| 桃の林にお雛様 [令和8年2月20日] | |
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昨日の七峯、書き上げたのは日にちを跨いで今日となる深夜でしたので、改めて読み返してみると、文章のひどい事ひどい事。 七峯フリークの方には大変申し訳無く思いながら、自戒を込めて乱文はそのままと致しまして、無事に水戸の地から帰倉した宮司であります。 水戸からの帰り道、宮司を乗せた神社庁のアルファードは常磐道を下りて、向かった先は常総市に鎮座する一言主神社。 大同4年(809)に奈良県御所市の葛城一言主神社から勧請された神社で、一言の願いでも疎かにせず叶えてくれるとの信仰かあります。 以前よりは少なくなったとは言え講社も盛んで、当地佐倉市や隣の八千代市に講社が現存しており、古神札納め場にも一言主神社の神札が入っている事も多々あるんですよ。 さて、お昼過ぎに帰社して背広から作業着に改服。日常に戻ったわけですが、注文していた銀ラック6箱を新社務所の2階に運ぶという体力勝負が待っておりました・笑 新社務所の2階には倉庫があり、銀ラックはそこで使うのですが、組み立ては巫女さんが手伝ってくれ、予定よりも早くに仕上がりました。 実は巫女さん、禰宜画伯の手伝いも並行して行っていて、そちらの手が空いた時に宮司の手伝いと、なかなか働き者で気が利くのです。 禰宜画伯は何をしていたかというと、新社務所の各所に飾るお花を生け替え、また剪定をしておりました。 寒の戻りでの外作業ですので体調が心配。一応声掛けはしますが、それくらいで作業を止める様なタイプではないのも重々承知をしている宮司。 手を止めて時間が過ぎることを思うと、気の済むまでやらせておくのを生暖かく見守るのも優しさだと思います・笑 新社務所前にある2本の鎖樋。ここを伝って2階からの雨水が地上に降りて、玉砂利の下にある浸透枡に入っていきます。 お正月、ここに花を生けたところ映えスポットとなりまして、多くの方がスマートフォンを向けで撮影をしておりました。 これに気を良くした禰宜画伯。季節の行事ごとに合わせてデコレーション込みの生花をするようになりました。 今月初めは節分を題材に赤鬼とおたふく、そして福豆が添えられ、来月の桃の節句を前に今回は桃の林に仲良く花を愛でるお雛様のシチュエーション。 それも見る角度、撮る角度によって色々な物語が織りなす様な出来上がりとなり、明日からの三連休にもスマホを向ける方が増えるんだろうなぁと思います。 そろそろ午後6時。いい加減これくらいにしないと身体が冷え切ってしまうので、本日の作業はここまで!!と言ってきます。そして労いの言の葉も添えましてね。 |
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| 高御座に灯りを [令和8年2月19日] | |
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今は水戸の地にて、ここどこだ?と思いつつの午後23時の59分。明日はもう直ぐというか、七峯の書き上げの時には、嗚呼もう明日になりました。 今いる場所は水戸のホテル・ザ・ウエストヒルズ・水戸の507号室。部屋のまわりはとても静かです。 今日は一都七県神道政治連盟本部長・幹事長・事務局会議にて、今期からの新任として神道政治連盟千葉県本部長幹事長のお役目にて出席を致しました。 で、次年度当番は千葉県との事で、懇親会では色々なご挨拶周りと、ついでつがれての後にホテルでの二次会の中締めとして挨拶を振られまして・笑 てなこんなで、水戸の地にいるにはそれまでにやる事が多いもんで、お宮の事は勿論ですがお洗濯が好きな宮司は、そこに合わせての水戸出張。 お洗濯、朝にパンと干した時の香りと清々しさ、本当に気持ちがよく良いし、そして一日のやる気が湧いて来るのです。 さてと、そろそろ眠い中ではありますが、新社務所への「ながら引っ越し」をしている毎日の日にあって、新しいしつらえも。 新社務所には大型の硝子引き戸を開けて中に入るわけですが、大きな扉を左右にスライドをする中で普段の癖か、そうではない方もいます中で、この事に関してはまたの機会に書きますね。 新しい社務所、実は全部の照明器具についている電球や蛍光灯に見えるものは全てLEDだと、設計管理の森田建築設計事務所の森田敬介主宰から話は頂いてたのですが、いざ部分使用となると設計図では見えなかった事も大きくありまして。 その一つが新社務所の授与所と祈祷待合室の間にあるエリア。新社務所は練りに練って設計をしましたが、それでも部分使用となると図面では見えない事も有ります。 今、その場所には令和の御大典として、今上陛下の即位礼正殿の儀を模し、そして高御座の天皇陛下と御帳台の皇后陛下の御姿があらしゃいます。 その上にはダウンライト、周りからの間接照明もありまして、飾り付けをした当初はそれでもよく思ってはおりましたが、お雛様の姿を毎日見ているか中で、両陛下の姿と御装束を如何にして。 宮司の頭の中には色色な物事が渦巻いておりますが、その隙間にも如何にして佐倉の佐倉たる麻賀多神社を考えております。 てね、高御座のお雛様を飾った後に毎夕の閉めにあってある時に、あっとの思い灯りてわ手当てをしなきゃと思い、口角の上がりつつある便利な現代に頼りました。 高御座のお雛様に対の灯りを灯しまして、その組み立ては宮司と今春に社会人となる巫女が組み立てるに、その後ろ姿を見ても、育ったなぁとおじさん目頭がね・微笑 以上、水戸の地からおやすみなさい。 |
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| 御朱印グルメぐり4回目? [令和8年2月18日] | |
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衆議院総選挙を経て今日18日に特別国会が召集され、衆議院本会議で高市早苗首相が第105代内閣総理大臣に指名されました。 今夕に皇居で認証式が行われ、第二次高市内閣が発足。閣僚は全員が再任されるとの報道ですが、連立を組む日本維新の会は閣外協力から閣僚を出す閣内協力になるとの話もあるので、国務大臣が兼任しているものを外して、ひと枠を作るのかもしれませんね。 第一次高市政権と同じく、国家国民の為に働いて働いて働いて働いて働いて頂き、強くて豊かな日本を創り上げて欲しい。その為にも国内に蔓延るスパイを駆逐する法整備を願うものです。 さて、ここからは昨日の話になりますが、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックのフィギュアスケートのペアで、三浦璃来と木原龍一の「りくりゅう」コンビが見事金メダルに輝きましたね。 午前6時くらいに滑ったそうですが、宮司の起床はその少し後なので、スマートフォンの目覚ましが鳴り画面を見たら金メダル獲得!!の文字が。 素晴らしい寝覚めの後に朝拝。宮司宅に戻ってから直ぐにテレビをつけて、何度も何度も繰り返し流れる演技の模様を目頭を熱くしながら観戦した宮司でした。 前日のショートプログラムで5位と出遅れ、その時の木原龍一選手の落ち込みようは言葉には表せないものがありましたが、それを跳ね除けて臨んだフリー。 得点は世界新記録を叩き出し、それも凄いのですが、ショートの5位から優勝したのも前例がないそうです。 これから女子のフィギュアスケートショートプログラムも始まり、坂本花織選手らも登場するので、早起きが苦手な宮司は朝のスマホとテレビで朗報を待つ事に致しましょう。 その清々しさのままに、午後からは地元佐倉が誇るゲーブルネット296(略称296)の撮影がありまして、宮司が対応というか出演しました。 番組名は「御朱印グルメぐり」。初回は8年前に遡り、296の中でも長寿番組とされております。 お笑いとライブのドドん、安田義孝さんと石田芳道さん、そしてゆっふぃーこと寺嶋由芙さんの3人が千葉県内の社寺を周り、そこの御由緒や地域の事を聞いた後に御朱印を頂く。 その後には地域の美味しいお店を訪れ、食レポをするという企画で、8年前の初回がなんと麻賀多神社で、その後の再訪があり今回は再再訪。 兼務である四街道市和良比の皇産霊神社も取り上げて頂いているので宮司としては都合4回目の出演となります。 こうなりますと先方も深く詳しい打ち合わせはありませんで、撮影日の調整とロケ班の下見。台本も「ある程度好きなように話して下さい」と・笑 今回は改めて麻賀多神社の由緒と御祭神の説明をして、新社務所の部分使用後初なので、設計のコンセプトや今後の活用予定、そして抱負をお話ししました。 8年前、ゆっふぃーが初めて巫女装束を着たのですが、一般的な着物と違うので、少し乱れがありました。 その際に禰宜画伯が社務所にゆっふぃーを呼んで、待つ事15分。着装の乱れもなくなり白衣の下には襦袢も着ており、「これからは自分一人で着る事が多くなると思うから、確りと教えてあげたのよ」と。 それから8年余り。昨日の撮影では禰宜画伯は立ち会っておりませんが、ゆっふぃーへのプレゼントととして禰宜画伯が見立てた縛り柄の羽織を準備しており、宮司より手渡しました。 感極まるゆっふぃー。早速袖を通してみると、禰宜画伯の見立て通りよく似合いますし、ご本人のみならず周りの方々も「おお!!」と簡単な声が上がりました。 羽織って胸元の羽織紐を結ぶのが慣れるまで大変なんですよね。禰宜画伯はそれを見越して前日に手書きの解説書と白と緑の養生テープを使って、羽織紐が結ばれた状態の模型まで作成。流石としか言えませんでした。 肝心な放送日程ですが4月との事でして、番組HPも下記に貼っておくので是非ご覧下さい。 因みに巫女の一人はドドんのファンだそうで、YouTubeでも度々観ているとか。スリーショットの記念撮影もして貰い、今日の出社で良かったと大喜びをしておりました。 ※ ゆっふぃーこと寺嶋由芙さんのInstagramも見てね!! 御朱印グルメぐり https://www.catv296.co.jp/community/program/648873/ |
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| 努力の結実を願う [令和8年2月17日] | |
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本暦(旧暦)の元日を迎えました。新暦と立春を合わせると今年3回目の「新年明けましておめでとうございます」ですね。 ご存知ですか? 明けましておめでとうとの言の葉は、元日にしか使えない事を。翌2日からは「新年おめでとうございます」となるのです。 使えないと書くと2日以降は絶対にダメなのかと言うと、そこまで強い話ではありませんが、その昔は年が明けるのは現代よりももっと大切にされていたんだと思います。 一昨日の日曜日あたりから中共での春節を取り上げる報道が多くなりまして、海外旅行のトップ10から日本が外れたと。 高市首相による台湾有事の存続危機発言により、中共からの観光客が激減でどうするんだ!!的な論調を再び広げたいのでしょうが、世の中は中共からの団体客が減って良かったね。 各観光地もゆっくり心清々しく、見物や街歩きが出来ると評判も上々で、春節を前に中共政府が日本への渡航自粛を改めて求めたのはどう言う事なんでしょうかねぇ・笑 本暦だと元日、新暦だと今日2月17日は祈年祭という大切な日でして、宮中や全国の神社で五穀豊穣を願う祭典が行われます。 五穀とは米・豆・麦に粟・稗・黍の内から2つを加えたもので、古来より私達の先祖が大切に栽培をして神に供え、そしてお下がりを食して来ました。 特に主食の米ですが、年(とし)と同異議とされ、祈年祭も「としごひのまつり」と訓読みをする事から、江戸時代までこ年貢も「としをみつぐ」になるわけです。 祈念祭と対をなすのが11月23日の新嘗祭。こちらは収穫した五穀を神々に供えて感謝し、そのお下がりを食して御神威を頂くお祭りなんですよ。 近年の気候変動で、農業も昔通りというわけにはいかなくなりました。実った一粒一粒の五穀、そして全ての食物に感謝して頂きたく思います。 今日から2日間の日程で、千葉県内の公立高校で入学試験が行われます。 当社の西側には千葉県立佐倉東高校があるので、普段見慣れない制服の子達が沢山神社の前を通っていき、その中には御殿前で手を合わせる子も多く見受けられました。 今年の県内公立高校全日制の受験倍率は1.11で、3万2008人が志願し、全日制で志願倍率が最も高いのは、県立船橋高校理数科の2.20倍だそうです。 ただ、高校授業料無償化で私立高校に進む子が増え、公立の名門校と言われるところでも定員割れが起こっているので、クラス数の縮小や学校再編も進むでしょうね。 合格発表は3月3日の午前9時。桃の節句の雛祭りの日に当たりますが、普段からの努力が実を結んで雛人形のような穏やかな顔となりますよう、七峯の丘から願っております。 |
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| 棒神籤再開しました [令和8年2月16日] | |
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産経新聞とFNNが今月14.15日に実施した世論調査で、高市早苗内閣の支持率が前回調査(1月24、25両日実施)比1・2ポイント増の72・0%に上ったそうです。 政権発足以降、5カ月連続で7割台の高水準を維持しており、 高市政権が進める憲法改正についても賛成が67・1%と、反対の25・2%を大きく上回る結果に。 期待感先行のところはありますが高市首相の事です。数に驕らず日本を良き方向へ導いて欲しい。その為にも保守が纏まる事が大事だと思います。 今日は千葉県神社庁の月一役員会。いつもは午後1時半から開会となるのですが、北山秀彦庁長が午後に公務があるとの事で午前10時からの開催となりました。 庁長の冒頭の挨拶でも総選挙に触れられ、神社界の悲願でもある憲法改正と皇室の尊厳護持、皇統の安定を進める為にも高市政権を応援しようと話されました。 その際に神社庁理事であり神道政治連盟千葉県本部幹事長の宮司の方を向いて、神政連中央本部に直談判をするくらいの覚悟をと発破を掛けられました。 約3時間の会議を終えて帰社。背広から作業服に改服をして毎日ちょこっとずつしか進まない「ながら引っ越し」に突入。 今日は麻賀多神社が加入している佐倉商工会議所、佐倉市観光協会と佐倉警察署友の会のプレートと分厚い動体図、そして懸案となっておりました棒神籤の一式を木造社務所から新社務所へ搬入。 これで1月4日から停止となっていた棒神籤が再開できるようになりまして、新社務所の授与所カウンターも概ね出揃ったことになりました。 当社の棒神籤は1番から50番までありまして、その番号が記された竹の棒が入った筒を振り、筒を逆さまにして出た番号の御神籤を金振りの紙で渡しております。 1月3日までは木造社務所の社頭で行なっていましたが、例年よりも多くのお参りがあり、御神籤の紙に欠番が出る事態となり出した。 その補充にはさほど時間は掛からなかったのですが、どこぞも同じの人手不足で棒神籤の対応が出来ませんで、2月中旬に再開とアナウンス。本日の再開となりました。 御神籤の紙が入った箱、これがまた重いのなんので、宮司一人でどうにか木造社務所から搬出したはいいものの、新社務所への搬入には立派なカウンターの上を通過しなくてはならず、最初から声を掛ければ良かったのですが、新社務所のエントランスに入ったところで智勇権禰宜に助太刀をお願いしました。 この棒神籤、来年のお正月には再び木造社務所で行いますので、年末にはまたそちらへ移動する作業があります。その時は無理をしないで若い子達に任せたい。そう思った今日の昼下がりでした。 |
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| 梅が見頃です [令和8年2月15日] | |
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オールドメディアがうんたらかんたらと七峯で書く宮司ですが、産経・読売・千葉日報と新聞3紙を読んでいるのは七峯でたびたび書いておりました、冬季オリンピックが開催されている今は1面のコラムの前に、同面の日本のメダル獲得数をチェックしております。 ただこれも開催地イタリアとの時差の関係で最新ではなく、それを知るにはテレビですが、新聞の掲載数とオンタイムの獲得数の違いを比較するのもまた楽しいもの。 私達が寝ている間に日本選手が活躍してくれたんだと、嬉しく思いながら朝食を取る宮司です。 お陰様で徐々にですが朝食の量も戻ってきました。多分、禰宜画伯がかなり気を遣ってくれていると思いますが、ありがたく今朝も一膳のご飯と小松菜と油揚げの御御御付けを頂きました。 衆議院総選挙の投開票から早一週間。そのうち雲散霧消するであろう中道なんたらも新代表が決まったようですが、ここに来て国民民主党の榛葉幹事長が「野党の比較第1党は国民民主党だ」と声を上げました。 まあ、参議院議員のいない中道は所属国会議員数でいうと、国民民主の方が数は多い。何を基準にするかで形勢は変わりますが、同じ旧民主党にいた方々。やっぱり分党して正解でしたね。 今週18日に総選挙後の国会が召集されます。与党は数に物を言わせず、左系の野党はなんで選挙に負けたのか確りと反省をして国会論戦を深めて欲しい。 あ、左系は反省なんてしないから同じか・笑 今日は最高気温が18度と、4月並みまで上がった佐倉。午前中に帰幽一年祭と納骨式を奉仕した宮司ですが、この暖かさに祭段の準備も捗り、参列のご家族も心なしか表情が柔らかく見えました。 午後からは雪で一週間延期となった上勝田大宮神社の春祈祷に出向。こちらも暖かく、役員さん方も日延べをして良かっねと口々に話されていました。 上勝田の春祈祷ではお盆にお米を敷きそこに松竹梅と鶴亀を飾ります。来年だと梅は蕾の事が多いのですが、一週間の日述べと昨日からの気温上昇で、豊後系だと思われますがたくさん花が開いていました。 帰り道にそうだ!!と思い、帰社してすぐに本殿の裏手に行き、植栽してある南高梅を見ると満開。 南高梅のほのかな香りが漂い、心持ちよく暫くその場に立っていると、メジロが南高梅の花の蜜を吸いにやってきました。 今週は一日の寒暖差が大きいとの予報が出ております。そして花粉もございますので、七峯をお読みの皆さんも体調管理にお気をつけ下さいね。 |
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| 美香丸の船出は輝かしく [令和8年2月14日] | |
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昨日と比べるとだいぶ気温が上がって佐倉。微風にも暖かさを感じますが、来ましたねスギ花粉飛散の季節が。 それを敏感に感じた宮司の喉は朝からイガイガし始め、その後に鼻からサラサラの水分が流れ始めたので、間違いなく花粉症の症状。 これと付き合い始めてどれくらいが経ちますでしょうか。お陰様で重症とまではいきませんで、それでもいつの間にか流れ出る鼻水には困っております。 特に祭典奉仕の際はいつでも使えるように、袖の中にティッシュペーパーを忍ばせ、その反対の袖には目薬と。マスクもした方が良いのは判っておりますが、それは余りしたくない・笑 同症状の皆さん、今年も花粉の飛散量は多いとの予測ですので、それが飛び終わるまで暫く我慢の子でおりましょう。 と書いているのはJR千葉駅8番線に停車中の総武本線の普通銚子行きの車内。物井・佐倉間で起こった沿線火災の影響で発車が遅れております。 あのまわりはほぼ水田ですので、畔などの野焼きが原因じゃないかと宮司は思いますが、いすれにしても佐倉に帰るには通過をする場所ですので車窓から見ると致しましょう。 今日は午後からライオンズクラブ国際協会333-C地区(千葉県)の会議で千葉ポートスクエアまで。地区災害支援委員長として参加をしてきました。 その話は置いておいて、昨夕は佐倉青年会議所OB会総会と佐倉青年会議所の新年祝賀会が、ユーカリが丘のウイシュトンホテルでありまして、OB会長として総会に臨み全議案を可決承認頂き、会長職を大野かつこさんに無事引き継ぐ事が出来ました。 これで役職が一つ減ったと思いきや、今年度は佐倉青年会議所の外部監事として、久しぶりに現役メンバーと会議に臨む事となりました。その伏線は今年度理事長の尾崎美香君にあるんです。 彼女はヨガのインストラクターや居酒屋、そしてバーを経営している行動派で、知り合ったのは宮司が青年会議所に入会するより前の事。 まだやんちゃな世代にいた彼女は、何故か宮司には懐くというか素直に話を聞くのでした。 それから数年が経ち、彼女も社会人として佐倉青年会議所に入会。宮司が40歳定年として青年会議所を卒業した13年前まで活動を共にして、今では佐倉の妹的な感じで見ており、彼女も宮司を兄貴分的な付き合いをしております。 元日から任期が始まる青年会議所。新年祝賀会は理事長のお披露目の場でもあり、また所信を広く知らしめる檜舞台なのです。 相変わらずちゃらんぽらんな所はありますが、仕事や青年会議所での経験を積むごとに成長を見せてくれて、その成果が理事長挨拶として会場がどよめき万来の拍手が起こりました。 昨年までは👨🎓会長として来賓席に座っていた宮司は、今年からはOB会の一般席。メインステージからは離れましたが、その分彼女が会場全体を見渡して話す姿をじっくりと拝見が出来ました。素晴らしかった、ただその一言に尽きます。 ただこれは始まりに過ぎません。スローガンは「共創共栄」、その実現に向けて一つ一つ歩みを進めて欲しい。この子なら出来る!!と思います。ちゃらんぽらんが出なければね・苦笑 佐倉青年会議所新年祝賀会の締めは麻賀多神社御例祭て行う八平手。OBとしてなのか宮司家としてなのかは定かではありませんが、毎回八平手の説明と音頭取りをさせられております・笑 今年もやるんだろうなぁと思いつつ、その依頼が彼女からスマートフォンに入ったのは開催2日前。先程のは前言撤回するかもしれません。 物事の始まりを船出に例える事が多々ありますよね。青年会議所は特に理事長の指導をそれに例えます。 船出をした美香丸が大晦日に思いの丈をこめた港に着くのか。それとも思いとは違う港に着くのか。 そもそも泥舟だったらどうするんだと兄貴分としては心配ですが、青年会議所の仲間や志を同じゅうする方々の力を頂いて、大波小波を乗り越えて欲しい。その一人が宮司でもあります。 盛会だった新年祝賀会もお開きとなり、京成電車でユーカリが丘から京成佐倉。そして小ぢんまりと二次会をしてお宮にただいま。 東参道から境内に入り、新社務所から上を見上げると星達が綺麗に輝いておりました。佐倉青年会議所第51代理事長尾崎美香君も星の光に勝る輝きを誇れますように。 |
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| 二の午からのお雛様 [令和8年2月13日] | |
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ミラノ・コルティナ冬季五輪で日本選手が活躍していますが、それも皆んな若いし、選手層も厚い。一昔前だったら考えられない感じですね。 そして怪我をおしての出場。夏の競技に比べると骨折などの怪我が多い冬の競技。3週間前に骨盤を骨折したスノーボードの平野歩夢選手はそれでも予選を突破し、日本時間14日未明の決勝に臨みます。 前回の覇者である平野選手、是非連覇をして欲しいし、続く日本選手も活躍の勇姿を見せて欲しく思います。 今日は二の午。初午から12日も経つわけで、月日の速さを実感します。歳をとったからかなぁ・笑 午前中は智勇権禰宜が兼務である富里市七栄の紅葉山稲荷神社で二の午祭を奉仕。その足で七栄消防団の消防機庫と消防車をお祓い。防火と団員の安全を祈願しました。 午後からは選手交代として、智勇権禰宜が祈祷番で宮司が企業2社の稲荷神社で二の午祭を奉仕。社員さん達の晴れがましい顔を沢山見る事が出来ました。 二の午が来ると春までもう少しといった肌感な宮司。今日は陽の強さが昨日迄と違って風が無ければ暖かく、外でのご奉仕も祝詞を奏上する口が気のせいか回りが良かったです。 春を告げる行事としては桃の節句が挙げられますね。先週立ち寄った百貨店ではお雛様の特設コーナーが設けられており、少し若めのおじいちゃんとおばあちゃんが目尻を下げながらお孫さんへのプレゼントを選んでおりました。 当社では昨年までお雛様を拝殿に飾っていましたが、今年から新社務所のエントランスに飾る事としまして、雪の降った翌日の9日に飾りました。 その姿は今上陛下が令和元年11月に行われた即位礼正殿の儀を模したもので、天皇陛下は黄櫨染の御袍(こうろぜんのごほう)、皇后陛下は御五衣・御唐衣・御裳の御服(おんいつつぎぬ、おんからぎぬ、おんものおんぷく)を召されています。 黄櫨染とは禁色(きんじき)の色とされ、天皇しか使う事が出来ない色。御五衣からの名称は一般ではありませんが十二単と呼ばれている宮廷装束です。 拝殿に飾った際はガラスケースに入れていましたが今回はそれをとり、より鮮明に御姿を見られるようになりました。 来社の際には是非ご覧頂きたく、場所がわからない時は職員にお声をかけて下さい。意外とすぐ近くにありますから・微笑 |
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| 花澤作品に思う [令和8年2月12日] | |
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ひとしきり疲れが溜まっているのか、いつも美味しく頂く朝食の量が減っております。今朝は昨日の紀元節橿原神宮遥拝式にお供えしたおむすびと白菜などが沢山入ったホワイトシチューにカリフラワーの茹でサラダ。 いずれも宮司の好物ですが、おむすびは大きかったせいかもしれませんが、一つ残してしまいました、 節分が過ぎると何かと会合が多くなる神社界。そこ地元の会合も合わさって、ここのところ外でのオササが増えております。 朝ご飯は一日の活力を自認する宮司。今年は五十路も半ばに差し掛かりますので、朝食を美味しく食べられる身体に戻しましょう。嗚呼、温泉に入りたい… 麻賀多神社の四季を記録してくださる写真家の花澤信幸先生より、先日の節分祭を撮影したデータと写真が送られて来ました。 その中には先生の視線で評価を願った七峯の記事に対してのご返答もありまして、それは改めてご紹介を致しますが、「花澤信幸が撮る七峯の丘から」なんて題名で写真展が出来ないかなぁと。 神社の撮影だとどうしても神事や祭事の行事ごとが多くなりまして、それは本義であるのですが、花澤先生はほんの些細な事柄もカメラにおさめて下さいます。 宮司としてはそれが日常の麻賀多神社を知っていただく素敵なツールだと思っており、新社務所の待合室を使ってご披露が出来たらと思うんですね。 まあ、今日の明日の話ではありませんで、宮司の頭の中にある「やってみたい事」の一つでは有りますが、七峯に書いたからにはやらなきゃならない訳で、そうやって自分自身の背中を押すのも原動力なのかもしれません。 今日の画像は昨日に禰宜画伯が生け替えたお手水や境内の花々。その種類も少し春らしくなって来ましたね。 iPhoneで撮影しているので、その性質上どうしてもはじの歪みが出てきますが、それなりに春の足音を感じて頂けると思います。 スマートフォンの撮影能力もこの数年で格段に良くなりましたが、やはりファインダーを覗くカメラには勝てない。 当たり前ですがその要素の一つには花澤信幸という、優しくも写真の鬼が撮る作品が身近にある有り難さも加味していると思います。 |
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| 2685回目の誕生日 [令和8年2月11日] | |
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神社でとっている朝刊3紙、産経、読売・千葉日報ですが、今日の紙面に衆議院総選挙で当選した候補者に対して当選証書が手渡される記事と写真が載ってこりました。 そのいずれも当地佐倉市が入る千葉県第9選挙区で当選した自民党の田宮寿人氏の写真が掲載され、緊張の面持ちが伝わって来ました。 彼は宮司もメンバーだった佐倉青年会議所の後輩であり、今現在は佐倉ライオンズクラブの同朋として活動をしています。 平成元年生まれの35歳。まだまだこれからの伸び代が大きい期待の新人であり、財務官僚としての経験を国政に活かして欲しく思います。 またSNSでの投稿になりますが、中道から立候補して惜しくも落選した奥野総一郎氏も捲土重来を期すとして活動を再開させたとあり、こちらは友として再起を願っております。 カラカラ天気が続いていましたが、8日の大雪から晴天となり今日は冷たい雨が降った佐倉。こういう日は貰い事故の古傷が鈍い痛さを感じさせます。 朝方よりも昼前の方が気温が下がり、ちょうどその時間に地鎮祭を奉仕。午後からは兼務の寺崎南六所神社で春祈祷と近隣の樹木伐採安全祈願が続いたので、結構こたえましたね。 今夜はゆっくりとお風呂に入って首筋を温めてから、晩酌をして早めに休みたく思います。なのでオリンピックの結果は明日に回します・笑 そんな今日は我が国の誕生日。初代天皇の神武天皇が奈良の橿原宮にて即位されてから2686年。なので2685回目の誕生日となります。 戦前までは紀元節として四大節(四方拝・紀元節・天長節・明治節)の一つとされていましたが、GHQによる戦後の日本弱体化政策により建国の由来そのものが否定されて祝祭日からも削除。 昭和41年(1966)に「建国記念の日」として復活するも、神武天皇即位紀元を仮説に基づかせるとして残念ながら「の」が入りました。 それではありますが、皇居の宮中三殿では天皇陛下が臨時御拝をされ、全国の神社では紀元祭や建国祭、若しくは神武天皇を祀る橿原神宮遥拝式が執り行われました。 麻賀多神社では遥拝式を行い、日本の別称である豊葦原瑞穂国を尊び、神饌として毎年恒例の白米のおむすびに今年は玄米のおむすびの2種類を御神前にお供えしました。 日本建国の歴史は神話から続く皇統に通じており、施政者の交代や他国からの独立を経ての建国した世界各国とは全く違います。 その皇統の先細りが現実となっている今、古来から連綿と続いて来た男系を揺るぎないものとする為、これもGHQにより臣籍降下させられた旧宮家の方々が宮家に養子として入れるよう皇室典範改正を行わなければなりません。 旧立憲民主党により進まなかった皇室典範改正も、先の総選挙の結果で大きく前進するものと思われます。 日本が日本であるために、紀元節の今日は日本の成り立ちをご家族でお話しをする時間、おむすびを食べながら少し取ってみませんか? |
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