した城として、江戸時代の城主は家格の高い譜代大名が務めました。 明治に入るとご多分に漏れずお城は解体され、一部の堀と石垣を残すのみとなりましたが、昭和34年(1959)に岡崎市民の熱望により天守閣が復元され、岡崎城公園として整備し今日に至ります。 城地は狭くなりましたが天守閣と城門があり、歴史館も備わっているので、佐倉市民としては羨ましい限りです。 今回の旅程はここまでで、名古屋駅から東海道新幹線で出発点の品川駅まで誰一人掛ける事無く無事に到着しました。 前回の御木曳は印旛支部の事務長として諸々の手配をしましたが、今回は責任者の支部長として今はただ安堵をしております。 式年遷宮の諸祭事は続きますが、宮司達が次に奉仕が出来るのは7年後の令和17年夏に行なわれる御白石持ち行事。 その年の10月に正遷宮が行なわれますので、恙なくご奉仕が出来るように心身共に健康でいたいと思います。 岩津天満宮 https://www.iwazutenjin.jp/ 岡崎城公園 https://okazaki-kanko.jp/okazaki-park/feature/okazakijo/top |
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| 御木曳道中記・2 [令和8年5月18日] | |
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伊勢の神宮で20年に一度行なわれる神宮式年遷宮。第63回の諸祭儀が昨年より始り、今年と来年の5,6月に御殿に使われる御用材を宮域に搬入する御木曳行事が行なわれます。 千葉県神社庁印旛支部と千葉県神社総代会印旛支部の共催にて、15〜17日の日程で御木曳行事に参加してまいりました。 と書きまして、2日前にあたる16日付の七峯を一度お読み頂き、そこからの追加となります今日の七峯をお楽しみ下さい。 伊勢のお参りでは二見興玉神社でお祓いを受ける浜参宮を行ない、その後に外宮と内宮を回るのが基本となります。 15日午後2時に名鉄観光バス2台で二見興玉神社に到着し、鳥居前でお祓いを受けましたが、通常のお祓いは麻と半紙で奉製された大麻(おおぬさ)を使うのに対して、二見興玉神社では半紙ではなく海藻と麻で奉製された大麻を使用します。海の神社であるのがよく判りますね。 その日は鳥羽で宿泊となり翌日の御木曳に備えるのですが、今回の参加者には佐倉青年会議所関係者も多く、結構な時間までお喋りタイムとなりました・笑 15日は午前6時半からの朝食で、7時半にホテルを出発して外宮近くの御木曳出発式に向かいます。 伊勢市に入り段々と「祝・御木曳」の幟が増えてくると、車内も自然と緊張ムードが高まり、御木曳車を目の前にしてその大きさにビックリした方も。 出発式では御木曳奉曳団委員会の伊勢市長と伊勢市商工会議所会頭の挨拶。そして伊勢志摩アンバサダーを務める相川七瀬さんも登場して盛り上がる一同。皆ミーハーなのです。 この日は御木曳車が2台で、印旛の担当は一番車。200メートルの綱2本に全国から参集した奉曳員が850人入るので、隣との間隔は50センチ開けてとありますがそれは無理な話でして、ミチミチでした。 伊勢音頭の木遣りが披露されて、エンヤーエンヤーの掛け声で綱を曳くのですが、印旛担当の場所は御木曳車の進行方向右側なので主に左腕を使うのこになります。 これが後で効いてくるのでありまして、宮司は寝る前に左二の腕に確りとバンテリンを塗り込みました。 外宮に到着後、奉曳員皆で万歳三唱。法被姿のままで外宮御正宮において御垣内参拝。初めての伊勢、そして初めての御垣内参拝に目を潤ます姿もあり、参加のお声を掛けて良かったなと。 その後に内宮に移動をして、こちらは御正宮前で参拝をして昼食。伊勢うどんと手ごね寿司の伊勢名物を頂き、2泊目となる蒲郡に移動をしました。 この日の夕食は御木曳という神事の後なので直会。大事な御木曳行事が無事に済に緊張から解き放たれたわけで、大どんちゃんになったのは言うまでも有りません・笑 ここまで書きまして、3日目となる17日の内容は明日の七峯に。御木曳道中記、もう一日お付き合いの程をお願い致します。 |
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