七峯の丘から

若宮さん鎮座地工事中 [令和8年5月7日]

「隣家もほぼ見えなくなりました。

「麻賀多神社の鳥瞰図」
 株式投資などは行なっていない宮司ですが、世の中の動きがわかる指標の一つとして気にしております。
 で、今日の日経平均株価は史上初の62,000円を超えまして、終値も62,833円と上げ幅も3,320円高とまあびっく。
 アメリカとイランとの戦闘に和平案が決まりそうとの報道によるものなのですが、それ以外に160円をつけた為替が日本政府の介入があったであろう155円台まで上がったので、複合的な要素があると思います。
 株や円相場は儲かる方もいれば損をする方もいるわけで、有事になるとより一層その傾向が高まります。
 宮司は思うんですよ。すごく儲けた方は社会に対していっぱい還元して下さい。沢山儲けた方は社会とご家族に沢山還元して下さい。ちょっと儲けた方は家族旅行か自身のご褒美に使って下さい。それが社会に利益を還元する、お金をまわす方法なのですから。
 新社務所建設に伴う外交工事も終盤に入っておりまして、千本鳥居から突き当たりに擬竹の塀がとりつけられました。
 御殿と新社務所の間に作った千本鳥居。元々この場所には境内摂社の若宮稲荷神社に通ずる石畳の稲荷参道があり、新社務所建設に伴い若宮様の仮遷座と稲荷参道の撤去を行いました。
 麻賀多神社御祭神である稚産霊命(わかむすびのみこと)様の御子神である豊受姫命(とようけひめのみこと)をお祀りしているので若宮様と称し、佐倉の旧家では敷地内にお稲荷様を祀るのもここに起源があります。
 若宮様の仮遷座地への移動な際に本殿が載る礎石も解体して、施工を下さった大?ア石材店に預かって頂いておりますが、掘り起こしたら2段ほど土に埋もれていたのが見つかり、正遷座の際には今までよりも50センチほど高くなる見越です。
 擬竹の塀が完成して地面を均して若宮様の本殿移築。それから本殿まわりの整備をして、擬竹の塀前に植栽をします。ここまでで今月の新社務所竣工奉告祭と竣工式には到底間に合わないので、今夏に収まればいいかな。
 
昨日が立夏でした [令和8年5月6日]

「色目が違いますね」

「桃香くん」

「春陽くん」
 今、国内のレフトサイドの方々には不安が交錯しているというか、疑心暗鬼というか、自分達の仲間であるオールドメディアにすら裏切られていると思っているのではないでしょうか。
 戦争反対と国会前に2万人以上が集結したと、また全国各地で憲法改正と武器輸出規制緩和の反対集会が行われているとSNSで盛んにアップをしておりまして、世論は俺たちの問題と。
 なんですがね、オールドメディアでも特にレフトサイド側であるJNN系(TBSの6チャンね)がおなった高市内閣の支持率が、なんと先月から2.7ポイント上がっての74.2パーセントと来たもんで。
 「笑」って付けたいところですが、そちら方面の方々が余りにも不憫と言うか可哀想と言うが、察しに余りあるのであえて付けません。
 こう書きますとね、宮司もいやらしいなぁって七峯フリークの氏子さんがニコニコしながら話しかけてくれますので、あたしはそれで十分です・笑
 昨夜、皆さんは菖蒲湯に入りましたか?入るというか浸かるの表現が良いなとも思いますが、宮司もしっかり肩まで浸かり顔も洗いまして、その効果か今朝も頗るご機嫌で朝拝に上がりました。
 宮司家の男子は今のところ宮司と智勇権禰宜、そして生き狛犬でチワワの珠京と弥来と春陽と桃香。後者の方が多いんですが、ちゃんと神主は菖蒲の葉を鉢巻きにしての風呂上がり。
 生き狛犬達は禰宜画伯が作ってくれた菖蒲鉢巻きを、なんだかよく分からないままに頭に載せられてですが、今朝のご飯はいつもより食が良かったです・笑
 そして昨日は立夏。暦の上では夏の始まり。今日まで大型連休なので神社近隣の登下校は明日からですが、制服も衣替えとなり上着無しの夏服となりますね。
 当社では5月と11月の月次祭に合わせて斎行する神御衣祭から神職も衣替えとなります。
 今月1日の七峯にも書いた事ではありますが、実際にはまだ寒い日もあるのでその時次第として、暫くは冬装束と夏装束の併用期間となります。
 冬装束と夏装束の一番の違いは布地の織り。冬は綾織もの、もしくは固地でして、夏は紗となるので肌触りと重さが全く違います。
 画像は宮司が着ける神職身分二級上(にきゅうのじょう)の袴。右が冬袴で左が夏袴。両方の袴とも総裏仕立てですが、表生地の違いで色目が随分と違く見えますね。
 上記のように重さも違いまして、毎年2回の衣替えの時には、冬から夏は軽さに驚き、夏から冬は重さをどっしりと感じます。
 因みに神職身分ニ級(紫色)と三級までが着ける浅葱色(見た目は水色)は裏地を付けることは稀で、宮司は今の身分に昇級してから雨儀などに二級袴を付けるとその軽さに驚きます・笑
 
葉先が先の懸け菖蒲 [令和8年5月5日]

「鳥居の懸け菖蒲」

「麻も添えて」

「三本菖蒲の前立て」
 昨日の強風は予報に反して今朝方まで吹いており、宮司宅もミシミシと音をたてておりました。
 この音、令和元年9月に千葉県を直撃した台風15号の時とそっくりで、あの恐怖が思い出されるくらい嫌なものです。
 思い出すに台風が佐倉の真上を通過した際、風がピタッと止まり、数分後に途轍もない風が再び吹いたのは、台風の目に入ったから。
 台風の目、それがどんなに恐ろしいものか、宮司の母方の祖父にその話を聞いたことがあるんです。
 昭和29年(1954)に起きた洞爺丸台風事故の事で、それまで台風による暴風雨で函館港からの出港を見合わせていた青函連絡船の洞爺丸が台風の目に入り、時化も止んだので出港。
 そうしたところ、再び台風の目からはずれてしまい暴風雨にみまわれ、洞爺丸を含む青函連絡船5隻が遭難。洞爺丸は沈没して乗員乗客1139名が犠牲となりました。
 祖父の家は漁師で仲間と荒れ狂う海に漁船で出発して、できる限りの救助をしたそうです。
 残念ながら亡くなった方も収容したと話しており、台風が来たときは少し収ったからといってすぐには行動してはいけないと教えてくれました。
 この事故が切っ掛けで、それまで凍結されていた青函トンネル計画が再度動き始める事になったのです。
 今日も枕が長い七峯ですが、それだけ台風は怖い、昨日の暴風という自然は怖いんだと思いまして、今日の穏やかなこどもの日を迎えました。
 こどもの日については、今日を挟んで祝日の意味や出生数などがテレビや新聞、そしてSNSで流れておりますので割愛を致します。
 こどもの日、それは端午の節供でして、大昔は毎月最初の午の日を表わしておりました。
 端というの「ははじっこ」と言う意味なので解りやすいのですが、それが現在の5月5日になったのは「午・ご」が数字の「五・5」と同じ音でして、いつの時代からか今日の日になったと言われております。
 端午の節供といえば色々思い出されますね。鯉のぼりに兜、柏餅に菖蒲湯なんてところが有名でしょうか。
 その菖蒲、屋根の上に投げての「菖蒲葺き」や束にして玄関先に懸ける「懸け菖蒲」なんてのも有るんです。
 いずれも菖蒲湯と同じく、菖蒲の香りや刃の様な葉先で邪気を祓うと言われていますね。
 懸け菖蒲、当社でも行なっておりますが、一般的なものと違って葉先を上にするのが特徴です。
 これは佐倉藩士の兜に付けられている前立てが「三本菖蒲・さんぼん」しょうぶと言われてるもので、当社の懸け菖蒲と同じく葉先が上になっているんです。
 どちらが先かは不明ですが、当社所蔵で明治39年(1906)に家老の佐治家より奉納された甲冑にそれを見ることが出来ます。
 佐倉城、その天守閣は文化10年(1813)に盗賊が落とした明かり取りの火種が元で焼失してしまいます。
 普段の天守閣はシンボル的存在であり、実際に藩主がそこに登って城下を望む事はしませんでした。
 何に使っていたかというと倉庫。佐倉藩では武器庫として使っており、そこが火事で全焼したので藩としてどのような備えしていたのか再度調べる事になったのです。
 その際に作られた武具の本に佐治家甲冑そっくりの既述と絵図があり、その事からこの甲冑は上級の佐倉藩士が着用する基本形と解ったのです。
 今現在、新社務所祈祷待合室に併設している文化財収蔵庫で常設展示をしており、神社行事などが無い限り職員に声掛けをして頂ければ拝観をして頂けます。
 今日は端午の節供ですので、いつもより多くの拝観があり、沢山の歓声と驚きの声が聞こえました。
 さて、午後7時も近くなってきたので今日の七峯はこの辺にして、今夜は菖蒲湯に浸かり良い気分で就寝することに致しましょう。
 
緋鯉アクロバット中 [令和8年5月4日]

「あらよっとって感じです」

「手水の柄杓も強風で寄りました」
 金沢に行ったりご葬儀に参列したりと、ここ数日は新聞もゆっくり読めない日々でしたが、今朝は比較的ゆっくりと読むことが出来ました。
 昨日は憲法記念日だったんですね。制定されて79年、そこから一字一句変わっていないのが誇りみたいに言うか違いますが、制定時とは我が国を取り巻く環境も国民生活も変わったわけで、ただ単に長く保っているのが良いわけでは有りません。
 改憲派と護憲派それぞれで集会を開いたと新聞記事にありまして、後者は修学旅行中の高校生が亡くなった沖縄県の辺野古海域で基地増設反対と同じ匂いの方々。
 それに対して前者は、この2日に鎮圧宣言が出された岩手県大槌町の山林火災に緊急消防援助隊に派遣された自衛隊員を大漁旗などで見送る地元住人の方々に似ており、市民団体の市民って一体誰を指しているんだろうと・笑
 日本国憲法の条文には憲法改正の手続きが定められており、これって日本国民の権利なんですよね。
 議論すら認めないとする輩も居りますが、そういうのに限って権利権利と言いますでしょ。私達の権利を奪わないで欲しいもんです。
 明け方の雨は上がったものの、朝からずーっと強風が吹き荒れている佐倉。だけではなく、日本全国らしいので、天気図を見てビックリです。
 平均10メートル程の風が吹いており、突風の最大は23メートルにも達したようですので、境内の至る所で色んなものが吹き黙っております。
 5キロの重りを付けているカラーコーンも倒れるって余程でして、未だ芯が確りとしていない今春に芽吹いた若葉もかなり散れていますね。
 七峯を書いていてそういえばと言う話なんですが、5月の大型連休って天候が荒れることが多い気がするんです。
 その指標というか見た目で解るのが鯉のぼり。当社の境内には比較的大きい鯉のぼりをあげていまして、神社の名物に思ってくれている方もおります。
 その鯉のぼり、過去には真鯉がどこかへ愛の逃避行をしたり、それを悔しがったのか緋鯉の口が裂けたりと、なかなか激しい人間模様というか鯉模様を見せてくれます。
 よくあるのが、枝や拝殿の屋根に引っ掛かるというもの。これを外すのがまた大変で、それでも引っ掛かるくらいの大きさの方がやっぱり立派で・笑
 今日はですね、緋鯉が幟竿と五色の間に尻尾を挟み込んでおりまして、アクロバット的にしゃちほこ状態になっております。
 こうなると一度下げての対処になるかと思いますが、五色のところには滑車が付いていて、そこに絡まっていたら竿ごと倒さなければなりません。
 さてどうしたものかと思案に暮れる宮司ですが、家出をしないで踏みとどまってくれているだけ良しと致しましょう。
 
昨日と今日の言の葉 [令和8年5月3日]


 昨夜、金沢より帰倉した宮司と禰宜画伯。大型連休の混雑と強風で、JR東日本管内の新幹線が大混乱を起こしまして、その影響で乗車した北陸新幹線も遅延。
 東京駅で乗り換える予定だった成田エクスプレス(ネックス)も発車してしまい、後続の総武線快速電車に乗車変更を余儀なくされました。
 3月の京都出張の際にも帰路で東海道新幹線が遅延をして、品川駅で乗り換えるはずだったネックスに乗れず、後続のネックスに乗車変更をしたのは良いのですが、未だに乗車予定だった切符は返金が済んでおりません。
 ここ数年言われていることですが、JR各社はお客様対応向上といいつつ実際には人員削減なので窓口やホームの対応が劣化の一途。
 ましてや列車運行も人員的ミスが重なり、大都市圏の路線で終日運休することも珍しくありません。
 人口減少で鉄道運賃収入が少なくなっていて、その穴埋めを不動産事業や駅ナカでしているのは理解をしますが、そもそもなんの会社なのか、本業に注力する当たり前なことをおざなりにしている感が否めません。
 どのような経緯で国鉄からJRに民営化したのか、JRの経営陣はそれを思いだし、そして社員教育に示して欲しいと思います。
 昨日は金沢石浦神社の春季大祭に献幣使として参向し、直会では祝杯の挨拶もさせて頂いた宮司。
 今日は一転して先輩神職のご葬儀にて、弔辞を述べさせて頂きました。
 お亡くなりになったのは成田市南羽鳥の熊野神社前宮司で、千葉県神社庁印旛支部前支部長の鈴木純幸宮司。
 神葬祭の斎主は成田埴生神社の宮?ア慶治宮司で、祭員は富里高松香取神社の篠原政弘宮司です。
 鈴木宮司は支部監事を務めて頂いており、先月7日に行なった会計監査と役員会にも出席。会計諸帳簿を確りと監査を頂きました。
 いつもにこにことされ、どこまでが本気でどこからが冗談なのか解らないのが、また面白く場を和ませてくれました。
 弔辞は支部長として行ないまして、思い出や支部への貢献などなどを申し述べ、突然の旅立ちに改めて哀悼の意を表した次第です。
 どこの家庭でも有ろうと思いますが、親子というのは心で思っていること等を、なかなかうまく伝えられないものです。
 代を継ぎ施主を務めた長男の豊幸さんも、その事を遺族代表挨拶で述べられており、お互いにわかり合えた中での旅立ちに声を詰まらせておりました。
 さて、大型連休も後半となり、明日は荒天が予想されております。既に外は強風、鯉のぼりが飛んで行かないか心配です。
 今日の仕舞いですが、今月1日より千葉県女子神職会企画のお祓いうちわの頒布を開始しました。
 今年で4年目となりますこの企画。千葉県特産の房州うちわを原型として、女子神職会所属の神職が奉仕する神社ごとに裏面の絵柄が違い、当社はもちろん禰宜画伯が原画を描きました。
 このお祓いうちわ、ただ単に涼を求めるのではなく、扇ぐことで生まれる涼風をもって厄災を祓う社印も捺してある「祓い具」なんですよ。
 新社務所にて展示と頒布をしておりますので、是非お手にとってその風を身に扇いでみて下さい。
 
令和8年石浦神社春季大祭 [令和8年5月2日]

「大祭を納めて」

「直会にて長谷宮司の挨拶

「祝杯の発声を」
 気が付けば1時間ほど寝ておりまして、宮司と禰宜画伯が乗車する北陸新幹線かがやき538号は長野を発車して次の停車駅は大宮。
 一刻も一秒と佐倉が近づいております中に緊急地震速報が入り、奈良県で大きな揺れとありましたが隣の和歌山県で震度4程度とひとまず安堵をしております。
 今日5月2日は麻賀多神社と深い繋がりを頂いている金沢の石浦神社にて春季大祭が執り行われ、宮司が献幣使として参向を致しました。
 七峯フリークの皆さんにはお馴染みの石浦神社ですが、今年1月下旬に長谷宮司が足を怪我をされ、そのお見舞いに金沢入りしてからちょうど2ヶ月。
 長谷宮司の体調も随分と回復されましたが、大祭では本殿の大床まで階(きざはし)を上がるので、その行方を心配しておりました。
 幸いにも長谷宮司の奥様であり石浦神社禰宜の稚子さんが素晴らしいアシストをされ、祭典も滞りなく執り納めとなりました。
 石浦神社の例祭は今日と10月2日の年2回に執り行われ、ここ数回は祭典後の直会会場が変わっております。
 その度に加賀百万石の金沢を堪能させていただく中で、今回は加賀前田家の家老屋敷を基にする辻家庭園の新館にて直会が行われました。
 辻家庭園は石浦神社から車で5分ほど。金沢市内では少し高台となり、寺町付近という立地になります。
 普段はお食事と結婚式会場として、その素晴らしいを通り過ぎるくらいのお庭とお料理で人気を博しており、宴席のみは取り扱わら無いものの、神前結婚式をの出張祭典をされている御縁で大祭直会を受けてくれたそうです。
 でね、宮司は昨年の秋季大祭でも仰せつかったのですが、今回も献幣使と合わせて直会にて祝杯の発声をさせて頂きました。
 思い起こせば2年前の秋季大祭でこ挨拶でら宮司から新社務所建設の話を致しまして、お陰様でこの春に本竣工となったわけですが、今月30日に行う麻賀多神社新社務所竣工式に長谷宮司が参列となりました。
 金沢での心温まるご接待に佐倉でどこまでお返しができるのか、考える事が楽しくも一つ増えました。
 石浦神社、益々の弥栄を御祈念致しまして、東日本旅客鉄道株式会社ではダイヤが大混乱の大宮駅に停車中の車内からお送りしました。

佐倉に着くのはいつになることやら…
 
皐月は雨で始り [令和8年5月1日]

「ついたちお榊」

「冬から夏の神御衣に」

「神様から見て右の御扉から」
 今日から5月。皐月の月次祭を齋行し、玉体の安寧と皇室の弥栄。国の繁栄と氏子崇敬者各位の平穏を祈念致しました。
 また月次祭に併せて夏季神御衣祭も斎行。神御衣(かんみそ)とは神様の御着物の事で、冬の御衣から夏の御衣に衣替えを致しました。
 有職故実では立夏立冬で衣替えを行ないますが、当社では5月と11月の月次祭に神御衣祭を行なっており、神職の装束も神御衣祭以降に衣替えを行ないます。
 ただし季節の変わり目は天候が落ち着かないので、暑い日も寒い日も有りまして、特に今日の様な雨降りだと結構寒いです。
 なので暫くは天候や気温に合わせて、両方の装束を使い分ける日となります。
 因みに夏の神御衣は紗の織りで青系の色。冬の神御衣は綾織りで赤系の暖色で仕立てているので、見た目にも季節感が解りますね。
 今日は雨降り。それも警報級ときたものですから、先日オーバーフローが起きた新社務所の雨水浸透升に、朝から設計監理の森田さんと施工現場監督の遠藤さんが現状確認をしております。
 今のところ問題なく浸透と排水は進んでいるようで、暫くは経過観察となりますが応急処置が功を奏しているのでしょう。
 今現在、関東地方を東へ進んでいる前線を伴った低気圧はこれからまた発展をするようで、岩手県大槌町の山林火災には良い影響が出ることでしょう。早く鎮火して欲しいです。
 皐月(さつき)の語源はいくつかありますが、早苗を植える早苗月から来たというもの。また「さ」が綺麗とか清清しいを表わす接頭語なので、新緑が栄える月で「さつき」となったものなど、そこには水が付きものなのです。
 境内の木々も随分と若芽から若葉に成長を見せており、それが雨露に濡れて清清しく感じます。
 ただね、その雨も余り多すぎても問題が起きますし、先述の山林火災現場では焼失した場所が灰と土で覆われいるので、土砂災害の危険性も孕んでいるのです。
 なんにでも適当というのが有りまして、いあんばい(良い塩梅)でお願いしたく、この願いが天に通じますように。
 
今日は出仕が安産奉仕 [令和8年4月30日]


 三寒四温という言葉がありますが、今年はどうなんでしょうか。例年より寒暖の差が大きく、体調を崩している方が多く見受けられます。
 今夜から明日に掛けて、低気圧が前線を伴って東シナ海を東北東に進む予報が出ており、関東は警報級の大雨になるんだそうです。
 今朝の情報番組では少雨による渇水を特集していて、ダムの湖底が見えている場面が次々と映し出されました。
 岩手県大槌町の山林火災も少雨による乾燥が焼失面積を拡大させたとあり、それであっても国内の年間降水量は余り変わらない。
 四季から二季へ移行しているとはいわれますが、そこに雨季と乾季というそれこそ熱帯地方へまっしぐらにしか思えません。
 当地佐倉は毎週木曜日がプラスチックなどのリサイクルゴミ収集日で、今日もゴミステーションには黄色の袋に入ったプラゴミが沢山出ておりました。
 宮司が職員や助勤者によく言う言葉に、ゴミの分別を確りとやろうというのが有ります。
 これは単に資源を大切にするだけではなく、自身が宮司の年齢近くになったとき、地球環境がどのように変化しているのかという事を自覚して貰いたいから。
 今の子は生まれたときから猛暑が当たり前で、そしてエアコンも当たり前の生活をしています。
 50代となる宮司の年齢層では、真夏でも30度を超える日はそれほどなく、35度なんて千葉県では考えられませんでした。
 その変化を実際に体験をしてきたからこそ、この子達の年齢が進んだときの生活環境を危惧せざるを得ないのです。
 今日は戌の日。元気な赤ちゃん、そして無事な出産を願うご家族連れのお参りが続いております。
 祈祷番はまだひよっこの出仕が務め、その奉仕姿を御殿の外から見ておりました。
 経験を積むことによって祭式の作法はもちろん、御殿への案内や祈祷後の社頭講話がスムーズになっていきます。
 宮司も30数年前に同じ事を経験しました。あの当時は参拝者の目にひよっこ神主はどのように見えていたのか、出仕が奉仕する後ろ姿をみながらふと思いました。
 赤ちゃんがお母さんのお腹に宿ってから十月十日(とつきとおか)で、この世に生まれ出でます。
 安産祈願は妊娠5ヶ月の戌の日にと言われまして、今日のお参りの方では秋のお祭り前には出産となります。暑い盛りから残暑の頃でしょう。
 どうか無事なご出産を願うと共に、赤ちゃんが成長したときに生活環境の悪化が少しでも足止めになったいるのも重ねて願います。
 
今年もハンコ捺し [令和8年4月29日]

「待合室にて作製」

「2日間は書き置き対応です」
 今日は昭和の日。昭和天皇の御誕辰日であり、平成の御代にはみどりの日と改称され、その後に今の名称に再度変更されました。
 今年は昭和改元100年。既に遠い記憶の方もいらっしゃるかと思いますが、この連休中にご家族からその時代の話を聞くのも良いのではないでしょうか。
 そんなことで大型連休の始りでして、有給休暇を使うと最大12連休になるんだそうですね。
 そんなに休んだら社会復帰が出来るのかと他人事ながら心配になる宮司ですが、学生や新社会人には連休明けに鬱の症状が出る方も多いと聞きます。
 休むのも大事ですが、起床時間などは普段の生活と替わらないようにすると良いと思いますよ。
 今日の宮司、午前11時に兼務の江原新田麻賀多神社で春祈祷を奉仕。1月17日から始まった春祈祷も江原新田で納めとなります。
 この地域では春祈祷を行なってから田植えが始まるというサイクルがあって、御神前には神饌と合わせて苗代が供えられました。
 お宮への行き帰り、道路沿いの田圃には既に水が張られ、水面に陽の光が照らし出されとても綺麗でした。
 そして今日から2日間、宗教法人法に伴う所轄庁提出書類の作製が新社務所待合室にて行なわれ、こちらは智勇権禰宜が担当します。
 所轄庁提出書類とは宗教法人第25条第4項の規定により、毎会計年度終了後4ヶ月以内に事務所備付書類の写しを所轄庁に提出する義務があると言うもの。主に役員名簿と財産目録がそれにあたります。
 これは平成7年12月の同法改正によるもので、その理由として地下鉄サリン事件などを引き起こしたオウム真理教、またその他にも問題を起こした宗教法人に対する活動内容の把握があります。
 法改正の国会審議では宗教に対する国家介入との声も大きかったのですが、参考人として神社本庁も呼ばれた際には問題点の変更などを理由に賛成の立場を表明しました。
 話は今日に戻りますが、宮司がお預かりをしている宗教法人格を持つ神社は53社有りまして、千葉県内でもかなり多い方になります。
 その役員が2日間に掛けてそれぞれ来社し、先の書類の内容を確認して署名捺印を行ないます。
 なので当社では所轄庁提出書類の作成を「ハンコ捺し」と呼んでおり、今年もハンコ捺しの季節が来たねと・笑
 この期間は神職がそちらに取り掛かっており、御朱印は全て書き置き対応。連休の始りと言う事も有って直書き休止に残念がる方もいらっしゃいました。
 ハンコ捺しは明日も続きます。御朱印の直書きは明後日の5月1日に再開しますので、ご希望の方は今暫くお待ち下さい。
 
急いでいるけど急がない [令和8年4月28日]


 この日曜日に投開票が行なわれた香取市長選挙。現職の伊藤市長が2選を決めまして、連休明けより新たな任期が始まります。
 実は宮司と伊藤市長、中学高校の同級生でして、香取神宮の式年神幸祭で久し振りに顔を合せ必勝を念じました。
 次点候補者とは4000票差と前回の選挙より票差は開きましたが、相手もそれなりに票を取っているので、1期目の総点検をして2期目の市政運営に取り組んで貰いたいです。
 その香取市の利根川を挟んで対岸となる茨城県神栖市で昨年11月に行なわれた市長選挙。一騎打ちでなんと同数となり、選挙管理委員長がくじ引きをして当選者が決まりました。
 なんですが今日28日、茨城県選挙管理委員会が当選無効と発表。その理由として「だんごや」や「まんじゅうや」という当選者が和菓子店を営んでいる事に因んだ表記を有効票にカウントしているからとしました。
 まさかの理由ですが、それを有効票としてカウントしていたのにもビックリで、良い感じの地元臭というか田舎臭を感じました・笑
 さて令和2年に始まった「しあわせ月もうで御朱印」も、早いものでこの6月で7年目に突入します。
 なので来月で6回目の年間もうでの特別御朱印を受ける方も出てくることになり、その方の手元には72種類、全部違う絵柄の御朱印が有る事になるんですよね。
 流行病の下に外出も憚れる、または自主警察的な監視の目があった。ただ只管に流行病が過ぎ去ることを願ってお参りする方も人目を気にする、そんな時代でした。
 それをちゃんとお参りをしてきたよとの証しの為に始めたのが、毎月絵柄の替わる「しあわせ月もうで御朱印」なんです。
 禰宜画伯が原画を描いて、それを社務所で印刷して丁寧に社印を捺す。アルバイトもどんどん無くなっていった時代、当社では巫女さんや助勤君達を一人も解雇することなく、その子達が一生懸命に御朱印を奉製したんです。
 毎月楽しみにしているんですよ、コロナ禍で御朱印の絵にどんなんに励まされたことか、毎月の御朱印を額に入れてテレビの横に飾っているんですよ。沢山の言の葉を頂き、その度に私達も嬉しさと継続している大切さをしみじみと感じています。
 先月から体調不良が続いていた禰宜画伯。それも少し上向きになって来たので、来月の御朱印原画の作画に入りました。
 いつもは宮司宅の禰宜アトリエで描いていますが、今回は気分を変えて新社務所の談話室に機材を持ち込んでの作画です。
 通常より遅れ気味ですが、5月1日の頒布開始には間に合わせなければなりません。多分今日は社務終了後もお籠もりで集中すると思います。
 急ぎではあるけれど、芸術系は急いでは良い作品が出来ませんし、やっつけ仕事はしない禰宜画伯ですので、静かに見守ることに致しましょう。