| 佐倉市ボラセンへ [令和8年8月21日] | |
|
昨日は鎌倉市二階堂鎮座の鎌倉宮で例大祭が齋行され、宮司が参列をさせて頂きました。 鎌倉宮の小岩裕一宮司は國學院大學で宮司と同級生であり、また麻賀多神社にも職員として在籍していたご縁もあり、毎年ご案内を頂いております。 ここ4年ほど社務の都合で参列が叶いませんでしたが、今年は丁度良く時間が取れたので久し振りに鎌倉の駅に降り立ちました。 鎌倉宮に到着をして受付を済ませて来賓控え室に入ると先輩各位がおられ、挨拶もそこそこに千葉豪雨へのお見舞いの言の葉を頂きました。ありがとうございました。 千葉県によると8月20日16時現在で、13名が死亡し全壊3棟・床上浸水1871棟・床下浸水1630棟と発表が有りました。 当地佐倉市では2名が死亡し、全壊1棟・半壊57棟・床上浸水6棟・床下浸水22棟とされていますが、実際の建物被害はこの程度ではありませんで、JR佐倉駅北口の表町2丁目だけでも床上床下の浸水は100棟を超えています。 未だ全容が見えませんが、当社としてもできる限りのお手伝いをして参りたく、支援物資の集積も継続中です。 今日はライオンズクラブ国際協会333ーC地区(千葉県)より、ボランティア搬送に使う自動車2台が佐倉市社会福祉協議会に供与され、それに立ち会って来ました。 佐倉市では17日に佐倉市社協のもとにボランティアセンターが開設され、浸水した住宅の泥かきや家財道具の搬出を行なっております。 今週末(22・23日)は多くのボランティアが参集すると思われ、それまでに移動手段をどうするのかが課題となっておりました。 また支援物資のニーズも刻々と変わっていく中で、佐倉市社協の皆さんと実際に話すことにより、きめ細かい対応が取れるものと改めて感じました。 満帆だった社協の災害支援物資倉庫も空きが目立つようになり、当社に到着した支援物資もそこに充当される予定です。 因みに今回供与された自動車とは別に、佐倉ライオンズクラブと成田ライオンズクラブから1台ずつ軽トラックも供与しており、その運転は佐倉青年会議所メンバーが行なっています。 佐倉市社会福祉協議会とボランティアセンターのHPを下に貼っておきますのでご一読頂き、ご自身で出来る範囲で構いませんのでお力添えを頂ければ幸いです。 今日も暑かった佐倉ですが、佐倉市社協ボランティアセンターは佐倉市役所の駐車場に開設されており、職員の方々も大変な思いをしつつ対応に当たっております。 こちらにも感謝をしつつ、ご自身の体調にも十分にお気を付け戴きたいと思います。 佐倉市社会福祉協議会 https://www.sakurashakyo.or.jp/ |
|
| 御例祭、神社役員の提灯発注確認 [令和8年8月20日] | |
|
先ずは千葉豪雨に対する多くの方からのお見舞いと支援に感謝すると共に、日々変わってくる必要な支援物資のについても七峯やSNSを使って発信をしてまいりますので、重ねて宜しくお願い致します。 今日も宮司が所属する佐倉ライオンズクラブと友好クラブの金沢ライオンズクラブよりバケツ100個とてみ40個が到着をしまして、さながら新社務所は備蓄倉庫並に物資が集積しつつあります。 佐倉市内でのボランティア活動も本格化しており、ライオンズは支援物資などの後方支援を中心に。また佐倉青年会議所を通じて千葉県内の各青年会議所は人的支援と其々の得意分野で活動を致しております。 週末も近づいてきてボランティアの受け入れが多くなって来ましたが土曜日には傘マークが付いており、それへの対応も考えなければなりません、 また23日の日曜日には支援団体LOVE FOR NIPPONのキャンドル・ジュンさんのトークイベントを控える中、どうにか空模様がもって貰いたいと思う宮司です。 このところ千葉豪雨の対応に多くの時間を割いてはおりますが、10月の御例祭の準備も着着と進めております。 麻賀多神社の御例祭、それは大神輿の渡御と氏子町から繰り出される山車と御神酒所の曳き廻し、また町内神輿の渡御など、千葉県内をみてもこれだけの規模のお祭りはそうそうありません。 麻賀多神社御例祭は別名「提灯祭り」とも称され、大神輿の台輪に刺す鏑木青年会の提灯を始めとして、それに供奉する宮司以下が奉持する手丸提灯。 また子供達が掲げる万灯や氏子の家家の軒提灯と、山車と御神酒所に奉仕する氏子が持つ提灯など、数えきれない数と種類の提灯が活躍をします。 大神輿の渡御に限定をしても宮司と禰宜画伯と神社役員、鏑木青年会員の提灯だけでも130張以上となり、その管理には神経を使います。 麻賀多神社の氏子町17町にはそれぞれ氏子総代がおり、奉持する手丸提灯には麻賀多神社と氏子総代に添えて町内名が記されております。 宮司が着任した当時は町内名の記載は無く、これも新たな試みではありましたが氏子総代の提灯は各自が自宅での管理とし、その結果として提灯を氏子総代の皆さんがより丁寧に扱ってくれる様になりました。 これ以下にはいろいろなご意見があろうと思いますが、提灯を灯す蝋燭も今は蝋燭型のLEDとしたので熱による劣化も抑えられました。 然し乍ら提灯は撥水の為に和紙に油を引きまして、これが抜けてくると和紙の劣化がどんどん進んでしまいます。 提灯の新規や張り替えはそれ相当の時間が掛かるので、8月のうちに提灯の点検と発注を行いまして、昨日よりの作業で今年の発注数が概ね出て来ました。 氏子総代より張り替えの依頼のあった提灯を見ると、今迄よく頑張ってくれたなと少しく目頭が熱くなる気になりまして、提灯は元よりですがそれを大事に奉持してくれていた氏子総代にも首部が垂れる宮司です。 御例祭まであと1ヶ月と20日あまり、いずれにしても物価高騰のご時世、限りある予算の中で確りと、また滞りなく御例祭が納められる様に一つずつ準備を形にして参ります。 明日祭り さらば久しい!! |
|
| ゴーヤ今季初収穫 [令和8年8月19日] | |
|
昨日の千葉県神社庁役員会において、この13日に発生した千葉豪雨の県内神社への被害は報告が有りませんでした。 ただ、人里離れた地に鎮座している神社もあり、またお盆中の豪雨だったのでこれから報告が有るかもしれませんね。 支援物資も続々と新社務所に到着しており、昨日は愛知県岡崎市の岩津天満宮の服部憲明宮司より、地元で作られた軍手が到着。 会議で留守中の宮司に代わり智勇権禰宜が受領したのですが、その数なんと7200組!! 今朝に確認すると梱包された状態でもその量の多さが解りまして、服部宮司には誠に有り難く御礼の言の葉を伝えました。 その他にも宮司の所属する佐倉ライオンズクラブと友好クラブの金沢ライオンズクラブより、新品のタオル1000枚が今日に到着。 明日以降も続々と支援物資が到着すると思われ、と書いている内にスコップ10本も今到着しました。 新社務所が竣工しての受け入れ可能な量なので、これが昨年までだったと考えると強固な造りにして良かったと思います。 明日、佐倉ライオンズクラブと佐倉市社会福祉協議会とで支援物資のニーズに付いての打ち合わせが行なわれる予定となっており、今週末には多くのボランティアが入ると思われるので、それまでには大方のものを届けたいと思います。 今日の宮司は午前中に納骨式と帰幽五十日祭を、千葉市の平和公園霊園で奉仕して参りました。 こちらの霊園へは時折出向するのですが、当社の氏子さんである方の依頼なので、どういう経緯で千葉市の霊園なのかはお聞きはしませんが、兎に角広いので毎回迷子になりかけます。 このところの蒸し暑さも少し落ち着いたでしょうか。さらりとした風が吹いておりましたが、それでも墓前で拝礼をした際には額から玉の汗が滴りました。 帰社をしまして新社務所の緑のカーテンたるゴーヤの状態を見ると、大きくは無いものの良い感じに育っているのがいくつかあったので、そのうちの2つを収穫。 朝の段階では少し黄色が買った緑色だったものが、半日も経たないうちに白く水っぽくなっておりました。 収穫時期を見極めるのって難しいなと思いつつ、2つのゴーヤは先ず麻賀多様の御神前に神饌としてお供え。 神饌には2種類有りまして、生のままの生饌と調理をした熟饌があり、この場合だと生饌になりますね。 生のゴーヤって多分苦いと思いますので、次は禰宜画伯が調理をしてくれたゴーヤの熟饌をお供えすることに致しましょう。 皆さんはゴーヤをどのようにして召し上がるのが好きですか?一般的には沖縄料理のゴーヤチャンプルが有名ですよね。宮司も大好きです。 宮司家のゴーヤチャンプルはゴーヤと卵の他に木耳なんかも入るので、沖縄料理とはまた違った美味しさがあります。 塩で揉んでお漬け物にしても良いですし、少し甘めの酢に漬けたものも、今の時期の疲労回復に良いですね。どうぞお試し下さい。 |
|
| 支援物資続々と [令和8年8月18日] | |
|
今日も蒸し暑い佐倉です。朝一で出仕と巫女と一緒に神社駐車場の草取りをしまして、1時間程でほぼ完了。 若干の残りは明日以降の早い時間に済ませたいと思います。だって直射日光にお長くあたるのはリスクがありますからね。 先週は台風15号からのゲリラ豪雨と千葉豪雨でしたので、街中に水分が充満をしておりまして、水分と日光という草にとってはご飯が満載なので伸びが早いです。 さて13日の千葉豪雨から5日が経ち、昨日には佐倉市社会福祉協議会内にボランティアセンターが立ち上がり、被災家屋などに対しての本格的な支援と支援物資の搬入が始まりました。 当社は神社界有志と佐倉ライオンズクラブとアラート友好クラブである金沢ライオンズクラブの支援物資受け入れ場所となっており、一昨日より続々と心温まる品物が到着をしております。 佐倉市内の話になりますが冠水による住宅への床上床下浸水が多く見られ、水に浸かった家財道具の搬出や泥かき、床下の乾かし作業が始まっております。 このため、タオルやスコップ、バケツや大型の大型ちり取りの「み」、また土嚢袋が早急に必要となっており、神社でも手配中ですがSNSを活用しての声掛けも行なっております。 神社界では金沢石浦神社の長谷宮司がいち早く土嚢袋300枚を送ってくれ、佐倉ライオンズクラブを通じて佐倉市社会福祉協議会に納入しました。 その手配を行なって境内に戻ると、木造社務所前の縁台に大きな荷物が積まれており、長谷宮司より追加で1600枚の土嚢袋が送られてきました。 長谷宮司には令和元年に台風3発が千葉県を襲った際にも、今回にも増して早い支援を行なって頂き、改めて感謝する次第です。 長谷宮司も所属する金沢ライオンズクラブのアラート委員会においては、本日付でタオル1000枚、バケツ100個、スコップ10本、ちりとり40個の送付手配のご連絡を頂き、到着次第に佐倉市社協へ納入します。 只今正午少し前。宮司はこれから12時半の電車で千葉に向かい、神社庁の月一役員会に出席してきますが、ここでも千葉豪雨の議題が上がると思いますので、被災地区の支部長として現状説明をしてまいります。 |
|
| 雨上がり熱中症にご注意を [令和8年8月17日] | |
|
昨日は送り盆。宮司家では16日の朝に玄関先でお柄を焚いてお見送りをしますが、昨日は何かと用件が立て込んでいたので、夕方に送り火を致しました。 お盆の行事って地域差があり、佐倉だと一般的に15日の夕方に送るのですが、宮司が生まれ育った佐原では16日の朝に送ります。 京都では五山の送り火も16日の夜ですので、遅れたとは言え見た御霊もゆっくりと虹の橋の向こうに出立されたことでしょう。 さて、やっと雨降りでは無い空模様になりまして、朝のうちは良かったのですがお日様が南に向かうにつれ、蒸し暑さも戻ってきました。 この数日間、最高気温が27度以下だったので、豪雨と共にいろいろな物が薄ら寒い肌感でした。 先月の七峯では30度で過ごしやすいなんて書いておりますので、よっぽど暑かったのですが、そう言えば40度越えの酷暑日なる表現も陰を潜めておりまして、このままくらいの気温で行ってくれればと思う宮司です。 午前10時半くらいだったでしょうか、新社務所にお一人の女性が飛び込んできました。対応は巫女がしたのですが、その子も血相を変えて宮司のところに来て「救急車を呼んで下さい!!」と。 巫女に事情起きて、急病人がいる木造社務所前の縁台に駆け寄り状況を把握。119番の救急要請をしました。 電話をしてから20分くらい掛かったでしょうか、神社の石垣前に救急車が到着して宮司が境内に案内。その後は救急隊員に任せて様子を見守りました。 119番通報をすると本署に繋がり、最寄りの消防署または出張所から救急車が出動しますが、時間の掛かり具合を見ると志津方面の出張所から配車されたのではと思います。 皆さんは119番通報をした事が有りますか?宮司は神社を預かる立場として、過去に数回経験がありまして、電話するとまず最初に「火事ですか?救急ですか?」と聞かれます。 この次に症状と救急車派遣場所の住所を伝えますが、この段階で既に救急車は消防署を出発しているようで、受話器の向こうにサイレンの音が聞こえました。 昼間に禰宜画伯が神饌などの買い物で神社から車で10分弱のスーパーに向かったところ、その短い距離にもかかわらず3台の救急車とすれ違ったそうです。 神社から搬送された方は熱中症で、病院での適切な処置の後に自宅で休まれていると、夕方にご家族が報告に来てくれました。 気温が上がって湿度も高く、少しの涼しさに身体が慣れたところでしたから、熱中症の救急搬送が多かったのかもしれません。 ウォーキングなども距離は無理はせず、小まめな水分補給と休息を確りと取って楽しんで下さいね。 それと仕舞いに、宮司が救急搬送の依頼をしている間、巫女さんは冷水とタオルを素速く準備して急病の方とご家族に渡したそうです。 本人もビックリしたことだとは思いますが、それであっても冷静な判断と的確な行動が出来ました。ありがとうね(*^_^*) |
|
| 雨上がりの草取り [令和8年8月16日] | |
|
13日の千葉豪雨では1200台以上の自動車が水没又は立ち往生をする事となり、お盆とも重なりレッカー移動がなかなか進まないようです。 さりとて佐倉市内でも道路の真ん中に放置された自動車も、昨日あたりから路肩に移動がみられ、人知れず頑張っている方がいるんだと思う宮司です。 そんな中、金沢石浦神社の長谷宮司よりUV仕様の土嚢袋300枚が当社に到着し、本当に有り難く思います。 佐倉市では明日、佐倉市社会福祉協議会内にボランティアセンターが開設される事になっており、宮司の所属する佐倉ライオンズクラブも連携をしてまいります。 さて昨日、日本武道館で行なわれた全国戦没者追悼式に参列した高市早苗首相は、待ち時間の間に公用車から降り、靖国神社の方向を向いて二拝二拍手一拝の作法で遙拝をされました。 首相就任前、また昨年の自民党総裁選においても靖国神社の参拝を公言されていた中で、残念ながら神社での参拝とはなりませんでした。 しかし、玉串料の奉奠と遙拝という形であれば歴とした参拝であって、現今の日本を取り囲む状況を鑑みれば善であったのではと思います。 レフトサイドって、靖国神社に行ったらい行ったで文句を言うし、行かなければ行かないで公約違反だと言うし、難癖しか付けない連中なのですよ。 昨日は午後2時から神道政治連盟千葉県本部の一員として千葉縣護國神社を正式参拝。その前に正午から麻賀多神社拝殿において慰霊追悼の報鼓を打ち、靖国神社を遙拝した宮司。 護國神社から帰社したのは午後3時半頃でしたのでもう一仕事出来ると考え、神社の石垣沿いに繁茂する草取りを行ないました。 今年の夏は雨が多いせいか草の生長がよくて、みるみるうちに砂利のところまで生えそろってしまいました。 当社の石垣は明治3年に佐倉藩最後の藩主である堀田正倫公の御奉納。神社の顔でも有りその縁を草が繁茂している状態は余り宜しくいないですよね。 ここ数日、雨の影響で気温も低いのでここぞとばかりに1時間みっちりと草取りを行ないましたが、全体の3分の1程度迄しか作業することが出来ませんでした。 そして今日もまた雨降りで残りの草取りは延期かなと思った矢先、雨が上がり晴れ間も出て来たので残りの草取りを完了することが出来ました。 でもですね、先程まで雨が降っていたので当然濡れており、そこにヤブ蚊も発生をして草を取っているのか蚊と戦っているのか、傍目ではなかなか面白い姿だったと思います。 今回草取りをしたのは石垣中央の階段から西側で、まだ東が残っておりますが、西側よりも距離は短く、またスダ椎の枝の下なので草の量も少なく、1時間あれば完了すると思います。 只今午後6時15分過ぎ。これから宮司宅に戻ってお風呂に入り、夕餉と晩酌で身体を労る事に致しましょう。 |
|
| 今年も一杯の献水 [令和8年8月15日] | |
|
今日も降ったり止んだりの空模様の佐倉。13日の豪雨では14日午前9時50分迄の24時間で259,0ミリの雨量を記録し、8月としては記録を更新で、平年8月の雨量の2倍が降った計算になります。 今日は午前10時半から太田熊野神社で葉月祭があり車で出向をしたのですが、至る所に水没した車が置かれており、それも道の真ん中にもあって渋滞が起こっていました。 思うに、みるみるうちに水深が深くなっていく中を運転手さん達はどのような気持ちで車を移動させようとしていたのか、恐怖と焦りしかなかったと思います。 お盆の初日でもあったので他県ナンバーも散見され、暫くはこの状態が続くと思われますので、移動には注意しましょうね。 8月15日は昭和20年に日本がポツダム宣言を受諾した日。81年の年月を経て今も戦没者への慰霊の日として命の大切さを今一度噛み締める日だと思います。 大東亜戦争での日本人犠牲者は約310万人で、そのうち軍人・軍属は230万人。英霊をお祀りする靖国神社の祭神数は246万人ですので、それほど犠牲が多かったことが解ると思います。 当社では毎年この日に一杯のお水を御神前にお供えをし、正午に報鼓を1分間打ちます。 戦場や空襲が行なわれた街中等において、一杯の水を求めて多くの方が亡くなりました。 その全ての御霊に捧げるべく、麻賀多様を通じて捧げるお水。報鼓の後には御神前を通じて靖国神社を遙拝致します。 81年前の今日はとても暑く、そして抜けるような青空であったと伝えられます。 その時も先々代宮司は今日の宮司と同じく太田熊野神社の葉月祭を奉仕し、麻賀多神社に帰社して正午からの玉音放送を聞きました。 その時、学徒出陣中だった先代宮司は朝鮮半島から支那大陸に進駐中で、その後にソ連軍によりシベリア抑留となりました。 今月13日にロシアのプーチン大統領が北方領土の択捉島を訪れ、この地が「ロシアの不可分な領土の一部」と発言をして、当然ながら高市首相は抗議をしました。 この時、「遺憾」という言葉を使わなかったのは誠に宜しいことであり、破落戸(ならずもの)には毅然として態度で臨むべきです。 因みに下の画像を見て頂くと解るようにサンフランシスコ平和条約では北方領土は日本固有の領土として、そして北千島列島と樺太南部は帰属か決まっておりません。 ロクデモナイ国に囲まれた我が国。国を守ることは国民を守ることであり、確りとした自主防衛体制の確立と価値観を同じくする国同士の繋がりをより強固にしていかなければならないのであって、平和平和とお題目を唱えても平和は維持できないのです。 一杯の献水、神社に限ったことではありません。場所は問いませんので皆さんのお家でも是非お供えしてみませんか。 |
|
| 佐倉が一番降ったの!? [令和8年8月14日] | |
|
ここ数日、七峯に登場する「台風15号の置き土産」。昨日の日中もその影響で大雨となった佐倉ですが、まさか夕方から置き土産がゲーム「桃太郎電鉄」のキングボンビー並みに成長しまして線状降水帯が発生。 鎌ケ谷や八千代あたりが大雨となって大変だなと思っていた矢先、北に向かう予報だったものが段々と東に勢力を広げて、当地佐倉が含まれる事態となりました。 そこからですよ、テレビ画面では速報がジャンジャン流れまして、一時間の雨量が「どこどこは100?oを観測」と出ていたのが、いつの間にか「佐倉で一時間に120?oを観測」と佐倉の地名ばっかり登場したものですから、彼方此方より心配のご連絡を頂きまして。 線状降水帯はそのうち消えるだろうという願いも虚しく、気が付けばレベル5大雨特別警報という最上級の警戒レベルまでに。 この段階で電車はほぼ止まっており、帰宅困難者が続出しておりまして、出掛ける予定だった智勇権禰宜も「出掛けなくて良かった」と胸を撫で下ろしておりました。 そんな中、SNS上は道路の冠水から自動車の水没。腰高くらいまで水に浸かって歩く人の姿がアップされておりました。 当社でも神社の現状などをアップしていたところ、匝瑳市に鎮座する椿ノ海水神社の権禰宜さんのアップに目が止まりました。 出張からの帰り、乗車していた京成電車が臼井駅で運転打ち切りとなり、2時間タクシーを待っても1台も来ない状態だという内容。 この段階で午前0時近く。禰宜画伯と話しまして臼井駅まで迎えに行くことにし、新社務所へ泊まって頂きました。 当社から臼井駅までは車で10分強。途中には動かなくなった車がそこかしこにあり、片側車線ならまだしも、両側に止まっている所もあって、あの雨の中禰宜画伯もよく運転をしてくれました。 一夜明けての境内は大きな落枝があったり、スロープの土が大量に流されており、雨量の凄さが垣間見れました。 また佐倉市、また千葉県内の状況が解ってきたのですが、想像以上に被害が大きく、佐倉市では2名が亡くなり、前述の自動車はもとより床上・床下浸水。崖崩れも報告されています。 宮司の所属する佐倉ライオンズクラブ(LC)のアラート委員会では佐倉市社会福祉協議会と連携をして災害支援物資の受け入れを始めており、その一ヶ所が当社となっております。 また佐倉LCと友好クラブである金沢LCよりも支援物資の提供申し出があり、有り難く思います。 そして災害支援といったら何を差し置いても金沢石浦神社の長谷宮司。既に昨日の段階で土嚢袋の送付手配をしてくれたそうで、近日中に到着するものと思われます。 今日の佐倉はまた大気が不安定で、午前中は晴れておりましたが、午後からは降ったり止んだりから、今現在はスコール並みの大雨が降っております。 二次災害が起きないことを願いつつ、今日中に支援物資受け入れ体制を確立しますね。 |
|
| 七五三詣準備開始 [令和8年8月13日] | |
|
先の国会で成立した国旗損壊等処罰法が本日施行されました。詳細は皆さんそれぞれでご確認を頂くとして、外国の国旗に対しての損壊罪はあったのに自国の国旗に対してそれが無かったのがおかしいのでしてね。 元文部科学事務次官なる方が画用紙に赤で丸を書いたものを、毎日交番の前で破ると捕まるのかと豪語しているようですが、そのお方はレフトサイドとお仲間なのは周知の事実であって、我が国の教育行政が歪んでいるのが良くお判りでしょう。 さて、台風15号の置き土産であるゲリラ豪雨が今日も首都圏で炸裂をしておりまして、当地佐倉はほぼ一日中の大雨。 お盆に入りまして家族連れのお参りも有るのですが、それでもこれだけ降ると足も遠のくというもので、例年のお盆休み中よりも雨音以外は静かな境内です。 そういった時には諸準備が捗るというもので、午前中には秋の御例祭で兼務社で配布をする神札の奉製を行ないまして、佐倉市角来の八幡神社と四街道市鹿渡の香取神社の神札が奉製完了となりました。 ここで一気に佐倉市江原の淡島神社の神札までと意気込んだのですが、なんと奉製に使う和紙が未だ届いていないとのことで、到着次第に取り掛かることになりました。 午後からは巫女さんと七五三詣の御祈祷で祝い子さん達に手渡す一式の奉製を始め、時折の社頭対応をしつつ今日だけで約200組を仕上げられました。 この奉製は明日も続きますが、少子化の影響は七五三詣にも響いている中で、近隣自治体は若年層が伸びていることもあり、今日あった御祈祷の問い合わせも半分以上が佐倉市外からでした。 佐倉市外といっても江戸時代は佐倉藩領だったところも多く、佐倉藩総鎮守の神社として温かくお迎えをしたいと思います。 今日の仕舞いはヤクルトについて。宮司は毎日、新社務所でヤクルト1000を1本飲んでおりまして、何気にボトルの裏面を見たんです。 そうしたらでしね、うちに配達してくれたヤクルト1000は岩手工場で作られたものと記載がして有ったんです。 はあ、そうですか、という話ではあるのですが、佐倉市のとなりの四街道市。兼務社の氏子地域になりますがヤクルト千葉工場があるんですよ。 てっきり千葉工場で作られてものが配達されていたものと思い込んでしたので、結構ビックリした宮司です。 千葉県も一応首都圏に入っておりますので、千葉工場だけでは生産量が足りないのかな等と考えながら、今度ヤクルトさんが来たときにでも聞いてみます。 |
|
| 置き土産に思いを発せて [令和8年8月12日] | |
|
台風15号、昨夕に茨城県南部に上陸をしてそのまま西に進むコースを辿り、日本海へと抜けました。 太平洋側から茨城県に上陸するのは観測史上初なんだそうで、この後に来るであろう17号も同じルートを進むと・・・ 15号のルート、良く見てみると工事が進められているリニア中央新幹線のルートとほぼかぶるんですよ。 台風の目はあの停滞を招いた静岡県は通りませんで、というのがなんだか笑ってしまいますが、街路樹の倒木が多かったようで。次の台風にも備えましょうね。 宗教法人を司る役所は文部科学省下にある文化庁で、地元の氏神様や檀家寺などの規模だと各都道府県の私立学校を取り扱う部署が管轄となります。 因みに千葉県の場合は千葉県庁総務部学事課でして、学事課内の企画宗務班が実務をおっています。 宗教法人法に定められている、毎会計年度末から3ヶ月以内に作製する役員名簿などはこちらに提出をしまして、これを怠るとその宗教法人や代表役員に過料が科せられます。 お陰様で今までも提出に怠ること無くお預かりしている法人格53社の事務を進めてきまして、今現在は智勇権禰宜が書類作成などを受け持ってくれています。 その学事課から一通の封書が届きまして、書類に不備があったのかと心配をしながら開封をしました。 そうしましたら、なんと酒々井町下台159番地鎮座の麻賀多神社の住所が、神社規則(宗教法人規則)では酒々井町酒々井159番地になっており整合性がとれていないとの内容でした。 これには宮司もビックリで、直ぐさま社務所に保管してある下台麻賀多神社関係の書類を確認すると、神社規則には「酒々井町酒々井159番地」と記載されておりました。 これって以前より下台の役員さんとも話していたのですが、神社の周りに住む氏子さんの住所は下台で、なんで神社だけ大字が酒々井なんだと。 調べましたら、今現在の宗教法人格を取得したのが昭和28年頃の話でして、千葉県庁や法務省千葉地方法務局佐倉支所への申請は全て「下台」で行なっていたのを、県で承認された神社規則にはご丁寧に下台の文字を二重線で消して酒々井を書き加えていたのです。 実際に地図で調べると酒々井町酒々井159番地は下台麻賀多神社より1キロ以上離れたところで、近くには下宿麻賀多神社が鎮座しております。 この問題、神社規則には先々代が書き残した付箋が添付されており、そこには「本来は下台だけれども神社規則と登記簿には酒々井と記してあるので勝手には変えられない」と。 私の知るかぎり先々代は実務に長けていた方で、戦前の大日本神祇会千葉県支部印旛郡部長を務め、そして戦後の混乱期を乗り越えて後継の千葉県神社庁印旛支部の初代支部長を務めて印旛郡市内の神社を取り纏めていた方なんです。 そう考えると戦後の混乱期に自身が宮司を務める神社のみならず、印旛支部員が奉仕する神社のことや、明治以降の上知令(上地令とも)で境内地が国有地化されていたのを神社に戻す無償譲渡申請など、今では考えられない激務の中に神明奉仕をしていたのが解ります。 その中にも事務手続きが完遂できなかった法人格を持つ神社があっても不思議では無く、学事課からの封書は先々代からの置き土産だと思い、今同じ印旛支部長にある立場として当時に思いを発せつつ、所在地の表記変更の書類作成に入りました。 この件では先代の時の出来事がまた複雑にしているのですが、それを書くと今夕の食事が明日になりそうなので、今日の七峯はこの辺にしたく存じます。 今日も宮司の駄文にお付き合い頂きましてありがとうございました。台風が過ぎ去った静かな夜に、安らいで下さいね。 |
|











