七峯の丘から

鎮守御祭礼提灯下げる [令和8年10月17日]

「ほっと一安心」

「山車出発式」

「境内が華やかです」
 日本の遙か南、マリアナ諸島付近には台風30号がおりまして、西北西に進んでいる模様です。
 このまま進むと台湾を直撃することになりますが、心は痛む中で被害が出ないことを願いつつ、もうこちらには来ないで欲しい。
 今日も秋晴れの佐倉。湿度も一番低くて35パーセントで、本当に心地よい中にいる宮司です。
 昨日に本義の例祭日を納めて、本日早朝に拝殿に掲げてある「鎮守御祭礼」の提灯を下げました。
 これで本当に今年の御例祭行事が仕舞いとなりまして、この後は御礼のご挨拶回りと会計処理という実務が待っております。
 また今夜からは花流しが始り、宮司は大神輿奉昇員の鏑木青年会、智勇権禰宜は六崎大神輿に奉仕する六崎青年会に出席を致します。
 「花流しとは」については明日の七峯に書くとしまして、宮司は今朝7時に昨日例大祭を奉仕した富里市七栄鎮座の紅葉山稲荷神社に出発。
 例大祭の附け祭りである七栄親子まつりの山車清祓式を8時より奉仕。七栄の若衆「七若連」の漲る力を沢山浴びて参りました・笑
 帰社しましたのは9時少し前で、到着と共に通常社務と事務仕事、そしてまだまだ続くお祭りの後片付けをこつこつと行なっております。
 今日の祈祷番も智勇権禰宜で、連勤続きなのでそろそろ休みを取らせたいのですが、月曜日まで兼務社の例大祭が続くので、それ以降に予定を見て公休を取らせるつもりです。
 佐倉では麻賀多様のお祭りが済むと七五三シーズンが本番となります。今日も赤ちゃんの初宮詣よりも七五三詣の方が多く、履き慣れないであろうお草履や木履(ぽっくり)の音が聞こえて微笑ましかったですよ。
 明日の宮司は四街道市吉岡鎮座の春日神社と成山鎮座の高お神社※、禰宜画伯は佐倉市吉見の住吉神社の例大祭を奉仕します。
 気が付けば10月も半ばを過ぎて末に入って来ました。こうなるとお正月は目の前なので、お手伝いの巫女さんの手配も始めませんとね。
 
令和8年御例祭の納め日 [令和8年10月16日]

「御社紋が三つ葉葵です」

「一部交通規制があります」

「火傷しないでね」
 今日も穏やかな空模様の佐倉です。気温は高めのような気もしますが、ここ数年はこれくらいの気温だったと思いまして残暑が無かった分、身体が本来の秋の気候に慣れてしまったのでしょう。
 今日は兼務である富里市七栄鎮座の紅葉山稲荷神社の例大祭で、午前9時に七栄消防団員が迎えに来てくれ、車中では今回の豪雨と長雨での富里市内の被害についてお話を聞きました。
 富里市内では人的や建物被害は少ないものの、基幹産業である農業に著しい影響が出ており、特に畑の表土が流されたり地中の排水が進まず農作物が病気に掛っているところがあるそうです。
 ただ、10月に入ってからの天候続きで事態も好転している場所も有って、今年も例大祭に参列をして頂いたJA富里市の根本理事長には大変ながらも「宮司ありがとうございます。頑張ります!!」と力強い言の葉を頂きました。
 紅葉山稲荷神社は江戸城内の紅葉山に鎮座していたお社で、戊辰戦争の際に江戸城が無血開城をした際に江戸詰の佐倉藩士が、将軍様がお参りしていた神社が取り壊されるのは忍びないと、御神体諸々を佐倉まで持って帰って来ました。
 それを佐倉牧として馬を放牧と生産をしていたところを開墾するにあたり、その鎮守として佐倉より遷座をしたのが始りとされています。
 佐倉牧や幕府直轄の牧を開墾した場所は13ヶ所あり、現鎌ケ谷市の初富を皮切りに7番目なので七栄。隣の八街は8番目の開墾地という訳なんです。
 今考えてもなかなかのことをした佐倉藩士達ですが、その機転の利かせ方が徳川幕府政権下で一番多く老中を輩出した佐倉藩ならではなのかと思います。
 明日からは御例祭の附け祭りである「七栄親子まつり」が2日間の日程で開始され、午前8時から山車のお祓いを致します。
 なので明日は7時迎え。今日は早めにやすむとして、麻賀多神社では今日10月16日が本義の日程で言うところの御例祭納めの日。
 拝殿には「鎮守御祭禮」の提灯が煌々と灯っており、宮司家の軒提灯も同じく灯り、これらは明日の早朝に下ろして仕舞いとなります。
 七栄から帰社しましてからは、先週の御例祭行事のお片付けを再開し、宮司が洗濯をした神社役員と来賓の参拝着を出仕がアイロン掛け開始。
 その数80着ですから今日に終るわけもなく数日を掛けて、また改め七峯に記しますがその他のもののアイロン掛けもありますので、出仕と巫女さんには火傷に気を付けて作業に当たって貰います。
 今夜は早くやすむと書きましたが御例祭の御礼周りも始まりますので、程程で帰宅することに致します。
 
本義御例祭中日と次世代 [令和8年10月15日]

「ご案内が沢山」

「下台麻賀多神社」

「墨の六所神社」
 なんでも農水大臣が辞任をしたそうですが、御例祭が続いている中に、また宮司家のテレビが完全に映らなくなってしまったので、社会情勢にかなり疎くなっている宮司です。
 その中にあっても兼務地域である酒々井町馬橋。そこにある開運団地の台風25号による土砂災害の水浸が先月23日に起こってから、約20日が経った今月13日の午後にようやく排水が完了したと連絡が有り、言の葉は適当ではないかもしれませんが少しく心を和ませております。
 被害に遭われた方々にお見舞いを申し上げますと共に、金塚学酒々井町長を先頭に町職員、消防、自衛隊、国土交通省など、未だ名称は書き切れませんが多くの方が尽力をされたものと思われます。
 実際にはこれから団地上部にある不法残土の撤去と排水路の再構築、そしてなにより住宅の復旧が行なわれていきますが、20日も水に浸かってしまった住宅の再建は気の遠くなる時間が掛ると思います。
 これから書きます本日10月15日に御例祭が行なわれた酒々井町の各神社でもその話題がのぼり、役員でもある酒々井町社会福祉協議会関係者もこれから立ち上がるボランティアセンターについてお話をして下さいました。
 既に酒々井町社会福祉協議会へは当社と佐倉ライオンズクラブより土嚢袋を始めとする支援物資の搬入を行なっており、その事に対しても御礼の言の葉を頂きました。
 支援物資のニーズは時間と共に、また復旧作業の進み具合によって替わってきますので、連絡を密にして行きたく存じます。
 今日は本義御例祭日の中日。そして上記にあるとおり、宮司が兼務する酒々井町内の5社を回りまして例大祭を奉仕して参りました。
 回る順番は毎年一緒で、酒々井上宿の八坂神社を皮切りに下宿麻賀多神社、横町朝日神社、下台麻賀多神社、そして墨の六所神社となり、神事のみですが皆さんが待っている大切な日なのです。
 特に墨と馬橋は隣同士の地区で、7月15日には両方の神社で夏祭りと獅子舞が行なわれるなど、祭礼文化も似た部分が多いんですよ。
 温暖化の影響で7月の獅子舞は舞手への危険が問題となっており、馬橋では7月に神事を行ない10月に獅子舞を行なう案も出ておりました。
 神社役員と馬橋区役員とで協議をした結果、しっかりとした休息と水便補給を行なう事で、獅子舞も従来通りの7月に行ないましたが、もしこれが10月に変更であったならば、今年の馬橋獅子舞はお休みだったかもしれません。
 酒々井町の各地区も少子高齢化が進んでおり、伝統芸能を次世代にどのようにして繋げるのかが大きな課題となっております。
 その中にも毎年に近く小学生の囃子方見習いや中学生の舞手も出てきてくれ、絶対に無くさないという氏子さん達の信念が見えるのです。
 あたかも今日は戌の日で、留守番部隊の智勇権禰宜は安産祈願を数件ご奉仕致しましたし、境内を見回せば七五三の文字も見える季節となりました。
 麻賀多神社御例祭として先週に行なった祭礼行事にも、水害を被った3町を始めとして多くの老若男女が神社と城下町に集いました。
 今年の御例祭は次世代に繋ぐためには地元の神社として、また宮司として何が出来るのかを考えさせられることが多く、頭の中が整理できておりませんが残り5社の秋の御例祭を恙なく執り納められるよう、今はただ神事に没頭したいと思います。
 
今日から本来の例祭日 [令和8年10月14日]


 昨夜はなんだか蒸し暑く感じたので、久し振りにエアコンを掛けて寝た宮司。日付が変わって今朝お参りに行くといろいろなものが濡れておりまして、雨が降った形跡もないので空気中の水分量が高かったのでしょうか。
 今日はお昼過ぎから雨がぱらつきまして、時間帯によっては少し大粒の雨が降ったりしまして、先週の御例祭行事中に沢山の方に踏みしめられ乾燥をした境内の地面には埃除けの意味も含めて良いお湿りになったと思います。
 当社の御例祭日、本来は今日10月14日からの3日間で、約30年前に佐倉の秋祭り実行委員会が発足してから御例祭行事は10月第二金曜日からの3日間で行なっております。
 なので当社としては今年は10月9日〜16日迄が御例祭期間としてその体制を取っており、やはり14日を迎えると大きな行事は済ませているものの心のどこかに緊張があるのです。
 今日の神社アカウントのSNSは、初日の9日に来社した千成幼稚園の皆さんを取り上げました。
 流行病前からですのでもう10年以上となりますが、お祭りの説明と大神輿の見学して欲しいと千成幼稚園の安川理事長より依頼が有り、宮司は同時刻に田町愛宕神社の例大祭奉仕で出向中のため、初回から禰宜画伯が担当として今に至ります。
 思うに園児さん達には宮司より禰宜画伯がお話をした方が受け入れもし易く、その様な流れが有ったのではないかと思います。
 禰宜画伯によると、一連のお話の後には園児さんからの質問が沢山有るそうで、中には返答に困るような、そして大人では考えつかないユーモラスなものもあるそうで、午後からの御例祭大祭式に臨む緊張感が少し薄れるそうです。
 偶然は必然とも言いまして、今日は示し合わせたかのように安川理事長と南園長が来社。
 千成幼稚園の子供達が普段どのような園生活をしているのか、纏めた写真集を頂きました。
 その中には大神輿について説明している禰宜画伯や、仲町の御神酒所を千成幼稚園揃いの法被を着て園児さん達が賑やかに曳く様子なども掲載されていましたよ。
 明日は年で一番多くの例大祭を奉仕する日。心身共に清めて臨むことに致しますが、今夜は宮司が所属する佐倉ライオンズクラブの例会もございますので、久し振りに仲間たちの顔を見て和むことのも良いかな。
 
川向こう3社例祭からのお洗濯 [令和8年10月13日]

「江原淡島神社」

「江原新田麻賀多神社」

「からのお洗濯」
 今日も穏やかな空気が流れる佐倉です。千葉豪雨から今日で2ヶ月、本当に8月から9月末までの空模様は何だったのか不思議でなりません。
 10月に入ってからの雨は2日間。それも小雨程度で、境内の地面はかなり乾いてきました。
 佐倉の街中は御例祭行事が済んでいつものゆっくりモードに戻りましたが、当社管轄では今日が鹿島川の西側、角来八幡神社・江原淡島神社・江原新田麻賀多神社の御例祭でして、宮司が出向し奉仕を致しました。
 各社へ向かう途中の道では未だに水が染み出ているところも多く、土砂崩れがあった場所の復旧作業はこれから本格化するようです。
 3社の御例祭、やはり話題になったのは大雨と水害のこと。角来地区では水路の復旧工事が行なわれており、その影響で一部道路が通行止めになっており、氏子総代の中には大回りをして神社までたどり着いた方もおりました。
 祭典自体は順調に進み、12時からの江原新田麻賀多神社の御例祭は氏子さん方の準備の良さから、12時前に祭典終了。
 早めに帰社できるのは有り難いことで、御例祭行事の後片付けが捗りました。
 とは言ってもまだまだ道のりは長いのですが、天気も良いので例大祭大祭式と大神輿渡御で神社役員が着装した参拝着の洗濯をすることに。
 新社務所の2階には洗濯機がありまして、倉庫を挟んでベランダに出ることが出来ます。
 御本殿のすぐ真横になりますが、ベランダからは外が一望なのに、神社駐車場あたりから見てもベランダの中は見えない構造になっており、よくお洗濯ものを乾すんですよ。
 洗う参拝着の数は約80着ありまして、今日と明日とに別けて洗濯を行ない、巫女さんにアイロンがけをして貰う予定です。
 これと同時進行で提灯の片付けもしたいところですが、今週中には目処が立てば良いかな。
 
令和8年御例祭のお片し開始 [令和8年10月12日]

「表町の皆さん」

「陰干しからの」
 昨夜、大神輿が還御となり御神霊代を本殿にお戻しを致しましたが、麻賀多様には「明神祭り さらば久しい」の掛け声の下、御例祭をお楽しみ頂いたことと拝察を致します。
 一夜明けての境内は連休と言う事も有ってお参りも多く、境内西側にある4町内の山車と神酒所倉では、昨日と同じくらいの若々しい声が飛び交っておりました。
 何事にも準備8割など度申しますが、始まってみればあっという間で、昨日の仕舞いがとても昔の事の様に思われます。
 今日は御祈祷が数件入っており、智勇権禰宜が奉仕を致しましたが、初日は本町神明大神社、そして2,3日目は城麻賀多神社での神輿渡御に歩行(かち)で奉仕を致しましたので、彼もかなり疲れていると思います。よく頑張りました。
 今日の宮司は挨拶回りとお片し等を行ないまして、未だ目処は立っておりませんが気長に作業をしたいと思います・笑
 御例祭が済みますと色々なところから画像や写真を頂きます。被災した3町内が新社務所のお囃子テラスでの演奏、また境内での手古舞や手踊りの画像も頂きまして、1枚ですが貼り付けますので、可愛い姿をご覧下さい。
 明日あたりから七峯も通常モードになっていけるかな。その前に栄養を付けないと身体が持たないので、今夜確りと食べる事に致します。
 
令和8年御例祭納めの日 [令和8年10月11日]

「御旅所発輿」

「二番町の山車と」

「本町の御神酒所に」
 こんなにも空模様を心配しないで良い御例祭も珍しく、最高気温は26度で最低気温は13度なので、多分ですがお祭りの後は風邪を引く方が増えると思います。
 一昔前まではこの様な気候の中にお祭りを行なっておりましたが、温暖化の影響でそういった風情も薄くなっており、色々な意味で本来のお祭りを感じる事が出来ますね。
 今日は午後3時15分に大神輿が御旅所を発輿。京成佐倉駅方面に渡御をし、一方通行の坂道を上がってくるのですが、この坂がなかなか曲者で、新町通りへ登り切るところが坂がきついのです。
 歩くだけでも額に汗をしますが、大神輿を担いでいる鏑木青年会の白丁は額に汗どころではありませんで、全身から湯気がでる勢いで奉仕をします。
 今年の御例祭は度重なる水害により行事が変更変更となり、宮司もかなり頭を悩ませました。
 その成果もあったのか多くの方に良いお祭りだったとお褒めの言の葉を頂き、水害に遭った3町内の方々にもとても喜んで頂いたようです。
 大神輿の渡御も順調以上に順調で、予定より早く七峯の丘に還御となり、鏑木青年会員や神社役員、そして氏子町の皆さんと来倉した方々にも感謝の念で一杯です。
 明日からは通常の社務とお片付けが続きますが、本来の御例祭納めの日である16日迄、無事に事が進みますよう願っております。
 
令和8年御例祭2日目 [令和8年10月10日]

「松ヶ丘鳳友会」

「大年番の宮小路町第一」

「上町の山車」
 こんなにお空の心配をしない御例祭も久し振りでして、多分にお空の水瓶もカラになったのでしょう。
 今日は宮司と智勇権禰宜は城麻賀多神社の例大祭奉仕。禰宜画伯は大佐倉八幡神社で同じく例大祭を奉仕致しました。
 城麻賀多神社では麻賀多神社の先代神輿である六崎大神輿が渡御となり、智勇権禰宜が御神輿付きの奉仕を致します。
 宮司は六崎子供神輿の清祓いをした後に帰社。仲町の山車降神祭を奉仕し氏子町の山車と御神酒所の社参をお迎えしました。
 今年は水害を受けた鏑木町・表町・田町の御神酒所がお休みとなったので、新社務所のお囃子テラスを開放し、この3町内のお囃子方が奉納演奏を行ない、手古舞と手踊りも披露され、境内は大いに盛り上がりました。
 夕刻から宮司と禰宜画伯とで氏子町内の詰所を順次表敬訪問。温かい言の葉を頂くと共に、御神酒も沢山頂きまして、ほろ酔い加減で帰社しました・笑
 明日は午後2時30分から御旅所発輿祭。午後3時15分に大神輿が御旅所を発輿し、野狐台町の旧堀田邸まで渡御をして、折り返しとなり七峯の丘に還御となります。
 だんだんと身体もきつくなる頃合いですが、これがお祭り。明日の収めも職員一同みなでがんばりますので、

明神祭り さらば久しい!!

 
令和8年御例祭初日 [令和8年10月9日]

「金幣拝受」」

「樋之口橋にて表町お迎え」

「大神輿発輿」
 澄み渡る青空に午前6時、大神輿が新社務所から参道中央に移動をし、大神輿奉昇員の鏑木青年会員により飾り付けが行なわれました。
 本日、令和8年麻賀多神社御例祭の初日を迎え宮司以下職員、真心を込めて例大祭大祭式を奉仕。
 神社本庁よりの幣帛を平澤牧人千葉県神社庁理事(市原支部長・飯香岡八幡宮宮司)が献幣使として参向の下に御神前に供えられました。
 本年は8月と9月に氏子地域を襲った水害の事を鑑み、大神輿渡御も一部変更。御神酒所も鏑木町・表町・田町がお休みとなるなど、今日を迎えるまでに宮司の白髪も随分と増えました。
 しかし乍ら麻賀多様が1年に1度、私達のところにはやって来るその歓びは替わることなく、多くの氏子さん方のお迎えを頂きました。
 金幣奉持、そして大神輿の渡御、どちらも麻賀多様の御出ましであり御渡です。
 金幣奉持からの大神輿の渡御では、午後9時30分に御旅所へ御着。御旅所到着祭を齋行し、麻賀多様は2泊3日にわたり氏子さんと遠近からの参拝者と共にお祭りを楽しまれます。
 神と人とが共に楽しむのがお祭り。神人和楽、今年も佐倉の大祭が始まりました。
 
五色が上がり御旅所建つ [令和8年10月8日]

「青空に五色が冴える」

「提灯が新しく」

「御朱印は12日まで書き置きです」
 畏くも天皇皇后両陛下におかせられましては、台風25号で被害を受けた千葉県と神奈川県に、お手元からお見舞い金を下賜下されました。
 誠に有り難く、常に人青草なる国民に御心をお寄せ頂く事に、目頭が熱くなる思いをいたします。
 熊本地震のような規模ではないにしろ、佐倉とその近郊では2度の水害に遭ったわけでして、ニュースという形で知ることすら有り難く、被災された方々にもこの事が広く知れ渡って欲しいです。
 明日からの御例祭を前に、今日も準備を進めているのですが、10月に入ってからこの方、4日に小雨が降った以外はほぼ快晴で、明日の降水確率はなんと0パーセント。
 今日も0パーセントで、8月のお盆前から9月末までのあの長雨は一体何だったんだろうと、空を恨んだところで恨むのも自分に還ってくるので、今日の晴れに感謝しております。
 澄み渡る青空に一対の五色(ごしき)を上げまして、森羅万象という判るような判らないような事項を5色で表わすこの五色。
 森羅万象を表わすのであれば、あの長雨の時に掲げたら青空が多くなったのかと自問をする宮司ですが・苦笑
 神社から徒歩5分のところにある佐倉市の複合施設「夢咲くら館」。その大屋根の下には大神輿が2拍3日で駐輦される御旅所が、斎藤工務店の手により建ち立ち上がりました。
 只今午後7時を少し回ったところ。七峯を書き上げてから明日の例大祭大祭式に参向する献幣使さんの中食について最終の打ち合わせを行ない、午後9時半に毎年恒例の並木町宵宮社参。そして神社向かいに設営されている宮小路町第一祭礼本部表敬訪問と続きます。
 明朝6時からは大神輿の飾り付けが奉昇員の鏑木青年会の手により行なわれますので、今夜はなるべく早く就寝することに致しましょう。
 そして静かにしないと禰宜画伯に怒られますので、心して遂行致します。