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みんなを見守る佐倉のパンダさん [令和8年1月26日]
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「右見て左見て」
先週末で寒波も収ると、一週間前の天気予報で言っていたはずなのですが、今日も寒い。日本海側はドカ雪でどえらいことになっておりますね。 七峯でお馴染みの金沢石浦神社では 御殿に降り積もった雪が72センチとこの時期では考えられないそうで、7年前の大雪を超えたとか。 屋根の雪下ろしって只単に下へ雪を下ろせば良いのではなく、先ず第一には安全確保。そして通路の確保です。 下ろした雪で通れなくなっては元も子もありませんし、雪の塊って重いので建物への被害も防がなくてはいけません。頑張れとしか言いようがありません。 さて、上野動物園にいる双子のジャイアントパンダ、シャオシャオとレイレイですが、明日に成田空港から中共へ旅立つことになっております。 観覧は昨日で終了。抽選で4400名が名残を惜しんだそうで、その映像が今朝の番組で流れておりました。 世界各国にいるジャイアントパンダは基本、中共からのレンタルでして、その国で生まれても4歳を目安に中共へ返還されるそうです。 返還、なんだか腑に落ちない文言ですが、昨年の高市首相による台湾有事の存立危機事態発言をもってパンダが返還されることになったと誤解をしている方が結構います。 元元、今春には中共へ返還されるというスケジュールで、日中友好を叫んだところでその旗振り役だった二階俊博元自民党幹事長が政界を引退してすぐに、和歌山県白浜にあるアドベンチャーワールドのパンダ4頭が中共へ返還されたのも記憶に新しいところです。 ジャイアントパンダが初めて日本にやって来たのは昭和47年(1972)で、宮司が生まれた年になります。 小さい頃、東京へのお出掛けは決まって上野動物園で、なんだか随分並んで白黒の可愛い姿を見た記憶があります。 中共政府はジャイアントパンダを政争の道具としか見ていません。友好の証しとは偽りの姿で、どれだけ自国を有利にする道具としての事なんです。 もう二度と日本でジャイアントパンダを見ることはないかもしれませんし、あるかもしれない。そりゃ解りませんよ。 でもね、明日からの総選挙で政権基盤がより強固なものになれば、中共政府だっていつまでも嫌がらせばかりを続けるわけにはいかないでしょう。 以前の七峯で取り上げたと思いますが、神社の斜向かいにある横断歩道の路面には、左右確認をするパンダの絵が描かれたプレートが貼ってあります。 主に神社裏手にある佐倉幼稚園の園児向けのものですが、宮司はこの絵が大好きです。 ジャイアントパンダは熊の仲間であり、いざとなるとかなり獰猛。その姿からは想像も出来ない行動をします。 でもね、やっぱり愛くるしい姿と動きは人を惹き付けますよ。 本来の日中友好が叶う、若しくはその兆しが来たら、どちらからとなく首脳外交でパンダの話題が出てくるんじゃないですか。そう願っております。 シャオシャオとレイレイ、あちらに行っても元気でね。ありがとうさん。
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猫は日向で丸くなる [令和8年1月25日]
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「早くも梅が開花」

「暖かいかな?」

「金沢石浦神社の今」
寒波です。南西の強い風が吹く佐倉でして、普通であれば暖かくなるのですが、それすらも冷やすほど上空は冷え切っているのでしょう。 金沢石浦神社の長谷宮司がアップするSNSには、御殿の上にえらい量の雪が積もっており、今日の社務は中止にしたそうです。 職員も出社が出来ないとあり、その後のアップでは雪掻きの様子があったので、宮司さんと家族で頑張ったのかな。今夜はゆっくりと休んで欲しいです。 昨日の初愛宕に続いて今日は初天神。毎月25日は天神様こと菅原道真公の御縁日で、兼務である石川菅原神社で御例祭の奉仕を致しました。 例年では神職のみが御殿内にいて、氏子さんは拝殿前に参列しますが、なんせこの寒さ。今日はみんな拝殿に上がり、暖かい中での祭典となりました。 こう書きますと、神主のみ暖かい場所という誤ったイメージが生まれそうですが、高齢化により皆さん座れなくなっているという現実。決して宮司の横暴ではありませんので悪しからず・笑 陽射しはあるので、屋内だと暖かいですね。昨日からですが、境内東側の竹垣をリニューアルする工事が始まりました。 施行をお願いしたのは佐倉ライオンズクラブでも一緒で、兼務である萩山新田諏訪神社の責任役員も務める山下智一さんが代表の株式会社赤門。 前回の時も赤門さんで施行をお願いしており、その腕前を持って今回も依頼をしました。 竹垣に使う竹は、水を吸う前の今の時季に切り出すのが良いとされ、緑の濃い良い竹を準備してくれました。 作業をしている傍らには2匹の狛猫が日向ぼっこ。勿論作業を手伝うわけではなく、愛想を振りまくわけでもなく、只単に日向ぼっこ。 そこを佐倉東高の女子生徒が通る度にスマートフォンで撮影なので、職人さんその度に手を止めなきゃならず・微笑 狛猫は陽射しを浴びながら、体毛を膨らませて体温をキープ。温まっているのか寒さのが万大会をしているのか宮司には解りませんが、これも冬の光景ですね。 生け垣作業は今週半ばまで続くそうなので、安全確認をしておりますが、通行の際にはどうぞお気をつけを願います。
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西向きの愛宕様 [令和8年1月24日]
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「田町愛宕神社社殿」

「鳥居から元の鎮座地をのぞみます」

「御朱印は麻賀多神社社務所で」
今日は朝から大忙し。土曜日の大安日で戌の日と来ましたので、朝一の9時半から始まる御祈祷から、30分おきで午後3時半まで予約がびっしり。 勿論、当日の祈祷受付もありましたので、祈祷番の智勇権禰宜、良く頑張ったと思います。 そして宮司は午前8時半から、来週27日に公示となる衆議院総選挙に関しての事務所開きと必勝祈願祭を四街道市大日で奉仕。 そこから兼務の吉見住吉神社に移動して、9時半から初宮詣の御祈祷。からの帰社して、同じく兼務の田町愛宕神社で春祈祷を奉仕しました。 この段階でよく体力が持ったなと自分自身で思うほどお疲れモードでして、どうにかして節分祭と翌朝の立春酒のお祓いまで身体を動かし続けたいと思います。 愛宕神社の御縁日は毎月24日で、田町愛宕神社では1月・5月・9月の24日に祭典を行っております。 その他の月でも氏子総代を始として、町内の皆さんが寄り合って境内清掃。いつお参りしても清清しい境内です。 鎮座地は佐倉市役所の真裏で、田町の町内全域を見渡せる場所。いい具合の高台にあるんですよ。 でも、元元は佐倉城内に鎮座していて、明治期に旧佐倉城内へ近衛連隊が駐屯する際に、現在の場所へ強制的に遷座となった経緯があるのです。 先程、町内全域を見渡せると書きましたが、正式には元の鎮座地の方向を向いていると書いた方がいいかもしれませんね。 田町の氏子さん達は、愛宕神社をどうにかして元の鎮座地に戻したいと、各方面に協力を要請しておりまして、実現ちょっと手前まで行った過去があります。 しかしながら声掛けをした国会議員が収賄でまさかの逮捕となり、話は白紙に。 収賄罪の真偽は裁判に任せるとして、西向きの愛宕様はいつその方角に戻れるかは、愛宕様でも解らないかもしれませんね。 歴代のお殿様もお参りした田町の愛宕神社。皆さんもぜひ足を運んでみてください。
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門松のお片し [令和8年1月23日]
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今日、第220回国会が召集され、冒頭に衆議院が日本国憲法第七條により解散されました。 先の衆院選から454日と、現憲法下では3番目の短さでしたが、昨年10月に内閣総理大臣が替わり就任した高市首相のもとで行なわれる総選挙。 この10日余り、オールドメディアの高市サゲと一部野党の言動には見るにも聞くにも耐えないものがありますが、それも踏まえて有権者がどのような判断をするのか。 来週27日に公示なり、2月8日には投開票で新勢力が決まるわけですから、短期決戦ではありますが、大切な1票を誰に託すか確りと見極めたいと思います。 その総選挙の間には節分祭がある訳で、衆院千葉9区から立候補を予定している現職の奥野総一郎代議士、そして田宮寿人氏と田沼隆志氏には祭典の案内状を出しておりまして、どのような返信が来るのか楽しみにしている宮司でありあます。 明日に土曜日の大安、そして戌の日を迎えるに、今日は年明けで言うと静かな一日となった当社。 それであっても御祈祷も数件の予約が入っており、祈祷番の智勇権禰宜が奉仕している間には巫女さんが節分祭の準備。 もうそういう時期なのかと思いつつ、神道政治連盟千葉県本部の幹事長を仰せつかっている身としては、総選挙が公示される来週を前に今日もそれ関連のグループLINEがなりっぱなしでした。 兎に角来週は外出する時間が多く、逆算すると今日にしか門松片しの作業が出来ない事が判明。 急遽ですが、予定していたものを後にして本社前、そして境内摂末社の門松を片すことになりました。 当社の門松は12月の七峯でも書いたように 禰宜画伯と助っ人の智勇権禰宜親子での手作り。 以前は竹切りから禰宜画伯が行なっていましたが、それも聞いた氏子さんが「禰宜さん、そりゃ大変だから」と言ってくれ、昨年より奉納をしてくれております。ありがとうございます。 門松作りと言いますが、調べますと色色な流派がありまして、当社のは禰宜画伯流・笑 勿論、門松の定義を破ることなく、そこに禰宜画伯のエッセンスを取り入れたもので、初詣の方々には好評を得ております。 寒さ厳しくなる12月の下旬、2日掛かりで作った門松も解体となればものの数10分で、後片付けの掃除まで含めて完了となります。 片付けが済むとすっきりとしますが、何か物寂しさというか、さっきまで有ったものが無くなるというおセンチが感傷が湧いてくるのです。 ただ、禰宜画伯の頭の中には今年の年末に作る門松のプランがあるそうなので、今から楽しみにしておきますとして、今夜は3月に予定されている第2回佐倉天下祭りの打ち合わせがあります。 新しいものを行なう、それも佐倉と江戸の時代を紡いだものを使ってとなると、一筋縄ではいかないこともありまして、実行委員会顧問職を頂いているので、いい具合に調整が出来ればと思います。 今夜も寒いよなぁ。話がちゃちゃっと決まって、というか前進をして早めにお腹を温めに行きたい宮司です。
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新社務所での猫の日御朱印 [令和8年1月22日]
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昨日は午後から千葉県神社庁印旛支部の新年会が、成田市のひかたや支店で開催され、支部長として新年と開会の挨拶を致しました。 場所柄、成田山新勝寺への表参道なので、初詣客が引っ切りなしに歩いており、さすが門前町だなと感心するばかりです。 ここ数年、新勝寺を取り上げるテレビ番組が増えているように思いますし、先だっても新勝寺と香取神宮、そして鹿島神宮を巡る企画も放映されました。 テレビを見ない人が増えているとは言え、メディアの影響力はやはり大きく、当社もケーブルテレビですが来月に撮影を控えているので、視聴者の皆さんに判りやすく神社のことをお話しするよう心掛けたいですね。 今年の初詣より新社務所を使い始めましたが、それに伴って色色な「初」が巡ってまいります。 当社では毎月21〜23日を猫の日御朱印頒布日として、境内に住んでいる狛猫を描いた御朱印をお出ししております。 その新社務所での初頒布が今でして、ポップを出すのを忘れそうになったり、そこに添える猫のぬいぐるみが木造社務所に置きっ放しだったりと、相変わらず行ったり来たりの繰り返し・笑 その狛猫達ですが、寒波襲来という寒さにあっても、なぜ元気に境内を走り回っており、猫って寒いのが嫌いだったんじゃないのかと自問自答をする宮司です。 いつになったら引っ越しが完了するのか、皆目見当も付きませんが、棚などを運び出すと意外なものが裏から出てきたりと、その度に手が止まる。ありますよねぇ。 猫の日御朱印は明日も頒布を致します。それを逃すとまた来月。皆さんのご来社をお待ちしております。 そうそう、今日はカレーの日だそうで、昭和57年(1982)に全国一斉で、学校給食にカレーが提供されたのに因んでいるとか。 昨夜のオササが残り気味な午前中でしたので、今夜は禰宜画伯の作ったカレーを頂き、少しく静かにしておりましょうか。
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新社務所二期工事開始 [令和8年1月21日]
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「壁の向こう側」
衆議院解散の前に新党が出来たり、そこに入る入らないとか、推薦をするだのしないのだとか、余所の野党では除名処分がうんたらとか、まあ勝手にやっててよといった感じですが、今日も寒いですね。 政界の寒さに比例しなくてもいいのに、今回の寒波はだいぶ居座りそうですので、特に雪国の皆さんにはご注意を頂きたく思います。 当社で新年の安全祈願祭を奉仕する会社に、本社が新潟県長岡市の所がありまして、数年に一度そちらへも出張祭典で伺うのですが、多分極寒の中に仕事をされていると思われます。 本州でも南国に分類される千葉県でも、今日の最低気温は−2度で、明日は−6度。水道管の凍結が怖いですね。 さて、新社務所も部分使用開始となりはや1ヶ月。表向きはほぼ完成をしておりますが、文化財収蔵庫を完成させる二期工事が始まりました。 場所としては祈祷待合室の奥。初詣にて新社務所内に入られた方は目にされたと思いますが、大神輿が安置されている場所になります。 大神輿の両脇には当社所蔵の2領の甲冑が展示されることになっており、構造体である鉄筋コンクリートの乾燥を待って内装工事を行なう事になっておりました。 展示される甲冑は佐倉藩主の堀田家と筆頭家老の佐治家より、明治時代に当社へ奉納された 貴重な物で、前者は千葉県、後者は佐倉市それぞれに指定文化財となっております。 今までは旧神輿倉内に保管。佐倉市の記念行事や博物館への展示以外に、皆さんの目に直接触れることはありませんでした。 新社務所を建設するに当たって、佐倉城と武家屋敷、そして城下町との真ん中に鎮座する麻賀多神社が、人の集いの中心としてどのように役立てるのかを考えました。 その中の一つが、当社所蔵の文化財を広く皆さんに公開することによって、佐倉としての歴史博物館が無い当地で佐倉の歴史を感じて貰える場所づくりでした。 二期工事は3月中旬に完了予定で、そこから行政の検査と修理に出している堀田家奉納の紫裾濃胴丸の帰還と展示作業に入ります。 なので祈祷待合室前から見えた大神輿が、暫くはパーティションで隠れることになりまして、その間についてはご容赦の程を願います。 また千本鳥居付近も工事の都合上、一時期通行止めとなりますので、こちらも重ねてお見知りおき下さい。
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おびしゃの日 [令和8年1月20日]
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「修祓」

「先ずは宮司から」

「さあやってみよう!!」
昨夕、高市首相が首相官邸で記者会見を開き、正式に衆議院の解散総選挙を表明しました。 その理由としては、政権の枠組みが変わったことと高市早苗という人物が首相に相応しいかどうかと言う、議院内閣制を敷く我が国にとっては政権選択の更に上を行く内容となっております。 そこでですが、野党は解散を批判するだけではなく、やったろうじゃねーか!くらいの勢いがなんで出せないのかが不思議でなりません。 やっぱり野党の方が気が楽だし、あまり足元も見られないし、そんなところなんでしょうか。 いずれにしても今月23日に解散をして27日に公示。そして2月8日に投開票の過密スケジュールというか短期決戦ですので、どの候補者もお気張り頂きたく思います。 今日は大寒。これから1年で一番寒い時季に入りますが、既に昨日とは気温差が出てきております。 毎年今日はおびしゃが佐倉市内外で行なわれ、当社管轄でも宮司が直接出向する所が3社。御神札を受け取りに来るところを含めるとかなりの数に上ります。 おびしゃを漢字で書くと御奉射となり、おんほうしゃが訛っておびしゃと。正式には奉射祭(ほうしゃさい)という名称なんです。 字の如く祭典時に弓矢を使い的を射る行事が入り、無病息災と厄災除け、そして五穀豊穣を願う神事なんです。 今日出向するところは海隣寺町熊野神社、大蛇町麻賀多神社、飯重大宮神社の3社で、今現在は飯重からの迎えを待ちつつ、七峯を書いております。 大蛇町麻賀多神社のおびしゃには、地区に隣接する白銀小学校の児童も参列し、学校を代表して担任の先生が玉串奉奠をして、児童の皆さんも列拝します。 上記にもあるように五穀豊穣を願うお祭りでもあるので、おびしゃに参列をして翌学年になると稲作体験を行なっていました。 しかしながら、流行病下の時に稲作体験が中止となり、児童の減少と指導者の高齢化により今現在も復活が出来ていないのは残念です。 それでも子供達は秋の御例祭にも参列をして、御神輿台を大きな声を出して元気に曳き廻してくれるなど、この地域にはなくてはならない存在。嬉しいですね。 新社務所が部分使用開始となって今でも、電話回線が木造社務所のままなので、パソコンでの七峯書き込みは隙間風に吹かれながらの作業です。 風の音が段々と大きくなってきました。明日からは強い寒気が襲来しますので、今日の内に備えられるものは準備しましょう!! それでは今日の七峯はこれまでで、寒風に吹き荒まれながら山のてっぺんにある飯重の神社に行って来ます。
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テント授与所の撤収完了 [令和8年1月19日]
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「第3テント解体中」

「佐倉幼稚園門前にて」
只今午後5時32分。一時期に比べるとだいぶ日も延びてきた感じがしますが、それでも暮れると一気に寒くなりますね。 先程、気象庁が21日から日本海側で、寒波による警報級の大雪になると発表しました。 今回の寒波は長引くそうで、気象庁の担当者は「長さとしては嫌な感じがする」と異例のコメント。 この影響で当地佐倉ではまた北西の冷たい風が吹くものと思われ、寒さ対策をより確りしませんとね。 それと午後6時から高市首相が首相官邸で記者会見をするそうで、そこでは浮上している衆議院の解散総選挙にも触れることでしょう。 野党の一部やオールドメディアは今回の解散について大義がないとか言っておりますが、政党たるもの政権交代を目指さないでどうするつもりなんだろうと思う宮司です。 今日の宮司は何だかんだで一日動きっぱなしでした。朝一で金融機関での支払い業務を行ない、帰社してからは神社裏手の佐倉幼稚園へ行き、恒例となている干支絵馬を園児さん達にプレゼント。 可愛い声に見送られなが新社務所へ戻り、作業着に着替えてからの大型テント臨時授与所2張りの撤収作業を行ないました。 麻賀多神社のお正月。新社務所の建設工事前迄は間口4間のテントを3張りと、2間のものを1張り立てておりました。 工事に伴い安全壁設置などで境内が狭くなったので4間のものを2張りに減らし、今年は部分使用開始となったので、祈祷受付の2間テントも廃止となりました。 なので4間テント2張りなのですが、木造社務所前のものはこの2年ほど立てっぱなしで、色色な面で活躍してくれましたね。 今週から新社務所の待合室に併設している文化財収蔵庫の2期工事が始まるのに伴い、大神輿の鳳凰や飾り金具等を搬出する事になっていました。 予定では明日だったのですが、施工会社のミスで一日繰り上げの今日からとなり、人員がいるんであれば搬出作業に合せて、大型テントの足も折って貰っちゃいました。 テントって、設営時の棟上げと撤収時の足折り以外は一人でも作業が可能なので、午後はほぼテント撤収に専念することが出来、夕暮れ前に大神輿関連も含めて作業が完了しました。 かなり疲れましたけど、気分は充実。明日は奉射祭の奉仕が3社有るので、美味しいのを食べて気分だけではなく体力も充実させて就寝します。
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プロレス楽しんでいるかな [令和8年1月18日]
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「引き戸全開」
社務所に有るデジタル時計には月の満ち欠けを表示する機能が付いておりまして、今日は真っ黒状態。 なので新月かと思いきや暦で確認をすると、明日が新月でして本暦(旧暦)の12月1日にあたり、今日は本暦の11月30日。 明治5年の改暦で現在の太陽暦が使われ始めた訳ですが、11月ってやっぱり冬なんだようなと。 なんですが、今日は気温が13度迄上がり、その上ほぼ無風でしたので、新社務所のエアコンは途中で切り、正面の硝子引き戸も前回に開けて参拝者をお迎えしました。 お子さんの中には半袖姿も見受けられ、50を過ぎたおじさんは遠い記憶の彼方でした・笑 お陰様で今日も初詣の流れで多くのお詣りを頂き、そこに神社の西側に有る佐倉市民体育館で新日本プロレスの興行が重なったので、新日のロゴマークが入った服装の方も沢山見かけました。 その方々のお参りは、推しのレスラーが試合に勝利する事を願っていたのかな。 今日は智勇権禰宜と宮司の2人体制でしたが、智勇権禰宜は午後3時上がりで市民体育館に駆けていきました。 大のプロレス好きである智勇権禰宜。昨年に同じく市民体育館で行なわれた試合も、リングサイドで観戦。 今回はチケット販売日に取ったものの、時間が少し遅れたとかで、リングサイド2か3列目だったとか。 それでもゴングが置いてあるすぐ後ろなので、チャンピオンベルトが目の前に有るとかで、試合の日が迫るにつれてワクワク感を滲み出しておりました。 昨年末から公休がない日が続いております。多分、節分明けまでお休み無しかもしれない、大好きなプロレスでリフレッシュしてきて欲しいです。 さて、只今午後6時を少し過ぎたところで、七峯を書いてから能登半島復興支援御朱印の印刷をして、本日の社務は終了。 節分祭の豆打ちの儀で撒く縁起物を買いに出掛けますので、その足で夕餉も済ましてこようかな。 お腹減った・・・
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節分祭の準備開始 [令和8年1月17日]
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「佐倉幼稚園より」

「一袋ずつ丁寧」
案の定というか、立憲民主党と公明党がくっ付いた新党名がネットやSNS上でや揶揄される事態となっており、新党名の中道改革連合を略して中改連と、過激派の中核派をもじった感じで大盛り上がりです。 合併する両党の首脳陣は、これを話題となっていると取るか、マズイなぁと取るかは判りませんが、宮司の感覚だと後者じゃないのかなぁと。 昨日の七峯でも書きましたが、前回の衆院選で得た両党の票を単純に足しての皮算用はなさぬ事。エライ目に合うと思いますから、お気をつけ下さいね。 さて、今日は暖かく引き続きいて初詣の参拝が多くあり、お昼休みを除いた祈祷時間は、全ての回で昇段祈祷が行われました。 午前中、宮司は工事の安全祈願祭に出向しまして、午前10時には帰社しましたが、その時には既に新社務所の授与所カウンターには10名程が並んでおりました。 そちらのヘルプをしてひと段落ついたところで、溜まっている郵便物の開封をしましたところ、神社裏にある佐倉市立佐倉幼稚園から閉園式の案内状がありました。 佐倉幼稚園は今年度末をもって閉園が決まっており、そこに至るまでは世論も巻き込んだ大騒ぎとなったのです。 その内容はあえて割愛をしますが、寂しくなるのは皆一緒でして、宮司宛に案内を頂きましたが、宮司の代理として卒園生である智勇権禰宜が参列をする事として、月曜日に幼稚園へ持参したいと思います。 このお話はまた後日に書くとして、そこからは社頭対応をしながら節分祭の福豆をビニール袋に詰める作業を始めました。 始めたというか、やっと始められたとうのが正解でして、兎に角この年末年始は新社務所の始動があり慌ただしく、本来であれば10日くらいから豆詰めをしなければならないのです。 その福豆、七草には並木町の大津屋さんから納品されておりまして、段ボール箱を開けて真空になっている袋を開封したら、まあなんて良い匂いなんでしょう。 煎った大豆の香ばしくもほのかな甘みのある匂いがバックヤード全体に広がりました。摘みたくなりますよね・笑 令和2年の節分祭を最後に流行病下、そして新社務所の建設工事と、通常とは違う形式で節分祭を行ってきましたが、今年からは祭典は元通りとなり、豆打ちの儀は新社務所2階のテラスから行います。 今までとは違う形式の中に、ワクワク感と人流の捌きをどうしようかという不安感もありますが、先ずは豆詰めを完了させますね。 豆の袋詰め、これが結構手間が掛かりまして、多分また徹夜作業が行われる事になりますが、それもこれも再始動一年目としてのハードル。嬉しくもあるのです。
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